ほぼ訳!シリーズ

 


ほぼ訳!後漢書

【帝紀】■順帝,沖帝,質帝紀 ■桓帝紀 ■霊帝紀 ■献帝紀

【后紀】■后紀(下)(桓帝懿獻梁皇后以降全て)

【列伝14■宗室四王三侯列伝【列伝32■光武十王列伝 【列伝40■孝明八王列伝 【列伝45■章帝八王列伝

【列伝21】■郭杜孔張廉王蘇羊賈陸列伝【郭伋伝】【杜詩伝】【孔奮伝】【張堪伝】【廉范伝】【王堂伝】【蘇章伝】【羊続伝】【賈j】【陸康伝】(列伝21コンプ)

【列伝24】■梁統列伝【梁統伝】【梁松伝】【梁竦伝】【梁商伝】【梁冀伝】(列伝24コンプ)

【列伝35】■袁張韓周列伝(【袁安伝】【張酺伝】【韓棱伝】【周栄伝】

【列伝41】■李陳?陳橋列伝【李恂伝】【陳禪伝】【?参伝】【陳亀伝】【橋玄伝】(列伝41コンプ)

【列伝46】■張王チュウ陳列伝張伝/王龔伝/王暢伝/ロ伝/陳球伝)(列伝46コンプ)

【列伝52】■荀韓鍾陳列伝(列伝52コンプ)

【列伝55】■皇甫張段列伝【皇甫規伝】【張奐伝】【段ケイ伝】)(列伝55コンプ)

【列伝56■陳王列伝【陳藩伝】【王允伝】(列伝56コンプ)

【列伝59】■竇武伝 ■何進伝(列伝59コンプ)

【列伝60】■鄭孔荀列伝(列伝60コンプ)

【列伝62】■董卓伝(列伝62コンプ)

【列伝63】■劉虞伝 ■公孫サン伝 ■陶謙伝(公孫サン伝はIMAGINEを参照ください)これで列伝63はコンプ

【列伝64】■袁紹伝 ■袁譚伝 ■劉表伝(列伝64上下コンプ)

【列伝65】■劉焉伝 ■袁術伝 ■呂布伝(列伝65コンプ)

【列伝67】■酷吏伝(列伝67コンプ)

【列伝68】■宦者列伝【鄭#伝】【蔡倫伝】【孫程伝】【曹騰伝】【単超・徐璜・具瑗・左・唐衡伝】【侯覽伝】【曹節伝】【呂強伝】【張讓・趙忠伝】列伝68コンプ)

■五行志【1/6】貌不恭、淫雨、服妖、雞禍、青眚、屋自壊、訛言、旱、謠、狼食人

____【2/6】災火、草妖、羽蟲、?、羊禍

____【3/6】大水、水変色、大寒、雹、冬雷、山鳴、魚?、蝗

____【4/6】地震、山崩、地陥、大風抜樹、螟、牛疫

____【5/6】射妖、龍蛇孽、馬禍、人痾、人化、死復生、疫、投蜺

____【6/6】日蝕、日抱、日赤無光、日珥、日中K、虹貫日、月蝕非其月 (コンプリート)

■百官志【1/5】【2/5】【3/5】【4/5】【5/5】(コンプリート)

■郡国志:【郡国一:司隷】【郡国二豫州冀州】【郡国三エン州徐州】【郡国志四青州荊州揚州】【郡国志五益州涼州并州幽州交州】(全13州コンプリート)

郡国志は山海経の邦訳の文体が参考になるかと思います。参考例としてupしましたが、できれば誰かおながいします。

#郡国志についてIMAGENE主宰むじんさんよりメールを頂きました。郡国志は表(table)のようなものとして捉えるべきだと。まったくその通りです。当時は短冊のようなものを綴って篇をつくって書を編んでた(文字通り編むだし)ので、現物を見れば、「これは『表(table)』だ」と気づいたと思います。や。現代の感覚で考えるからこんなステテコな間違いを犯すわけだ。しかし今はupの時間しかとれないので、手直しは後回しにさせて下さい。(H16.05.18)

 


ほぼ訳!晋書

【帝紀01】■宣帝紀(司馬懿) ■景帝紀,文帝紀 (司馬師,司馬昭) ■武帝紀 (司馬炎)

【列伝06】■衛瓘,張華伝

【列伝07】■宗室伝(司馬孚らの伝)


ほぼ訳!資治通鑑

漢紀五十_/光和四年〜中平四年(181-187年)

漢紀五十一/中平五年〜初平元年188-190年)

漢紀五十二/初平二年〜初平四年191-193年)

漢紀五十三/興平元年〜興平二年194-195年)

漢紀五十四/建安元年建安二年建安三年196-198年)

漢紀五十五/建安四年〜建安五年199-200年)

漢紀五十/建安六年〜建安十年201-205年)

漢紀五十/建安十一年〜建安十三206-208年)

漢紀五十八/建安十四年〜建安十八年209-213年)

漢紀五十九/建安十九年〜建安二十一年214-216年)

漢紀六十_/建安二十二年〜建安二十四年217-219年)

 

魏紀__一/黄初元年〜黄初三年220-222年)

魏紀__二/黄初四年〜太和元年223-227年)

魏紀__三/太和二年〜太和四年228-230年)

魏紀__四/太和五年〜青龍二年231-234年)

【序】これは(以下ほぼ訳!後漢書に同じなので略)

資治通鑑は司馬光せんせが歴代中国史の通史化を試みて編纂したものです。おまけのこのほぼ訳!ではぶっちゃけ袁術くんHi!に必要な建安元年から四年までに限って訳すつもりです。

 


 ほぼ訳!華陽国志

ほぼ訳!華陽国志:劉後主伝(三国志「蜀志『後主伝』に相当する部分です)

 


【序】

 これはニセクロが三国志ワールドを楽しむために後漢書を私訳したものです。底本はココのものを用いています。ページをダウンロードして落としたあと、その上に訳を書き残したものなので、先方の著作権の一部を侵している可能性があります。(そのためお前削除しろと言われたら速攻で削除します。)特に標点に関しては殆ど先方のものです。ただ、一部、訳の中でどうみても標点が不適切と思ったところはさりげなく改変しています。(ですが、それはわずかな箇所です。)

 なお、これらの後漢書訳は本来第一義的にはニセクロがオフラインでの私用のために作ったものですが、次いではIMAGINE」へ供する叩き台としてアップしたものです。(しかしひどい代物なので役に立ちそうにない。)また、ひどい代物だが機械翻訳よりは少しマシかも?というものでも読みたいというアナタのためにここにあげました。

 序の最後に。可能な限り日本語フォントに直していますが、できるだけ文字化けなく閲覧するには、中国語繁体字フォントをインストールしておいた方がいいかと思います。

 

【訳の範囲】

 校勘記は訳していません。

 後漢書の総てを訳すわけではありません。主に三国志にかかわる範囲についてです。従って「帝紀」は「桓帝紀」「霊帝紀」「献帝紀」のみです。また他の伝についても後漢末のプレ三国志にかかわる範囲となります。

 その他、帝紀・人物伝・百官志以外は訳す予定はありません。

 

【訳の様態】

 読み手がニセクロ訳の余りのアホさ加減を確認しやすいよう、底本のページ数などそのまま残してあります。(こういうのが問題ありそうなんですが。)例外は「霊帝紀」「献帝紀」です。この二つはページ数を削っています。(お陰で自分でも底本との比べあわせがやりづらく、失敗に気づかされた。)

 訳の文体はころころ変わります。白文っぽいですが、白文というわけではありません、『擬白文』文体です。白文との違いは、主体と主体が行った行為の関係を確定させるために「誰『が』」行ったかを判別できるよう助詞を入れていることです。初期の訳はあまりに妙ちきりんかつクソミソなものでしたが、徐々に「文体のスタイル」が出来てきているみたいです。(しかし、読んでる人には分からないと思います。訳した順が全然バラバラだから。)

 「而して」について:原文にある「而」はほぼそのまま残してあります。「訳」として接続詞をいれているところと区別するためと、原文での接続語である「而」がどこに入っていたかを残すためです。

 文末助詞(?)について:原文にある「也」「耶」「耳」「哉」などもほぼそのまま残してあります。訳す過程で訳者が入れるニュアンスと本来のその文字が持っていたニュアンスを分けるためです。

 ほぼ訳!という意味:つまりニセクロの漢文読解能力と閲覧環境による制約により、訳は全訳になっていません。どういうことかといいますと。

 一、経典や古典などからの引用は訳を見送ったところがあります。

 一、訳せなかったところは原文をそのまま残しています。(無責任)

 一、文字化けしたところは訳せないので原文のままです。場合によっては前後の文脈まで原文のまま残しています。(大いに無責任)

 一、ちくま文庫版邦訳三国志などでほぼ同じ文章が訳されているところなど、ニセクロが訳すのだりぃ、とか、めんどいなーとか思ったところは訳していません。(超絶無責任)

 

【ニセクロ注】

 ごく稀にニセクロが注を入れている所があります。[a]←このようにアルファベットの所がニセクロ注です。真面目な解説からアホな考察まで行っていますが、一つの伝に一つあればいいほうで、殆ど見ることはないと思います。