
山内は花札屋を継ぎ、娯楽業界へと足を踏み入れた。 そこで苦しんだ末にある信念を持つに至る。 彼にとって娯楽の世界とは如何なるものだったか。 【 娯楽の世界 】
娯楽や遊びは、生活に必要不可欠(need)なものではない。食物・生活用具など 実用・衣食住が満ち足りた上で「欲するもの」(want)だからだ。
山内は言う。 「テレビゲームなんて娯楽でしょ。生活必需品ならともかく、 ないから生きられないというものじゃない。世界中にいろんな国がありますが、 やはり衣食住が足りて、ゆとりができてから初めて娯楽市場ができあがるわけですから。」 「だから、ゲームなんてユーザーにとっては、いざとなったらなくても差し支えない。 面白くもおかしくもないゲームに高い金を払って付き合う義理はまったくないでしょう。」
山内のこうした言葉は、彼がこの業界で味わった事実を淡々と語ったに過ぎない。 だがこの現実すら理解できない愚鈍な経営者は今だ多い。 (老舗バンダイもそう) 「娯楽の業界では、老舗だから安心なんていうことはありえない。 いつもいつも、新しいものを出していかないと生き残れないのです」 楽しい、欲しい、と思わせなければ誰も買わない娯楽品。その世界で生き抜いていくには、 何より、新奇なもの、新鮮な面白さのある製品を作っていく必要がある。 「ところが、全くの新製品をつくるためには、常識的な発想では人々を納得させることは できない。新製品に必要なのは、社会通念や習慣を変えるようなものでなければならない。 そのためには"非常識の発想"が必要なんです。」
携帯用の小型ゲーム機「ゲーム&ウォッチ」も、 それまでゲームセンターか自宅のTVの前でしか遊べなかったゲームを、 車の中でも学校でもどこでも楽しめるようにした。 子供の遊びの習慣自体を変えてしまった。 また二人対戦(協力)形の「VSシステム」を作ったのも任天堂である。 1人で遊ぶという業務用ゲームの習慣を、2人で一緒に遊ぶかたちに基本的に変えてしまおうとした。
そして、「ファミリーコンピューター」。 マイコンゲーム機に必須なものとされていた キーボードを排除し、ゲーム機能だけに特化させた。これも他社が考え得ないことだった。 失敗に終わった「バーチャルボーイ」も、 3次元立体映像(覗き見型)という革新的な発想に基づくもの。 全く新しい次元の遊びを生むための土壌がここにある。
非常識ゆえにリスクも大きい。それでも山内任天堂は断行した。 そう考えると、山内社長の言葉はいっそうの迫力を増してくる。
【 独創の旗印 】
どうもその理由は、彼の口癖である 「よそと同じことをしない」という言葉の中にある。 言い方を変えれば「独創性」ということになる。 「娯楽の世界では、かつて経験したことのない遊び用具を提供できればいい。 既にあるものを改良するという発想では絶対うまくいかない。 だから任天堂は、 新しい発想を求め、創造することに全てのエネルギーを費やしてきた。 それがモットーなんです。」 今まで誰も体験したことのないような「遊び」をつくる。 それに不可欠なのは、 社員の独創的な「アイディア」。 そのためにも、 「人と同じことをやっていては駄目。 皆が右へならえの発想を払拭し、 オリジナリティを追求する」と言う。 加えて、 「消費者が娯楽にかけられるお金はそう多くない。だから、 この世界にはNo.1だけでNo.2などはあり得ない。」、 一強皆弱の論理で市場独占を目指す。
新奇なるものを求め、人の歩いた道は追従しない。 己を信じて独創し、市場のないところに市場をつくり、独占する――、 これが山内イズムか。
【 哲学など無い 】
山内は、彼らには 「自由な発想、柔軟な思考がいちばん必要」 だと考え、その上で 「思い切ったアイディアを生み出すためには、まわりには何もない方が良い」 と言い、ゆえに、 「社是から社訓といったものは邪魔になる」 と決めつける。 なぜなら、 「もともと私自身、ある目標や志に基づいて、肩に力を入れてなにかをやるというのは好きなほうじゃない。」 し、 「第一、"一寸先は闇"のこの業界(娯楽)で、こうしなきゃならんなどという固定的な 考え方は、なんらプラスにならない。それどころか、自ら負けを招くようなものです。」 と言う。 故に任天堂は企業理念を掲げない。これが任天堂だという社風もない。下手にそんなものがあると、 社員がそれに縛られて、自由な発想・発言ができなくなる恐れがある、という理由からだ。
娯楽の世界に生きる企業として、理念など足枷にすぎない。
むしろ"何も無い"ことが糧となる――、
私はこの山内の言葉に重みを感じる、信じる。
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