ABC(大阪朝日放送)に「ナンバ壱番館」という番組がある。
主に関西で活躍している有名人の歴史を紹介する番組。
「知ってるつもり」みたいな番組か。
あんなに真面目な雰囲気の番組ではないけど。
司会は今田耕司と東野幸治だし。

番組で取り上げられる人は、
キダ・タローとか井岡弘樹とか赤井英和とか、
芸人じゃない人のときもあるけど、
「関西で活躍している有名人」となると、ほとんど芸人になる。

去年の年末、この番組で
「M−1グランプリ2001 出演コンビ」として、
「麒麟」「キングコング」「チュートリアル」の3組が取り上げられている。
当時ほぼ無名に等しかった麒麟のプロフィールを、この番組で知った。

そして今年、12月19日(木)放送の同番組で、
「M−1グランプリ2002 出演コンビ2組」が取り上げられた。

「フットボールアワー」と「笑い飯」。

その内容を紹介。
なお、ここに書いてあることは、
「M−1グランプリ2002」のファイルを作ったときに、
その中に吸収されると思います。



ちなみに、M−1グランプリ決勝進出コンビは以下の通り。

2001年
2002年
アメリカザリガニ
アメリカザリガニ
おぎやはぎ
おぎやはぎ
ハリガネロック
ハリガネロック
フットボールアワー
フットボールアワー
ますだおかだ
ますだおかだ
中川家
ダイノジ
DonDokoDon
テツandトモ
麒麟
笑い飯
キングコング
 
チュートリアル
 

2002年は、この8組に加え、
当日(12月29日)に開かれる
「敗者復活戦」で勝ち上がってきた1組と
合計9組で決勝が行われます。



フットボールアワー
岩尾望
後藤輝基

去年のM−1グランプリでも決勝に進んでいるので
去年のファイルのところにもある程度書いているんですが、
それ以外の話。

今から3年半前、岩尾のいたコンビ「ドレス」と
後藤のいたコンビ「エレキグラム」が解散。
その後、平成11年4月に「フットボールアワー」結成。
ちなみに、今は「岩尾がボケで後藤がツッコミ」になっているが、
前のコンビでは2人とも「ボケ」だったのである。
なので、エレキグラムを知る芸人仲間やファンの人たちは、
「後藤がツッコむこと」に しばらく違和感を感じていたらしい。

前のコンビを3年ほどで解散している2人は、まわりから
「どうせ、またすぐ解散するんやろ?」みたいなことを言われ続け、
そのストレスとプレッシャーのために、2人の髪が抜けたりもした。
ちなみに、後藤は直ったようだが、岩尾はまだ脱毛が進行しているようで
(といっても、これはストレスとかではなく、いわゆる普通の
「男性が年を取ることにより抜けてしまう」ほうの抜け毛)
最近はずっと「リアップ」を愛用しているらしい。
不細工キャラ岩尾に若ハゲの危機迫る。
でもハゲたらハゲたで それはそれでオイシイ気もする。

平成11年9月、若手芸人のための劇場「baseよしもと」開館。
そこから徐々に人気も上がり始め、
2000年、第21回「ABC(大阪朝日放送)
お笑い新人グランプリ」最優秀新人賞獲得。

やがて迎える「M−1グランプリ2001」。
優勝候補「中川家」に、M−1とは別の「漫才勝ち抜き番組」で
勝っていたこともあり、多少の自信もあった2人だが、
とはいえ、全国ネットのゴールデンタイムの番組、
しかも1000万円の賞金と 優勝という名誉がかかっている。
緊張しないわけはない。
しかし、事前に緊張していたのは後藤だけで、
岩尾の方は さほど緊張していなかった。

だが、本番中。生放送でネタをやっている最中。
漫才開始3分後、岩尾の顔が引きつり始める。
ナレーション「なんと、ここに来て、初めて緊張し始めたのだ」

で、その結果、
札幌
大阪
福岡
素人計
62
83
46
191
西川
青島
小朝
石井
鴻上
松本
紳助
90
80
80
82
82
55
66
総合得点
726

松本人志と島田紳助の点数が極端に低いという結果に。
尊敬する2人に認められなかったことに大きなショックを受ける2人。
後藤
「ホンマにショックでした」
今田
「そうみたいやな、ほとんどのコンビが同じこと言うてるわ」
後藤
「正直、お2人の点数しか、見てなかったですね」
今田
「他の人の点数が低くても、この2人の点数が高かったら、
結果として負けでも、それでいいわ、みたいな感じか」
後藤
「そうです、そんな感じです。
で、また、2人とも緊張してて、
うまいこと出来なかったってことに自己嫌悪になったり」
今田
「ああ、『違うんですよ、僕らはホンマは、
こんなんじゃないんですよ』みたいなやつか」
後藤
「でも、まあ、やれるだけのことはやったんで、
まあ、しゃーないか、と」

関西ではソロライブも成功、いろいろ賞も獲り、
順調に来ていただけに、この結果に自信を無くす2人。
「どうすれば もっとウケるのか」を悩み続ける。

しかし、「中田カウス・ボタン」のカウスに、
「悩んでても しゃーない、大事なのは楽しんでやることや」
と励まされたことにより悩みから解放。現在に至る。



笑い飯
西田幸治
哲夫

「わらいめし」。
西田幸治(黒髪・ヒゲ)と哲夫(金髪)のコンビ。
結成してまだ2年ほどだが 年齢はどっちも20代後半という、
若手だけど別に若いわけでもないコンビ。

今年のMー1グランプリの一番のダークホース。
「誰やねん」度ナンバー1。
私も、テレビで2回ぐらいしかみたことのないコンビです。
今回で3回目ぐらい。

「決勝進出予想」のファイルで私が
「なんか、雰囲気が初期のシャンプーハットに
似てる気がする。」と書いたのは、
「どっちもボケ」なのです。同時に、「どっちもツッコミ」でもある。
どっちもボケるしどっちもツッコむ。
「ボケ」と「ツッコミ」が はっきりしていないのである。


「ひきこもり西田」と「エリート哲夫」
と題して放送された内容。

西田幸治(本名同じ)、1974年、奈良県に生まれる。
幼少期、カマキリに心奪われる。
捕まえては飼う。飼っては眺める。
このころから「ひきこもり」気味な生活。

哲夫(本名・中西哲夫)、
同じく1974年、同じく奈良県に生まれる。
幼少期、無口でおとなしいことを心配した両親に
無理矢理 少年サッカークラブに入れられる。
そこで意外にもサッカーのセンスが爆発。
「俺、すごいな、天才かも」とか思い出す。
その後、何かがうまくいくたびに自分を天才だと思うようになる。

西田、中高生時代に、なぜか、教育上よろしくない方面の小説を
ひっそり書くことを趣味にし始める。

哲夫、同じ頃、なぜか、教育上よろしくない方面の小説を
ひっそり書くことを趣味にし始める。
まだお互い、面識はまったく無いにも関わらず、
なぜか同じ趣味を持つという不思議な因縁。

哲夫、クラスで爆笑を取ったことにより、
今度は「俺、笑いの才能あるわ。天才やわ」と思い出す。

そのころ西田、映画「ランボー」にハマる。
ランボー憧れで、ジャックナイフを持ち歩き、
通信販売で手裏剣を購入、
自分で「鎖帷子(くさりかたびら)」を作ったりもする。
1人で遊ぶ日々。やはり、ひきこもり気味。友達はいない。
この頃はまだ、笑いに目覚めてもいない。

やがて西田、同級生の女の子を好きになる。
しかし、自分には何の「取り得」もなく、まさか告白なんて出来ない。
何か、自分に何かがあれば・・・と思ううちに、
なぜか「そうだ、お笑いで一番になろう!」という結論に辿り着く。

西田、そのまま「吉本総合芸能学院」通称「NSC」の
15期生として入学。
(ちなみに、NSC15期生は他に、「ランディーズ」や
「チャイルドマシーン」などがいる)
しかし、自分の感性にあう相方が見つからず、NSCを辞め、
インディーズライブのほうに活動の場を移す。
そこで「たちくらみ」という名のコンビを結成。

一方、哲夫、「関西学院大学」という名門校を卒業。
教職課程を終了、自動車大手「トヨタ」のディーラーの内定ももらう。
・・・が、クラスで爆笑を取ったことにより
自分の笑いに自信を持っていたため、
「普通に就職する」ことを辞退。
お笑いの道へ。

哲夫、東京で「スキップ」というコンビを組んで活動。
自分から吉本へは行かず、吉本からスカウトが来るのを待つ。
笑いのセンスに自信があったので、自分から行かなくても、
吉本の方から声をかけてくるだろうと思っていたらしい。
しかし、あんまり笑いも取れず、当然吉本からのオファーもなし。
なぜウケないのか、考えてみたところ、
「相方が悪い」という結論に辿り着く。
自分に自信があるだけに、じゃ悪いのは相方だろう、ということに。
「スキップ」解散。
そんなわけで解散・結成を繰り返した後、
西田がネタをやっているところを見て、「こいつは面白い」と思う。
話をしてみたら、学生時代に同じ趣味を持っていたことが分かり意気投合。
西田、哲夫の4人目の相方となる。

「笑い飯」の誕生である。

吉本所属となり、若手のライブに出るも、女性客から「気持ち悪い」の声。
外見的に、また、ネタ的に、女性客からの支持が得られなかったのだ。

女性客にウケない。黄色い声もかからない。
しかしそれでも客に媚びることなく、
自分たちの笑いを追求する笑い飯。
そんな2人を見て、かつて同じような境遇にあった先輩コンビが声をかける。

「バッファロー吾郎」である。

「俺たちのやってるイベントに出ないか?」
「そんな境遇」の人たちだけで行われるイベント。
バッファロー吾郎、リットン調査団、ケンドーコバヤシ。
・・・濃いなあ。

そのライブでウケ始めた笑い飯。
それで自信を身に付け始める。

そして迎えたM−1グランプリ2002。
現在に至る。

今田
「なんでNSC辞めたん?」
西田
「いや、ちょっと、合わなかったんですよね」
今田
「それは、どっちが原因? 相方か君自身か」
西田
「僕・・・やと思いますね」
今田
「それはまた何で」
西田
「いや、相方に電話番号教えなかったり」
今田
「なんで!? ネタあわせとか出来へんやん」
西田
「イヤなんですよ。電話かかってくるの」
今田
「そのへん、やっぱり ひきこもりやなあ」
西田
「自分では ひきこもりやと思ってないんですけどね」
今田
「でも、鎖帷子(くさりかたびら)自分で作って喜んでたんやろ?」
西田
「いや、でも、自分だけで喜んでただけじゃなくて、
作ったのは人に見せたりもしてたんですよ」
東野
「人って誰よ」
西田
「うちに遊びに来た、お姉ちゃんの友達とか」
東野
「ほら、君自身の友達は おらんかったんやないか」
今田
「もしM−1で1優勝して1000万もらったらどうする?」
西田
「そんだけあったら、仕事もしないで、2年ぐらい休みたいですね」
東野
「まあ、分けて500万あれば、質素に暮らせば
充分それぐらい生活できるもんな。
いや、分からんでもないけど、やっぱりひきこもりの発想やな」

今田
「なんでコンビを組もうと思ったわけ?」
哲夫
「いや、僕らのコンビの前に こっち(西田)がネタやってて、
全然ウケてなかったんですよ。
で、次に僕らがネタやったんですけど、
全然ウケなかったんですよ。
で、似たものがあるなあと思って」
今田
「いやいや、ウケてないんかい。どこが笑いの天才やねん」
木村
(ゲストに呼ばれていたバッファロー吾郎・木村)
「いや、こいつはね、「どこが天才やねん」ってツッコまれたくて、
あえて自分で天才って言ってるみたいなとこもあるんですよ」
今田
「うん、まあ、そんな感じではあるな。」

後藤
(フットボールアワー後藤)
「決勝進出コンビが決まった翌日に、
決勝進出コンビが集まっての
記者会見があったんですよ。東京で。
で、朝、伊丹空港に集まったんですけど、
哲夫がベロベロに酔ってて、
なんで?って聞いたら、飛行機乗るのが初めてで
緊張して飲まずにはいられなかった、って言うんですよ。」
東野
「え、会見に緊張してるんじゃなくて、飛行機に緊張してたの?」
哲夫
「いや、もう、なんで空を飛ぶのかが分からなくて」
後藤
「で、西田は西田で、
なんか金属探知機でひっかかってるんですよ。
で、なんでやろなあ、と思ってたら、
こいつ、ごっついナイフ持っててね。
めっちゃ怒られてるんですよ。税関の人に」
東野
「アホか!? そんなん持って飛行機乗れるわけないやろ!?
なんでそんなナイフ持ってたわけ?」
西田
「いや、なんか、ハム切って食べたりとか」
東野
「いやいや、いつどこでそんな機会あんねん」

うん、まあ、会話とかエピソードとか見てる限り、
たしかに女性客から黄色い声援が出ることはなさそうだなあ。

バッファロー吾郎、リットン調査団、ケンドーコバヤシ、のことは
番組では「アンダーグラウンド一門」と言われていた。
この人たちは確かにあんまり
女性からキャーキャー言われたりしないようですが、
個人的には結構好きだったりします。
だけど、そんなアングラ軍団のメンバーが、
全国ネットのゴールデンタイムで何分もネタをやるのは
果たしていいのだろうか、って気もします。

ツカミで客に引かれたらヤバイんですかね。
そのままズルズルとヤバイ点数になってしまうかもしれない。

シュール系なので、審査員の「ベテラン芸人」勢の
評価は良くない可能性もあるかも。
どうなりましょう。ある意味今大会一番の目玉かも。




M−1グランプリ2002

2002年12月29日(日)
午後6時56分より
テレビ朝日系列にて放送。


司会
西川きよし 中山エミリ 山寺宏一
審査員
大竹まこと 島田紳助 島田洋七
立川談志 中田カウス
松本人志 ラサール石井

去年のファイルの最後に
「菊川怜と赤阪泰彦は、来年は司会じゃないんじゃなかろうか」
と書いたんですが、
まさか紳助まで司会じゃなくなるとは思いませんでした。
審査員ではありますけども。

審査員のメンツも かなり代わってますが、
島田紳助と松本人志は、ずっと代わらないでほしいもんですな。
ある意味この2人がM−1グランプリの本体、
みたいなとこもあると思うのでね。





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