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年表−あまり自信ないぞ(爆)−

張紘伝と睨めっこしながら作りました。
矛盾点や間違いを発見したり、補足がある場合は掲示板までお願いします。

西暦 元号 出来事 官職 年齢
152年 逆算するとこの年生まれたことに・・なりますね。
生まれは広陵です。
−−− 1歳
- 都に出て太学に入り、韓宗に師事して『京氏易』『欧陽尚書』を納め、更に陳留郡の外黄において濮陽かいから『韓詩』と『礼記』と『左氏春秋』を納める。
広陵に戻ると、茂才に推挙され、大将軍何進、太尉朱儁、司空荀爽よりえんに任命したいと招きがあったが、いずれも病気を理由に辞退。
−−−
194年 興平元年 袁術の元に身を寄せていた孫策の要請を承け、これに仕える
因みにこの時母親の喪中であった。
孫策の丹陽討伐に従軍し、その無鉄砲さを諫める。
正議校尉 43歳
196年 建安元年 徐州牧を名乗った呂布が、茂才に推挙して呼び寄せようと試みるが失敗 −−− 45歳
199年 建安4年 孫策の上章文を天子に奉るため許に赴き、曹操に気に入られそのまま足止めをくらう。
少府の孔融ほか、多くの人々と親しく交わった。
この際、孫策の如何に素晴らしいかを、熱心に吹聴(笑)していたらしい。
曹操によって様々な官位を賜ったが、いずれ孫策の元に復命したいと願っていたため、それらを全て病気を理由に辞退する。
−−− 48歳
200年 建安5年 孫策の突然の訃報に乗じ、南方を攻めようとした曹操に喪に乗ずることの非を説いて、これを思いとどまらせる
曹操は孫権を討虜将軍と会稽太守に就けると、張紘を会稽東部都尉として派遣。
張紘は念願の地に戻り、孫権の補佐に務めることになる。
−−− 49歳
孫家のこれまでの功績を顕彰するための文章を自ら完成させ、孫権に献上した。
これにより孫権の信任を受け、改めて会稽東部都尉を拝命する。
着任すると、琅邪に主簿を向かわせ、さく融に討たれた趙いくの家系を復興させた。
会稽東部
都尉
203年 建安8年 江夏討伐に伴い、都の守りを命ぜられる。 −−− 52歳
208年 建安13年 合肥遠征に長史として従軍。
騎馬隊を率いて先鋒を務めようとした孫権を諫めてやめさせる。
長史 57歳
秣陵への遷都を孫権に進言する。 −−−
211年 建安16年 秣陵(建業)へ遷都の後、家族を呉へ迎えに行く途上で病没。 −−− 60歳

最終更新日平成11年2月6日

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