
日本人の今〜戦後教育の弊害〜
では、いよいよ今の日本人がどの位置にいるのかいよいよ考えていこう。
その前に、これまでの歴史の流れを見ねばならないだろう。
下の図は日本史を、「経済」に関係ありそうな視点でまとめてみたものである。
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時代 |
政権体制 |
モラル |
対外政策 |
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飛鳥時代 |
中央集権 |
高 |
積極吸収、独立主張 |
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天平時代 (大化の改新前後) |
中央集権 |
高 |
警戒 |
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天平末期〜平安初期 |
律令制崩壊 反乱頻発 |
やや低 |
積極吸収 |
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平安中期 (摂関政治) |
形式的中央集権 |
高〜形骸化 |
無視 |
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平安末期 (院政時代) |
分散、独立 |
無法 |
若干交易 |
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鎌倉初期 |
鎌倉集権 |
高 |
正式交易なし |
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鎌倉末期 |
影響力低下 |
無法 |
元・・・敵対 宋・・民間交易あり |
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南北朝時代 |
分裂 |
低 |
民間交易あり 倭寇出没 |
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室町期 |
影響力弱し 地方分権 |
やや低 |
正式交易 |
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戦国時代 |
群雄割拠 地方分権 |
無法 |
積極的吸収 |
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江戸初期 |
やや中央集権 |
やや高 |
ほぼ断絶 |
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江戸中期 |
影響力低下 やや地方分権 |
高〜形骸化 |
ほぼ断絶 |
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江戸末期 |
やや地方分権 |
形骸化 |
拒絶 |
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幕末 (幕府崩壊前後) |
分裂 |
高 (崩壊〜再構築) |
積極吸収 |
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明治時代 |
中央集権 |
高 |
積極吸収→対抗 |
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昭和初期 |
中央集権 |
硬化 |
敵対、進行 |
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戦後 |
GHQ統治 |
崩壊〜やや低 |
占領下 |
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高度成長期 |
中央集権 |
高 |
積極交易→対抗 |
この表は高校時代の教科書を元にかなり大雑把に、その時代の代表的な時代の一点を対象にしていることを断っておく。なお、「モラル」の項に関しては政権や政治体制に影響を与えた人々を対照にしている。
こうやって見ていくと、日本人はいつでもモラルが高かったわけではないのがよく解る。中央権力の影響力が低下したときにモラルの低下が発生して、権力が地方に分散していくし、権力者のモラルが形骸化すると権力が地方に散る姿が見えてくる。
日本人風の反乱のおこし方がなんとなく解ってきた。どうやら権力を見捨て、逃げるか、無視するようである。権力と自分の社会との関係を極力薄くすることで現行の制度の中で生き抜く、「勝手にやってくれ」というのが日本風の権力への抵抗のようだ。そして高いモラルの集団や組織が再構築されると瞬く間に権力に集まってくる。強力で、自分に益をもたらす権力には積極的に参加する。これが環境に敏感な日本人に見られる特徴的な権力とのおつきあいの仕方のようだ。こうしてみると日本人の「ムラ」の感覚が剥き出しになっていて面白い。
対外政策に関しても、いつもいつも外国と仲良くしているのではなく、モラルが高いときは得てして外国との関係を拒絶、無視、もしくは対決、進行を行っているところが面白い。モラルが高まり、強固な中央集権体制が出来ると外国への対抗意識が強くなり、逆に混乱期にはモラルの低下と共に警戒心がうせ、人なつっこく外国文化を吸収していくようである。中央集権に価値を感じなくなった分、外国に価値を求め始めるのかもしれない。そして、散々外国の異文化を吸収しつくし、珍しくなくなったら同じくらいの時間をかけてゆっくりと文化を排出し、自己流に変化させていくのだ。
ところが、これが西洋文化を中心とする全世界になると、様相が変わってくる。国民が高いモラルで集中し、異文化との交流、吸収、対抗を同時に行い始めている。これは日本が小さな島国に過ぎない事実を日本人自身が認知し、それに適応した結果だろう。黒船が日本人にとっての大きな転機だったというのもどうやら嘘ではないらしい。
さて、現代だ。
現代といっても、戦後や、高度経済成長期とひとくくりで考えてはいけない。現代の若者のモラルはそのころ活躍した世代の人々、我々の親の世代とは大きく異なっている。果たして、この世代間になにがあったのか、解りやすい回答が「なぜ日本は没落するのか」(著、森嶋通夫)にある。
戦後、GHQによる教育改革が行われた。アメリカ式の自由と、平等を中心とする教育が取り入れられ、それは一斉に開始された。ところが、始まった当初教鞭を握っていたのは、家庭の長だったのは戦中派の世代の人々である。このような欧米式の教育は表面上はともかく、精神面では完全な改革はいきなりは不可能だった。だが、この世代の人々はアメリカが日本の発展をもたらしてくれたと、非常に感謝している。あのGHQ統治時代がなければ今の日本はない、この世代の人々はほとんどがそう思っている。そして、世代の人々に教育を受けたのがだいたい我々の世代である。そう、ちょうど我々の世代は戦後の教育改革が、戦前、戦中の価値観をほとんど排除した形で与えられた世代なのである。
進駐軍の日本統治は日本史上初の異民族進入である、「渡来」や「併合」とはわけが違う。他国でも、異民族の侵入はその文化や民族の精神に大きな後遺症を与えている。日本人だけがこのような影響から逃れえたとはとても思えない。
GHQは何を日本に残していったのだろう。
実はここで、彼らは日本人には非常に効果的なある政策を実施した。
教育改革を含む一連の情報操作である。
「南京大虐殺はなかった」と言ったら日本人の大半は「何を言ってるんだ中国の人が聞いたら怒るぞ」というだろう。一年前の私なら確かにそういっていた。だが、真実はそうではないのである。
日本人の研究を始めようと考え始めたとき、私は渡辺先生の研究室から「ゴーマニズム宣言」という本を持ち出した。
「ゴーマニズム宣言」とは漫画家、小林よしのりのエッセイ漫画のようなものである。著者自身が漫画の中であえて非日本人「ゴーマニスト」になることで社会に疑問符を投げかけ、「王様は裸だ」というのを面白おかしく描いていくのがこの漫画の意図である。私は最初、日本人を斜めに見ている人間の意見が聞きたい、という軽い気持ちでこの書物を手に取った。そこで「南京大虐殺はなかった」という私にとっては信じがたい内容が目に飛び込んできたのである。
これが本当なら大変なことだ、私はあわてて図書館で関連書物をあさった。そして、恐ろしい現実に気が付いた。
まず、決定的証拠とされている当時の新聞記者ラーベの日記だが、略奪が何故か貧民や避難民街で集中している、ラーベ自身の周辺で何故か集中している。当時は軍事協定が正式に結ばれていないにラーベがハーケンクロイツをみせたら日本兵が逃げていくのだ。しかも、あろうことか銃を放り投げて逃げていく日本兵まで登場するのだ。
当時の日本軍の厳しさは軍隊経験者なら誰しもが語ってくれるだろう。天皇陛下から頂いた銃は大切なものである。当時の日誌を読めば銃を粗末に扱っただけで鉄拳制裁が飛んでいるという記述はそこかしらで聞くし、私も祖父から聞かされた。略奪中に銃を放り投げてしかも逃げるのである。下手をしたら銃殺ものだ。
終戦間際ならともかく、当時に日本軍は食料には困っていないのに略奪や殺人が起きるのがそもそもおかしい、中にはグランドピアノを持ち運ぶ姿まで書いてあるが上官にもすぐばれるものを何のためにわざわざ盗んだのか、さっぱり解らない。
ちなみに現在中国政府が公称している南京大虐殺の被害者は30万人だが彼の最終報告では、おきた事件は全部で48件、一回当たり八千人が死ななければ計算が合わない。彼の見えないところで起きたとしても、30万人は原爆二個分でようやく死滅できる数である。そんな数の人間を殺すだけの弾丸や大砲は果たしてどこから出てきたのだろうか。真剣を使用しても十人斬ったらその刀はもう使えなくなる。作戦でやったならその意図がよくわからない。だいたいラーベ自身がこのあと中国共産党と行動をともしはじめている。彼らに頼まれて嘘を書いた可能性すら否定できない。
映像資料に関してはもっとひどかった。私自身、説明されるまで気が付かなかったが、日本軍が南京を占領したのは12月なのに日本兵が夏服を着ていたり、大虐殺の被害者の首かと思ったら別に雑誌で紹介されていた全然別の写真だったりと。とにかくひどい。事故死した死体を「殺された死体」と注釈つきで紹介するという類のトリックがとにかく何度も使われている。
本論からはずれてしまうのでこれ以上は割愛するが。調べれば調べるほど、嘘しか出てこない、目の前にある資料は「ゴーマニズム宣言」ですべて、しかも納得の行く形で否定されきったものばかりだし、映像資料に至っては、もう数が出れば出るほど胡散臭い。
教科書に書いてあるじゃないか、と、言う人がいるかもしれないが、考えてみよう。あの教育の基準を作ったのはどこの国なのかを。新聞に書いてあるじゃないかという人はジャイアンツが負けた次の日の報知新聞と他紙を見比べてみるといい、ひどいときは試合に負けた原因が審判のせいになっているから。真実の基準の書物は、どこにもないのだ。
情報は発信された人間のベクトルが必ずかかっている。これは情報を正しく分析する上では気をつけなければならない基本なのだが。日本人は他人を信用することが基本なため、この事実にほとんどの人間が気が付いてない。これほど大掛かりな嘘ならなおさらだ。
この原因にGHQ、中国共産党をはじめとする戦勝国一同の行った情報操作があるのである。
太平洋戦争勃発前、欧米人は、東洋人に対して強い優越感を持っていた。東洋の国のほとんどは欧米国家の植民地で、東洋人は欧米人が支配する民族だったのである。東洋人の方も、欧米人にはかなわない、とあきらめていたくらいそれは根深かった。
だが、その中でほとんど唯一の例外があった。日本である。
彼らはあっという間に外国の文明を吸収、消化し、せっかく結んだ不平等条約を改正してしまったばかりか、あろうことか欧米諸国の専売特許だった植民地経営に乗り出し、ロシア、中国を押しのけて韓国を併合してしまったのである。そして、日本は当時の欧米諸国、特にアメリカが狙いつづけていた中国に乗り出す。慌てたアメリカが経済封鎖を行い、ハル・ノートを突きつけた。
結果、アメリカを初めとする連合軍は窮鼠と化した、それもかなり手のつけられない状態の日本人と戦争をすることとなったのである。
日本兵の戦い振りはとにかく欧米人の度肝を抜いた。日本人の兵隊を粗末に使う、無茶な作戦もさることながら、日本の軍人は冗談抜きで死を超越していた。
体格は小柄だが、統率能力が強く規律正しい、それが集団で動くからとにかく強い。
開戦当初、連合軍相手に快進撃を続ける姿を見て、喜んだ東洋人は多いのである。東洋人が白人に勝てるということを証明して見せたのである。日本軍は今のミャンマーまで軍を進めていったが、実際戦っていたのはフランス軍やオランダ軍だったことを忘れてはならない。日本がこのとき白人を追い払ったおかげで独立できたので、いまだに日本に感謝している国さえ実際にあるのだ。(ゴーマニズム宣言「戦争論」より)
だが、アメリカ人を驚かせたのは開戦当初の快進撃ではなく戦局が傾いたあとにも信じられないほど士気が高かったことである。
経済を封鎖しているはずなのに国民全員が戦争に協力して対貧生活を送るばかりか、民間から資源を集めるようなことをやっても反乱一つ起きないし、戦場で追い詰めてもあきらめない。脱走兵は早々こないばかりか戦艦に爆弾を抱えたまま戦闘機が飛び込んでくる、絶望的な戦局でも降伏せず刺し違えて死のうとするし、降伏を勧めたら自決する。民間人までも追い詰めたら集団自決をするのだから、アメリカ兵にとっては理解不能の嵐だろう。
冗談抜きでかなりの数の米兵がノイローゼになっている。
戦後、マッカーサーはこの日本人の底力を恐れ、日本の分割統治や天皇制の完全廃止を行わなかったといわれている。この国民を本気で怒らせたら一億人の反乱勢力が発生する。
彼はそう思ったのだろう。
GHQは徹底した情報統制を引いた、実は戦時中よりもGHQ時代のほうが情報統制はきびしかったことはあまり知られていない。と、いうのも、戦時中は検閲が入るとその部分が黒く塗りつぶされていたのに、GHQはその検閲が入ったことすら解らないようにその記事を削除したのだ。(新ゴーマニズム宣言より)
当時の新聞を見てみると、敗戦直後からマッカーサー到着までは新聞は軍国主義一色なのにマッカーサー到着からしばらくたつとだんだんその色が消えて、10月頃には戦争の愚かさについて語り始め、原爆についての記事まであった。11月、12月になると、戦争責任で立件された将官の記事や帰還兵の起こした犯罪がそこかしらに出てくるのに、アメリカ兵が起こした事件の記事はついに一件たりとも見つからなかった。
正確に統計を取れば出てくるはずだ。明らかに進駐軍による情報統制のあとがある。
このような中GHQが強制出版した「太平洋戦争史〜真実なき軍国日本の崩壊」なかで南京大虐殺が登場する。当時は被害者数2万人である。
こうして、極東軍事裁判が始まる。敗戦国の戦犯が罪に問われ、何人も処刑されたが、はっきり言ってこれは裁判ではなく見せしめである。(国民の道徳より)
戦争責任というけれどそれは勝った側の理屈である。太平洋戦争は植民地獲得競争に諸外国が手を組んで横槍を入れたから起きたケンカである。その上で日本はアジアから白人を追い出した国「大東亜共栄圏」を作るという目的を掲げ戦争を挑んだのである。一般兵はそれを信じていたし、東南アジア諸国の国はむしろ歓迎していた。当時独立を保ちつづけていた唯一の国タイとは同盟すら結んでいる。
それが失敗したら勝った側の国がやってきて平和を乱した罪とか言う奴を振りかざす。少なくとも日本人の感覚から言えばむちゃくちゃな理屈である。S・A級戦犯の方々はどのような気持ちだったのだろうか。
南京大虐殺に関しても、審議が行われている。これまた立証責任と偽証罪がない裁判の中で、飛び出した証言の数々はとにかくデタラメである。初日から言う人事に被害者数が4万から30万の幅でばらばらという酷さで、正式に採用された証拠には23人が10日間で10万人の死体を埋葬したという馬鹿げた資料まである。(新ゴーマニズム宣言より)
結果は有罪、死刑。私なら死んでも死にきれない。
GHQが次に行ったのは日本国民の洗脳である。とにかく、日本人が二度と戦争をしないようにせねばならない。教育を改革し、憲法を作り直し、狂信者のような封建社会日本をアメリカ式の民主社会、それも二度と戦いを起こさない国民にせねばならない。出なければまた牙をむかれる。彼はこう考えたのだろう。
こうして、日本国憲法の発布と教育改革が実行された。天皇は人であり、軍国主義は間違った考え方だった。アメリカはその軍国主義を倒し、日本に平和と民主主義を与えた正義の国である。と、まぁ筋書きはこんな感じである。この洗脳に日本人はあっさりひっかかった。教科書や新聞に書いてあり先生がそういう。それだけ条件がそろって事実を疑おうとする日本人はそうはいない。仮に気が付いても、その意見は封殺されてしまうのが日本の社会である。こうして「高度経済成長はアメリカのおかげだ」というとんでもない勘違いが生じたのである。
実は極東軍事裁判の後、南京大虐殺はしばらく忘れられていたのだが、1971年に朝日新聞の記者が再び蒸し返し、現在にいたっている。
「ゴーマニズム宣言」によれば従軍慰安婦問題も同様で、もともとなかったものを日本人の記者が老人に嘘の証言させ、韓国に被害者を探しに(でっち上げに)いったという経緯がある。テレビで韓国人の老女が話していることと、日本語訳のテロップが違うなど、これもまた酷いものだった。これが国際問題に発展しているのだから洒落にならない。
自国の恥をでっちあげてわざわざ他国に金を払うのだからGHQの洗脳は予想以上の効果だったのではないだろうか。
小林よしのりも、このような事を漫画にするからそこら中から非難がとんだ。私がこの「ゴーマニズム宣言」を資料として信用するのは、実はこの反対意見を載せ、堂々と反論、議論、時には謝罪すらしているところにある。南京大虐殺や従軍慰安婦問題に関しても、とにかく資料を持ち出し証明しているし、漫画の中で自分の信者をつくっている現状を皮肉りさえしている。
その中ででてくる「知識人」たちの意見、抗議の量はとにかくすごい、中にはノーベル賞作家大江健三郎までいる。これらから、すでに小林よしのりが間違いであることを証明した意見を省くとこうなった。
「そんなこと言ったら迷惑かけた国の人たちに悪いじゃないか、第一そんなこと言ったら国際社会で孤立するよ」
小林氏ばかりでなく私もあきれた。社会に適合するために正しいいかどうかは後回し。どんなご身分の方だか知らないが、とにかく日本人の呪縛から離れていない。そんなことを言っているのは日本人だけであることをいいかげん自覚せねばならないだろう。「非国民」が「軍国主義者」や「右翼」に変わっただけで、戦時中とやっていることは大して変わらない。これはれっきとした言論の封殺である。
他国を侵略したことが罪ならば、太陽の沈まない国だったイギリスの首相は毎年、謝罪のために世界各地を回らねばならない。当然、戦没者慰霊などもってのほかのはずだ。
「他国が怒るから黙る」という意見自体がおかしい、「日本人の社会」の章で紹介したが、欧米では意見を言わない奴はなにをされてもいい奴なのである。
さて、こうして日本人の「アメリカ万歳」化は見事成功した。日本人のほとんどが現在も祖父の代の戦争責任とやらを背負って反省し、アメリカからもたらされた民主主義国家として世界平和のためにがんばろうと思っているのだ。
本論を離れ、長々とこんな説明をしたのは、洗脳状態にあること事態に気が付いていない日本人があまりにも多いからだ。小林よしのり氏も、私自身もつい最近まではそうだった。後輩にこの話をしたら信じてもらえず。とうとう「小林よしのり信者」のレッテルを張られたほどである。50年の呪縛はかなり根深い。
だが、この洗脳は完璧ではなかった。それが戦後教育の完成を迎えた我々世代に現れ始めている。それが今なのである。
原因はやはり民族性の格差にある。GHQも我々と同じように、日本人の精神と社会構造を見誤っていたのだ。
上下関係を明確に分け、集団を形成し、自らを犠牲にしてまで事に当たる日本人の戦い方を見て。彼らは日本が精神的に立ち遅れた封建社会の国家だと錯覚してしまったのだ。
これも自覚している日本人がほとんどいないから、繰り返して言うが。日本人の基本はヨコ社会である。上下関係にやたらこだわる倫理が発達したのは、ヨコ社会、平等主義社会で生じる弊害を是正するためだった。
ここに個人主義社会の「自由」と「民主主義」の教育を持ち込んだのだのである。それがどういうことかお解りいただけただろうか。
当然、日本人はこれを歓迎した、もともと自由と平等が大好きなのだから、気分は宿題のない夏休みである。
だが、個人主義社会で言う「自由」という権利には「リスクの等配分」という義務が付きまとうのを日本人は忘れている。
安易に「自分の個性を伸ばすにはアメリカのような自由な国にいかねばならない」という人がいるが、果たしてそうだろうか。
アメリカの「自由」とは「機会の均等」に他ならない。チャンスはある、あとは君の腕次第、というのが「自由」である。しかしその裏側には、弱肉強食の倫理が影を潜めている。意見を言わない奴は放置するし、実力がなければグビにする。鞄から目を放す大馬鹿野郎は鞄を盗られるのが。自由の国の現実である。集団と人間の善意に常に守られてきた日本人がそんなところに不用意に飛び込めば、常に競争しつづける孤独に発狂したり、騙されて食い物にされたりするだろう。
そんなことは日本人は知りはしない、日本人にとって「自由」とは「好き勝手やっていい」ことである。ゆえに、自己主張だけが強い日本人が生まれ、勝手な権利を振り回しモラルの低下や問題を起こす。授業で騒ぐ生徒を怒ったら親が文句を言う、そのくせ成績が悪いと怒り、教師のせいにする。教師は何も出来ず、おかげで子供は増長するから手がつけられない。学級崩壊は戦後教育の賜物なのである。
群れをなす習性のある犬をあまり可愛がって育てると自分が家庭のボスだと自覚し始め、ついには買主に噛み付くようになるという。今の日本人もそうなっている
家庭からは父権が消失しつつある。
もともと、日本人の本質は「たおやめぶり」。女性的精神の世界である。だから女性が感情的になる姿を日本の男性は否定できない。実際、平安時代は明らかに女性が重宝されたし、女性の文化がかなり発達した時代だった。江戸時代では大奥はしっかり発言力を持っていた。どうも、平和になると日本の男性は発言力が消失していく民族らしい。ここにレディーファーストの風習を取り入れたものだから、鎌倉の昔から昭和のはじめまで日本の男性が培ってきた父権はどんどん崩れ始めている。最近では、胸毛や髭を永久脱毛したり、オカマでなくても女性的なファッションに身を包む男性も珍しくない。黙って仕事さえしていればよかったはずの男性が今は「育児もすべきだ」と政府のポスターにかかれる時代である。「ふにゃふにゃになった日本人」(著マークス寿子)によれば、しつけをなすのは家庭では父親の仕事だったのに、最近はそれが消失しつつあるという。子供のわがままを聞くのは母親としては本能なのだろう、ここへ父親が登場し、母親を押しのけてしつけるのが。日本とは言わず、人間そのものの家庭の姿であるのに、日本の父親の家庭での立場は弱い。「古臭い」と、自由と平等の名のもとに古来の慣習を破壊してしまったせいで、日本の父親は家庭ではやることがない、しょうがないから仕事を言い訳に家庭という社会そのものから「行方不明」になってしまった。
女性の方々の批判を覚悟した上で言おう。日本人にフェミニズムは必要ない。むしろ害毒にすらなりうる。
女性という生物的な精神構造と肉体的ハンデを乗り越え、社会に進出してきたり、家にいない夫の変わりに家庭で父権を発動することのできる女性は評価すべきだと思う。実際私の母がそうだった。
だが、「自由」と同じで、女性と男性の格差を埋めるための「権利」と女性としての「甘え」を区別できない女性は残念ながら多い。こういう女性は男性に負担を掛けすぎるのに、日本の男性はそれを否定できない。むしろ頼られている、と喜んでしまう。
かくて、「骨抜きの男とわがままな女」が「しつけをしない父親と、甘やかす母親」となって、家庭内のモラルそのものを崩壊させてしまう。
個人主義の影響で核家族が増えたのもそれに拍車を掛けている。母親が父権も、女性社会も不在な状態で育児をする孤独感とストレスから今度は育児ヒステリーに陥ってしまう例すらある。泣き叫ぶ子供をしつけることも、周囲に助けを求めることも出来ないので、自己崩壊を起こすか、もしくは女性的な感情の激発、ヒステリーの行き所を子供にぶつけてしまうのだ。これは男性の優位性がどうとか言う以前に、家庭と言う社会にとっての危機である。モラルの低下は決して教師のせいだけではない。
言いすぎだ。というかもしれないが、実際、女性が政治に強い影響力を持つと大抵、ろくなことがおきていない。クレオパトラ、楊貴妃のように男性を破滅させてしまったり、一部の重臣を頼りきったり、子供を偏愛したせいで、お家騒動や政治闘争の引き金になったりと、あげていけばきりがない。実際日本でも、応仁の乱では、十年以上にもわたって京都が戦場になった。
エリザベス一世、西大后のように成功した例でも、どこかヒステリックな弾圧が裏ではうごめいている。北条政子が承久の乱で武士たちに団結を呼びかけた事実の裏側に、なぜか次々と謀殺されていった二代、三大将軍の存在と、政子の、父、兄が実権握っていたという事実を忘れてはならない。一説によれば、馬から落馬して事故死したという頼朝ですら謀殺だったとする説があるくらいだ。
女性と政治、社会に対する研究もこれから進めていかねばならないだろう。
また、会社ではサムライが消えた。
高度経済成長期、日本のサラリーマンは会社のために、欧米並みの生活を勝ち取ろうとがんばった。日本人は「〜のために」という目的を持つと強い、太平洋戦争時でもそうだったように日本人は「群れ」のために身を粉にして働き時として死をいとわない。戦後の爆発的成長は日本人の力で起こされたものである。
ところが、ようやく勝ち取った「欧米式の生活」とやらは、仕事は生きるための「手段」でしかない。本来日本人にとっては仕事は「環境」である。でも、日本人は仕事を「手段」と考えるようになってきた。仕事人間からの脱却である。
ここで、日本人がやり始めたのはやっぱり「環境への適応」である。もともと自己主張が嫌いだから、あくせく出世を目指すより、生きるだけの給料さえもらえればいい、後はのんびり過ごそう。
上司に理不尽な命令を押し付けられたり、失敗しそうなプロジェクトに突き合わされるのも仕事である。文句を言ったら企業社会から追い出されかねないから、黙って仕事して、定時に帰り、土日はのんびり過ごす。
結果、能率は低下する。企業に対する忠誠心なんて上司の前だけの話なのだから当然だ、自分くらいサボっても会社という「環境」はそうは変わらないという慢心が日本人にはどこかある。給料さえもらえて、おきらくに過ごせれば日本人はなにもいらないのだ。
音楽を聴きながら、ガムを噛みながら仕事はできても、能率を上げる器用さは日本人にはない。現在会社の中核をなしているのは成長期の世代の方々だからまだましだが、ぼちぼち洒落にならない時代が来るだろう。
実際、「会社のために」自分が恨まれてでも投資を打ちろうと考えなかった銀行マンが、いくつかの銀行をつぶしてしまった。そのような人々が、いや、もっと酷い世代が社会に進出しつつある。「もうすぐ景気がよくなる」という考え方がすでに他力本願的な堕落が、深刻なまでに広がっている証拠である。高度経済成長期の日本人は「日本をよくしよう」と働いていたのだ。
思想も消えた。
民主主義の国がなぜ、言論の自由があるのになぜこうなったのか。
じつは戦後、言論の自由に乗って、思想が膨らんだ時代があった。
「安保闘争」「学生運動」である。
ところが、言論を振りかざした学生たちは民主主義という言論、思想の自由競争において、政府という巨大な組織に派手に敗北した。
ここでまた、日本人は環境に適応する。
お上の言うことに逆らっても無駄だ。かないはしない。だったら政府に文句を言うのは家の食卓でやろう。第一、政治運動なんてやっていたら田舎の家族が悲しむ。テレビで放映されたらそれこそ恥だ。
こうして彼らは就職していった。その世代を先生と仰ぎ、親として見つめてきたのが我々の世代である。直接何を言われという記憶はないが、我々は、否、我々の親たちも「ナントカ主義」という思想をもつことに嫌悪感を覚えている。
今までお世話になった議員さんやのお手伝いならまだいいが、思想活動にその身を投じることになると、古来より日本人は親だろうが友達だろうが、とにかくその思想を持たない社会と縁を切らねばならない状態になる。親類縁者は止めに来るし、田舎には帰れないだろう。友達も減るし、できる友達はかなり偏る。
このため日本人の思想家はどこか俗世から離れたような人間になって、社会から飛び交う非難と戦わねばならなくなるのだ。それでも考えを曲げず、実行できた人々が時代を変えてきたのだが、それはあくまで「非日本人」である。
大抵の日本人はそんなリスクを背負うよりも安穏に生活できればいいと考える。ニュースを見ながらビール片手に政府に文句を言って何もしない。第一、放っておいても豊かで、平和な日本に何が悲しくて波風を立てなければならないのか。
実際、学生運動敗北の中、そう考えなかった人たちはいる。こんな日本人が情けないと思うなら参加すればいいだろう。今彼らは「右翼」とか「過激派」とか呼ばれながらもしっかり日本を変えようとがんばっている。「日本赤軍」の人たちも、この間逮捕者が出たところを見るとまだ活動しているのだろう。恐れることはない、明治の元勲たちはみな、若いころはテロリストだったのだから。
国家が、否、民族も消えつつある。
日本人は戦後教育のおかげで日本人は国旗を燃やされてもさほど怒らない国民になった。「国家のため」といえばたちまち「軍国主義者」呼ばわりである。押し付けた当人のアメリカでは自国へ誇りが強い。「アメリカのために」戦う映画はいくらでもあるし、国旗を燃やしたら怒り出すだろう。当然、軍隊だってあるし、日本国土に我が物顔で基地すら構えている。
教育は恐ろしい、教科書で過去の戦争を否定しつづけたおかげで平和主義は愚か、天皇の存在や日本という民族そのものを否定し始めている。今、特に戦後教育を受けた日本人は見苦しいほどアメリカニズムに染まろうとしている。日本がアメリカの州の一つになっても、我々の世代のほとんどは特に怒らないだろう。これは精神的な占領が完成しつつある一つの証拠だ。戦後教育の出所を考えたら否定できないのではないだろうか。
だいたい世界国家ができると国民のほとんどが思っているのがあまりにも能天気すぎる。戦後教育をもたらしてくださったアメリカが、国連への参加費を全くはらっていないのに世界の警察とやらを名乗り、安保理事会で大きな顔している実態をどう説明するつもりなのだろうか。大体、平和主義とやらを押し付けといて自分はいまだに世界一強力な軍隊を持っているのもおかしい。今、散々問題になっている自衛隊を作ったのもアメリカだ。
日本の平和主義は太平洋戦争中の日本の強さを恐れたアメリカが押し付けた代物であることを忘れてはいけない、繰り返して言うが、何も言わない奴は何されてもいいのが向こうの常識だ、気を使っても仕方がない。このまま世界国家という幻想を見つづけていれば、アメリカと言わず、世界中の国からいいように利用されるだけだろう。実際、世界最大の後方支援基地が沖縄にはあるし、従軍慰安婦問題に賠償しようとしているのだ。笑い事ではない。
「国際人」などという奇怪な民族は存在しないことを日本人は信じていない。明治の政治家は国際社会に「日本人」という看板を堂々と掲げて、否、掲げられる国家を作り上げて始めて、不平等条約を跳ね除けることに成功したのである。
このように、戦後教育は日本人の本質にあまりにもあわなかったために戦前の伝統が消滅しつつある現在になってアレルギー症状が出始めているが、現代の日本人であると見ていいだろう。ヨコ社会に自由と平等などというものを持ち込んだために日本人はどんどん堕落していったのだ。
当然、要因はそれだけではない、アレルギー反応がおるということは、日本人自身の抗体が健康な証拠である。
そして、環境の変化がここでも出てくる。日本人は世界有数の経済力とアメリカの軍事力という巨大な安全の中にいるので、明治や大正のころより外国に対する警戒心や恐怖心がなくなってしまったし、経済的に対抗しようという気持ちもなくなった。世界国家ができると思っている能天気さがこれに拍車を掛けている。ついでに言えば、ノストラダムスの予言も外れてしまった。
日本は世界一豊かな国、外国は仲良くすべき兄弟で、アメリカは頼りがいのあるお兄さん。困っている国があるならお金を払って助けてあげよう。
これまでに見てきたように、こんな状態に置かれたら、日本人は発展を止めてしまう。儲けた金は生きられる範囲でしか使わないで、後は溜め込んでしまうし、生活を便利にするために社会を変えようとも思わない。変えようとする奴は今の生活の破壊者だから。ひとまず排除する。排除された、天才は有り余ったエネルギーを経済とは関係ない文化や芸術の分野にぶつけ始めるか、それが無理なら単なる不平屋になる。
そう、GHQの戦後教育を受けてもなお、「日本人」は存在しているのだ。
では、結論をだそう。
現在、日本政府は信用を失っている。国民、特に若者は失望し、自分の社会との隔離を行っている。権力体制は「弱体化」といったところだろう。
そしてモラル、これは今までしつこく述べたが。明らかに低い、「無法」とまでは行かないが「低」であることは間違いないだろう。
そして外国との関係これは、戦後教育のせいもあり無節操とも思えるほどの「積極吸収」である。不景気で外国から撤退し始めているので残念ながら「対抗」とは言いがたい、外資系企業の参入やら投資やらが流行っているので「進入」と付け加えてもいいくらいだ。
結果は
|
|
権力体制 |
モラル |
対外政策 |
|
現在 |
影響力低下 |
低 |
積極吸収 一部進入 |
と、こうなった。
他の時代と比べると、「鎌倉末期」の時代と気味が悪いほど似ていることがよくわかる。ちなみに、私の初めの予想は「江戸末期」だった。別にあわせるように論旨を展開していったわけではないことは断っておく。
しかし、日本人風の、ゆっくりとした反乱が起きていることは間違いがないだろう。現在は、歴史の流れで行けば、政権や秩序の崩壊する直前か、もしくは崩壊中のようである。