任天堂のフィロソフィー

山内溥の選択(下)




    なぜ山内は、CD-ROMでなく、カセット+書き込みディスクを選択したのか? これを最終決定した理由とは何か。ここではそこに行き着いた理由を探ってみる。




【 CD-ROMとROMカセット 】


CD-ROMの最大の特長はその巨大容量にある。しかも原価が安く、生産も速い。 欠点としては、読み込みに時間がかかること(高速ドライブはあるが、値段が張る)と、 コピーが簡単に出来てしまうこと、傷つきやすいこと等があげられる。

CD-ROMのデータ容量は約640MB(メガバイト)といわれている。 ROMカセット、例えばSFC版「FFY」は、4MBである。PS版「FFZ」はCD3枚組で、 約2000MB、比較にならないほど飛躍的に容量が増加した。しかもソフトの販売価格は半額程度。


 CD−ROMROMカセット(N64)
容量640メガバイト8〜32メガバイト
生産日数1日〜1週間 1〜3ヶ月
原価100円前後800円前後



また、CD-ROMは生産が速いため、理想的な流通体制(スムースな注文→生産→供給)が可能になり、 小売店の在庫リスクが減る。また、原価が安いため値段を低く設定できるから、 メーカーも負担が減り、消費者もうれしい。時代も「CD-ROM」を後押ししていた。

次世代機市場に参入した任天堂以外の各社、ソニー・セガ・NEC・松下電器・バンダイ等の ゲーム機は、それぞれ互換性はないものの、すべてソフトメディアはCD-ROMである。



ではなぜ任天堂は「64」にCDを選ばず、カセット+書き込みディスクを選択したのか?

例えば宮本茂はCD-ROMを別段否定しない。CD-ROMはとてもいい、でも今はCD-ROMより、 カセット+磁気ディスクの方が面白い事が出来る、だから選んだと言っている。

優れた部分も認めていたろうが、任天堂の目指すソフトとはズレがあったのだろうか?
独自性を保てる、ゲーム性の追求、市場統制の問題、ハード価格の抑制、子供にも扱える、 利益確保・・・様々な点から、カセット+書き込みディスクがベターだと選んだだけ?

しかし、私にはそれだけとは思えない。ここへと至らせる「何か」があるような気がする。

私がここにこだわるのは、もし任天堂がCD-ROMを選んでいたら、スーパーファミコンから 後継機へもっと楽にバトンタッチできたと思われるし、シェアも保てたろうと思うからだ。
しかしそれをしなかった。"ゲーム"への考え、または独自の思想から選ばなかった。

    その背後にある「思想のようなもの」、それは果たして何なのだろうか?





【 質的転換・種を蒔く 】


ここで少し、山内溥社長の初心会講演をおさらいしたい。


<1992年8月初心会講演にて>

「CD-ROMは、ユーザーサイドからどんな特徴を持つものか見直さなければならない。 大容量や映像・音声が優れているというのは、独創的な面白さには何の関係もない。」

「ハードだけのマーケットではないわけです。ハードが売れるか売れないかはソフト自体の力です。 ですからハードもソフトも納得のいくものが完成してから発売する方針です。」



<1995年11月初心会講演にて>

「テレビゲームというものは、映画と違うわけです。見てその価値を判断するものではなく、 遊んでみて楽しいか面白いかどうかを判断するのがテレビゲームなのです。」

「テレビゲーム本来の姿や実像がかすみ、テレビゲームの前途が危うくなっています。」
「ソフトメーカーには、種と仕掛けがなくなってきてダメソフトが増えていきます。」

「大容量を使って音声と映像を垂れ流し、ゲームに迫力を付けようとする。 しかしゲームというものは、その内容が肝心なのです。音声や映像を垂れ流しても、駄作は駄作。」

「次世代ゲーム機とは一体なんなのか?私にはよく分かりません。本来、 ソフト主導のマーケットであるテレビゲーム市場では、次世代なんて言葉はそもそもおかしいのです。」

「ユーザーは真似であることを知っている、すなわち、マネソフトはダメソフトなんです。」
「ソフト開発者の方々に新しい種と仕掛けを作れる材料を提供しなければならない。」

「ROMカセットは、ユーザーにとって読み込み時間がないという利点があるが、 それよりもカセット内にマスクROM以外の半導体を内蔵させる事で、新しい提案をしたい。」

「書き込みと読み出しの出来る大容量の磁気メディアを使うことで、新鮮で感動的な面白さを実現できる。 多くのユーザーにゲームソフトの新しいジャンルとして認知してもらえる。」

「この新しいソフト開発路線を軌道に乗せる事で、TVゲーム市場の前途は開ける。」



この講演で山内は、明らかにスクウェアの(映像・音声を豪華にする)方向性への批判をしている。 この時の山内の批判をなぞるように、スクウェアはソフト開発チームを引き抜き、 CD-ROM機へ。チームワークを保ち、音声・ムービーをゲームに取り入れ、大成功する。

それは決して単なる「音声と映像の垂れ流し」ではなかった。 高い表現力でユーザーを新しい次元に誘った。 スクウェアは映画とゲームの融合に挑戦して、受け入れられた。

これは山内の読みの失敗ともとれる。CD-ROMは一時代を作る、実際作ったからだ。 逆に、山内はその可能性を予見しておいて、その上で危機感を持ち批判したともとれる。


当時山内は業界のドンだった。 彼はこの時まで「任天堂一極集中によるソフト化路線は未来永劫続く」と宣っていた。 しかしシェアは保てず、 「ソニーが圧倒的に強く、任天堂は弱いと言える」状況になった。 その原因は「ROMカセット式」にあると思われる。
(値段が高い、容量が少ない、CGムービーや音声が不得意、生産が遅い)


    山内は「容量が大きいだけ」とCD-ROMを否定し続けた。何がそうさせたのか?



    2000年までに退任

    「区切りを考える段階に来ており、これが最後の仕事になるだろう」。
    97年秋、山内社長は、2000年までに約半世紀務めた社長職を退任すると発表した。

    山内社長は98年発売の「N64DD」を 『ゲーム産業に革命をもたらす商品』と言い、
    「これでゲームが変わるかどうか、確認したい。 そうならずに『自分の考えが間違っていた』となってもいい」 「それは2000年までに分かる。ここまでが私の仕事」と語った。

    1949年(昭和24年)、22歳で社長に就いてから50年。「N64DD」は花道になるだろうか。






【 山内は何と言ったか 】


95年の講演で山内社長が強く主張したのは、(「量的拡大」ではなく)「質的転換」である。
彼は、64の道「ROMカセット」と「書き込みディスク」には、 (CD-ROMにはない)未来を拓く新しい種と仕掛けがある、それを軌道に乗せゲーム市場を守るのだ、と言った。


    ◆「カセット」内に特殊な半導体を内蔵させる事で新しい仕掛け・提案ができる。
    ◆「カセット」の瞬時アクセスはプレイヤーにとっての理想のゲーム環境を作る。
    ◆また、ハード本体の価格を抑えられる(CD-ROMドライブが必要がないため)。
    ◆「磁気ディスク」で感動的な面白さを実現し、新しいゲームジャンルを創出する。
    ◆壊れにくく子供にも扱える、利益確保や市場統制がし易い、独自性を出せる等。



これらの中でも彼が特に強く主張したと感じるのは、 「カセットの中にマスクROM以外の半導体を内蔵させることにより、 新しい提案をしたいのです。」という部分。

「カセットの中にマスクROM以外の半導体を内蔵させる」、これは、 ハードがソフトの限界を作るのではなく、 ソフトがハードの能力を進化させ限界を決める事を意味するのだろう。

山内社長はここいらにこだわっているように感じる。

また同時に彼は 「次世代ゲーム機とはいったいなんなのか?私にはよく分かりません」と言っていた。 「ソフト主導であるゲーム市場で、次世代なんて言葉はおかしい。」とも。

これは何を意味するのだろうか。

山内のこうした達見の背後に、何か遠い過去から現在へ受け継がれてきた、 そして遙か未来へと繋がるであろうと彼が信じた揺るぎない経験則が垣間見られないだろうか。

それは何なのか?







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