ゲームセンターの片隅に咲いた妖しい華 脱衣麻雀
脱衣麻雀の歴史 その2
 

  アニメーションの導入(1987年)
 1987年、脱衣麻雀に革命が起こる。スーパーリアル麻雀PII(セタ/以下PII)だ。セタは1986年に、脱衣のない麻雀ゲーム「スーパーリアル麻雀PI」(以下PI)を登場させており、PIIはこれに脱衣を加えて登場した。
 当時の脱衣麻雀には、ゲームを始める前に、3人くらいの女の子から脱がす女の子を選択するのが普通だった。しかしPIIでは、出てくるのは「ショウ子」と名付けられた女の子ひとりだけ。しかしPIIのショウ子は、他のどの女の子よりも輝いていた。

(当時としては)流麗にアニメーションしたのだ。

 上着を脱ぎ、微笑みながらシャツを脱ぐ。複雑な表情でスカートを落とし、キャミソールを脱ぐショウ子にゲーマーはメロメロになった。明らかにショウ子は、今までの脱衣麻雀の女の子とは一線を画していた。このアニメーションを支えるために基板も強化され、8ビットCPUで安く作るのが普通の脱衣麻雀に、16ビットMPU「MC68000」を「脱衣麻雀ごとき」に採用した。もちろんグラフィックエンジンも強化されている。
 PIIをきっかけに、多くの脱衣麻雀がアニメーションを導入した。しかし中小メーカーがほとんどの脱衣麻雀メーカーに高性能基板を開発する能力はなく、そのほとんどはせいぜい目パチ口パクレベルのもので、PIIの足元にも及ばなかった。本格的に脱衣麻雀が動画をモノにするのは、1990年代の後半まで待たなくてはならない。

対戦麻雀という考え方(1987年)
 脱衣麻雀がPII一色の1987年に、ふたりで対戦できる脱衣麻雀を日本物産が発売した。今でこそ対戦麻雀は脱衣麻雀の主流だが、当時の麻雀文化では少々無理があった。
 この頃のゲーム筐体はテーブル形が主流で、現在のようなアップライト型が主流になるのは1990年から。それゆえに対戦プレイを行なうと、お互いの手が丸見えになってしまうという欠点があった。
 また、技術的な問題もあった。ふたつの筐体に違う画面を表示するということは意外と面倒なのだ。まずRGB信号+シンクロ出力を2系統用意しなくてはならない。当然電気も余計に食うため、基板か筐体に何らかの処置が必要になる。しかし出力するコネクタは「ロイヤル規格」という基準があり、できればそれに準拠したい。
 当時複数画面を持つゲームには「ダライアス」「TX−1」などがあったが、これらは専用筐体のゲームゆえに、電源容量やコネクタ配列など自由度が高かった。
 とはいえ、当時から対戦プレイの需要はあった。対戦プレイを前提に設計、制作された任天堂の「VS筐体」では「VS麻雀」、「VS麻雀シスターズ(東亜プラン/1985年)」が組み込まれ好評を得ていた。VS麻雀はVRAMおよび画像出力回路を2重化して、ふたつの背中合わせの画面に違う画像を表示していた。しかしも「VS筐体という名の専用筐体」ゆえにできる荒技なのだ。汎用筐体、とりわけテーブル筐体ではできうる技ではない。
 テーブル筐体で対戦麻雀……。この難問を解決したのが日本物産の脱衣麻雀「対家麻濡感(1987年)」「美女っ子学園(1987年)」だった。なんとコンパネに液晶画面を取り付け、対戦時は液晶画面に手牌を表示したのだ。当時のテーブル筐体は画面よりも下のほうにコンパネが取り付けられており、相手側から自分の手は見えない。また、エアロテーブル24(セガ)のように画面とコンパネがツライチになる筐体でも、視野角が浅いためやはり手牌は見えなかった。実にスマートな解決法だ。
 しかし、ハードは素晴らしかったがソフトに工夫がなかった。対戦時は通常の麻雀同様2万5000点持ちだが、1回上がられると即ゲームオーバーというとんでもないシステムなのであまり人気がなかった。さらにコンパネが専用設計なため、導入コストも高かった。業務用ゲームでは、インカムが悪いということは、ゲーム内容に関係なくクソゲーであり、この意欲的な試みは後が続かず消えていった。
 対戦麻雀が隆盛を迎えるには、もう少し時間が必要だったのである。

 

スーパーリアル麻雀PII(1987年/セタ) 当時としては画期的にかわいい女の子と流麗なアニメーションで大ブレイク。ただし、麻雀部分は前作の流用であり、あまり褒められた出来ではない。ゲームの難易度は凶悪そのもの。1周できたら神。
 
 

麻雀シスターズ(東亜プラン/1987年)対戦脱衣麻雀の嚆矢。もともとは1枚基板の脱衣麻雀だが、任天堂(当時は業務用ゲームも作っていたのだ)のVS筐体用に基板を起こし直した。女の子はこの頃の脱衣麻雀の中ではかわいい方。ただしひとりで遊ぶ分にはごく普通の麻雀ゲーム。
 
 

美女っ子学園(日本物産/1987年)日本物産がコンパネに液晶画面をつけてテーブル筐体で対戦麻雀を可能にした意欲作。ただし、別売のキットなんて買ってられねぇよふざけんなという店のために、スイッチ切替で対戦モードを殺して通常のコンパネでも遊べる。なお、対戦ルールは1本先取、上がられたらコイン再投入というとんでもないものだった。
 
 
 
 
 

 

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