彼の者は帝王の二つ名に恥じぬ、何物にも揺るぐ事の無い、逞しき、そして巨大な体躯を具え、
そして其処から漂う空気は、飽和しかけた雷の潜む暗雲の如き、静かで、不気味な物であった。


タイ、某寺院。
日も沈み、既に闇と化した其の場所で、二人の武闘家が対峙していた。
強者は強者を求む…
この出会いは武の頂を目指す二人にとっての必然であったのか…。

タイの国技ムエタイを極めし、隻眼の男。
…格闘の世界に於いて"帝王"の異名を持つ者。
其の者を求め、若き男は世界を回り、数々の猛者と無数の死闘を繰り広げた。

……帝王は、価値無き戦いは望まぬ。
……ならばこの拳に、帝王の望む"価値"とやらを刻み込んでやろうではないか。

若さ故か、或いは生来の気性か。
若き男は単身世界へと旅立ち、虱潰しに名の有る男達へ闘いを挑むという、無謀とも言える策に自らを投じたのである。
頂に座す男に会う為に。



「貴様がリュウか。」
白い鉢巻を締め、道着に身を包んだ若者に、帝王は重く、ゆっくりと言い放った。
「そうだ、サガット。お前に会いに、闘いに来たんだ。」
若き男は、その男の発する威厳に怯む事無く、悠然と言葉を返す。
「ふふふふ……良い顔だ。」
笑う帝王の前で、若き男…リュウは、静かに構えを取った。
拳の先に帝王の巨躯を見据え、機を覗う。
「その目、その眼光、楽しませてくれそうだ」
一陣の風が翔け抜ける。
刹那、空気が張り詰めた。
「行くぞ、サガット!」
「来い!叩き潰してくれるわ」
風に乗りリュウが動き出した。
サガットは鋭く上段に蹴りを放ち、それを迎え撃つ。
…ブゥン!
その巨躯から繰り出される蹴りが鈍重な唸りを上げ、風を裂く。
しかし、リュウは寸での所でそれを見切り、同時に大きく身体を捻り足払いを繰り出した。
…が、蹴りを食らったのはリュウの方であった。
「おおっ」
リュウは激しく地を転がった。
フェイントか。
いや、そうでは無い。
サガットは、ただ純粋に上段と下段に続けて蹴りを放っただけ。
あの巨躯で、信じられぬスピードだ。
まるで拳撃を扱うかの様だ…。
地を這うリュウを見据え、サガットはじッと構えを取っている。
どうした、それで終わりではあるまい。
その姿がそう語っている。
リュウは応える様に起き上がり、構える。
そして、再びリュウが仕掛けた。
蹴りを警戒し、姿勢を低くして懐に潜り込む。
迎え撃つサガットの拳を巧みに捌き、左右の正拳を放つ。
腹部に直撃し、一瞬サガットが揺らぐ。
「ぬゥン」
リュウが後方に大きく身体を捻る。
…後ろ回し蹴り。
サガットは伸びて来るであろう蹴りに備え、防御の体制を整えた。
タン。
案の定に、それは放たれた。
それを難無く防いだサガットは、その隙に反撃の拳を繰り出す……が。
リュウはまた更に身体を回転させ高く跳び上がり、続け様にサガットの頭部へ旋風脚を叩き込んだ。
「うぅッ」
これはサガットに直撃した。
だが、これは帝王の身体へはさして通用せず、サガットはすぐに体勢を整え、リュウの着地の隙を狙う。
が、リュウは地には居なかった。
「ぬぅッ」
タァン、タァン、タァン…!
リュウの身体は未だ宙に有り、そのまま連続して回転し、更に数発の旋風脚をサガットへ食らわせた。
世界中の猛者をことごとく葬り去った必殺の奥義、竜巻旋風脚である。
サガットが揺らぐ。
そしてリュウは着地するや、その機を逃さず渾身の足刀蹴りを放つ。
「グアアアァァ!」
しかし、それが届く寸前、リュウの顔面へサガットの肘が唸りと共に飛んで来た…。
ガツッ!
体重を乗せた、振り下ろしの肘撃。
リュウの上体が大きく仰け反る。
矢継ぎ早にサガットは低い体勢からの跳躍と同時に、リュウのみぞおちに重い膝を食らわせる。
「ぐおお……!!」
リュウの身体が高く宙に浮く。
「ヌゥン」
着地と同時にサガットが唸る。
バチィッ!
その時、サガットの手が光った。
「ガアァァァァ!!」
そしてサガットは激しく吼え、宙のリュウへ向け両の拳を突き出した。
サガットの拳は眩く輝き、それは閃光となってリュウに襲い掛かる…!
「があッ!」
閃光は弾け、リュウは更に大きく吹き飛び、遠く離れた地面に強く叩き付けられた。

リュウは驚いた。
…これ程までとは。
奥義を食らい、それでも尚揺るがぬ強靭な肉体。
鬼神の如き、猛々しき体術。
そして、あの力。
あの光体は、確かにサガットの拳から生み出され、そしてリュウを襲った。
…面白い。
(…悪いなケン、こんな楽しみを一人占めしてしまって…)
リュウは全身を翔け巡る激痛を払い除け、再び起き上がった。
その顔は、微かに笑っていた。

「あれを食らって、まだ起つか。」
サガットは既に構えを解いている。
「流石だ、リュウ。俺が噂で聞いた以上の物を持っている。
…しかし貴様ではまだ役者不足だった様だ。」
「まだだ、…まだ俺は全てを見せてはいない。」
「何」
サガットの表情に変化が見られた。
見ればこのリュウ、満身創痍ではないか。
「そうか…それでも貴様はまだ闘うと言うか…愚か者め!
ならばこの俺が帝王の業を以って、貴様の全てを粉々に打ち砕いてやるわ!」
バチィッ!
再びサガットの拳が光る。
「その身体では交わせまい!」
リュウは静かに構える。
「ならば、そのお前の慢心…、俺が砕く!」
サガットがリュウ目掛け眩い光球を放つ。
同時にリュウは、両掌を共にし、それを後方へ構える……

ガアァン!

光球が衝突と共にけたたましい音と更なる光を伴って弾けた。
直撃したか…、これでは奴も只では済まんだろう。
そうサガットが思った矢先、弾けた光の中から疾るリュウの姿が突然に現れた!
(何!?)
光球は、リュウに当たってはいなかった。
あの刹那、リュウもまた拳から力を放ち、サガットのそれを相殺したのだ。
内に宿る波動を撃ち出し、間合い外からの攻撃を可能とする奥義、波動拳。
極限までにその業を鍛え上げた武闘家のみが操る事を可能とする、波動の力。
サガット同様、リュウもまたその力を持つ者の一人であった。
リュウが跳ぶ。
サガットが即座に構える。
ドンッ。
しかしそれは間に合わず、サガットの胸にリュウの跳び足刀が直に叩き込まれる。
そして着地するやそのまま沈み込み、その低い体勢から渾身の拳と共に伸び上がり、また跳ぶ。
リュウの上昇と共にサガットの胸を、拳が…肘が…膝が襲う!
駆け昇る荒々しき龍を宿し奥義、昇龍拳。
それはリュウが世界で数々の猛者と拳を交えておきながらも只の一度も放つ事の無かった秘技であった。
龍の爪に抉られたサガットの胸は、その軌跡を辿るかの様に縦に大きく裂ける。
「ガアアアアアアアァァァァァァァァァ!!」
帝王は断末魔とも言える巨大な咆哮と共に、迸る鮮血の中、前のめりに倒れていった……。



世界中の格闘家の間である噂が流れた。
帝王サガットが、日本の格闘家に敗れたらしい、と。
その後彼等を見た者は無く、二人は全くの行方知れずとなってしまったのだと言う。
「くそ、あいつに先を越されたか。」
長い金髪の男は、その話を聞くなりそう呟いた。
「まあ良いさ、俺には俺のやり方がある。」
男はある建物へ踵を返し、歩んで行く。
その看板には、「全米格闘トーナメント」の字が大きく刻まれていた。



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