【特集】 1954.9.26 台風十五号(洞爺丸台風) 五十回忌特集

 

1954年9月26日夜、北海道を襲った台風十五号は5隻の青函連絡船を沈めた。
この事故による死者・行方不明者1430人。平時の日本における最大の海難事故となった。

そして2003年9月26日、五十回忌を迎える。
事件は半世紀の彼方の出来事となり、その間に青函連絡船はなくなり、当時を知る人々も
鬼籍に入られた方が多く、事件はだんだん風化しつつあるように思われる。

事故を後世に伝える標として慰霊碑が昭和30年(1955年)に建立されたが、
洞爺丸台風の慰霊碑というと、洞爺丸遭難現場の上磯町七重浜にある慰霊碑がゆうめいである。
ここは遭難の翌年に造られた慰霊碑であり、毎年の慰霊祭の会場でもある。
ただ、七重浜の他にも洞爺丸遭難者の慰霊碑はあるので、ここに紹介する。

■七重浜(上磯町七重浜7丁目)

七重浜の浜辺に50年前と変わらず建っている慰霊碑。
慰霊碑自体は小公園として整備されているが、周辺は
セメント工場やパチンコ店、大規模温泉リゾート、大型
ショッピングセンターが立ち並び当時の面影は全くない。


▲(左)慰霊祭が近いせいか花束や線香が手向けられている
  (中)日高丸・第11青函丸・十勝丸の沈没地点方角を示す(写真右)

 

■青森(青森市三内沢部)

あまり知られてないが、青森にも洞爺丸遭難慰霊碑がある。
こちらは遭難死した青森県民240名と青函トンネル工事で
殉職した公団職員等34名の慰霊を目的として青函トンネル
開業後の昭和63年夏に建立されている。

場所は三内丸山遺跡に隣接した三内霊園内。

 

■函館山(函館市 函館山)

函館山山麓に建つ慰霊碑には戦時中青函連絡船乗務中に殉職
した職員と共に洞爺丸台風で犠牲になった職員も合祀されている。

▲(左)沈没した北見丸の船体から切り出した鋼板が碑にはめ込まれている。
▲(右)碑には船体から切り出した第11青函丸、洞爺丸の船名がはめ込まれている。

 

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