去年を待ちながら
                (ハヤカワ文庫 フィリップ・K・ディック)


 いよいよ個人的御三家の一人「フィリップ・K・ディック」の作品紹介である。正直いってディック氏の作品は当たりはずれが激しいのだが、今作は(少なくとも自分にとって)大当たりであった。内容の方は良くも悪くもディック節全開なので、自分だけでなく皆さんにとって当たりかどうかを検証するために、内容紹介にいってみよう。

 あらすじ------西暦2055年。地球は種族的起源を一にするリリスター星人と軍事同盟を結び、強大な宇宙帝国を誇るリーグ星人と、果てのない星間戦争に突入していた。同盟国たるリリスターからの徴収に耐えながら、最高権力者ジーノ・モリナーリを中心にして団結する地球。しかし圧倒的な国力を誇るリーグ星人との消耗戦により、戦局は次第に不利なっていくのであった。

 主人公エリックは、地球を支える大資本の一つTF&Dの社長ヴァール専属の臓器移植医だった。ある日、彼はモリナーリの専属医を要請される。そうして地球の指導者と接触したエリックだったが、そこで彼を待ち受けていたのは、あまりにも理解しがたい不条理な現実だった。
 一方、同じTF&Dに務めるエリックの妻キャシーは、夫とのいさかいからご禁制の麻薬「JJ180」を服用してしまう。しかし強力な中毒作用のある麻薬と考えられていたJJ180は、実は別の目的のために人工的に作られた特殊薬だった。その「副作用」のため交錯し、歪曲し始める現実世界------かくて恐るべき悪夢の幕が開ける。

 自分が考えるSFの魅力の一つとは、「緻密にして壮大な設定やプロットの妙を楽しむ」ものであり、ストーリィで魅せるという要素は薄いように思える(自分が不勉強なだけかもしれないが)。

 しかしこの『去年を待ちながら』は違う。言っちゃあなんだが、このあらすじ紹介からは想像もつかないような物語が展開されるのだ。マジで。
 中盤までは氏独特の不条理描写と伏線のため、いまいち締まらない印象であるが、後半に入ってからの展開はまさしく「驚天動地」である。自分は読んでて鳥肌が立ったものだ。展開や設定はもちろん不条理な描写までが一点に収束していく様は、さすがと唸らされるものがある。

 だがそれだけに、いまいち締まらないラストが惜しい。もっとも典型的なディック的終わり方と言えないこともないが。この作品に限らず氏の作品は共通したパターンがある。主人公が上手くいかない夫婦仲に悩まされていること、薬物中毒(あるいはそれに類する描写)が出てくること、終盤にいまいち役割のハッキリしない美少女が出てくること(笑)、そしてラストが締まらないこと----などである。

 まぁ、作品というものが作者の自己表現であると捕らえるなら、氏の作品は彼の人生の縮図と言えるかもしれない。五度にわたる結婚の失敗、薬物中毒、精神的不安定、貧困----まさしく彼の作品そのまんまの人生である。
 そう考えると、あのいまいち凡庸に感じるラストも、逆に苦難を乗り越えてようやくたどり着いた諦観の象徴なのかもしれない。しかし作品からこれだけ「人生の苦労」ってヤツを感じさせる作家というのも珍しい(笑)。あの最後はこの疲れきった世界(作者?)に対する救済、と見ておこうか。

 正直ディック氏の作品は癖がありすぎるので、以上の紹介を読んで面白そうだと思った方、従来のSFに食傷している方、人生に疲れてしまっている方(笑)などにはお勧めできるだろうか。自分は好きである------別に人生に疲れているわけではないが。氏の作品は連続して読むと消耗してしまうが、たまに読むといい気分転換になると思う。興味のある方は一度お試しあれ。




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