N-BOXを考える
このジュビロ磐田鈴木監督インタビューを題材に、01年シーズンにジュビロが行ったN-BOXという戦術について書いてみたいと思います。
http://www.nestle.co.jp/jubilo/interview/interview_0211.html
やはり世界で戦うためには、選手の能力を考えた時に、ウチは攻撃型の選手が多いんですが、彼らを一番いいポジションで機能させた時にチームとしてどういう戦術を取るかが重要なんです。Jリーグには色々なシステムがありますよね?それらの全てのシステムに当てはめなきゃいけない、それを色んな形で準備したんです。前から、つまり名波の能力を考えた時に、名波がいたから、あのN-BOXがうまれたんです。
あれが名波が居ず、俊哉(藤田選手)だったらN-BOXはやっていません。名波の守備能力、状況判断能力があるから、あれが出来るんです。俊哉も西も攻撃型の選手ですから、出来るだけ高い位置で前線からプレスする。これは世界の個人能力をみたら1対1の状況でやったら全部やられてしまいます。それなら高い位置で1点を抜かれたら、次で止めるんです。ボールサイドをコンパクトにして抜かれたら、カバーに回ってずれる、またずれる。いわば、波状防御です。その間に時間を作り、更にカバーリングに回る猶予を作ればいい。つまり、世界を見据えて彼ら選手の個々の分析をした結果なんです。
>そのN‐BOXの基点となる名波選手がいない時には、システムには変化があるのでしょうか。
先ほども話したように、名波はダブルボランチが引っ張られたときにそこをカバーできるんです。でも俊哉の場合は、それが難しいんですよ、どっちかというと前に出て行くタイプですから。ですから、名波がいない場合は、服部と福西を中に寄せて、俊哉を高い位置でプレーさせるんです。
簡潔な文章でN-BOXの全てが説明されています。
・名波の守備能力、具体的には例えばダブルボランチが引っ張られたときそこをカバーする能力がないとN-BOXでは守れない事。
・1対1では守れない攻撃型の選手である藤田や西は出来るだけ高い位置で前線からプレスする事。
・ボールサイドをコンパクトにする事。
・抜かれたらカバー、の波状防御を行い時間の猶予を作る事。
全て守備の方法に関する言及です。攻撃に優れた能力を持つ選手を使いつつ、世界クラブ選手権でレアルマドリーのようなチームを相手にしても負けない守備力を持たせることがN-BOXの出発点だったことがうかがえます。
ボールサイドをコンパクトにする、というのはフィールドを縦(ゴールラインからゴールライン方向)の幅だけでなく、横の幅(タッチラインからタッチライン方向)でも狭めて守ろうという考え方です。具体的に磐田では(N-BOXではない現在も)藤田や西などがハーフウェーライン付近の高い位置でファーストディフェンダーとしてボールホルダーにアプローチする際に、サイドチェンジのパスを出させないように内側をワンサイドカットする事が多いようです。(おそらくそういうチーム全体の約束事があるのでしょう。) 他の選手は安心してボールのあるサイドへ寄せていき、狭い地域にたくさんのディフェンダーを配置できるようになります。こうしてボールをフィールド中央からタッチライン側へ押し出すように守り、縦方向にはディフェンシブハーフ(時には名波やセンターバック)の選手がカバーに入り、最終的に狭いスペースに囲い込んでボールを奪い取るというのが磐田の典型的な守備方法です。
誤解を招かない為に少し補足すると、ワンサイドカットの大原則は「より危険な方向へのプレーをカットする」事です。横パスをいくら繰り返してもゴールには近づきませんが縦へのパスやドリブルはゴールに近づくので、周囲の状況をまったく考えなければ縦方向のほうがより危険だといえます。フィールド内側へのパスコースをカットして縦に行かせてもいい守り方をするのは、そちらに既にカバーの選手がいてタッチライン側が安全な方向になっているときに限ります。相手にボールを奪われて他の選手が戻る時間を稼ぎたいときなどはまず縦方向を止めるように守ります。
そして実際にはジュビロが考えていることはもっと悪辣(wで、味方は潤沢なカバーが提供され相手はパスコースがなくなる場所へチーム全体の意志で相手のボールを誘導し、そうしてそこで安全にいい形でボールを奪います。ボールを奪う前からボール奪取が半分約束されているようなシチュエーションでは、前の選手は相手よりワンテンポ早く次の攻撃へと切り替えることができます。攻守の切り替えはとてもスムースになり、そこからの速攻にも威力が増します。例えばサイドでボールを囲い込んで奪ったら、まず逆サイドへの大きな展開を試みるというのがジュビロの一般的な約束事のようです。
2001年の時は、ここ(大久保)で事前のフィジカル合宿をやって、その最後に「こういうサッカーをやるんだ」っていう説明をしたんです。ちょっとゲームもやったんです。そうしたら、皆「難しい、出来ない」って言ったんです。個人の判断能力がないと出来ないサッカーでしたから。
ボールオリエンテッドに守り、常にファーストディフェンダーとカバーを提供するという守り方は全ての選手に高度な判断能力を要求します。トルシエは日本代表においてこの判断をある程度自動化して各選手の負担を軽減する手法を提示し、徹底した練習により選手にこれを習得させようとし、習得できなかった選手は代表で使いませんでした。(この「自動化」はトルシエがオートマティズムと呼んだものの一部ですが、オートマティズムの全てではありません。)
磐田においてもこうした自動化は当然進められています。先ほど挙げた「サイドチェンジをさせないワンサイドカット」もその一例ですが、チーム全体の約束事を設定するか、そうでなくても一定のイメージを共有することで「内と縦のどちらを切ったほうがいいのか」といったような判断をする必要が減り、「あいつはこういう風に動くはず」という各選手の判断にずれが生じることもなくなります。
合宿で選手に「難しい、出来ない」と言わせたN-BOXの難しさは、それが世界でも例を見ない「サイドを守るプレーヤーを特定しない戦術」だったことから容易に想像できます。普通3-5-2のフォーメーションではサイドハーフやウィングバックと呼ばれる選手を置き両サイドのスペースを守ります。その選手が攻めあがったらディフェンシブハーフがそのスペースを埋めておこう、くらいの約束事を決めれば最低限の守備はできます。これに対しN-BOXでは、深い位置ではボールサイドのディフェンシブハーフ(福西や服部など)がサイドを守るシーンが多かったものの、彼らは決してサイドのプレーヤーではなく、また各選手がいくらポジションチェンジを繰り返しても守備時の各局面を切り取るとボールのあるサイドでは必ず「誰かがファーストディフェンダーになり、誰かがそのカバーになっている」としか説明のできない守り方をしていました。かなり複雑な約束事+全選手の判断能力+どこでもカバーできる中央に名波、がないと成立しない守り方なのでしょう。名波が欠場すればN-BOXはできず、名波が怪我の影響で運動量の落ちている現在もN-BOXはできないのですから、彼の存在が如何に大きかったかがわかります。初期のトルシエジャパンでも、6番(守備的ミッドフィルダー)を稲本一人にできるのは名波のバランス感覚のおかげだとトルシエ本人が語っており、名波の能力が代えの効かないものであることがわかります。
>若手選手の起用は非常に難しいけれども、どんどん使っていこうという意識はありますか?
鈴木監督 そうですね。ただそこに個人の能力を把握しなくてはならない。ある程度こなせるくらいまでくれば、どこかでトライさせたいとは思っています。差がありすぎる選手を入れることによって、チームとしてのバランスを崩してしまう、それだけは絶対に避けたいですね。イメージと違ったプレーをされるとうまくコンビネーションがあわないですからね。
約束事、共通理解の重要性はこの文章からもうかがえます。「自動化を習得しチーム戦術に沿った動きをある程度こなせるようになり、他の全選手が共有しているイメージを自分も共有すること」、ここまでが磐田の選手が身につけなくてはいけない最低条件となっているわけです。
しかし実際に磐田の選手が共有しているイメージとはどんなものなのか、イメージの共有のためにどういった練習を行っているのか、なぜJリーグのほかのチームに同じことができないのか、といったことを具体的に詳しく検証してくれるジャーナリストを私は寡聞にして知りません。(トルシエの日本代表についてはしつこいほど検証がなされているので、そこから磐田のやり方を類推することは不可能ではないのでしょうが、その推測が正確であるとも限りませんし。)これらは私が現在大いに興味を持っている問題であり、疑問を解消できずに消化不良を起こしている点でもあります。
磐田は間違いなく日本で一番質の高いサッカーをやっている、と去年酒の席で言った事があります。結果として無冠に終わりましたがN-BOXが機能していた2001年1st stageの磐田のサッカーは日本サッカー史上空前のレベルにありました。世界クラブ選手権の中止によりこのチームの実力を世界と比較する機会が失われ、さらに名波の負傷によりこれが空前であるだけでなく絶後になってしまっているのは残念なことです。ただ名波の復調と高原の成長などにより今後の伸びしろはまだありますから、磐田がこれからより良いサッカーを見せてくれる可能性は大いにあるでしょう。
関連:2001.8.16 藤田俊哉選手インタビュー
初稿:02/11/13 改訂:02/11/19
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