ゲームセンターの片隅に咲いた妖しい華 脱衣麻雀
脱衣麻雀の歴史 その6
 

   対戦麻雀の時代(1995年〜2000年)
 1987年にひっそりと現れ消えた「対戦脱衣麻雀」が、1994年に突然復活した。V−SYSTEMの「麻雀ファイナルロマンス2」がそれである。ファイナルロマンス2は「アップライト筐体を背中合わせに配置する」やり方で、特殊な装置を必要としない対戦麻雀を作り上げた。配線もコネクタをふたつ用意することで、ロイヤル規格を逸脱しない対戦麻雀が可能となった。一方、ハイパーリアクションをはじめとするSSVは、基板を2枚使用しデータを基板同士でやり取りする方式だ。基板を2枚購入するのはコスト的にデメリットであるが、プレイスタイルを「3本勝負」としたことでプレイ時間を圧縮。基板のコストアップを相殺した。この考え方は対戦格闘ゲームの手法をそのまま脱衣麻雀に持ち込んだものだ。
 対戦脱衣麻雀は大ヒットの企画となり、ファイナルロマンス2以降セタを除くほとんどの脱衣麻雀が対戦可能な仕様で出荷された。そのセタも最後は、スーパーリアル麻雀VSという対戦脱衣麻雀を発売した。対戦脱衣麻雀は今のところ、脱衣麻雀が見せた最後の盛り上がりである。

脱衣麻雀は死んだのか(2001年〜)
 1992年から続いていた大変革も、今はひとまず落ちついている。というより脱衣麻雀そのものが見事なまでに衰退してしまった。対戦でしか楽しめないフィーチャーを組み込んだ「対戦ホットギミック(彩京/1997年)」や、トレーディングカードの払出しを試みた「ジャンジャンパラダイス2(カネコ/1997年)」といった試みもなされた。しかし、業務用ゲームの市場が小さくなりすぎ、ジャレコ、セタ、V-SYSTEMといった中堅メーカーまでもがアーケードゲームから撤退してしまった。
 日本物産はCD/DVD麻雀に活路を見いだし、矢継ぎ早に作品を発表しているが、システム上の変化は全く見られない。というよりニチブツに進化など期待してはいけないのだが。
 メイクソフトが「麻雀同級生(1996年)」で行なった「既存メディアとの連動」麻雀は、彩京が「対戦ホットギミック快楽天(1998年)」を出したにとどまる。一応、近代麻雀の麻雀劇画「兎」を麻雀ゲーム化した「兎(タイトー/2002年)」というのもあるが、こちらには脱衣の要素はない。
 現在、脱衣麻雀といえる作品を作っているメーカーは、事実上セイブ開発と彩京のみという寂しい状況だ。サミーも会社自体は存続しているが、脱衣麻雀の新作を出すという話は聞かない。それでも「パチンコセクシーリアクション(サミー/2000年)」といった新作も出していることはいるので、いつか脱衣麻雀業界に復帰してほしいところだ。
 脱衣麻雀はもとより業務用ゲーム業界が瀕死の状態で、脱衣麻雀がかつての栄華を取り戻せるとは思えないし、ギャルゲーやエロゲーがこれだけ氾濫しているなかで、中途半端な存在の脱衣麻雀など、もはやユーザーは望んでいないかもしれない。
 しかし、いつかこの歴史が継ぎ足されていくことを願ってやまない。
 だから、下に空白をいくらか残しておこう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

対戦ホットギミック(彩京/1997年)10年ぶりに復活したボタン連打システムのほか、ソロプレイと対戦プレイでゲーム内容がまるで違うといった試みがなされている。いい意味での関西的アホテイストが炸裂した傑作。続編も多数発売されたが、第1作ほど洗練された作りにはなっていない。

スーパーリアル麻雀VS(セタ/1999年)セタの脱衣麻雀最終作。NINTENDO64互換基板「Arek64」で動作するだけあってグラフィック・サウンドとも素晴らしい。ただ、ゲームバランスは悪い意味でのセタ的で、時間とともに上がっていく難易度がとても理不尽。対戦のテンポも悪く、セタファンとしてははなはだ残念な出来。
 

 

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monaeast 1998,2002