[更新録] [人物評] [解 説] [メール] [冒頭へ] [前項へ] 
---偽黒武堂の三国志探訪---

---人物評(後漢)黄巾賊乱---

『黄巾賊乱』


張角(-)

[蒼儒死すべし!黄老興るべし!]

張角、字は。冀州鉅鹿の人。
よいこのミンナが喜ぶ三国志演義、その冒頭を飾る怪しさ核爆の太平道教祖・張角さまです。
 
中国で繰返される王朝交代劇の歴史をつらつらと眺めていくと、この張角と言う人物の立位置がどうも極めて特殊なものらしいと言うのに気付かされる。
『蒼天已に死す。黄天まさに立つべし。時は甲子にあり。天下大吉ならん。』
これは太平道が蜂起する時に用いたスローガンだ。
易姓革命と言う考え方がある。普通、中国の王朝交代劇は(建前上)この易姓革命を論拠として繰返される。それも陰陽五行説を組込んだコンセプトでだ。ところが張角にはこの五行説を組込んだ易姓革命と言うものを目指した跡が見られない。
 
どうも張角は五行説や讖緯説とは根を異にする独特の原理で革命の正当化と遂行を目論んでいたようだ。
 
五行説を原理として採用していないというのは『蒼天已に死す。黄天まさに立つべし。』のスローガンから伺える。後漢王朝は火徳(赤)の(姓の)王朝とされていた。これを五行説を交えた易姓革命理論で解いてみよう。五行説には相生説と相克説の2系統があるのでそれぞれで説明してみる。五行相生説だと火は土を生じるので火徳の王朝の次は土徳の(姓の)王朝が生まれる、となる。(正史内で王朝交代を読み解いて見せる士大夫は大体この相生説に基づく議論をしている。)この場合、火(赤)→土(黄)は黄巾賊の『蒼天已に死す。黄天まさに立つべし。』のスローガンの後半を説明出来ても前半に齟齬を来す。また、五行相克説だと火の王朝(赤)を倒すのは水の王朝(黒)である、となる。黄色は土の、赤は火の、黒は水の、蒼を青とするならそれは木のシンボルカラーなので黄巾賊のスローガンを五行説で上手く説明できないのが分かる。(訂正2000.11.28)
この辺りの議論は『真三国志(一)』(学研/歴史群像・中国戦史シリーズ)に詳しい。(p52〜など)
→この議論の中で、五行説は当時既に相生説と相克説、二つともあった事が記述されている。もしそうなら、では、どうして相生説に基づいた火→土の易姓革命を支持する議論だけが見いだされ、相克説に基づいた火→水の易姓革命を支持する議論が見られないのだろうかと言う疑問が出てくる。これは禅譲、放伐のどちらを支持するかで自ずと相生説、相克説のどちらに基づき王朝交代を議論するかが決まってしまうからと考えられよう。禅譲思想に基づくなら王朝交代は相生説によって論理付けられなければならないし、放伐思想に基づくなら相克説による論理付けを行わなければ論が破綻するのは明らかなのだ。(かつて秦帝国が成立した時、秦王政が取ったのがこの放伐を支持した相克説である。)そして正史のみならず裴松之の注釈に於てさえ何処にも五行相克説に基づいた王朝交代論が述べられていない事を見るに、当時の論客の殆ど全て(従って士大夫層の殆ど)が王朝交代に関して禅譲思想しか抱き得なかった(表明し得なかった)のだと言う事が見えてくるだろう。それは当時の士大夫層の一般的な思考様式が儒家思想に染まっていたに違いない事(或いはそうした発言しか行えない雰囲気、言論・思想統制的状況が存在した事)を我々に示してくれているのである。
ここまで考えてみると、張角の思想は(そうした二つの五行説をさえ捨て去っているように見えるのだから)尚更異端であったのだと言う事がよく判ると言うものではないだろうか?
(→〜ここまで、1999.11.29加筆修正)
加筆:2000.11.28
蒼の字は老いた、と言う意味を持ち、黄は若い(幼い)、と言う意味を持つ事から、張角の『蒼天已に死す。黄天まさに立つべし。』は、単純に『老いた天は既に死んだのだ。若き天よ今こそ立つときだ。』と言う意味あいを持っていただけだったのかもしれない。この場合は五行説や放伐・禅譲思想などを含まないと言う意味でより原始的な易姓革命思想の展開ともとれる。
また、道家は『黄老の道』とも言われる事などを考えると儒家思想に対する道家思想の超克を信じて『蒼儒死すべし、黄老起こるべし』としたのかもしれない。ただ、この場合は道家を『黄老』と呼ぶのを確認出来ているけれども儒家を『蒼儒』と呼ぶとは確認出来ていないので憶測にも満たない。
 
→これが張角の独自の考えと言うのは、曹爽伝/裴松之注『魏略』の中の李休の記述からも判断される。『(李休は張魯の司馬となり)赤気は永遠に衰え、黄家が興隆する運命にあるゆえ、帝号を唱えるようにと張魯に建言した。』とあるように(太平道とはそのルーツに於て親戚関係?にある)五斗米道の勢力の中でも五行相生説が受容れられていたらしい事が伺えるからだ。
 
讖緯説とは予言の解釈学とその解釈を利用して革命を正当化するものだ。これは王莽が前漢を終わらせて新を拓く時に、また同じく劉秀が王莽に習って後漢として劉氏の王朝を復活させた時に利用して(されて)いる。張角にはそうした予言を利用しようとした形跡はない。讖緯説は極端に言えば妖言を妄りに放って動揺した世論を操作する政治術と言うべきもので、後漢が拓かれた時に儒者の扱う国学の一部の様なポジションに落ち着いている。それゆえ讖緯に頼るのは逆に危険かもしれなかった。張角が讖緯を利用しようとしても王朝側の讖緯解釈で革命の動きを抑えられる可能性もある、張角が利用しなかったのは理由のないことではない。
それでも敢えて言うなら『時は甲子にあり。天下大吉ならん。』の部分が讖緯っぽいが、これは決起時期(184年が甲子の年となる。十干十二支で年を定めると60年周期となり、甲子は最初の年に当たる。)を定めたもので讖緯とまではいかないだろう。
 
その独自性は恐らく張角が寒門出の士大夫である点に由来する。
国家を傾けている宦官・外戚・清流による止むこと無き内訌が儒家規範による外戚・宦官の排除行動にある事、儒家規範による人材登用が結局の所、名門が名門を引き立てる階級社会になり人材登用の公平性が保たれていない事、この二点の解消を目論んだ思想なのだろう。従って蒼天は儒家規範を、黄天はそれに代わるものとしての道家規範を暗示すると思われる。従来の易姓革命ではなく、国家を支える思想基盤を革命しようとした点、古代・中世中国史上ここにしか見られない特殊な叛乱であった。そしてその意味でこの思想は張角以外誰も抱くことの無かった特殊思想だと言える。
 
この思想は儒家にとって極めて危険なものだった。同時に儒家に忌み嫌われる宦官にとっては垂涎の思想だった。自分たち宦官の存在を否定しようとする儒家に対し存在を保証してくれるように見えるのだから。史書に封胥*、徐奉と言う宦官が太平道に傾斜し、その蜂起に協力しているのが見えるのはだから驚くべきことではない。その背後に十常侍・張譲がいたのもそういった理由があったと言える。彼等は儒家規範を廃絶出来る、そしてそれに代わりうる正統性ある理論のバックボーンを欲していたのだ。こう考えると名門権門の党人(清流)が黄巾賊蜂起に何ら反応していない理由も薄々察せられると言うものだ。
更に皇甫嵩、呂強らが霊帝に党錮の禁を解除しなければ党人が多数黄巾賊に寝返ると訴えた理由も。此処で推論するような流れ(儒家→道家への国家思想の塗り替え)だと名士に位置する清流士大夫のみならず儒家規範に基づく殆どの士大夫たちが黄巾賊に身を投じるとは思えない。が、更に推測を推し進めると、張角のような寒門出の士大夫たちが多数黄巾賊に組みする可能性が見えてくる。
当時、彼等は名門権門の清流士大夫層のように名門ぶり権門ぶりで自らを守ることなど出来ずに党錮の禁で刑吏の手に落ち、在野で泣き拉いでいた。自らを清流と称する名門権門の士大夫たちは宦官・外戚との三つ巴の内訌に明け暮れ、自分たちの内だけで評価を回しあい官職を回しあい、寒門出の士大夫たちを歯牙にもかけなかった。在野で泣き拉ぐ彼等寒門出の士大夫たちはそれをどのような思いで見つめていただろう。その彼等が黄巾賊の蜂起を前にしたとき、篭った負の感情は三つ巴の内訌に明け暮れるシステム全てを丸々打ち壊すと言う方向に傾いたに違いない。皇甫嵩らが怖れたのはそうした寒門出の士大夫たち(の動き)だったのだろう。
更にこの後もハナシを伸ばしてゆくと、張角がどうして史書で立伝されていないかと言うのも頷けて来ないだろうか。(秦末、漢楚の頃に活躍した陳勝らは立伝されていると言うのに!三国志のみならず後漢書も張角の伝を立てていない。裴松之も注に引けない程その資料は少なかったようだ。)
張角は(清流士大夫の存在基盤に対する)その危険性故に立伝を許されない存在なのだ。(と思うんです、私は。←なにゆえ弱気??)
→もっと大穴狙いで付け加えると『清流士大夫』へのこの手の怨念めいた感情のモーメントは『文化大革命』や最近の『開放政策』にまで通底しているとさえ思われる。
 
184年春に黄巾の乱を起こした張角はその年の冬を迎えること叶わず病死していた。
 
大賢良師・張角。
十年の歳月をかけ、数十万の信徒を得て…。
彼が何を目論み目指したか、今となっては知る術もない。
 

政事

戦略策定:C

政策立案:C

-

組織運営:A

 

輔弼力 :B

政策実行:B

-

事務処理:B

対外

戦略策定:C+

対外政策:C+

謀略画策:C+

-

 

影響力 :A

-

謀略実行:A

対外交渉:B

軍事

戦略策定:C-

作戦立案:C

計略建策:E

戦術指揮:C+

 

実現力 :C+

作戦采配:C-

計略実行:E

個人武勇:C

魅 力 :S

野 心 :S+

名 声 :B

人材推挙:C+

主義思想

メイン思想:太平道*/サブ思想:道家(10/0)

スペシャル

太平道教祖+2・布教+2・統率+2・

目標

国家転覆(国家基盤としての儒家思想の廃絶)

 

*特殊思想;太平道
  ・太平道教祖、張角だけが有する特殊思想。
   五行説や讖緯説とは根を異にする独特の原理で革命の正当化と遂行を目論む。
その独自性は恐らく張角が寒門出の士大夫である点に由来する。国家を傾けている宦官・外戚・清流による止むこと無き内訌が儒家規範による外戚・宦官の排除行動にある事、儒家規範による人材登用が結局の所、名門が名門を引き立てる階級社会になり人材登用の公平性が保たれていない事、この二点の解消を目論んだ思想なのだろう。従って蒼天は儒家規範を、黄天はそれに代わるものとしての道家規範を暗示すると思われる。従来の易姓革命ではなく、国家を支える思想基盤を革命しようとした点、古代・中世中国史上ここにしか見られない特殊な叛乱であった。そしてその意味でこの思想は張角以外誰も抱くことの無かった特殊思想だと言える。
 
*太平道教祖+2:張角のみのすぺしゃる。
  ・在野にいる場合、居住州とその隣接州は常に不穏状態になる。
  ・説得+2・布教+2・煽動+2・の効果を有する(他の類似効果との累積可)
 
*布教+2:政治・対外・軍事・性格すぺしゃる。
  ・州内(+2の効果)で信者を獲得することが出来る。
   信者数は実行者の魅力、州の治安、刺史・太守のすぺしゃるの有無で変動する。
 
*統率+2:軍事すぺしゃる

 →[黄巾賊乱]へ・[Top] 


[更新録] [人物評] [解 説] [メール] [冒頭へ] [上段へ]