私が死んだ日



1999年5月27日
私は死んだ。

正確には、『死のうとした』らしい。
当時の記憶は、忘れていた。
死のうとした事すら、忘れていた。
しかし、日記帳には、こう記されていた。

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何故か、たすかった。

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これは、どうやら事実らしい。

いくらかの間、全く当時の記憶がなかったのだけど、なにかの瞬間によみがえってきて
私の脳みその中に住みついた。

その日、私はごく普通に過ごしていた。
でも、なぜだか急に、「もう、そろそろいいよね・・・・・・・・」と思い始めた。
飛び切りに上等なことはできないけど、一生懸命、今日1日だけがんばって見せようと思っていたらしい。
がんばって、一生懸命、最後の日の家族を目に焼き付けていた。

「今日はママ、楽しそうだね。」そういって笑う夫に、私も笑いながら「そう?」とだけ答えて
「私は今日死んじゃうのよ。だからだよ。」と心の中だけでつぶやいた。
テレビを見ている夫がめずらしく私に話しかけてきてくれたりするもんだから、
「ああ、最後にこんなに楽しい想いができて本当にうれしいな・・・・・・・」と思った。

私は、私の最後の夜を、夫と一緒にジュウブンなほど過ごした。
いつになくなかなか眠らない夫にイライラもしたけれど、いつかは寝てしまって、
しかも1度眠ったら一晩何があっても起きないことは分かっていたから、かえってぐっすりと眠ってもらうには
もってこいだな、と思って無理にねかしつけたりはしなかった。

程なくして、テレビを見ながら眠ってしまった夫の横顔を見ながら
たくさんの飲み残されていた白いつぶつぶを飲んでいた。

回想するわけではないけど、そんな時って普段忘れてて全く思い出さないようなことが次々と浮かんでくる。
ああ、初めてあった時は本当に王子様がきたのかと思ったな、とか
港でキスをしたのはもう2年も前なのか、とか
あの釣り場にもう一度みんなで行ければよかったな、とか
喧嘩したあの日も、結局仲直りして一緒に釣りにでかけたっけ、とか。

初めてのデートは私が2時間遅刻だったとか、
あの時のパパははにかみやさんだったなーとか、
パパは泊まりにきても朝まで寝ないで起きてたとか、
あの頃は私も笑ってたのかな、とか。

全部飲み尽くして、死に場所を探した。

本当はどこかから飛び降りるつもりだったのだけど
人の迷惑になっちゃいけないとその時はその時なりに考え直して
子供の顔を見ながら死んで行くことにした。

寝てる夫のほっぺたにチョットだけちゅうしてから
首にかける物を探した。

子供は、よく眠っている。

「ありがとうね。ママの子供でいてくれて・・・・・・・・・・・・」
そう思いながら子供の顔を見ていたまでは記憶にあるのだけど、あとはゆめうつつで
本当の出来事なのか、夢なのか、定かでない。

ただ、うっすらとした意識の中で、
ダイスキなパパが私のことをそおっとベッドにおろしてくれて
そのあと髪をなでながらずっとずっと抱いていてくれたような夢を見た。

『生きているときに、こうして抱いて欲しいって、もっと言えば良かったな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

それほど心地のいいその感覚が、今でも私の奥底にはっきりと残っています



夫は、本当に夜が弱い。
しかも、そのうえ、とっても過酷な労働条件にさらされていたので、夕食が終わると就寝、
朝はとってもはやくから起床して仕事、という日々を送っていた。

どうして私が死んでしまったのかは、やはり記憶がないからわからない。

ただ、覚えているのだけど、今も実は口に出す事ができないでいるだけかもしれない。
思い出そうとすると、私の脳の中は活発に動き出して当時のその記憶を閉じこめようとする。


この手記のどこまでが本当の出来事で、どこからが夢の中かというと、
本当は全部夢の中での出来事かも分からないし、本当は全部自分で見て知ってるのかもしれない。


ただ、当時から今まで、いちばん傷ついているのは私ではなく
私がいちばん愛してる人だったのですね

いま、実は自分の中で
たまにこの当時の光景が思い出される時があるんです。
脳みその中で思い浮かんでくる時、
フラッシュバックで現実か非現実か、夢かまことかわからなくなるときがあります。

さようなら、とつぶやく自分や、
いつになくよく笑ってくれる夫が
脳裏から離れなくなるのです。

この今の現象が
さらなる事態に発展しない事を祈るばかりの毎日です