きままに旅行記改訂版

第7章 思い出の地

名古屋城

最終日、今日は帰る日である。とはいえ、せっかく名古屋に来たのでどこかに行こうかと思う。でも、予定では今日、大須に行くつもりだったので代わりにどこに行こうか非常に悩む。とりあえず、名古屋駅の案内所に行って観光案内をもらう。まあ、定番の名古屋城に行ったあと豊田でも行くかと考える。豊田も昔住んでいたところなのである。

まずは名古屋城、同じ場所に戻ってくるつもりはないのでコインロッカーに荷物は預けず持って回る。名古屋城はさすが近代建築あってエレベータ完備のあまりおもしろくないところであった。しかも一部工事中、さらには丁度強風・・・まあ、前に来たのは幼稚園児の頃だし久々というところではよかったかな?と思う。土産物屋ではぽぽぽいのぽいを買うか、ぼんぼんぼーんと時計が3つにするか悩んで、結局止めたりもした。

昔住んでいたところ 旧ゴルフ場
昔住んでいたところ旧ゴルフ場

次の目的地は豊田市は猿投。16年前、小学1年の6月まで住んでいたところである。どれくらい変わったのか楽しみに行ってみる。途中、その頃通ったスイミングスクールが跡形もなく消えていたりしたのにはかなりびっくりしましたが・・・
住んでいたマンションは昔のまま、というかそのまま古びた感じが漂っていました。通っていた幼稚園も小学校も昔のままでした。しかし付近はすっかり変わり大きな空き地は住宅地に、近所のゴルフ場も宅地に、畑も宅地になっていました。でも、なぜかクラブハウスと駐車場だけ残っていた・・・。変わっていない様に思った幼稚園もよく見てみると園庭が住宅だったところまで広がっているのに気が付きました。やっぱり人口はかなり増えたみたいです。

若干ショックも受けつつ帰り支度を始める。猿投駅で料金表を見ると・・・豊田220円、豊橋1100円・・・高い。手持ちの時刻表で別ルートを探すと豊田から愛知縦貫鉄道で岡崎に抜けるルートがある。こっちの線は乗ったこともないし、料金も490円だし丁度良い!と豊田乗り換えを行った。かなり普通の車両だったのはちょっと残念でしたが、順調に岡崎に着く。しかし、予想外のことが・・・岡崎駅前って何もない・・・大ショック。探索する予定だったのに。仕方が無いので来た快速に乗って終点の浜松まで直行した。浜松ではすぐに乗り換えるか1時間後の電車に乗るかという選択ができた。すぐだと座れないし面白くないということで、1度外に出ることにした。

外にでて適当に歩く、ぶらぶらと当ても無く。適当に歩いているうちに時間が・・・ほとんど収穫も無く撤退する羽目に・・・(;_;)とりあえず、夜のお菓子は買っておく。

浜松からの電車

浜松からはロングシートの電車で熱海まで行く。途中、三島から山歩きをしてきたような格好のじいさんばあさんがたくさん乗ってきた。ちょうど特急東海の通過待ちでちょっと長時間止まっていたんですが、入ってきた東海をみて、そのじいさん言うには・・・「東海も立派になったもんだ・・・昔は準急だったのに」。ちょいと待てぃ!準急っていつの時代のことだ!?少なくても新幹線以前のことだろ?

熱海は接続時間がたったの2分。到着前からみなさんドアの前に集結。よーいどん!の合図と共にレース開始。トップグループでゴールイン!もちろんBOX占拠。でもよく考えてみるとロングシート部分の方が座りやすかったんだっけ・・・失敗。

座りにくいBOXを占拠したまま、東京までゲームをやったりしつつ時間をつぶす。外はもうすでに真っ暗で見えないしね。東京で久々に京浜東北に乗り換え帰宅まであと少し!


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注釈群

名古屋城
戦災で焼けた天守閣をコンクリートで作った。いま本丸御殿の再建運動が起こっている。
土産物屋で・・・
続くフレーズはどちらも,ういろうのCM
ぽぽぽいのぽい
ぽぽぽいのぽい、さくら、抹茶、しろ、にっき、青柳ういろう、四季づくし
ぼんぼんぼんと時計が3つ
ぼんぼんぼんと時計が3つ、ほーらおやつとなりました、とろりとろけて大須ういろう
豊田
かのトヨタ自動車の功績により「挙母(こもろ)」から豊田になった
猿投(さなげ)
伝説でいにしえの偉い人がペットだった猿を放した、つまり投げたところだから「猿投」らしい
スイミングスクール
梅坪駅前にあった。
幼稚園
私立の井上幼稚園
小学校
市立四郷小学校
ゴルフ場
なぜかクラブハウスと駐車場のみ残っていた。
愛知縦貫鉄道
旧国鉄岡多線。
東海
去年の春から急行から特急になった。
準急だったのははるかなる昔、特急こだま号が走っていたころの話。