ライダーメモリアル

ここでは仮面ライダーに関するエッセーを載せています。


小学校入学前

 僕が生まれたのは1978年。その翌年には「スカイライダー」が始まっていたわけだが、もちろん当時の僕はそんなことは知るはずもなく、見た記憶もない。これについてはスーパー1も同様なのだが、何故か家には「スカイ」と「スーパー1」の絵本が一冊ずつあったと記憶している。共に内容は憶えていないが、たぶんスカイの方は、パワーアップ前の絵本だったと思うし、スーパー1は逆にかなり終盤近い時のようで、サタンスネークの写真が掲載されていた記憶がある。
 幸か不幸か、僕は当時で言えば、「テレビマガジン」「テレビランド」「てれびくん」といった雑誌は一切購入していなかった。もっぱら小学館の方の「よいこ」とか「幼稚園」を買っていたのだが、今思うと、あのころの小学館が「ウルトラ」中心であり、講談社なんかは「ライダー」中心であったことが、僕の趣味を明白に区別した原因ではないかと思う。テレマガを買ったのは確か2回ほどで、そのうち一つ目は「宇宙刑事シャイダー」が始まる時期だった。その時に付録で「ライダー紹介」みたいな別冊がついてきた。それを読んでいたので、ライダーの顔は認識することが出来たが、名前までは覚えなかった。一番印象に残っていたのはライダーマン(笑)。
 何故かこの頃の僕は、ライダーシリーズに「泥臭い」と言う印象を持っており、同時に「難しい」という感じも持っていた。その付録でも確か、「1号がヨーロッパへ行く」とか、そんなことは書いてあったと思うので、もしかしたら、連作形式のように細かいことをいちいち憶えていなければいけない作品なのではないか、と思っていたんじゃないかと思う。この誤解は3年ほど経ってから解けることになる。


「ファースト」コンタクト 〜漆黒の仮面ライダー〜

 小学三年生の時、「仮面ライダーBLACK」がスタートした。当初は小学館が大々的に活動していたようで、学習雑誌を買っていた僕は自然に見ることに決めていた。当時は朝8時からメタルヒーロー、8時30分からビックリマン、9時から不思議コメディ(これは途中から見なくなった)、そして10時からBLACKと、今考えても幸せな時期だった。一日に見たい番組がこれだけ集まってくることが、非常に嬉しかった。
 と、期待していたものの、僕は第1話を見るのを見事に忘れ、仕方なく第2話から見るようにした。怪人の不気味さに心底怖がり、それを倒すBLACKには心からカッコイイと思ったものだ。やはり最近のヒーローものには「恐怖感」が足りないんだろうな、などとも思えてしまう。でも、少し物足りないと感じていたのも事実である。当時放送していた戦隊シリーズはたくさんの武器を使って華麗に敵を倒す(今もそうだけど)。それに反してBLACKは、少なくとも僕の目には「殺し合い」をしているというか、そんな生々しさがあった。そのために、ちょっと引いて見ている部分もあったと思う。当時の戦隊はまだ、「戦隊が絶対の危機に陥って、そこから様々なプロセスを経て、新必殺技や新必殺武器が登場する」という不文律があったので、戦隊のパワーアップにも興奮しながら見ていられた時期だった(これは蛇足)。
 BLACK世代の子供として忘れてならないのは、やはりあの玩具。画面のフラッシュに反応して光り出すというあのおもちゃだ。でも、僕は一つも買わなかった。欲しいとは思ったけど、そこまで夢中になってもいなかったし、別にいいやという感覚だった。これに限らず、僕はヒーローものの玩具はほとんど買ったことがない。今思うと、バイオマンのテクノブレスぐらいは買いたかったな(笑)。そういえば、何故か「星雲仮面マシンマン」のおもちゃは持ってたな…。
 シャドームーンの登場はやはりショックだった。はっきり言って、見ているのが辛くなった。僕は剣聖ビルゲニアがあまり好きではなかったのだが、そのビルゲニアを簡単に殺してしまった男は、今まで光太郎が助けようとしていた親友だった。光太郎の苦悩は見ていて辛かった。その反動で番組自体を視聴する回数も減っていってしまい、気がついたらBLACKは殺されてしまった(笑)。その頃から、「ここまで来たら、仮面ライダーが全員集合して欲しいな」なんて思っていたが、結局だれも登場せず、ブラックは生き返り、再びシャドームーンと戦う。そして、シャドームーンは記憶を取り戻すことなく、「シャドームーン」のまま死んでいく。そして創世王の情けない正体。やるせなかった。結局光太郎の下には信彦はおろか、杏子も克美もいない。あまりにも寂しいエンディングだった。その静かな終わり方は、傷つきボロボロになって去っていく「ウルトラセブン」や、だれに見送られることもなく、ただ去っていった「超電子バイオマン」と共に、僕の心に深く刻まれている。


最高の贈り物 〜新生!太陽の子〜

 で、そんなハードな最終回の後の予告で、「RX」が始まると言うことを聞かされるわけである。RXの第一話を見た時、ほっとしたのを覚えている。やはり、あの最終回の後に光太郎はどうなったのか、結構気にしてはいたのだが、幸せそうにしているのを見て、安心したのだった。肝心のRXは、学校でも「バッタみたい」と話題になった。いや、元々バッタなんだけど、後頭部の辺りが特に印象づけるデザインだったので、番組開始当初は結構みんなでそう言っていた。
 ところが、RXはだんだんと見る機会がなくなっていった。単純に言えば、なんか見る気がしないのだ。ちょうどその頃、僕の中ではウルトラ熱が再発していた時期でもあったので、仮面ライダーにあまり興味を持たなかったのかも知れない。ロボライダーやバイオライダーに変身する回は見たが、中盤以降はほとんど見なくなってしまった。久しぶりに見ると、いきなり的場京子が出ていて驚いたものだ。
 そんな中、唐突に彼らは帰ってきた。そう、11人ライダーの勢ぞろいである。面白かった。楽しかった。今見ると不満も色々あるんだろうけど、当時の僕にしてみれば、今まで数々の戦いを経験してきたであろう先輩仮面ライダーが、全員集合していると言うだけで、興奮し感動した。まだライダーについての知識なんて微々たるものだったけど、これは番組からの最高の贈り物だった。大人になってマニアックな視点でものを見るようになると、このような大イベントが行われても素直に喜ばず、むしろ更に何かを望む場合もある。僕も今では10人ライダーにもっと活躍して欲しかったと思うけど、同時に、RXと共演してくれたことを、単純に嬉しく思っている。そこに彼らがいるだけで僕は非常に嬉しいのだ。「BLACK」の時は現れなかったライダーが、今、RXとともにいる。これだけで当時の僕は大満足だった。
 ところが、何故か最終回を忘れてしまい、結局見たのはラストのラスト、戦いを終えたみんなが、佐原夫妻の墓前にお祈りをしているところだけだった。未だに後悔していることの一つである。


本格的 〜ファンになった日〜

 小学生の頃の「ライダー」の思い出としては、やはり「仮面ノリダー」も忘れることは出来ないのだが、あれは仮面ライダーとは直接リンクしないのでここでは割愛する。むしろ純粋なライダーとしての接点は、ファミコンソフトの「仮面ライダー倶楽部」であろう。これは、全然欲しくなかったのにもかかわらず買ってしまったという不思議な経緯を経て購入した、今考えても不思議なソフトである。
 このゲーム、内容そのものははっきり言ってクソゲーだ。前ステージが異様に長いのにコンティニューはおろかパスワード機能もついていない。あげくに登場する1号、2号は地味な色した旧タイプの色なので、見た目にもつまらない。この前久しぶりにやったら、あまりのクソゲーぶりに逆ギレして捨ててしまった(実話)。
 だが、世の中はどこでどうなるものかわからない。中一が終わろうとしているころ、ふとこのゲームに出てくる必殺技の事を考え始めた僕は、「もっと必殺技のことを知りたい」と考え、同じ時期に偶然発見していたバンダイ刊の「仮面ライダー大図鑑」を立ち読みしだした。そうしたら下り坂を猛スピードで転がるが如く、ライダーにはまってしまったと言うわけである。
 始めにやったことは当時出ていた「大図鑑」の3巻までの購入と、ケイブンシャの大図鑑の立ち読み、そして「B−CLUB」のライダー特集号の購入であった。ケイブンシャの本を立ち読みしてとりあえず全ライダーの名前と変身前の人間の名前を憶え、B−CLUBでは当時発売したばかりの「真」に乗じたライダー特集をやっていたので、それぞれのライダーの基本設定を覚えた。あとは近くのレンタルショップでいくつかのビデオを借りてきたりもした。
 まるでニュータイプの如く、ライダーに関する知識を溜め込んでいったわけだが、ウルトラマンの時とは違い、今回のライダーはある程度最初からマニアックな見方が出来ている状態でファンになったため、幼い頃からのファンに比べると熱意の点で負けてしまうのではないか、とか考えたりもした。しかし、にせライダー編のビデオを借りて必要以上に興奮している単純な自分に改めて気づき、その心配は杞憂であることを悟った(笑)。
 ちなみにライダー大図鑑だが、4巻が発売したのはちょうど中一三学期の期末テスト直前だったのだが、テスト前日の日曜日に本屋で買ってきてしまった。我ながら物凄いことをやってしまったものである。問題のレベルは後々のものと比べると雲泥の差だが、やっていること自体は昔から進歩がないらしい。


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