
2002年5月のつぶやき5/6 思わせぶりアニメのどうしょもなさ
昨日、ソウル国際アニメーションフェスティバルに足を運んできた。詳しくはこちらを参照していただきたい。会場では、国内外の作品を集め、大量のアニメが上映されていた。 日曜日に出掛けてみたのだが、最終回で『パルムの樹』という作品をやるというので、世宗文化会館の小ホールまで出向いてみた。 上映は7時だったが、300名ほどが入る劇場は、半分以上の席が埋まっていた。寒いイベントを想像してきたのだが、結構入っていたような気がする。 実は、『パルムの樹』に関して、事前の知識が全くなかった(名前も知らなかった)。最近公開された日本のアニメだというので、足を運んでみたのである。 ポスターはいかにもファンタジーアニメを思わせる感じで、自分の割と好みの作品かも・・と期待を抱いた自分の情けなさを今は激しく悔いている(^_^;) と、久々に腹の立つアニメだった。 以下、悪口たらたら(別に読まんでもいいよ。頭に来て推敲もせずに書き散らしてるので)。 作品は、冒頭から「思い出が〜♪」とか言った思わせぶりな歌詞のゆるやかなメロディを持つ主題歌とともに、きれいだけど、ひたすらかったるいだけの映像が流れる。 そう、冒頭で気付いて寝ておけばよかったんだよな(笑) 以下、ファンタジー色満載の世界を舞台に、ピノキオちっくな人形が主人公の冒険劇・・なんだけど、舞台説明がなんだかよくわからない上に(一回でわかるかっつうの)、冒険らしい冒険でもなく、何とも中途半端。 舞台には、 クルップの樹 だの 地底世界タスマ だの ソーマの泉 だの エネルギー源クロスカーラ だの なんかこう、聞いてるだけで恥ずかしくなってくるような場面設定が次々現れる。 こうした世界を舞台に、主人公が人形から人間になるために、かわい子ちゃんとかけずり回るという、ラピュタだかエスカだか何だか全くわからない展開。 最後は、お決まりの洞窟チックな場所にいって、世界の中心(のようなもの)が崩壊する場面になる。数年前に「最終回だけを集めたアニメテープ」というのを貰ったことがあって、一度もみたことないアニメのエンディングを集めて見たことがある。多分、97年の作品がまとめてあったんではないかと思うのだが、それがもう、揃いも揃って、ラストが「世界(の中心)の崩壊」といったモチーフで終わっていて、驚いたことがある。 世界が壊れないと最終回にならんのか!! というほど、新鮮な衝撃であったが(笑)、『パルムの樹』も全く同じパターンを踏襲(崩れきらないところが多少違うかな)している。おまけに、主人公の体が膨張・・って、これはAKIRAやな。 なんかもう、見ててうんざりしてきた(^_^;) 更に、演出がこれでもかというくらいトロイ。しかも、出てくる台詞や場面が、思わせぶりなだけのものばっかり。見ててうんざしてきた。 押井以降のことなのか、エヴァ以降のことなのかよくわからんが、こういう思わせぶりな台詞を吐かせれば、何か深奥な思想でも語ってるように思ってるのだろうか。しかし、何もないところに裏がありそうに見せてるのが丸見えで、気色悪いことこの上ない。 だいたい、思わせぶりな場面や台詞というのは、映画の中にちらっと出てきたときに効果があるのであって、全編それで通したら、見てる方は拷問だっつうの。 昨年の夏に『カウボーイ・ビーバップ』の劇場版を見たときにも同じことを感じたのだが、ああいうのは、最近のアニメのトレンドなんかいなぁ。 押井が演出してた『うる星やつら』だって、基本的なドタバタの中にスパっと挟まれるから決まってたのであって、思わせぶりな場面のオンパレードじゃ、退屈なだけだって。 おまけにもう、出てくる奴、出てくる奴、全部が幼児期のトラウマ抱えてるし(笑) どうも、最近のアニメに出てくる奴は、ガキの頃親に虐げられたり、ガキの頃親に虐げられたり、ガキの頃親に虐げられたり、ガキの頃親に虐げられたり、ガキの頃親に虐げられたり・・・してないといかんらしい。 もう勘弁してくれ! SMプレイを趣味としない親の元でぬくぬくと育った筆者には、このあたりの演出は、out of 理解の範疇だ。世間では、親にやられた根性焼きの痕を一つ二つ持ってるのが常識なんだろうか(^_^;)? (知りあいにトラウマの人がいないわけではないのだが) で、話を元に戻すが、アニメーションフェスティバルということで、何となく「芸術的」な作品が選ばれたのかもしれないが、日本アニメの神髄は、『ポケモン』や『クレヨンしんちゃん』にあるのでは、と思っている今日この頃。『のび太の恐竜』でも可。 こんなふうに騒いでる人たちもいることだし(^_^;) 長文失礼(ほんとに中味バラバラやな・・) |