「必勝!無頼拳ッ!」
日本人らしき男が叫ぶ。
ピンクの道着が目に五月蝿い。
「ウゥラララララララララララララァァァァァ!!」
立ってるのがやっとな位にボロボロな相手に対し、その男はここぞとばかりに殴る蹴るの連打を浴びせる。
「ヒャッホォォ!晃龍拳!」
そして止めとばかりに、高々なジャンプと共にアッパーカットを繰り出した。
天に舞い上がる男の顔は恍惚に溢れている。
相手の男がゆっくりと倒れる。
着地した賑やかな男はそれを見届けると、親指を立てた拳を作り、
「余裕ッス!」
暑苦しい笑顔と共に、観客の方へと突き出した。
観客は半笑いで引いている。
しかし男はとても嬉しそうだ。
「はい、勝者はダンさんでしたあ。」
ダンと呼ばれたピンクの男は、満面の笑みで賞金を受け取った。


韓国はソウルの場末で行われているストリートファイトの賭け試合。
ダンはそこで、最近は少々有名なストリートファイターだった。
…格下の相手には鬼の如き強さを発揮するやかましい男、としてだが。
昔は日本で真面目に武術を学んでいたらしいのだが、破門となり、
それからは単身世界を周ってストリートファイトに身を投じ、我流の業を磨いて来たのだ。
「オヤジィ、今日も俺は最強だぜぇ」
晴れ渡った天を仰ぎ、ダンが呟く。
「生きててくれたら、アンタと手合わせ出来たのによう。」
ダンの父親は、今はもう亡い。
彼もまた格闘家で、頂点を目指す者の一人であった。
かつて頂点に座し帝王と呼ばれていた男に挑み、そして散って行ったのだ。
「アンタは強かったよ。」
確かに彼の父親は強かった。
最期に彼は、帝王の片目を奪ったのだ。
「まあ、俺も今じゃあアンタと同じくらいに強いけどな。
安心しな、もうすぐ俺が代わりにサガットの野郎をぶッ倒してやるからな。」
しかしダンはそれ程強くはなかった。
父親の仇をと習得した格闘術であったが、その自意識過剰な性分が災いして、
結果的には形にこだわった、芯の通らぬ珍妙な格闘スタイルが完成されてしまったのだ。

「よう。あんた、さっき闘ってた人だろ?」
ダンに誰かが話し掛けた。
長い金髪の優男だ。
髪の先を赤いリボンで束ねている。
「あぁん?誰だぁ、お前は。」
ダンは意味も無く凄んで見せた。
ダンは初対面にとても弱かったので、いつも初めて会う人間にはこうして虚勢を張るのだ。
「あんたの技にちょっと興味があってね。」
「ははぁ、俺の技に魅了されたな。」
「まあ、そんなとこかな。」
その言葉を聞くや、ダンの動きが止まった。
そして、見る見る笑顔になった。
「そうだろう、そうだろう。
うん、確かに俺の技は美しいからなあ。」
「ああ…まあ、それはそれとして…。
前に何処かで師についていた事が?」
少し困った顔で男が訊ねた。
「知らん。」
ダンは自分を称える言葉が予想以上に早く止んでしまったので不機嫌になった。
「そうか、残念だな。
あんなに洗練された格闘術は初めて見たもんでね。
師が居るのなら、俺も習いたいと思ったんだが。」
それを聞くと、再びダンに笑顔が戻った。
「まあ、そう思うのも無理は無ぇやな。
昔ちょっとだけ、日本の何とか言う小難しい野郎に習っていた時期もあったがな、
あんまりしょっぺえ技しか教えねえもんで、こっちから願い下げたってわけだ。
要するに俺の技は全て我流、まあそれは俺の素敵な格闘センスが」
「そうか、やっぱりか…。
いや、あんたの使っていた技が俺の技と少し似ていたもんでね。」
「良かったな。」
ダンは自分の素晴らしい演説が中断されたので不機嫌になった。
「…俺の技にも、あんたのみたいなキレがあればいいと思ったね。」
「まあ、俺の秘技"晃龍拳"は俺の非凡な発想力で開発された独自の練習法によってあそこまでの必殺技に昇華出来たわけで
お前の様な凡人があのキレを出すのは到底無理な話では本当はあるのだが
お前がどうしてもこの俺に御教授願いたいと言うのならばその秘密の特訓の一部を特別に」
「そうか、それは助かるなあ。でも残念な事に今日はもう時間が無いんだ。
貴重な時間を割いてしまって悪かったな。」
金髪の男はそれだけ言うと、そそくさと何処かへ去って行った。
「何でぇあの野郎は、人の話も最後まで聴かずに。
…まあ俺の格闘術に理解を示しただけでも許してやるとするか。」
ダンは横柄な言葉を吐いてはみたが、顔はだらしなく笑っていた。


次の日。
この日もソウルの片隅では賭け試合が行われていた。
いつもの様にダンも顔を出す。
「おおダン、探したぞ。」
場を仕切っている中年の男が、ダンを呼んだ。
「今日もやるんだろ?」
「おうよ、今日も絶好調だぜ。どんな相手でも来やがれってんだ。」
ダンは無駄に元気良く答えた。
「そう来なくっちゃあな。
いやな、お前さんと闘いたいってファイターが居るんだよ。」
「ああん?何処のどいつだぁ、俺様を指名しやがるってぇ傲慢な野郎は?」
「あそこの奴だよ。」
そう言って男が指差す先には、燃える様な赤い道着に身を包んだ、長い金髪の男が待ちわびた様子で立っていた。
「何ぃ、あの野郎は!?」
あれは確かに昨日の優男だ。
何故ここに…。
「何かアメリカから来たって言ってたな。
さあ、準備は出来てるんだ、早速やってくれ。」
「ま、まあ良い…俺の技に酔い痴れた程だ、俺より格下には違いねぇ。」
ダンは自分に言い聞かせる様な情け無い呟きを漏らしながら、対戦者の前に歩いて行く。
「よう、昨日はどうも。
ダンだっけ?俺の名はケン、宜しくな。
いや、話を聴くだけで終わろうかと思ったんだが、やっぱり一戦やっといた方が良いと思ってな。」
(別に訊いてもいねぇ事をベラベラ喋るんじゃねえ。)
ダンは思いきり不快な顔で、ケンには聞こえない様にブツブツ呟いた。
(俺は今日も適当に弱そうな奴見つけて楽に稼ぐつもりだったんだよ。
全く、何処で覚えた格闘ごっこだか知らねぇが、この俺が………ん?)
「そう言えばお前、俺の技が似てる、とか言ってなかったか。」
「ん、言ったけど?」
「…お前の師匠、もしかして、ゴウ……」
「ああ、ゴウケンだ。」
ダンの顔が、分かり易く青くなった。
「ゴウケンさんのお弟子さん弟子ですか」
(あ、あの化け物ジジィの弟子だったのかよ!)
「そう言う事だ。
さあ、始めようぜ!」
ケンが構えた。
ダンが焦る。
「いや待て!その前に訊きたい事が」
「拳が語るさ」

そして試合が始まった。
ダンの拳は、無口だった。

観客が口々に呟く。
「強い…」
「弱い…」
開始後、ダンがとりあえず放った晃龍拳は簡単に防がれ、その隙にケンが放った連続蹴りが全弾命中し、試合は僅か十五秒で終了した。
「いきなり間違った使い方すんなよ、昇龍拳…」
「くうぅ、俺はまだやれるぞ…ぶッ倒してやるぜぇ…」
仰向けになり、白目を剥いたダンがぼそぼそと呟いた。
「口だけは達者だな、あんた…。
ホントに俺達の兄弟弟子かって疑いたくなって来るぜ。」
やれやれと言った様子で呟き、ケンは賞金を貰いにその場を立ち去った。
それが、ダンの記憶に残る最後の映像だった。


「畜生ッ、あの野郎には腹が立つ!」
ダンが全身をスプリングで固めた姿で叫ぶ。
良く見ると、晃龍拳の型を反復している。
「聞けば、サガットの野郎も何とか言う日本人にとっくの大昔にのされてるって話じゃねぇか…くそ、腹が立つ!」
汗だくで尚も叫ぶ。
「こうなったら、サガットもその野郎も、もちろんケンの野郎も皆まとめてぶッ倒して、俺が天下を獲ってやろうじゃねぇか!」
そう言いながら、ダンは黙々とトレーニングを繰り返す。
「待ってやがれ、近い内に最強な俺のこの名前、世界中に轟かせてやるぜぇ!」
青空の下、ダンの叫びが響く。

挑戦者ダンは、野望に向かい今日も迷走する。


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