戟(げき) 〜三国志の武器〜

 分かりやすそうで分かりにくいのが三国志の武器についてだ。何しろ1800年ぐらい前の中国の話だし、「三国志」を書いた陳寿は地理や法律に関する文章(通常「志」と呼ばれる)を書かなかった。当然、武器の形状や使い方についても書かれていない。
 元々、中国では戦争は誉められた行為ではないとして、細かい記述が残されていない。
「六韜」や「孫子」などの兵法書は残っているのだが、それらは思想に近い物があり、具体的に敵を倒す技を記した書物はほとんど無いのが現状だ。そして、武術ファンは泣くしか無いのだが…

 そんな訳で、武器も本によって形状が違うし、良く分からない表現も多い。
 だが、分からないで終わらせるのもつまらない。分からないなりに、少し解説と考察をしてみたいと思う。



形状について
戈 矛・鉾 戟
(か) 矛・鉾(ほこ) (げき)
 下側が刃になっている。敵を引っかけて斬る。主に戦車(2・3人乗りの馬車)で使用されていた。  主に敵を突く。
 長い武器でマトを突くというのは意外に技術がいる。叩きつけるように使う場合も多かったのではないかと思う。
 戈と矛を合わせた武器。突くことも刈ることもできる(理想論)。
 

 大修館書店の「漢語林〔第2版〕」によれば、形状は上のとおりである。
 辞書的には次のように説明されている。『戟は、戈(カ)と矛(ボウ)との合体から生まれる武器で、引っ掛ける戈と突き刺す矛との双方の働きを兼ねる。』
 これらの武器が実際にどう使われていたのかは、そのうちに書きます。
追記(03/4/29)

三国志に登場する武器(附、方天戟について)

 正史・三国志にでてくる武器を数え上げたものが表1になる。
 また、攻撃に使われそうな字を、同様に数え上げたものが表2になる。
 (検索でのカウントなので、同一ページ内に複数回でてきてもカウントしていない)

表1 正史・三国志内の武器登場数
70 73 26 93 35 46 61 43 81 8  37 1 

表2 攻撃的な字の登場数
289 374 66 209 527 91 170

 こうしてみると、戟はあまり使われていない武器だとわかる。
 弓・弩・矢の飛び道具が多い。
 比喩的表現につかわれている武器もあるで、そのまま実戦での使用頻度とはならない。
 ちなみに「ハ(ヒ)」は「武器と防具 中国編」によれば古代に使われた武器で、槍に似た形状をしている。
 三国志の時代ではすでに使われていなく、華佗伝で小刀(メス)をあらわすものとして使われていた。
「鉞(えつ=マサカリ)」は武器としてよりも、軍事権をしめす象徴として「節(はた)」と一緒に使われていそうだ。

 三国志の武器をみると、その後生き残る「剣」「刀」「弓・弩・矢」や、「槍」に変化して生き残る「矛・鉾」は登場数が多い。
 その反面、消えていく武器である「戈」「戟」は出番がすくない。

 戟は使われている数もすくなく、消えていく武器だ。しかし、おもしろそうな武器なので、もうすこし詳しく検証してみたい。

 戟の検証のまえに三国志演義で呂布のつかう「方天戟(ほうてんげき)」について。
「方天戟」は三国志の時代には存在しない武器だと言われている。実際実在していないのだろう。

 しかし、正史・公孫サン[王贊]伝には、鮮卑族とたたかったときに『サン乃自持矛,兩頭施刃,馳出刺胡,(みずから矛を手に持ち、その両側に刃をつけ、馬を走らせて出撃し、えびすを刺殺した。)』とある。
 ここでの「刃」とは、日本語注に注によれば、右図のようなものらしい。

 上の説明と重複するが、長い武器でマトを突くというのは難しい。
 叩きつける攻撃をするときには、この刃のような補助的なものがついていると便利なのだろう。

 さて、この刃を2つつけると、呂布の「方天戟」によく似た形状になる。
 ウェブサイト「中国武術武器博物館」に方天戟の写真がのっているので見比べてください。

 三国志の時代には「方天戟」とよばれる武器はなかったが、似た形状の武器はすでにあったようだ。
矛と刃
ちくま学芸文庫
正史三国志2より

追記(03/9/5)

 つづく…

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