わたしの軌跡
 
                      わたしとたくやくんが生まれてから現在までのあゆみを
                     年表にして書いてみました。
                      つたない記憶と、思い出せるだけの記憶の中でつづり
                     この数年間をなるべくわかりやすいように工夫しました。
                      今まで書いた手記や、カルトな日々、
                     つぶやきのりちゃん等を、年代にのせてこのページの中に
                     リンクしていく予定にしています。コツコツとやっていきたい
                     と思うのでしばらくお待ち下さい。
                      あたらしい手記も合わせて書いていきます。更新情報を
                     流しますので、読んで頂けると幸いです。


- - 法の軌跡 拓也の軌跡
1972 - ・拓也、一般家庭の長男として生まれる
- - ・義母、エホバの証人から初訪問を受ける
1973 ・法、創価学会3世として生まれる -
1974 - ・義母、バプテスマ
1975 - ・「来年、楽園で会いましょう大会」に母と出席
小学生
時代
- - ・友達より出席番号が後ろだったので事ある
 ごとに証言の機会を免れる
1985 - ・修学旅行で奈良に行くも神社仏閣参拝拒否
・両親からの虐待はエスカレート
・会衆からかなり離れた中学校に進学したために
 ある程度は開放された学生生活をおくれた?
1987 - ・祖母が死去 一時不活発気味に -
1990 - - ・格闘技の証言が嫌だったが、一年ごと、徐々に
 参加するように
1991 - ・創価学会が日蓮正宗に破門されたことで
 組織に疑問をもつ
・ある兄弟によって大学進学を後押ししてもらう
 事ができ、晴れて合格・入学の運びとなる
1992 - ・日蓮正宗を選び、創価学会組織と決別
・法華講の青年と結婚
・エホバの組織との決別「エホバの証人は誰より
 聖書的だと思うが、信じていないものはできない」
1993 ・長女 美佳出産 -
1994 - ・でもやっぱり日蓮正宗にも疑問があふれる
・次女 仁美出産
-
1995 - ・ついに疑問があふれ耐え切れなくなって離婚
・今まで禁止されていた神社仏閣巡りをはじめる
-
1997 ・拓也くんとの出会い ・法との出会い
- ・交際開始 -
- ・法、交通事故で入院 ・入院中に結婚を決意
- 義母とはじめて会う
・婚約
・義母がエホバの証人だったことを知ってなぜ教えて
 くれなかったのかを問うと、曖昧にはぐらかされる
- ・同棲生活開始 ・何を聞いても「僕はわからない」の一点張り
- 11 ・「わたしの聖書物語」を義母からもらう
「エホバの証人とはキリスト教なのか?」と、
 疑問を持ち、数件の教会に電話をかけて聞く
・「研究は個人の意思」「正しいか正しく
 ないかは、個人の判断」だから、僕は
 知らない関係ないと言われる
- 12 ・義父とはじめて会う 「普通のお父さんじゃない?」というと
 「本性を知らないだけだ」との答え
1998 教会巡り とんでもない教会ばかりで懲りる
偶然、キリスト教牧師が伝道で我が家に来る
-
- ・入籍&結婚式
伝道に来た牧師の教会に電話をかけてみる
・エホバの証人の人から紹介してもらって
 数年勤めた会社を辞め、宮大工に転職
- ・はじめて教会に行く
・イエス・キリストを神であり救い主と信じる
エホバの証人について質問をすると、とたんに
 不機嫌になって口を聞かなくなる
- ・奉仕の僕と3時間ほど交わる -
- ・エホバの証人の大会に子供と一緒に出席
・義母とエホバの証人研究をはじめる
・日曜日は子供を連れて礼拝に出るようになる
・教会に通っていることを告白すると「エホバ
 の証人を悪く言ってる人からエホバの証人
 の事を聞いても悪口しか聞けない」と答え
- 10 義母との関係は最悪に ・「教会にいくから仕方がない」
- 11 ・河内長野ジョアン・セトナー師セミナーへ
 (エホバの証人4世のかたの離脱経験談)
・「エホバの証人もキリスト教も一緒なのに
 なぜキリスト教なら良いって言う人が多い?」
- 12 ・夫婦関係は最悪に 
・鬱の症状がではじめるが周囲には気付かれず
・義母とは研究のかわりに研究交換日記を。
・「お前がオウムに入ろうがエホバの証人に
 なろうが僕には関係ない輸血拒否も個人
 の問題悪く思えば全て悪く思える」
1999 ・徐々に鬱状態はひどくなる ・親分の下品さが生理的に受けつけず、鬱
- ・「エホバの証人の子供たち」の本と出会う
・すでにかなりの鬱だったりした
・「今まで読んだどの本よりすばらしい!!」と
 この日から少しづつ意識がかわりはじめる
- 鬱は極限に。心療内科へ行く ・休日は疲れで寝たきり 起きる事もできない
- ・ある日突然、夫の前で壊れる。電話でお義母
 さんを呼ばれたのでますます壊れる
・驚いた勢いでお義母さんとお義父さんを
 呼ぶ。
- ・薬の副作用健忘症で記憶なし
自殺するも未遂で発見され生還
仕事を辞めて家でつきっきりの看病
- ・とにかく引っ越し -
- ・「エホバの証人の子供たちのHP」を見たい
 一心でパソコン購入
・「こんなに辛い思いをみんなしてるなんて、
 僕はまだマシなほうだった。許せない」と。
- 11 ・ネットで知り合った友人に励まされ、鬱が軽減
・あっという間に状態が改善の方向に
・積極的にインターネットで2世たちの書き込み
 を読んでみる日々。寝不足。
- 12 ・あれ?妊娠!! ・え?妊娠?!
2000 ・ホームページ開局 -
- ・長男 正也出産
・すっかりエホバの証人のどこがおかしいかまで
 理解する事ができた。
- - - ・父親への嫌悪感を出版物で植え付けられていた
 事に確信をもつ
- - - ・理解してしまったおかげで義母からは「悪魔・
 サタンに取り入られた背教者扱い」を受ける
2001 家の近所のエホバの証人の訪問を受ける
研究をすすめられたので、受けることにする
・父親の偉大さが骨身にしみてわかるように・・・
・もうすっかり「反対者」になってしまった
- ・義母と、ある第三者を交えて聖書研究 ・「もしかしたら、もしかするかも・・・と思えてきた」
- ・義母、「聖書にはイエスは神だと書いてある!」
 と発言。
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- 10 ・山中さんから電話があり研究再開をすすめられる
・研究再開を告げると義母ははじめて「法ちゃん」
 と呼んでくれた(但し、携帯メールにて)
・組織批判がすごいため(本人は冗談のつもり)
 「会衆の人間関係につまづいた」との評価を獲る
・すっかり「背教者」になる
- 11 ・エホバの証人と研究再開 -
2002 ・義母と険悪な状況に
・第四子出産予定
・名前を『ひなこ』と付ける
・1月以来、病院にて久々に義母と会う
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