影菓子

 雲の無い満天の星と満月の夜。
 何時も通りの夜のお出かけの最中、萌は見知った人影を見つけた。
 「マサヒロ〜♪」
 嬉しそうに声をかける。
 「ん? ああ、萌か」
 ノミと木槌をポケットに入れて、応える大河。
 「何してるの?」
 「ちょっとな」
 意味ありげに笑い、手に持っていた黒い物を手渡す。
 それはとても淡い黒色透明な物で、ガラスのかけらのような感じだった。
 と言っても「触っている」と言う感触が無い。
 「なぁにこれ?」
 「食べてごらん」
 何の気なしに頬張る萌。  「!?」  その塊は口に含んでもやっぱり感触がろくに無かったが、ゆっくり溶けてい
くと、冴え冴えとした甘さがいっぱいに広がる。
 「どうだ、美味いだろう」
 コクコクとうなずくしか出来ない。
 あまりに不思議な味わいだった。
 段々と口の中で溶けて……、やがて消えてしまった。
 「ああ……」
 味が無くなってしまい、哀しいと言うか寂しいと言うかそんな感じに囚われ
る。
 「あれ? 消えちゃった」  溶けたのなら唾液に混じってしばらく味が残るはずなのに、まったく無い。
 溶けたのではなく、消えてしまったのだと萌は気づいた。
 「ああ、影菓子だからな」
 「影菓子?」
 「そう。このノミで、影を削ってつくるんだ」
 「ノミで?」
 「そうだよ」
 「魔法のノミなの?」
 「魔法……っていうかな、ファンタジーみたいなもんだよ」
 「?」
 おもわず首をかしげる。
 「まあ、別に解らなくてもいいさ」
 「……もっと食べたい」
 ちょっとむくれたが、すぐに気を取り直す。  「ああ、いいぞ。好きなだけ食べな。消えちまうから栄養にはならんが」
 「ふ〜ん」
 ノミを出して、空中にあてがうようにしてから、かるく木槌で叩く。
 コン、と音がするが、「影菓子」とやらはどこにも無い。
 二・三度軽く叩くとやがてパカッと音がして、慌てたように大河がその下に
手を伸ばす。
 「ほれ」
 「ありがと」
 にこおっと笑って受け取る。
 ひどく淡い黒――影の色――の塊を頬張って、満面の笑みを浮かべる萌。
 「そんなに美味しいか」  見ている方もおもわず笑みがこぼれる。そんな笑顔。
 声を出せないほど美味しいのか、萌はコクリとうなずくだけ。
 と、大河はちょっと歩いて、木の影に移るとそれを削って、萌に渡した。
 「?」
 不思議に思いながらも、最初の影菓子が消えてから頬張ってみる。
 「!」
 さっき食べ物より美味しい。
 半ば恍惚としてそれを味わった後、ようやく口を開く。
 「何の影かによって味が違うんだね」
 「ああ、食べる人にもよるけどな」
 「ねぇ?」
 「ん?」  「これって、影を削っても削られたほうは何とも無いよね?」
 「ああ、何とも無いよ」
 「じゃあ……マサヒロの影、食べてみたい」
 「ああ、いいよ」
 あっさりと応え、自分の影を削って渡す。
 「!!」  次元の違う味だった。いくら形容を重ねてもこの味だけは表現できない。彼
女は本気でそう思った。
 「はぁ……」
 ややあってようやく喋れるようになった萌はおもわずため息をついた。
 味の余韻が消えていくのをこれほど残念だと思ったことは無い。
 「どうだった?」
 「美味しかったよ」
 「それだけ?」
 「美味しすぎて、何にも言えなくなっちゃった」
 「そうか」
 「うん」
 
 
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