必殺戯言人バックナンバー2000年10月

10/29(日) 週末は雨ばっか

 うーむ、昨日オールナイトから帰ってきて一旦寝たにも関わらず、今日は午後1時過ぎまで爆睡してしまった。いかんな、こんな事では。まあ就寝した時間が午前3時半過ぎだったのでものすごく寝たわけではないにしろ、10時間近くも寝てしまったわけである。
 しかしバイトを始めてから、僕がバイトにいく日は大抵雨が降っているな。今までは週3で入っていたが、その三日間のうち、三日間とも雨が降らなかった週は今まで一度もない。必ず一日は雨に降られてしまうのだ。昔から雨男の気はあったものの、行くたびに雨に降られるのはたまったもんじゃない。て言うか寒い(笑)。何とかしてくれ〜。
 今日は久々にライダーのCDを聞く。やっぱ名曲が多いですなあ。


10/28(土) 3年ぶり、東京ファンタ・オールナイト(後編)

 27日の午後9時50分、華々しく?オールナイトがスタートした。最初にステージに現れるのは映画祭のプロデューサーである小松沢陽一氏。氏はこのイベントの司会進行も務めているのだが、三年前と比べてみてもトークのレベルがまったく変わっていない所が笑えてしまった。
 まずは最初の「死びとの恋わずらい」のゲストが登場。出演俳優の後藤理佐と松田龍平、監督の渋谷和行、原作者の伊藤潤二、そして急遽決まったようで、主題歌を歌っていた歌手(名前失念、パンフのゲスト予定に名前が書かれてないので、本当に急遽決まったものと思われる)がやってきた。歌手は完全に場違いだったし、やってきた人全員トークが得意ではなかったようで(特に松田龍平)、あまり盛り上がらないままで映画が始まる事になった。もっとも僕のいた所は二階席だったので、あまり盛り上がらなかったのかもしれないが。
 で、「死びとの恋わずらい」。僕は伊藤氏の作品はほんの少ししか読んでいないが、今回の「辻占」を元にした話はどこかで読んだ気がする。映画の出来はホラーと言うよりはアブノーマルと言うか、どこか日常と繋がっていながらも日常ではない世界を描いているような気がする。もっとも主演である後藤の演技はやはり主役を張るには不十分な出来栄えなので、絶賛するのは難しいと思う。松田の方は「御法度」で注目されたが、少なくとも僕にはそんなに強烈な個性を感じる事は出来なかった。父親のように、いるだけで強烈な存在感をアピールできるようになるにはまだまだというとこか。
 これ以降に登場するゲストは、みんな配給会社の宣伝さんが来るだけだったので、ゲストの話題は割愛する事にする。でもって次の「ブラッダ」。これはラテン語でゴキブリを意味する邦題で、現代は「THEY NEST」。「彼らは巣を作る」という、捻りも何にもないタイトルである。つまりゴキブリの大群が人間の体内に巣を作って繁殖してしまうと言う話である。設定からしてB級の匂いがプンプンする作品だ。僕はゴキブリが嫌いなので、あまりグロいシーンが出てきたら即行で寝ようと思っていたのだが、あまり激しいシーンがなかったのは幸いだった。「ゴキブリは見るのも嫌」という人にはお勧めできないが。話自体は極めてオーソドックスで、終盤の度肝を抜かれる(笑)展開、そしてラストの「引き」など、これまたB級映画の要素をふんだんに盛り込んだ快作である。サービスシーンが思った以上に少なかったのが残念だが、まあいいや(笑)。
 次は短編を二つ。最初は「BIOHAZARD 4D−EXECUTER」。有名な「バイオハザード」の3D立体ムービーである。入場の際にもらった3Dメガネをつけてみる代物だ。最近はいわゆる「赤青メガネ」ではなく、一見ただのサングラスっぽいめがねになっているのが驚いた。これでもちゃんと立体になるから不思議だ。なんでもどっかのアミューズメント用に作ったようで、「4D」と言うのは「観客の座席に仕掛けがある」という「4番目の感覚」を意味しているらしい。もちろんファンタでは座席の興奮は味わえなかったが。て言うか、そのやり口は京都の東映映画村と一緒じゃないのか(笑)?それはともかく、何だかんだ言っても出来栄えは普通。僕にはどうしてもCGで描かれた人間はマネキンに見えてしまう。で、二番目は「ブレアウィッチ2」の予告編や特別映像。これも言うまでもなく「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」の続編である。何でもアメリカでは今日、28日から公開が始まったようで、サブタイトルには「ハロウィン」の文字が入っていた。なんだよ、魔女の次はマイケルでも出すのか(笑)?
 その次は「フロム・ダスク・ティル・ドーン2」。僕は前作を見たことないし、2の話も聞いたことがなかったが、見た限りでは面白かった。銀行強盗を企んだ主人公が、吸血鬼になってしまった自分の仲間たちと激闘を繰り広げるという話である。マシンガンをぶっ放したり車をぶっ飛ばしたりと、往年のハマー・プロ作品のようなゴシック性は微塵もないものの、展開事態は実にオーソドックスにまとめられているのが自分としては良かった。やっぱり吸血鬼の弱点は十字架じゃないとな。ゲームセンターあらしも十字架打ち(クロス・アタック)が使えないぜ。映画が終わったあとには「3」の予告までやってしまった。うーむ、すごいね。
 最後は「セブンD」。これは典型的なゴシックホラーで、息子を失った夫婦が村はずれの古びた洋館に引っ越し、それによって引き起こされる怪奇現象を描いている。まんますぎる展開だ(笑)。しかも終盤の展開はどう見ても「シャイニング」をパクったとしか思えない。謎解きの部分は面白かったけどね。
 これで全部見終わったわけだが、やっぱりデジタル合成やCGばっかり使っていると、ちょっと怖さが半減してしまうよな。昔の泥臭い方が恐怖感が増幅されていた気がする。
 で、その後はどこかに立ち寄るでもなく、H氏と二人で帰宅した。2人とも結局一睡もすることが出来ず、しかもH氏はこれから大学で講義を受けなければならないらしい。大変だなあ。僕と言えば家に帰って8時ごろに眠ってから午後1時ごろまで完全に爆睡。まだ気分はスッキリしないものの、バイトもあるので眠るわけにはいかない。でも久々に楽しいひと時だった。やっぱオールナイトは面白いな。次はドラえもんオールナイトに行きたいもんですなあ。


10/27(金) 3年ぶり、東京ファンタ・オールナイト(前編)

 今日は友人H氏に誘われ、明日から始まる「東京国際ファンタスティック映画祭」の前夜祭オールナイトに行く事にした。まあチケットは随分前に購入していたので、予定は早々に決まっていたのだが。ファンタのオールナイトは三年前、ちょうど浪人時代に一度行ったのだが、それ以降は文化祭の時期と重なってしまったのでなかなか行く事が出来なかったのだ。今回は満を持しての出陣?と言う事になる。
 オールナイトは、何やら難しい名前がついていたものの、簡単に言えばホラー映画特集である。僕はこの種の映画も大好きなので、ある程度期待しながら行く事にした。
 午後6時にH氏の家に集合。と言っても行くのは僕とH氏の二人だが。そのまま電車に乗って会場である渋谷パンテオンのある渋谷へ。と言っても会場は9時30分からなので、適当に時間を潰す事にする。
 まず探したのはゲーセン。H氏がコナミの出しているアーケードの「北斗の拳」の腕前を見せてやると言うので、それに付き合うことにしたのだ。ちなみにH氏は映画通であると同時に北斗の拳のファンでもあり、最近はフィギュア集めに奔走している。ガキの頃はこんな奴じゃなかったんだがな…(笑)。それはともかく、ゲームが置いてあるゲーセンを見つけるのに苦労してしまったものの、ようやく見つけた場所で早速H氏が腕を披露。中級の拳王編をプレイし、惜しくもラオウに敗北した。
 その後は某牛丼屋で晩御飯を食べ、TSUTAYAで時間を潰す事にする。移動の最中でもなかなか濃い話題を抱負にする事が出来たので楽しかった。しかし新宿にしても渋谷にしても、TSUTAYAはレンタルの在庫が豊富だね。今時宇宙刑事のビデオが全巻揃ってる所なんて見たことないよ。うらやましいな〜。
 再び他のゲーセンに行って、H氏がまたもや北斗の拳をプレイ。ちなみに僕はまったく出来ない、と言うより存在自体を知らなかったので完全に見ているだけである。今回は中級の南斗聖拳編をプレイ。今回は軽々とクリアしてしまった。このゲームはかなり前に出たようで、レイの声は塩沢兼人さんの新録だった。なんか複雑な気分にさせられる。
 そうこうしているうちに時間が迫り、僕らはやっと会場に入る。今回は全席指定で僕らは二階座席の結構上のほう。位置的にものすごくスクリーンが見えにくいので苦労する羽目になってしまった。おまけに一階席よりも狭いので、思うように足を伸ばす事も出来ない。こりゃあ映画を見る時にも苦労するぜ…。
 と言うわけで、オールナイトの内幕は後編にて。


10/25(水) 頼むから休まないでくれ

 また今日もバイトでエグシフトが入ってしまった。いや、時間はいつもと同じなんだけど、昨日の10時過ぎに電話をかけてきて「明日来て」とか言われてもなあ…。こっちにだって予定があるってのに、何で前日になって連絡をよこすんだよ。勘弁してくださいな。まあ断らずに引き受けたこっちも悪いと言えば悪いが、やらねばならんことが結構あるので、あまり必要以上にバイトで時間を潰したくないんだよな…。
 あまり個人的なことを書きすぎるのもなんなので、バイトの話題はここらへんで。かと言ってそれ以外のことというと書く事がない。実はHPのものとは別に、大学での所属団体用に原稿を書かなければいけないのだが、まだ1ページも書いてないんだよな(笑)。あまり時間もないし、ちゃんと原稿を書くことが出来るんだろうな、俺(笑)?


10/24(火) 花屋と鍛冶屋は全然違う

 本当は昨日戯言を書く予定だったのだが、昨日は待ちに待った同人誌「殺した奴をまた殺す」の最新号が届いたので、それを読みふけってしまった。だから昨日は何もできなかったというわけである。
 今回の特集は「仕事人X」。ネットで調べる限りでもあまり好意的な意見を聞くことが出来ない作品である。僕は8月まで千葉テレビで放送されていた再放送によってほぼ全話を視聴しているので、比較的サクサク読み進むことができた。しかしまさかこのシリーズにおいて放送されない話があったとはねえ…。たぶん今問題の前大阪府知事が出演しているからだとは思いますが(笑)。
 しかし今回の特集でもあまり好意的な意見はなかったですね。「見直した」とか「光っている部分も確かにある」とか、消極的な好意の意見しか載っていない。だがそれも仕方がないと思う。確かに全編を見てみるとお世辞にも褒められた作品ではない。二人もの新キャラを迎えながら、その描写不足、殺しの順番の不自然さ、無意味に乱入してくるせんりつコンビ、いい出来とは思えないストーリーの連発…。と、不満点を上げていけばキリがない。だがそれでも面白い部分があるのも確かだし、これも紛れもなく必殺の系譜に連なるシリーズなのだ。そういう意味では今回のような、作品をトータルに見据えた評論は非常に有用だと思う。
 けど、改めてXを見て思った事は、Xに登場した仕事人のうち、加代以外は全員死んじゃってるんですよね〜(笑)。なんか今の視点から見ると感慨深いものがあります。


10/21(土) 風邪に注意

 どうも昨日の戯言で書いたことはあまりにも手前勝手な意見でしたねえ。なんか「アニメドラは駄作」と言っているような気がしてきてしまいます。書いた本人が言うのもなんですが。でもこのままの状態が続いてしまえば、いずれアニメドラは全ての人から見放されてしまうのではないかという危惧はあります。少なくともドラえもんはアンパンマンではないのですから、もうちょっと対象年齢を考えた作品を作ってもらいたいですね。
 最近周囲で風邪が流行している。そんなにひどいものではないが、やはり最近の気温の激しい変化に体がついていっていないらしい。こんな場合、真っ先に僕が風邪を引きそうなものなのだが、幸いまだ引かずに済んでいる。しかしこのままの生活を続けていればいつか風邪にかかることは間違いない。早寝しなくちゃいけないとは思っているんですがね…。


10/20(金) 希望は皆無、と言うより絶無

 さて、昨日の公約通りアニメドラに関する事を書きたいと思う。最近のアニメ新作はかなり健闘していたと思う。まあ原作をほぼそのままアニメ化していれば出来が良くなるのは当たり前で、「ロボット福の神」なんかの話は良く出来ていたが、変に脱線させてしまった「きまぐれロボカ」なんかはつまらない作品になってしまっている。それでもようやくアニメドラにも希望が見えてきたと安心したものだった。そう思っていた矢先に先週のスペシャルである。ちょうど今日で放送してから一週間が経過したが、未だに僕の心を納得させるような肯定論には出会っていない。見るのは「ジャイアンが男らしくてカッコよかった」「クライマックスでみんなで協力する所が感動した」「序盤の展開は面白かった」など、小学生が書きそうな感想文しか見かけない。それが悪いとは言わないが、僕にしてみれば「みんなで協力」「ジャイアンの男気」なんてものはアニメでは既に何年も前から描かれているので、今さら言われた所で感動の直接的な要因にはならない。もっと作品全体を評論してくれるような意見を知りたかった。
 どうしてあんな出来栄えになったのだろう?アニメ肯定論を封じてしまうような作品が何故登場してしまったのか?スタッフの力量と言えばそれまでだが、僕はこの新作を見てある考えに行き着いた。それは「作品の幼稚化と記号化」である。まず幼稚化。ドラえもんは原作、アニメ双方ともに子供向けの作品である。それは否定しないが、一口に子供と言っても幅は広い。小学一年と六年とでは子供と大人ほどに差が出てしまうと言う事は皆さんもお分かりだろう。原作は掲載誌によってターゲットにしている世代が異なり、コミックスではそういった作品が渾然一体となるために幅広い層に読まれる要因にもなっている。さてアニメはどうか。最近のアニメははっきり言って小学生の低学年、もっと言えば未就学児童だけをターゲットにしているのではないか。高学年の子供たちから支持を得る事が難しくなっている昨今、スタッフは早々に高学年層を見切り、低学年層にだけ的を絞っているのではあるまいか。だからあのような「わかりやすすぎてビジュアル的な笑いを重視する作品」が出来るのではないだろうか。
 そして記号化。これは前々から感じていた事であるが、スペシャル新作でついに決定的になってしまった。今のドラえもんに使われるあらゆる要素が記号なのである。元々ドラえもんとは記号性に溢れた世界である。土管のある空き地、やかましい先生、ほっかむりをした泥棒などなど。しかしここで挙げている「記号」は少々異なる。F先生の原作や往時のアニメにはその記号性を記号性と割り切った上で、それを承知で笑いの世界を作ってしまう力量があった。それは裏を返せば、たとえ記号性ばかりであっても、それらを使って自分達は面白い作品を作る事ができるという自信を示す事になる。しかし今のスタッフにはその自信が感じられない。ただ単に昔から使われてきた記号的なものを使っているだけなのだ。懐古主義と言われてしまうのを承知で書くが、昔のアニメは「記号的なものを使ってなおかつさらに面白いものを作る」という自信がスタッフにあった。しかし今は「記号的なものを使っていれば自然に面白くなるだろう」という極めて消極的な姿勢しか感じる事が出来ない。それは進歩する事を自分達で否定する事にもなりかねない。長期にわたるテレビシリーズは生き物のようなものである。その生き物が惰性に身を任せて自ら進歩する事を否定してしまっては、その作品自体が遠くないうちに終焉を迎えてしまう事になるだろう。
 そんな記号化の集大成となってしまったのが先週のアニメだったのだ。「都会嫌いの田舎の子供」「男気溢れるジャイアン」「道具に頼らずみんなで力を合わせて頑張ろう」「最後まで素直になれないままで別れる二人」など、地球上に物語が誕生してから連綿と使われてきたような記号的な物のオンパレードである。概して記号化されたものというのは時代に取り残される傾向にある。それを巧みに作品世界の中で最大限に生かしたのがF先生だった。往時のアニメはその原作をバックボーンにしていたから記号化されたものを扱っても違和感を感じることはなかった。新作オンリーになってきてもスタッフ陣が記号的な物の扱い方を熟知していたから破綻はなかった。そして現在、往時の作品を知らない世代がスタッフに参入し、記号化されたものの扱いを知らないままで記号化されたものを作品の中で使い続けている。このままではドラえもんというアニメ自体が時代に取り残されてしまうのではないか。時代に追いつくと言うのはその時代特有のアイテムを出したり、その時代でしか通用しないような時代背景をバックに持つことではない。いつの時代にも通じる普遍性を持たせること。これが時代に追いつく最良の手段である。
 今のアニメドラは普遍性を持たせることを自ら否定してしまっている。それを図らずも新作アニメが証明してしまった。そしてその危険性に気づくことなく、冒頭のように「記号的なるもの」のみを見て感想を言ってくる人間もいる。それは決して悪いわけではない。見た人は極めて素直にそういう感想を抱いたのだろうから、その感想に対して文句を言う筋合いは僕にはない。しかし、今のような作品ばかりを作り続け、その単調な作風に我々が慣れきってしまう事は、非常に由々しき事態ではないだろうか。


10/19(木) 11日ぶりか?

 明日の分の更新でようやく朝日奈さんの小説1話をアップする。以前の正式な更新が9日だった事を考えると、実に一週間以上何もしていなかった事になる。いや、これくらいは普通なんだろうけど、僕のページにしてみれば異常とも言える事態だ。まあこんなに頻繁に更新できるのは学生のうちだけだろうから、今のうちにたくさん更新しておきたいですな(笑)。
 しかし、自分であれだけ偉そうな事を言っといて、ONEやKanonをあんなにやりこむとは思わなかったなあ。ゲームとしては不満点は数あれど、やはりゲームの内容と萌えは別物だということが良くわかった(笑)。萌えキャラが一人いるだけで、そのゲームにも肯定的な意見を持ってしまうんだなあと実感している次第である。それでもONEの瑞佳編やKanonの舞編は終盤の展開が伏線まったく無しの強引すぎる展開なので、あまり好きにはなれないが。
 何となく先週のアニメスペシャルに関連してアニメドラに関する事を書きたいが、今日はそんな気分ではないのでまた明日に。


10/18(水) 再び何もなし

 今日は関東では木枯し1号が吹いたらしい。道理で寒かったですもんねえ。北海道では初雪だったそうですし、なんだかんだ言いながらも季節は確実に移ろいで行くもんなんですねえ。…何を感傷的なこと書いてるんだ?
 さて、先週はONEだのKanonだのV3だのと色々な動きがあって久々に忙しかったのだが、今週は今のところ何の動きもない。幸せなのかつまらないのか良くわからないが、たぶん神様が少しは更新しろと言っているのだろう。いや、もしかしたら真面目に講義を受けろと言っているのかもしれない(笑)。
 実際V3を買ってしまったら今月はもう何も予定はないからな。そんなに金があるというわけでもないし。ただ来週は友達に誘われてオールナイトに行く事になってしまった。金額を聞いてから決めればよかったと、今ちょっとだけ後悔してます。たぶん途中から爆睡するんだろうな。オールナイトで思い出したけど、来年こそはドラえもんのオールナイト、いわゆる「大人だけのドラえもん」を見に行きたいですなあ。


10/16(月) こうなるとは思ってたけどね…

 土、日と殺人的なバイトスケジュールを入れられてしまったせいで、更新どころかうちでのんびりする事さえも出来なかった。何でバイトに半日も費やさなければならないのか。引き受けてしまった自分の責任とは言え、やはり辛すぎる。日曜の昼勤は今度から絶対断るぞ。そのせいでろくに眠れなかったため、今日は講義までサボってしまって、僕は大丈夫なのか(笑)!?
 帰宅して一眠りしてからONEをプレイ、隠れキャラ以外は全てクリアした。このゲームはやっぱりキャラごとにシナリオの出来が違いすぎる気がするな。そう言えばKanonも名雪編なんかは結構終盤は強引だったけど。まあ、あまりにも強引な終わり方で幕を引いた某アニメを最近見終えたばかりなので、あまり気にはならないのだが(笑)。
 さて、先週一週間はこの2つのPCゲーム、そしてV3のために、まったくページが更新されないという状況に陥ってしまった。当初の予定としては朝日奈さんの誕生日である17日までに小説1話を書き終え、次に28日が誕生日のメイ様の小説をあげるつもりだったのだが、やはり予定は予定でしかないということか。あまりフォローになっていないけど。
 今週からまたボチボチ再開したいと思うけど、大学の文化祭準備も始まるし、まだみさき先輩や澪、栞の話をやり直したいしなあ…。こんなんで本当にいいのか?


10/13(金) やっぱり僕は嫌いです

 今日はドラえもんのスペシャルがあったが、あまり内容には触れたくない。どうしてアニメドラを見ながら苦痛を覚えなければいけないんだろう。再放送と新作とで何故こんなにも印象が違うのだろう。奇妙奇天烈だ。
 僕が言えるのは、例え他のたくさんの人が良い評価をしようと、世間的にいい評価を受けようと、渡辺歩の作風は僕には受け付けられないと言うことですね。
 今日はONEの瑞佳編をクリアした。このゲームはキャラクターによって思いっきりシナリオの出来に差がある気がするな。少なくとも僕はこの瑞佳編は好きになれない。いくら何でも幼なじみにあんな事するか、普通?世界が世界なら仕置人に断頭されたって文句は言えんぞ(笑)。
 やっぱり主人公の性格は好きになれないよなあ。あれくらいエキセントリックなキャラでないとエロゲーとして売る事ができないと言う理由はわかるけど、ちょっとなあ…。前にも書いたけどあれじゃ「より人間くさい」というよりは「性格破綻者」と言われてもおかしくないぞ。ま、そこは所詮エロゲーか。


10/12(木) 夢…、夢を見ている…

 どうでもいいけどウチのPCで「ゆめ」という単語を変換しようとすると意外と面倒だ。普通なら「夢」が一発で出るのだろうが、僕の場合はドラえもんの道具名に使っていたりもするので、「ユメ」とか「ゆめ」が最初に出てきたりするのだ。漢字でうちたい時にカタカナが出たり、ひらがなでうちたい時に漢字が出たり、なんともめんどくさい。
 それはともかく、ONEとKANONの話である。KANONは今日プレイした川澄舞編で全キャラクリアを達成した。CGはまだ全部集まってないけど、それは明日にするとしよう。
 感想は、「大傑作とは言えないが名作」と言うところか。主人公のぶっ飛んだ性格に文句を言ってもしょうがないので(笑)、ゲーム全体を俯瞰してみるとそんなに悪い出来ではない。むしろ良い出来だ。キャラ設定や性格が現実離れしているとは思うが、たぶんこの話は「現代の寓話」みたいなもんなんだから、そんなに目くじらを立てることではないだろう。そもそもこの話に取り入れられている設定はそんなに奇異なものでもないのだ。月宮あゆの「生霊」?という設定は、源氏物語を始めとした平安文学に登場しているし、沢渡真琴の設定にしたって、狐が人間に化けるという伝承は日本各地に残っている。
 そこまで考えると、製作者が意識しているのかどうかは知らないが、なんとなく古典文学と共通している部分があるな。そうだとするとこのゲームの人気の理由もわかる気がする。元々「古典文学」と言うのはその国に住んでいる民族に一番好かれる内容なのだ。だからこそはるか昔から「古典」として残っているのである。つまりKANONは日本人に好かれる内容をたくさん持っていたということなのだろう。
 しかし、あの絵をずっと見てると感覚狂うな(笑)。やっぱり目がでかいし、そもそもあの絵自体そんなに巧いわけではないんだよな。嫌いではないからいいけど。


10/10(火) 第三の男、出現

 やっとこさPSソフトの「仮面ライダーV3」を購入した。ほぼ発売してから一ヶ月が経っているせいか、定価より2割ほど引かれた値段で購入できた。
 ゲームを始めると飛び込んでくるのは、テレビのオープニングとそっくりの、ハリケーンに乗ったV3の勇姿。「仮面ライダー、V3!」と言う力強い叫びとともにタイトルロゴが起き上がってそして主題歌が流れてくる。うおー、熱いぜ!キャラゲーってのはこういう熱さを持ってないとな!
 ゲーム内容も前作同様に大満足。操作方法が変わってしまったので慣れるのに苦労はしたけど、きりもみ反転キックを決めた時の爽快感はすごいよ、アンタ(笑)。V3のキックで知名度の高いきりもみキックと反転キックをちゃんと取り入れているところがまたグッドですな。ライダーマンがその半面で使いづらいんだけど、まあ元々弱いキャラだからしょうがないな。
 カードもそんなに揃ってないし、出してないキャラもいるから頑張らないといけないな。しかし首領のあの強さは何だ?テレビでは5分もしないでやられてたのに、反則だぜ(笑)。


10/9(月) 題目「SF短編PERFECT版2巻の感想」

 昨日の戯言で「ハンディキャップ美少女は反則」なんてことを書いておきながら、さっさとその二人だけクリアしてしまった。みさき先輩は良いですな(笑)。相変わらず言動と行動が一致しない男だな、俺は。Kanonもあゆと栞をクリアしてなんか感動してるようだし(爆)。
 で、今日は予告通りSF短編2巻の感想を一気に書いていこうと思う。まとまってはいないがお付き合いの程を。

休日のガンマン
 個人的な感想ではあるが、あまり面白くなかったですね(笑)。いや、話のオチが途中でわかってしまったからなんですが、たぶんそういう風に出来ているのでしょう。こういう発想が後の「銀河超特急」に繋がったのかどうかは定かではない(笑)。

定年退食
 これまた重いテーマの話を突きつけてくれました。高齢問題という点では「じじぬき」と同じなのだが、切迫度がまるで違う。もしかしたら将来起こりうるかもしれないという世界を、非日常の世界でありながらリアルに描いている。しかもその作画に隠されているが、主人公の老人はハッピーエンドを迎えるわけではない。待ち構えているのは「何もない未来」である。しかし自分をそういう状況に追い込んだ社会や国家というものを恨むわけでもなく、ただ淡々と生きていく老人の姿は真に迫るものがある。老人の顔がのび太顔なんで、いかにも人が良く見えるところがより一層のやるせなさを醸し出している。間違いなく名作だ。

権敷無妾付き
 うまい話はそう滅多にないということなのか(笑)?「妾を持つ」という、今までの自分からすれば非日常的な現実に足を踏み入れるよりも、今まで通りの日常にとどまる事を選択するという姿は、どこかしら中年男の悲哀が溢れているような気がする。その非日常的な世界にも現実的な側面があるというところをきちんと描いている所もさすがですね。

ミラクルマン
 ストーリーは普通だと思うのだが、最後のオチで思いっきり脱力してしまった。別に嫌いと言うわけではなく、まさか最後にあれが出てくるとはねえ(一応ネタは明かさないでおく)。全体的にはちょっと地味な気もするけど、その分オチで思いっきりひっくり返る事が出来るから、まあいいでしょう。

ノスタル爺
 実際に元日本兵が見つかったのもこの時期だったんですかね?しかしいくら捨ててしまった過去に戻る事が出来たとは言え、主人公の取った行動は本当にあれで良かったのだろうか?まあ当人が幸せだと思っていればそれでいいとは思うのだが、これも一種のタイムパラドックスだから、運命は変わらないんだよな。タイトル通り、不思議な郷愁をそそられる話ではあります。

コロリころげた木の根っ子
 ずっと最後まで淡々と物語が進行していって、最後に今まで散りばめられていた伏線が一気に収束され、同時にものすごく不気味な影が作品を支配するようになっていくという、F先生のストーリーテラーぶりを堪能できる一作である。日常に潜む狂気を描いているという意味ではちょっとA先生の作風に近い感じもするが、ラストまでの展開が本当に淡々と進んでいくぶん、ラストの不気味さが一層引き立っている。しかも明確な終わり方をしていない所がなんともシュールだ。これぞSF短編という作品である。

間引き
 この作品が発表された当時と比べてみると、現代はこの話で描かれている世界を絵空事と言い切ることが出来ないような状況にまで陥っている。人口の増加、殺人の増加、愛情の消失。そこまでF先生は未来を予見していたのだろうか。そう思えるような今日的の切実なテーマが描かれている。登場人物が本当に善人そうな人間達であるからこそ、ラストの展開が空恐ろしくなってくる。こう言った人間が持つ「負」の側面をきちんと理解していたからこそ、ある意味「理想論」とも言えるドラえもんを書き続けることが出来たのかもしれません。

箱舟はいっぱい
 時代背景を見てみると、ちょうどこの時期は終末論が横行し始めた時期だったようですね。それに合わせたかのような設定の話ですが、やはりなんとも言えない不気味さをもっています。政府に振り回されて結局真相を一般庶民は知る事が出来ないってのも何かの暗喩なんでしょうかね?

アン子 大いに怒る
 「エスパー魔美」の原型になったと言う話は本当なんでしょうか?それはともかく、掲載雑誌が少女向けの雑誌だということもあってか、主人公であるアン子の描き方もどことなく少女漫画チックになっているところが面白いですね。他には売れない芸術家の父親とか、ペットの存在とか仲のいい男の子の存在とか、確かに後の魔美を彷彿とさせる要素はたくさんあります。言葉を言い間違える所に最初期ドラとの共通点を見出した僕はバカか(笑)?

やすらぎの館
 この話こそがA先生チックな話ですね。主人公の男の館での経験と日常生活の描写とを交互に挿入することで、ラストの意外性というか、変貌ぶりに説得力を付与しています。似た感じのテーマはドラえもんでも描かれた事がありますね。

ポストの中の明日
 ある日突然、異能の力を持ってしまった少年の苦悩と葛藤、そしてそこからの脱却を描いた、F先生真骨頂のジュブナイル作品です。あくまで一人の少年の視点から物語を展開させており、未来を知る事が出来ても結局どうする事も出来ないという、そういう意味では力を持っていても所詮はただの人間という冷めた視点がいいですね。そしてそんな能力を最初で最後、生かしきったラストにはある種の爽快感さえ漂っています。

どことなくなんとなく
 個人的に好きな話ですね。日常世界を主人公のように考えた事のある人は結構いると思いますが、これはそういう感覚を第三者を利用する事で実際の事としてしまった話です。同時に些細な事でも疑わなければ気がすまない、人間の矮小さも描いているような気がします。最後、宇宙の虚空に残される主人公の姿が物悲しいですね。

ボクラ共和国
 これまた正統派のジュブナイル作品です。どことなく「スタンド・バイ・ミー」を思わせる作風ですが、全編に溢れる子供らしいみずみずしさや、ラストでほんの少しだけ明かすオチ(しかも登場人物は気がついていない)など、円熟期の先生の力、そして粋を見る事が出来ます。「ピンチの時にこそほんとの姿が見えるものさ」というセリフは、そのまま後の大長編ドラえもんに受け継がれるテーゼのような気がしますね。

 2巻は「近未来の日常」が舞台になる話が多く、宇宙船の中とかものすごい未来世界とかは舞台になっていませんね。それが逆に「すこしふしぎ」な感覚を出しているのかもしれません。


10/8(日) そんなに癒されたいのかね?

 昨日から「ONE」と「Kanon」をプレイしているが、どうも好きになれないな。もっともクリアしたのは「ONE」が一回、しかもたぶんバッドエンドだと思うのでよく内容を理解していないせいもあるのだろうが、それを差し引いて考えてもどうも好きになれない。
 まず気になるのは主人公の性格と言動。どうしてエロゲーの主人公と言うのはあんなに饒舌なんだ?あそこまで饒舌な割に鈍感な部分もあったりして、なんだかよくわからない。これじゃまるで性格破綻者だ。元々世界観がぶっ飛んだ世界だからと言って、主人公の性格くらいは日常的なものにしてもらわないと、なんかこっちはとっつきにくい。まあ、これらの作品が名作として扱われていると言う事は、みんなあの主人公に何の疑問も抱いていないのだろうから、それはそれでいいんだろうけど。
 で、一番気になったのはやっぱりあのストーリーだな。ほとんどクリアしてないからよくわからないけど、なんであんなに難しい内容にするんだ(笑)?本当の自分だの無限の世界だの、遠い想い出の自分だのと、まるで精神哲学者と問答をしているような気分になる。言ってることが高等すぎて僕の頭では理解できません(笑)。で、そういうテーマが全編をしめているわけだから、結果的に主人公は「実際はナイーブでいつもは虚勢を張ってるだけ」ということになる。なんか情けないな。辛い事があったとしても、僕としては「逃げてもいいんだよ」と慰めてくれる女の子よりは「災難だ災難、忘れちまうんだ」と明るくハッパをかける藤枝梅安の方が好きなんで(暴言?)、なんか性格的に合わない気がする。
 まあ他には「ONE」はハンディキャップ美少女を二人も登場させてて反則だなあとか、幼い時の妹との死別なんてものを持ってくれば誰でもある程度は落ちてしまうよなあとか、いろいろ言いたい事もあるが、まあ世間的に評価されているのならそれでいいのだろう。別にクソゲーと言うわけでもないからな。イラストは確かに好みが分かれるだろうけど別に話自体はそんなに破綻してないからね。
 ちなみにKanonの方はまだだけど、ONEはみさき先輩がいいですなあ(爆)。…今までと言ってることが違うじゃねえか。


10/7(土) やっと2巻だ

 今日はやっと藤子F先生のSF短編PERFECT版第2巻を買った。ほぼ一ヶ月遅れだがようやく手に入った。昨日小学館のホームページに行ってみたら、もう在庫なしと書かれていたので、かなりギリギリだったようだ。
 今回は初めてネット注文なるものをしてみたが、僕の行った本屋では普通に注文した場合と、ネットで注文した場合とでは本を受け取る場所が違っているようで、受け取るのにかなり手間がかかってしまった。慣れていないこっちが悪いと言えば悪いのだが。
 一気総論による感想はたぶん9日になると思う。10日はあれを買うのでね(笑)。


10/6(金) ジェットカノン!!

 サブタイからマスクマンネタだと思わないように(笑)。
 昨日九夜さんから「One」と「Kanon」を借りた。最近話題になっているゲームなのでとにかくやってみようという話になったからである。まだプレイしていないが、どんなもんなんだろう?
 しかし油断していると、ときメモみたいに思いっきりハマる羽目になるかもしれないから注意が必要だな(笑)。たぶんそんな事はないと思うけど。


10/5(木) まだやるのかよ

 今日、「渡る世間は鬼ばかり」の最新シリーズが始まった。なんか平均視聴率は20パーセント以上とってたりする人気番組らしい。だが僕はこの番組は大嫌いである。と言うか、あの脚本家が書く作品が最近は嫌いになってしまった。
 理由はただ一つ。登場人物が饒舌すぎるのである。本音をズケズケ言わせるという点も僕にしてみれば見苦しい事この上ないが、まあドラマだからこれくらいの事は許容できる。しかしあの饒舌ぶりは奈何ともしがたい。現実ならあれだけのセリフをしゃべれば誰だってどっかでトチるよ。別に話さなくていいことまでご丁寧に全部話してしまうから、はっきり言って画面を見ている必要がない。画面の構図や照明効果などの演出に気を配る必要もまったくない。これじゃまるでテレビを使ってラジオドラマを聞いている気分だ。
 あの脚本家の出世作としては「おしん」があるけど、あの人はああいう短い時間の帯番組でしか通用しないような気がする。セリフの応酬しかないドラマを一時間も見せつけられるのは苦痛だ。こういうドラマを見て「普段言えない本音を見事に言い当てているから、見ていて気持ちいい」などと言う人もいるわけだから、日本はまだまだ平和だなあと実感する今日この頃なのである。


10/4(水) 動物園に行けるらしい

 先週の28日にときメモ2のサブストーリーズが発売された。僕は買っていないのだが、どうもいろんなホームページで感想を見てみると、否定的な意見が目立つ。はっきり言うと全然面白くないらしいのだ。まあ僕はやっていないのでなんとも言えないのだが、1のPCE時代からファンを続けている人でさえも否定している事が多く、そんなにひどい出来なのかと疑ってしまう。
 1のドラマシリーズのような感動は味わえないのだろうかねえ。いや、何度も言うけど自分はやってないから何かを言える立場ではないのだが、しかし周りでこんなに否定的な意見ばかりが目立つようになると、ちょっと購入を渋ってしまうかもしれないな…。何にしても先に買うのはV3なのだが(笑)。
 まあ出来不出来はともかくとして、今回のサブストーリーズは茜ちゃんが主役じゃないから別にどうでもいいと言えばどうでもいいんだけどね。


10/3(火) 特に何もなし

 最近は至って平和ですねえ。毎日代わり映えのしない日常を生きておりますわ(笑)。しかしそろそろ変化が欲しいですねえ。
 ぶっちゃけた話、何かが欲しくてしょうがない。最近は金がなかったこともあってろくな買い物をしていない。ゲームだって5月のスパロボα以来買ってないし、本だって7月のSF短編集1巻以来購入していないのだ。家でやっていることと言えば最近はHPの更新準備だけ。ビデオも見るものがなくなってきたし本もだいぶ読み飽きてきた。そろそろ何か新しいものを買わないとなあ。
 そんなわけで最近鬱屈してしまっているから、こんな意味不明な戯言を書いてしまったりするわけだ(笑)。10月最初の戯言がこんな内容とはな…。


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