
日本文化受け入れの温度差少し前の話になりますが、韓国で開かれた、とあるシンポジウムでの出来事でした。「日本文化をどう受け入れるか」みたいなのがメインテーマで、韓国の日本学の専門家が集まって、日本文化解放に合わせた討論をしていました。 全体的には、解放に歓迎という雰囲気でしたが(日本学の専門家がやってる議論ですから、当たり前といえば当たり前ですが)、中には、アニメや漫画の解放に慎重論、排斥論をとなえる人もいました。相変わらず「国民の感情」「韓国人としての情緒」「韓国人のアイデンティティ」といった理由を持ち出して、解放に懐疑的な立場をとっているわけです。 しかし、会場からは、アメリカ文化や中国文化がこんだけ流入しまくってる状況で、今更、日本文化だけ取り上ざたしてどないすんねん、といった冷静なツッコミが入れられてましたが、まあ、こういうように考えている韓国人もまだ存在するということは、再確認できました。 で、シンポが終わったあと、友人の韓国人数名で飲みに行ったのですが、この「日本製アニメで韓国人のアイデンティティが揺さぶられる」といった話に対して、「何言うてんねん?」といった疑問の声があがっていました。 日本の大学で博士号とって韓国に帰ってきた友人は、「日本に行って、子供の頃に見てたアニメが日本製だと初めて知った。しかし、そうなのか、と思っただけで、それ以上の感慨はなかった。その程度のものだ。子供が日本製のアニメを見たからと言って、韓国人のアイデンティティ云々を言うのはナンセンス」とあっさり。 私が「アニメが日本製と知ってショック受ける人もいるけど」と言うと、出版社勤務の別の友人は、「そんなの、とんでもないアニメヲタクだけ。普通は、あ、そう、で終わりだよ」と、あっさり。アニメが日本製だったところで、だからどう〜やっちゅぅねん、ということらしいです(^_^;) で、その時の話を総合すると、
したがって、彼等は、「国民感情」だの「韓国人の情緒」だのといった、シンポで出ていた意見に対しても、「トンチンカンなこと言ってるなぁ〜」と冷めた見方をしていました。 まあ、考えてみれば、「アニメの国籍が、見てる人間のナショナル・アイデンティティと関係がある」というのは、アニヲタ特有の思いこみなのかもしれません。 |