武堂の志探訪

           ver. 1.35

野郎ども、増援だぜヒャッハーッ!!

喜悦満面、司馬懿の強襲に孔明は?

『少し、頭冷やそっか?』

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 "hoboyaku! series" up loaded for "Project_IMAGENE"


 三国志ファンのためのサポート掲示板と言うものがあります。孫子三代さんが提唱し、いくつかの三国志サイトで共有が進んでます。



2007年10月19日
■日記:北伐再考(2)その3A's 野郎ども、増援が来たぜ、ヒャッハーッ!! 死亡フラグの立った悪役キャラのような乗りで(?)明帝からの大増援を得た司馬懿は好機を窺い、諸葛亮の仕掛けを崩そうと強襲を試みる。それにしてもこの仲達、ノリノリである。

2007年10月18日
■日記:北伐再考(2)その3+ 魏朝を図らんとして為された諸葛亮最後の北伐。時の経過と共に明らかになったその全貌に、至尊の座で魏帝曹叡は凍り付く。王朝の全てを賭けて、若き皇帝は魏武の血胤たることを証すべく、その胆略をもって諸葛亮の大戦略と軍略に対抗する。明帝リスペクトの章。

2007年10月18日
■日記:北伐再考(2)その3’ さすが仲達。諸葛亮に攻め込まれても何とも無いぜ、と思うか、郭淮、必死だなwと思うかは、読手の自由だーーーーー!。三国志isフリーダム、三国志isフリーダム・・・。そして眠いので途中でぶった切り。続きは翌夕(つか夜)に。お休みなさい。

2007年10月17日
■日記:北伐再考(2)その3# 五丈原への途。諸葛亮最後の北伐、その所期計画を読む。

2007年10月17日
■日記:北伐再考(2)その3 ニセクロ生きてます。五丈原の戦役をやります。いやさ、これホントは一昨年の5月28日更新分の予定だったのに完成できずにダラダラやってて今春8割作り込んだ時点で放置してしまってたもの。そう。これはGW進行のトリを飾るべく秘かに書き溜められながら結局上がらなかったモノなのだ。そして今なお完成していないのは最早どうかという状態になってるので、今から2時間おき位に更新して無理矢理完成させようという。そういうリアルタイムテキストエディット。

2007年5月4日
■ほぼ訳!後漢紀袁宏後漢紀(207-220) 袁宏の後漢紀。献帝の御世、袁家滅亡から曹操の死と後漢王朝の滅亡まで。207-220年の分。およそ90枚。これで後漢紀の三国志時代にかかる部分は終了。しかし俺は一体ナニをやってんだか。

2007年5月3日
■ほぼ訳!後漢紀袁宏後漢紀(196-206) 袁宏の後漢紀。献帝の御世、献帝の洛陽東帰、許遷都から曹操による冀州占領まで。196-206年の分。およそ70枚。

2007年4月30日
■ほぼ訳!後漢紀袁宏後漢紀(190-195) 袁宏の後漢紀。献帝の御世、反董卓連合の時代から献帝の長安脱出まで。190-195年の分。およそ165枚。ここまで通算300枚。新書一冊分かな? なお袁宏後漢紀のネット内底本は大東文化大の此処の(中央研究院漢籍全文史料庫ミラー/漢晋史三種/後漢紀校注)を用いてます。百万の妙なる感謝を。

2007年4月29日
■ほぼ訳!後漢紀袁宏後漢紀(185-189) 袁宏の後漢紀。霊帝の御世、黄巾の乱鎮圧後から霊帝の薨去、董卓執権まで。185-189年の分。およそ70枚

2007年4月28日
■ほぼ訳!後漢紀袁宏後漢紀(175-184) 袁宏の後漢紀。霊帝の御世、黄巾の乱を含む175-184年の分。およそ65枚

2007年3月3日
■日記:

2006年8月05日
■日記:三国志メモ『官渡前夜の風景』 三国志マガジンvol.10記念。官渡特集に対応して官渡周辺の三国志メモ。テーブル内テキスト量の限界に近づく13,000字のメモです。(既にメモの分量じゃねぇ・・・)

2006年7月22日
■日記:

2006年4月3日
■ほぼ訳!資治通鑑漢紀59(214-216) 錦馬超は漢中へ落ち、劉備は益州を手に入れた。しかし累ねられた詐<いつは>りは破綻の秋を迎える。孫権マジギレ。かくて荊州を巡り二雄が角逐する。一方、曹操は天険の漢中へ侵入して張魯らを降すと、位を魏王へと進めてゆく。後の漢中攻防戦、荊州失陥の伏線が張り巡らされてゆく漢紀第59。

2006年3月32日
■早わかり蜀滅亡民主党永田メール騒動の2chAAを改変して一目で分かる蜀滅亡AAを作って見ました。他所へ投稿した奴を直リンする行儀の悪さを3月32日に免じて許して下さい。

2006年3月21日
■ほぼ訳!資治通鑑漢紀58(209-213) 孫氏の行く末を夢見ながら、志半ばにして周瑜逝く。一方、赤壁で一敗地に塗れた曹操は、知謀、神の如き賈文和を用いて関西の併呑を目指す。御存知、錦馬超と霸者曹操の直接対決、潼関の戦いを含む漢紀第58。

2006年3月11日
■ほぼ訳!資治通鑑漢紀60(217-219) 劉備と曹操の全面対決に至る漢中攻防戦から万夫不当の名を恣にした関羽の敗死までを描く漢紀60。某所への支援材料として投下。漢紀はこれで終わり、次の巻からは魏紀になります。

2006年3月08日
■ほぼ訳!資治通鑑漢紀56(201-205) 袁紹没し、袁家は二つに割れる。曹操は袁家の兄弟の確執につけこみ、ついに冀州を手に入れる。

2006年3月03日
■ほぼ訳!後漢書■鄭泰、孔融、荀イク伝 三国志で曹操覇業の功臣として描かれた荀イクが後漢書でどう描かれどう称えられるのか。前から興味があったのですが、こういう持っていき方をしていたとは。この評こそ書き手の筆力が最も問われたような気がします。

2006年3月01日
■ほぼ訳!晋書衛瓘張華伝 晋書列伝6です。衛瓘は蜀滅亡時の魏側プレイヤー。また、司馬懿周辺の一人でもあります。張華は…オレ的にはどうでもいいです。今は。

2006年2月28日
■ほぼ訳!晋書武帝紀 晋書の司馬炎の帝紀です。三国志サイトとしては司馬炎までやっとけばって感じかな。ここも上表文と詔勅が滅茶苦茶。

2006年2月27日
■ほぼ訳!晋書景帝紀・文帝紀 晋書の司馬師・司馬昭の帝紀です。上表文と詔勅の訳がもう滅茶苦茶。晦渋を技巧と勘違いしてるような奴等は死ねばいいのに(ってかもう故人です)と愚痴と乗りツッコミを繰返しながら読んでました。駢儷体は普通に曹植の上表文が典雅端麗にして極上至高です。きっと皆彼の文を自分で書きたくて真似して真似しきれなかったんだろうなと勝手推測。

2006年2月25日
■日記:

2005年10月03日
■ほぼ訳!後漢書■酷吏伝 帝国の統治に矛盾した弛みあればこそ生じたのが彼ら酷吏。【董宣伝】【樊曄伝】【李章伝】【周?伝】【黄昌伝】【陽球伝】

2005年9月30日
■ほぼ訳!資治通鑑漢紀57(206-208) 三国志マガジンvol.5に合わせて赤壁の戦いが含まれてる通鑑【漢紀57】のほぼ訳です。

2005年9月26日
■ほぼ訳!後漢書五行志【六】 五行最後は日蝕、月蝕、虹の天文三拍子揃い踏み。これで後漢書五行志は完結です。

2005年9月23日
■ほぼ訳!後漢書五行志【五】 

2005年9月20日
■ほぼ訳!後漢書■梁統列伝 後に外戚として権勢を奮うことになる梁氏の始まり梁統から跋扈将軍と揶揄されて少年皇帝を毒殺してのけた梁冀まで、外戚梁氏の列伝たる後漢書列伝第廿四。

2005年9月17日
■ほぼ訳!後漢書■郭杜孔張廉王蘇羊賈陸列伝 豪族達の権力闘争と私怨が交錯し因果となって紡ぎだされる王朝の歴史。後漢書列伝第廿壱。

2005年8月26日
■ほぼ訳!後漢書■李陳?陳橋列伝 お久しぶりです。今回は曹操飛翔の立役者、太尉に登った橋玄を含む後漢書列伝41(列伝41コンプ)しかしこの辺は宮廷での権力闘争の裏側がちらちら見えて嫌ですな。

2005年6月07日
■ほぼ訳!晋書宗室伝 魏帝曹叡が「二人目の司馬懿」と恃んだ司馬孚を含む晋朝宗室の列伝。それにしても晋書は構文が漢書とかと違うのでよく分かりません。マジで。

2005年6月02日
■ほぼ訳!後漢書五行志【四】 

2005年5月30日
■ほぼ訳!後漢書五行志【三】 ファイル名で直接飛んだ人は分かってたと思うけど、実は金曜からupされてました。てへ。

2005年5月26日
■ほぼ訳!後漢書五行志【二】 古代中国(後漢代)のオカルティズムについての公式見解みたいなもんがこの後漢書五行志。前漢代のそれ(漢書五行志)との違いとか見たりするとオモシロいかも。

2005年5月23日
■ほぼ訳!後漢書五行志【一】 元々はある人へのラブレターのようなものだったのよね、コレ。てーか、ネット検索でコレ見つけて参照してくんねーかなとか思ってたのさ。で、ずっとペンディングすること一年近く。何ツー奴だ。

2005年5月19日
■ほぼ訳!資治通鑑魏紀04(231-234) 司馬懿との初対決に始まり五丈原に斃れて終わる諸葛亮づくしの魏紀四巻。そしてこれで『北伐再考』用に耕してた分はお終いデス。

2005年5月16日
■ほぼ訳!資治通鑑魏紀03(228-230) 孟達亡び、諸葛亮の北伐に暗雲が…。その時馬謖が動いた。続きは「諸葛亮は運が無さ過ぎる!」スレでどうぞ?

2005年5月13日
■ほぼ訳!資治通鑑魏紀02(223-227) さぁ、魏よ魏よ汝を如何せん。諸葛亮の野望が始まります。

2005年5月10日
■ほぼ訳!資治通鑑魏紀01(220-222) 今回から通鑑のソースが変わりました。胡註なしです。

2005年4月29日
□本日のAsian Joke:もしも明日、南北朝鮮が統一してしまったら? 戸惑う大韓民国の皆さまに送る信頼のブランド。そ・れ・は・・・(拾ったところ:コリアンジョークスレ@2ch)

■三国志あんてな:4サイト入れ替えました

2005年4月25日
■日記:

2005年4月14日分
■ほぼ訳!資治通鑑漢紀55(199-200) 200年のところをほぼ訳。これはとあることから耕したもの。これで前にやった漢紀(199年)と併せて漢紀五十五はコンプリート。

2005年4月04日分
■ほぼ訳!晋書宣帝紀 これは「北伐再考(2)」用に耕してたもの。晋書「宗室伝」は8割。後で蔵出しする予定。

2005年3月24日分
■ほぼ訳!後漢書順帝、沖帝、質帝紀 ちゅことでこれは『漢帝国統治白書(略)』用に耕してたもの。

2005年3月14日分
■日記:三国志メモ「北伐再考(2)」その2

2005年3月7日分
■日記:三国志メモ「北伐再考(2)」その1

2005年1月27日
三国志メモ特別篇:『漢帝国統治白書、あるいは後漢書『郡国志』に観る帝国の統治状況に関する若干の考察と論評』(前編) ニセクロが満を持して送る2005年産のキラーコンテンツ。青州黄巾賊発生のメカニズムに迫ります。

2005年1月14日
袁術の徐州侵攻と劉備の対応(戦況説明詳細) ってことで下の答えまでついてる袁術VS劉備戦、戦いの詳細解題。三国志が好きで戦争が好きなミンナの脳髄を蕩かすようなマーベラスなテキストですよ?(ほんとかよ)

2005年1月10日
袁術くん、Hi! ってことでほぼ1年ぶりの『袁術クン』です。そ・し・て。迷探偵ニセクロの推理、2005年の三国志界にのっけから珍説を巻き起こします。

2005年1月7日
下のほぼ訳テキストが余りに酷すぎたので手直ししました。関係ないけどコーエーの三国志5と6にハマってます。いやー修行に修行を重ねて王粲を軍師にしちまったよー。建安七子の一人孔融を主君に軍師王粲で天下をめざすぞーっ!(三国志5)三国志6だと韓遂。となりに異民族いるしロクな人材いないし。どうしよう…。まずはウマー一族を足下に敷こう。って、まだばちょさん出てきてない!

2005年1月5日
■ほぼ訳!後漢書おまけ華陽国志【後主志】遅ればせながら、2005年のあけおめことよろ。これは三国志メモ『北伐再考(2)』(未)及び途中で止まってる『降伏劇:劉禅』の為に訳し下ろしたもの。ソース元がもう見れなくなってるのでアレですが。別のところを代替ソースとして参照下さい。なお、訳はいつもの通りのなんだよコレ、な感じのアレな訳です、ハイ。

2004年12月9日
■ほぼ訳!後漢書おまけ資治通鑑(194-195年)徐州は虐殺に塗れ、中原には天下無双の「飛将」呂布が舞い、孫策は江東へ渡って小覇王への階梯を駆け上がってゆく。群雄割拠のシナリオ3開幕です。(そしてこれで「袁術くん、Hi!」の範囲をカバーしおえました。やっと。やっとゆけます。)

2004年12月4日
■ほぼ訳!後漢書おまけ資治通鑑(191-193年)董卓斃れて混迷の時代が幕開く。(更新頻度が低下してますが期間あたりのテキスト量は変わってないハズ。つーか39,000字近いっスよ? 三国志好きのおんなのこに『がんがれニセクロ、超がんがれっ!』って声かけて欲しいくらいっスよ?)

2004年11月29日
■日記:

2004年11月14日
■ほぼ訳!後漢書おまけ資治通鑑(188-190年)霊帝崩御から何進暗殺を経て反董卓連合の時代へ。

2004年10月26日
■三国志あんてな:ちょっぴり整備(それにしても三国志サーチとかに登録してゆく出会い系サイトは何を考えているのやら。あれじゃ只のスパムだよ)

2004年10月20日
■ほぼ訳!後漢書おまけ資治通鑑(181-187年)(released for this site, presented for this site and yours)つーかまたまた今度は十一月上旬まで微妙に首が回らなくなりそうです。

2004年10月13日
■ほぼ訳!後漢書宗室四王三侯列伝(列伝04コンプ)

2004年10月11日
■ほぼ訳!後漢書王允伝(列伝56コンプ)

2004年10月07日
■ほぼ訳!後漢書陳蕃伝

2004年10月03日
■ほぼ訳!後漢書竇武伝(列伝59コンプ)

2004年09月30日
■ほぼ訳!後漢書おまけ資治通鑑(199年)

2004年09月28日
■ほぼ訳!後漢書おまけ資治通鑑(198年)

2004年09月25日
■ほぼ訳!後漢書おまけ資治通鑑(197年)あと少しで身動きできそう…

2004年09月7日
日記:三国志メモ

2004年09月4日
■ほぼ訳!後漢書おまけ資治通鑑(196年)諸事万端に渡って首が回らなくなりました。9月末まで更新が滞ることになりそうです。

2004年08月20日
日記:三国志メモ

2004年08月15日
日記:三国志メモ

2004年08月13日
■ほぼ訳!後漢書張王种陳列伝(列伝46コンプ)

2004年07月23日
■ほぼ訳!後漢書袁張韓周列伝(世々に台輔たる袁家の祖・袁安からその袁安に取り立てられて廬江の名家への道を開いた周栄(周瑜の先祖)まで。

2004年07月22日
■ほぼ訳!後漢書皇甫張段列伝(見どころは涼州三明のトリを務める段ケイ。プレ三国志最強将軍の誉れ高いその羅将っぷりをご覧あれ。)

2004年07月15日
■ほぼ訳!後漢書袁譚伝(袁紹の子の袁譚伝。これで列伝64は上下コンプ)

2004年07月10日
■ほぼ訳!後漢書袁紹伝(子の袁譚伝は次回つーか、長ぇよ袁紹伝、どうりで誰もやんないハズだ…orz)

2004年06月24日
■ほぼ訳!後漢書郡国志一【司隷部】(これで郡国志は全コンプ)さて『袁術くん』に戻れるかな?

2004年06月23日
■ほぼ訳!後漢書郡国志三エン州部(これで【徐州部】と併せて郡国志三はコンプリート)

2004年06月22日
■ほぼ訳!後漢書郡国志二冀州部(これで【豫州部】と併せて郡国志二はコンプリート)

2004年06月15日
■ほぼ訳!後漢書桓帝紀

2004年06月08日
■ほぼ訳!後漢書宦者列伝;人類史三大発明の一つ「紙」の普及者蔡倫から十常時最後の大物張譲まで、皇帝に付添い王朝の闇を彩った巨星たちの列伝 【鄭伝】 【蔡倫伝】 【孫程伝】 【曹騰伝】 【単超・徐璜・具瑗・左悺・唐衡伝】 【侯覽伝】 【曹節伝】 【呂強伝】 【張讓・趙忠伝】

2004年05月28日
■ほぼ訳!後漢書郡国志五益州部】【涼州部】【并州部】【幽州部】【交州部ニセクロちょっと考えたよ。

2004年05月25日
■日記

2004年05月23日
■ほぼ訳!後漢書郡国志四青州部】【荊州部】【揚州部ニセクロちょっと疲れたよ。てか誰かちょっとでいいので誉めてよ。

2004年05月22日
■ほぼ訳!後漢書劉焉伝;これで三国志登場群雄は大体やりおえたかな。

2004年05月21日
■ほぼ訳!後漢書光武十王列伝;今回はいつにもまして酷い代物。

2004年05月18日
■ほぼ訳!後漢書陳球伝郡国志【豫州部】;陳球は陳圭・陳登の祖です。

2004年05月17日
■ほぼ訳!後漢書劉虞伝郡国志【徐州部】

2004年05月16日
■ほぼ訳!後漢書劉表伝陶謙伝

2004年05月15日
■ほぼ訳!後漢書章帝八王伝荀韓鍾陳列伝;それは名上奏文なのかオヤジギャグの連発なのか…荀家無双!荀爽が読めマス

2004年05月14日
■ほぼ訳!後漢書:孝明八王列伝;強弩マニアにして射撃オタ、袁術に暗殺された陳王劉寵あり□

2004年05月13日
■ほぼ訳!後漢書:后紀(下)と呂布伝

2004年05月12日
■ほぼ訳!後漢書:百官志(全)と霊帝紀と献帝紀と董卓伝と袁術伝

2004年02月27日
■日記

袁術くん、Hi!(←ちょっと書き直し+800字追加)

2004年02月11日
袁術くん、Hi!(+8000字)

2003年11月09日
■三国志あんてな『司馬懿君の事件簿』『三国絵師検索』『マリオネットの晩餐会』『雨粟莊』『私家版[中哲]電腦』を追加

2003年10月27日
袁術くん、Hi!(+5500+5000字)

2003年10月05日
■横江津・当利口の戦い戦況推測図

2003年9月29日
■日記

2003年8月30日
袁術くん、Hi!(+5500字)

2003年7月20日
■日記

2003年7月6日
袁術くん、Hi!(+6000字)

■日記

■三国志あんてな『Furinkazan.net』『三国志遊術研究所』『河北の袁紹屋敷』他を追加

2003年6月29日
■日記(三国志メモいろいろ)

2003年6月22日
■日記(三国志メモいろいろ)

2003年6月15日
■三国志あんてな『三国志事典15X-31X 』『袁家残照』『過立齋』『LIgHT』を追加

2003年6月1日
■日記(三国志メモ『陸績の死』)

2003年3月6日
■日記(2/16分)

2003年3月2日
袁術くん、Hi!(+16000字)

2003年2月24日
■日記(2/11分)

2003年2月22日
袁術くん、Hi!

2003年1月24日
■日記

2003年1月24日
■トップを変えてみました

2003年1月19日
■日記

2003年1月2日

2002年12月15日
袁術くん、Hi!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ちょっとした注意とか】

1・このHPのコンテンツは正史三国志(ちくま学芸文庫版)を参考にしています。

2・このHPへのリンクは張るも外すもお好みで。

3・このHPは引用リンク推奨です。申し出て下さったら該当部分にアンカーを付けて再アップします。

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