システムボードまで作ってしまった
着せ替えまーじゃん(I'MAX 1995年)
   '90年代に入るとコンピュータの急激な性能向上により、比較的容易に動画が使えるようになった。しかし、それでも零細メーカーの場合は、コスト的に見合わず静止画で勝負せざるを得ない状況だった。
 I'MAXという会社もよくわからない会社で、一時期ずいぶん人を雇っていろんな事をしたかと思えば、従業員の9割をリストラしてみたりと、ベンチャーの前に「アド」が着くような会社だった。おそらく業務用ゲーム業界には本腰を据えて取り組むつもりだったのだろう。でなければシステムボードとROMキットなんて構成の脱衣麻雀を一から開発したりはしない。
 そう、I'MAX脱衣麻雀参入第1弾「着せ替えまーじゃん」は、なんとMAGSシステムボードという、システムボード形式で登場したのだ。通常、脱衣麻雀ではシステム基板は使われない。使ったとしてもシューティングゲームやアクションケームなどに使うシステムボードを使い回す例(ジャレコのメガシステム32、セイブ開発のSPIボードなど)があるくらいだ。はっきりいって脱衣麻雀のためだけに(多分そのつもりはなかったと思うが……後述)システムボードを開発するなんて、実にいい度胸である。もっとも、開発コストは相当厳しかったと見えて、基板の性能はあまりよろしくない。おかげで脱衣シーンは完全静止画という、当時としてはかなり情けない仕様になっていた。
 しかし、着せ替えまーじゃんはそのハンデを補ってあまりある魅力があった。その魅力とはコスプレである。セーラー服・看護婦・ウェディングドレスといったコスチュームからはだけて見えるおっぱいやパンツは、ただ単にすっぽんぽんになるよりもエロエロさは上。このゲームを作った人は心底スケベだったんだろうな……。
 選べる女の子は3人、そしてそれぞれが8通りのシチュエーションで脱衣を行なうため、ついつい何度も遊んでしまう魅力がある。グラフィックもプロの手によるもので、ツボを押さえたかわいらしいものになっている。たしかに着せ替えまーじゃんは、女の子のかわいらしさと着せ替えの萌えで、動画麻雀相手に善戦していた。

てねいな思考ルーチン
 麻雀部分もていねいに作ってあり好感が持てる。いかさまアイテムは存在しないがCPUの打ち筋がとてもマイルドなので、よほどのことがない限り一人目の脱衣は拝める仕様になっている。また、明らかに一局目はプレイヤーに有利なツモを流しており、1面CPUの持ち点2000点、2面4000点というハードルの低さから、だいたい3パターンくらいは容易に脱衣を拝める。
 そのため、脱衣パターンは各シチュエーションごとに1パターンずつしかないが、コスチュームが次から次へと変わるので欠点が気にならない。何にせよハコにすれば必ずおっぱいが見られるという仕様は精神衛生上たいへんよい。この設計に拍手だ。
 もっとも、さすがに最終面となるとCPUが目いっぱい積み込んでくるため上がりは困難になる。しかし、エンディングにこだわらないのであれば、コンティニューせずに一旦ゲームオーバーにしてから続きをやれば、難易度がリセットされて容易に脱衣が拝める。そのためゲームの飽きは正直言って早い。これが欠点と言えば欠点だろう。

 きせかえ麻雀は、I'MAXの業界参入への意気込みが感じられる佳作だ。しかし、I'MAXそのものはいろいろな事業に手を出した割にはどれも中途半端で、業務用ゲーム参入もこの着せ替え麻雀と続編の着せ替え花札、あとはエレメカの「ラズマラッタ」数作を作って消えてしまった。
 I'MAXもたった2作で終わるとは思っていなかったはず。システムボードを1から作ったという意気込みもさる事ながら、基板のコネクタがロイヤル規格ではなくJAMMA規格になっていることからもそれがうかがえる。実は着せかえまーじゃんは、麻雀パネルを使わなくても遊べる仕様になっている。つまり、MAGSシステムボードにはそれなりの汎用性を持たせていたというわけだ。
 このシステムボードには、どんなゲームが乗る予定だったのだろう。しかし、その答えが分かることは永久に、ない。


 

 きせかえま〜じゃんの神髄は全裸にならないこと。衣服がはだけておっぱいやパンツがちらりと見える。こういった萌え要素を組み込んで、静止画のハンデを克服している。
 


 選べる女の子は3人。ロリっぽい顔、ちょっとおとな、ケバイかおの3タイプ。とりあえずロリっぽい奴だけ見ればあとはどーでもいいと思わせるほど、ロリタイプの画像には気合いが入っている。ちなみに絵師は、ニチブツのセーラーウオーズと同じ人。
 


 本文では触れなかったが、きせかえまーじゃんの画像は約2画面分あってスクロールしていく。スクロールが終わったときに絶対おっぱいがフレームアウトしないのは、I'MAXがいかにこだわりを持って作っている化の証左と言える。

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monaeast 1998,2002