
(写真:CD「S.S.T.BAND LIVE!」ジャケットより)
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HIRO(ヒロ) S.S.T.BAND活動初期より参加。 古くは、S.S.T.BANDの前身であり池袋サンシャイン広場で行われた「アフターバーナーパニック」 に出演したセガサウンドチームのバンドにも参加。 「SPACE HARRIER」「OutRun」「AFTER BURNER」など、数々の名曲を生み出し、セガサウンド黄金期を 築き上げた。 S.S.T.BANDではキーボードを担当。後のR三郎丸のように派手なパフォーマンスはないが、GM界 におけるそのカリスマ性とルックスによって多くの女性ファンを魅きつけた。 セガ社内及びファンから”Hiro師匠”と呼ばれ、現在はSEGAの分社化により(株)Hitmaker(旧AM3研) に所属。現役のサラコン((C)ZUNTATA)である。 |
(写真:CD「S.S.T.BAND LIVE!」ジャケットより)
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HARRIER(ハリアー) S.S.T.BAND活動初期より解散まで参加。 元々は1枚目のアルバムにはコンピューターマニピュレーターとして参加していた。(その頃は バンドとしてのS.S.T.BANDは存在していなかった)後に正式にキーボーディストとしてS.S.T.BANDに 参加。 シンセサイザーとシーケンサに囲まれたブースでプレイし、黙々と演奏する様はあたかも職人の ようであり、カリスマ的な存在であった彼はメンバーより「大将」と呼ばれていた。 しかし、その築き上げてきたイメージも、「観音崎スタジオでレコーディングした際に宿泊した ホテルでのぞきをしていた」というMicky氏の暴露発言により、もろくも崩れ去る。(笑) 彼のホームページのFAQコーナーを見れば更に崩れまくっていくことだろう。 現在は自分のバンド活動、ゲームミュージック作曲など、幅広く活躍している。(本当に広い) |
(写真:CD「S.S.T.BAND LIVE!」ジャケットより)
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MICKY(ミッキー) S.S.T.BAND活動初期より解散まで参加。 バンド仲間のファンキーK.H氏(元セガサウンドチーム)の「うちの会社は仕事中にギター弾いてもええで〜」 の言葉につられてゲームのことなど何も知らずにセガ入社。 代表作は「SUPER HANG ON」「GALAXY FORCE」「THUNDER BLADE」「BONANZA Bros.」等。変拍子好きで ライブで彼の作曲した「BEYOND THE GALAXY」が始まると、観客はイントロ部分の手拍子の仕方に戸惑った。 (7/8拍子の為、ノリにくい) S.S.T.BANDではギターを担当。3枚目のアルバムでアレンジを手掛けたカシオペアの野呂一生に師事し(?) 以降、ギターテクニックの飛躍的な向上には驚かされた。 S.S.T.BAND解散後はR三郎丸こと光吉猛修氏とのユニット B-UNIVを結成。しかしその後、セガを退社。現在はフリーで活躍している。 |
(写真:CD「S.S.T.BAND LIVE!」ジャケットより)
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GALAXY(ギャラクシー) S.S.T.BAND活動初期より解散まで参加。 Micky氏とはスタイルの違う攻撃的な(?)プレイスタイルのギタリスト。 人生を変えた曲はDEEP PURPLEの「Highway Star」というところに、ロックギタリスト なんだなと感じさせる。(ちなみにMicky氏の人生を変えた曲はラリー・カールトンの 「ROOM 335」。根っからのフュージョン小僧だ。) ライブでは声を出すことも少なく、無口な人に思われがちであったが、途中からHARRIER氏 と同様にMicky氏の「夜中の12時過ぎにTELかけてきて『スト2がさぁ!』って話されても。」 という発言によって一気に「オタク」扱いされる。(笑)それ以来、MCの合間に 「飯島丈治のゲームミュージック講座」などという突発的なコーナーができるほど、他の GMバンドの曲も楽屋で弾きまくる一面も暴露される。 S.S.T.BAND解散後は「ぷるるん釘」などに参加。今現在は・・・すいません。よく知りません。(汗) |
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BURNER(バーナー) 第一期S.S.T.BANDに参加。MZA有明のライブまでは彼がベースを担当。それ以降のゲームミュージックフェスティバル'90からはターボ君に替わることになる。 この人に関しては情報らしい情報がほとんどない。 本名である「小森伸吾」で検索をかけるとベーシスト小森伸吾が幾つか見つかる。恐らく飯島丈治も参加していた「ぷるるん釘」関連のページでみかける名前は彼に間違いないと思われる。 しかしその辺のページからLINKを辿ったりてがかりにして新たに検索をかけていくと…ますます謎は深まる。 近況を知っている方、情報求む。 |
(写真:VIDEO「S.S.T.BAND LIVE!」よりキャプチャ)![]() |
TURBO君(ターボくん) ゲームミュージックフェスティバル'90より、前任のBURNERに代わってベーシストとして参加。 実は私のS.S.T.BANDライブ初体験がこのGMフェス'90からだったが、リハーサルからずっと見ていて、とにかくパワフルなそのプレイには圧倒されっ放しだったのを覚えている。 「S.S.T.BAND LIVE!」の解説書にも書かれている通り、彼の参加が、彼のプレイがS.S.T.BANDを大きく変えたと言っても過言ではない。それ程ターボ君の加入がS.S.T.BANDに与えた影響は大きかった。 チョッパー奏法を得意とする彼は、そのチョッパーベースの元祖とも言われるラリーグラハムに影響を受けたと言われる。その代表とも言えるラリーグラハム&グラハムセントラルステーションの「POW!」を聴けばナルホドと納得すること間違いなし。 現在は有名な所では中山美穂を始め、ライブツアーなどでのサポートメンバーとして活躍。またKONAMIのビーマニシリーズに参加したり、某エロゲー(笑)のテーマ曲に参加していたことも確認されている。 今もその熱いプレイは健在だ。 |
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THUNDER(サンダー) S.S.T.BAND初期よりゲームミュージックフェスティバル'90まで参加。アルバムは「Formula」まで参加しているが、「Formula Tour」のステージには立っていない。 それまではドラマーということもあり目立たなかったが、GMフェス'90では「サンダーさんと遊ぼうのコーナー」と題して彼の知られざる姿が明らかになった。(大袈裟) この時初めて(?)バイク好きで鈴鹿8耐に出てみたいという話や、「HYPER DRIVE」に収録された「SPRINTER」のSE録音裏話が公開され、今となっては貴重なステージだったと言える。 しかしプライベートライブ直前に肺の病気にかかり、やむなく脱退。Splashくまちゃんに後を任せることになる。 現在は会社を興し、IT関連企業の社長として活躍しているそう。またアマチュアではあるがバンド活動も再開し、ドラマーとしても復活した。 |
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SPLASHくま(スプラッシュくま) 病に倒れたTHUNDERのピンチヒッターとして、プライベートライブから急遽参加。この時は前日のリハーサルでいきなり呼ばれた為、曲を何も知らず3回合わせただけという強行スケジュールだったらしい。(笑) その後「Formula Tour」も助っ人という形で参加したが、その年のゲームミュージックフェスティバル'91から新メンバーとして正式に加入。 それまでターボ君の存在だけでも非常にパワフルだったのに、熊ちゃんの加入でリズム隊がエライことになってしまった。(イイ意味で) ドラマーの固定概念を打ち破る圧倒的な存在感。ターボ君が加入した時以来の転換期と言ってもいい。 S.S.T.解散後もターボ君&熊ちゃんというリズム隊は様々なアーティストのサポートや同じBANDでコンビを組んでいる。 (プライベートライブで熊ちゃんを連れてきたのはターボ君だったようだ:松前さん談) 現在は上にも述べたように様々なアーティストのサポートの他、million companyやVoThMのメンバーとして活動中。詳しくはリンクページから飛べ! |
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R三郎丸(アールさぶろうまる) プライベートライブより解散まで参加。 S.S.T.BANDのキーボーディストとしても、また、SEGAサウンドクリエイターの顔としても偉大な先輩であるHiroの後継者として今では知られる所。しかしHiro自身が現役コンポーザーな為に現在は二大巨頭と言った所か。 S.S.T.BANDではショルダーキーボードで積極的に前面に出てくるプレイ。SEGA入社前から「目立ちたい!」と思っていたという通り、ライブパフォーマンスにとどまらず、歌って踊れるマルチな才能を発揮。この面はあのファンキーK.H氏の後継者とも言える。(笑) 彼の曲の特徴として非常に速いということが挙げられる。もっともこれはS.S.T.BANDまでの話で、それ以降の曲はジャンル的にも多岐に渡り、何かと話題のシェンムーではオーケストラサウンドにまで挑戦。 現在はHiroと共にSEGA分社後の(株)Hitmakerに所属。 |