「おっはよ〜っと・・・あれぇ? レ〜イ、シンちゃんは?」 「お兄ちゃんは、用事があるからって出かけました」 「用事? リツコ知ってる?」 「・・・今日の実験に出れないっていうのは聞いてるけど」 「アスカは? 知らないの?」 「・・・フィフスに会いに行ったのよ、あいつ」EVANGELION 2ndLAP 第24話 最後の使者 第三新東京市を広く望む高台にある公園。 その中央に配された、天使を模った噴水の縁に腰掛け、シンジはチェロを弾いていた。 曲の題名は知らない。 あの日、あの時、彼――最後のシ者、渚カヲル――が口ずさんでいたメロディを思い出し ながら弾いているだけだ。 約束をしたわけではない。 予感があるわけでもない。 あるのはただ一つ、確かな確信。 ここに居れば、必ず会える・・・という。 そして、その確信は外れてはいなかった。 近づいてくる存在、自由な風のような匂いを捉え、シンジは誰とも無しに呟いた。 「歌はいいね」 足音が途切れた。 「歌は心を癒してくれる」 弦を引く腕の動きを止める。 「リリンの生み出した文化の極みだよ」 瞳を開き、視線を上げる。 「そう思わないかい?」 静かに振り向いた、その先には、 「・・・渚カヲルくん」 あの日と同じ、彼がいた。 「・・・僕のことを?」 彼にしては珍しく、否、恐らくは初めてであろうやや困惑した表情で問い掛けられたシン ジは、数秒の沈黙を経て、困ったように頭を掻いた。 「・・・まいったなぁ」 「?」 今日のカヲルは、困惑してばかりだ。 「言いたいことがいっぱいあったのに・・・何度も練習したのに・・・」 一度俯いたシンジは、顔を上げ、 「いざとなったら、頭の中が真っ白になっちゃった」 フッと笑った。 「・・・僕はシンジ・・・碇シンジ」 カヲルと交わした視線を外すことなく、言葉を続ける。 「仕組まれた子供でも、サードチルドレンという記号でもない」 その瞳に限りない悲しみと慈愛を秘め、シンジは語る。 「君と・・・君達と同じ、この世界にばら撒かれた可能性の欠片の一つ」 自らの胸に手を置き、 「そう、『生命』さ」 シンジはニッコリと笑った。 カヲルはそんなシンジを、なにか眩しいものを見るかのようにように目を細めて見つめて いる。 「・・・碇シンジくん、キミは――」 だが、カヲルの質問はシンジの言葉でさえぎられた。 「『シンジ』でいいよ・・・渚くん」 「・・・僕も『カヲル』でいいよ・・・シンジくん」 小さな苦笑と共に、カヲルが言った。 その笑みは、かつて見た彼のどの笑顔よりも、シンジには自然なものに見えた。
公園での出会いの後、ネルフ本部施設の案内を申し出たシンジは、カヲルを連れて最寄り のジオフロントへのゲートへと向かった。 「はい、これ使ってよ」 財布から二枚のIDカードを取り出し、片方――使い捨ての簡易ID――をカヲルへ渡す。 「・・・なんだか、至れり尽せりで申し訳ないね・・・」 「僕は何もしてないよ。ただ、加持さんに頼んだだけさ」 加持が諜報部の人間だというような事は一々説明しない。 問われれば全て答えると決めてはいるが、何かを押し付けるつもりはないから。 「『鳴らない鈴』なんて陰口叩かれてるけどね・・・頼りになる人だよ」 「信頼・・・してるんだね」 「ん〜〜『兄さん』みたいな感じかな? 迷ったときには、何度か助けてもらったりもし たしね」 やがて作業用通路の終点が訪れ、目の前に扉が現れたが、シンジがカードを通すとあっさ りと道を空ける。 「お? なんだ、誰かと思ったら坊主じゃねえか」 その声は、扉の向こうに開けた空間、EVA初号機用ケイジから聞こえてきた。 シンジが振り向くと、整備班のツナギに身を包んだ壮年の男性が、牛でも殴り殺せそうな 大きさのスパナで肩を叩きながら、面白いものを見つけたというような感じでシンジとカ ヲルを見ているのに気が付いた。 「あれ、阪木さん今日はお休みじゃなかったんですか?」 「そう言うならなぁ、もうちっと丁寧な運転を心がけるように、ミサト嬢ちゃんに言って やんな」 ミサトに渡しておけということのだろう。 阪木がポケットから出して投げ渡したルノーのスペアキーを受け取りながら、シンジは事 情を看破すると同時に納得した。 要は、ミサトのルノーの修理をしに休日出勤をしていたのである。 保護者の行状に恥じるところがあったのか、シンジが申し訳なさそうに頭を下げる。 「・・・すいません、いつもいつもご迷惑をおかけします」 「ん? なぁに、いいってことよ。俺としても、あんだけ手を入れた車いじれるんだから 不満は無ぇしな」 シンジに快活な笑いで応えた阪木は、 「ところで・・・そっちの坊主は新入りか?」 と言って、視線をカヲルへと向けた。 「友達です」 シンジがニッコリと笑うと、カヲルもそれに習って笑みを返した。 「初めまして、渚カヲルといいます」 「おっ、なかなか礼儀正しいじゃねぇか。気に入ったぜ」 カヲルの挨拶の様子を気に入ったのか、阪木が相好を崩す。 「俺は阪木清一、ここの整備班の班長だ・・・まぁ、うちの坊主どもはあんまり無茶しね ェんで、ミサト嬢ちゃんのルノーの修繕の方が多かったりするがな」 ニッと笑って、阪木が右手を差し出す。 「じゃあ、僕もなるべく壊さないように注意しますね」 その無骨な手は機械油に汚れていたが、カヲルは躊躇することなく握り返した。
エヴァ初号機ケイジ。 冷却液に肩まで浸かった初号機を、シンジとカヲルがタラップから眺めていた。 階下に見える作業場で阪木と話していたのは、十分ほど前になる。 彼が差し出した油まみれの握手は、実は初対面の人間が必ず受ける、一種の洗礼のよう なものである。 ちなみに、他人への偏見と言うものが消えたシンジとアスカはなんなく突破し、自分自 身そういう作業をこなすミサトや土いじりが趣味で手を汚しまくっている加持も問題なく、 同じ技術者としてリツコも当然のように握り返した。 純真無垢なレイも、なんの躊躇も無く握り返したものである。 (ちなみに余談になるが、例によって初対面時に阪木に握手を求められたゲンドウは、 わざわざ手袋を脱いでそれに応じたという逸話があったりする) そして阪木の洗礼を受けた後、彼が常備している強力洗剤でカヲルの手の汚れを洗い流 して、シンジとカヲルはここに立っていた。 シンジが持っていたチェロは、ミサトのルノーのトランクまで阪木に頼んである。 彼のことだから、汚れた手を奇麗に洗ってからチェロケースを運んだのだろうとシンジ は思った。 時に豪放、時に精妙な男なのだ、阪木という人物は。 「これが、エヴァ初号機・・・」 目の前に鎮座ましましている初号機の頭部を見つめ、カヲルが感嘆したように言った。 「やっぱり、資料と実物じゃ全然違うかな?」 「・・・そうだね」 カヲルが様々な予備知識を得て来ているであろうことを言外に含ませてみるが、予想ど おりと言うかなんと言うか、カヲルはあっさりと肯定の言葉をもらす。 「EVANGELION初号機・・・撃墜使徒数10体、対使徒戦出撃率95%、損耗率8%・ ・・・・・人類の保有する最強の機動兵器」 静かにたたずむカヲルの口からその威容を称える言葉が導き出されるが、 「・・・・・そんなこと言われても、きっとエヴァは嬉しくないと思うけど・・・ね」 「面白いことを言うね・・・・・・シンジくんは、エヴァに心があると言うのかい?」 シンジが少し悲しそうに言い、カヲルはどこか愉快そうに尋ねる。 「・・・変かな?」 「・・・・・・・いや、ちっとも」 苦笑いしたシンジに、カヲルは笑顔で首を振った。 そして、ふっと何かに気が付いたように、初号機を見据えた。 「どうしたの?」 シンジがたずねると、困惑した表情でカヲルが答えた。 「いや、その・・・これは本当に、エヴァンゲリオン初号機なのかい?」 「え? 正真正銘のエヴァ初号機・・・だけど?」 シンジの返答に、ますますカヲルの困惑が深まる。 「このエヴァは・・・コアが存在しないのかい?」 「へ? ・・・・あぁ、なるほど」 そこでようやくシンジはカヲルの困惑に気が付いた。 「あ〜その・・・・多分、司令室でお茶でも飲んでるんじゃないかなぁ?」 「?」 ハハハと力なく笑うシンジの考えは、実に的を得ていた。 『よいっしょ・・・っと♪』 パチン 『はい、これで王手ですわ、冬月先生♪』 「む・・・これは・・・」 「待ったはもう残っていませんよ、冬月先生」 「・・・分かっている。一々言わなくても良いぞ、碇」 『うふふ・・・どうやら私達の勝ちのようですね、冬月先生♪』 「・・・まったく、夫婦そろって陰険な戦法を使いおって・・・」 「負け犬の遠吠えは見苦しいですな、冬月先生」 ≪とりあえずここまで!!(陳謝)≫