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【 携帯できる小型ゲーム機 】
ある時、横井が
新幹線の中でサラリーマンが電卓を取り出し退屈しのぎにスイッチを押して遊んでいたのを見て、
「暇つぶしのできる小さなゲーム機」を思いつく。
彼がそれを社長に話したところ、
山内は−電卓世界一の会社−シャープと話をつけ、
「電卓サイズのゲーム機」が急遽実現することになる。
そして、「隠して遊ぶため」を念頭にデザインが設計された。
「人は座った時手を組む」→「すると親指で操作するしかない」→「横型の筐体」に。
同じ理由から、コントローラーも極力単純にし、「ボタンを押すだけ」になる。
山内の「やるんだったら、ゲームのアイディアを2〜3種類は出せよ」
との指示に3種類作る。
彼は「誰でもが説明書なしに遊べるゲーム」を目指し製作した。
【 ゲーム&ウォッチ 】
1980年(昭和55年)春、世界初の携帯型液晶ゲームマシン「ゲーム&ウォッチ」発売。
ポケッタブルで空き時間に利用できることと単純なゲーム性をウリに、
大人向けとして値段設定(5800円)し、売り出したが、子供にまで大ヒット、
日本中でブームになる。
山内は売れ行きを見て、「じゃ、次にまた3つか4つ考えろ」と指示、
シリーズ化が始まる。
横井はゲームアイディアを続々と生み、ソフトデザインでも才能を発揮し始める。
| ゲーム&ウォッチの代表作 |
マンホール

4つのボタンを採用したタイプ。
この「マンホール」の他に
「ジャッジ」「フラッグマン」等もある。
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タートルブリッジ

因幡の白兎のイメージで亀の頭に乗って向こう岸に渡る。
亀の動きは水中の魚と連動している。
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オクトパス

伸び縮みして主人公を捕まえようとするたこの足を避けながら
海中の財宝を集める。異色作。
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横井軍平の哲学
横井の考える哲学に「枯れた技術の水平思考」というものがある。
「枯れた技術」とは「最先端のものでなく、散々使いこなれて、枯れてきた(安くなった)技術」
「水平思考」とは「まるっきり違う目的に使う−電卓をゲームに置き換えるような−こと」を言う。
「ゲーム&ウォッチ」は小型電卓の技術が熟成したから(5000円程で)実現したのだし、
後の「ゲームボーイ」も、小型の液晶TVが出てその技術が枯れてきた頃に出ている。
技術者がしばしば陥りがちな、凄い技術で凄いことをするのではない、
「枯れた技術で水平思考」してこそ、ヒット商品が生まれるのだ、ということだろう。
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「ゲーム&ウォッチ」は、世界中で販売され、どの世代でも国でも大ヒットを記録した。
値段は5000円程だったから、当時の玩具としては決して安い物ではなかったのにだ。
これが山内に「エレクトロニクス玩具は子供だけでなく大人にも世界でも売れる」こと、
「娯楽品は、面白ければ少々高くてもユーザーは買ってくれる」との確信を与える。
【 マルチスクリーン 】
山内社長の「(ゲーム&ウォッチで)2つのゲームを同時に遊べないか」とのアイディアから
2つの液晶画面を使った新しい形のゲーム&ウォッチが誕生する。
1982年、「ゲーム&ウォッチ マルチスクリーン」が登場、
これも大ヒットを博した。
(他にも、カラースクリーン・MICRO VS.SYSTEM などがある。)
| マルチスクリーンの代表作 |
オイルパニック

「2つの画面が見事に連動した、マルチあってこその
自分で惚れる程のアイディア。」〜横井談。
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ドンキーコング

マルチスクリーンの大ヒット作。
十字キーや内容の面白さもあり、
世界で700〜800万台売れた。
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ミッキー&ドナルド

「上下キー」と「左右キー」で
それぞれ、ミッキーとドナルドを動かし、
コミカルに消火活動をする。
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十字キーの誕生
初めて十字キーが採用されたのはこのゲーム&ウォッチ「ドンキーコング」です。
それまでの業務用ゲームや家庭用ゲーム機のコントローラー(方向指示キー)には、
ジョイスティックやボリュームパネルが採用されていました。
ゲーム&ウォッチは薄く小さいからそれらは付けられません。
横井は「薄型のジョイスティック」に試行錯誤を繰り返し、
十字型のキーを考案(発明)します。
十字型で、上を押せば下が浮き上がる仕組みにすれば、
手元を見ずとも感触だけで押している方向が分かる。
しかもジョイスティックに比べ遙かに使う筋肉が少ないため疲れない。
これは後にファミコンにも搭載され、単純で抜群の操作性は
「未来のマルチメディア機器に搭載するのは十字キー」(ビル・ゲイツ)
と言わせました。
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「ゲーム&ウォッチ」の世界的な大ヒットによって、
任天堂は世界進出を始めると同時に、抱えていた負債を全て返済し、
高収益を得る優良企業へと転身を果たすこととなった。
そしてこれが、後に
世界を席巻する家庭用ゲーム機を登場させる原動力にもなる。
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