わたしは育児に宗教教育を取り入れることは悪いと思っていなかった。
おりしもわたしには宗教教育を施せる信仰が何一つなかったので、
そのへんは義母の話も聞いてみてもいいなと思っていた。

義母は「幸せな家庭を築く秘訣」と「わたしの聖書ものがたりの本」をわたしに差し出した。

幸か不幸か、わたしは「わたしの聖書物語の本」を読んだことがあった。
小学校2年生の時の学級文庫に入っていたのだ。
当時、バリバリ創価学会員の血を受け継いで勧誘、証言をしまくっていたわたしは「聖書」も
「キリスト教」も大嫌いだった。しかし、この「わたしの聖書物語の本」は、イエスを堂々とした
神のように書いていなかったし、共感できて何度も何度も読み返し、さらには家に持ち帰って
両親にまですすめた記憶があるわたしにとっては「とてもインパクトのある本」だったのです。
拓也くんは、家に帰ってきてそれらの本を見ると
「嫌だったら嫌って言えよ。」と一言だけ言った。
わたしは、学級文庫に「わたしの聖書物語の本」が入っていたことを伝えると、「へぇ〜。」と
笑っていた。

「本当に、本当の神様がわたしに教えてくれているのかな。(エホバの証人になる事が神様の
 導き?)」と、しばしば思うようになっていた。
でも、「一度入ってしまうと調べられなくなってしまう!」と、「他のキリスト教会の人はエホバの証人
の事をどう思ってるんだろう?」と気になったので思いきって調べて見る決心をした。
電話帳を広げ、(電話帳を読むのはわたしの昔からの趣味だったりする)県内のキリスト教会を
見てみた。かなり多くの教会がある。その中にはなんだか妖しげなのもある。
「むきょうかいは」「セントなんとか」、「せいこうかいなんとかきょうかい」・・・、「モルモン」?
何がなんやらわからなかったので「カトリック」と書かれた教会に電話をしてみた。

神父さんおぼしき男性が出てきた。
「実はわたし、お母さんがエホバの証人をしている男性と結婚しようとおもうのですが、
 エホバの証人はキリスト教なんでしょうか?」そう聞くと神父さんは憤慨して、
「エホバの証人はキリスト教じゃありません!!エホバの証人は聖書の神を冒涜しています!」
と答えた。「じゃぁ、エホバの証人は聖書の何を信じてるんですか?」と聞くと、
「エホバの証人は聖書以外の本を読んでいます。その本に書かれていることを信じています」
と言われた。「(そうなのか。)」そう思った。神父さんは、「貴方がわたしの信徒ならばこの結婚は
やめなさいといいます。家庭生活を破綻させる危険があるからです。しかし、あなたはわたしの
信徒じゃありません。しかし、貴方が悪い宗教から避けられることを祈っています」と言った。
神父さんは外国の人だったけれども日本語が上手だった。
「(外国の人だから、はっきりモノをいうね!)」と思ったけれど、「やっぱり、エホバの証人はキリスト
教なんかじゃなかった!聖書を信じてるんじゃなかったんだ!」という結果を得た。

何かある、この宗教は。

その思いは強くなり、もう一件電話をかけようとしたけれども時間がなかったので仕方がなくあきらめ
次の機会にした。2時間も電話を持っていたのですっかり夕方になってしまった。

時は過ぎ、2月。
電話帳を開き、「イエス・キリスト○○派教会」という所に行ってみることにした。
実家に近い所だったので地理はカンペキ。しかし、行ってみるとそこには誰もいなくって
会堂には鍵がかかっていた。ガラスから中を覗くと真中に細くかたどられた十字架がありキリスト教
って雰囲気がした。「礼拝日:土曜日安息日」と書いてあった。
「わたしたちの教会は聖書に書かれている「土曜安息日を忠実に守る正統的キリスト教会です」と
看板に書かれていた。「土曜日安息日を守るのが正統的キリスト教会なんだ。」
早くもトンデモない知識を取り入れて帰っていったわたしであった。土曜日、普通の信者が集まる
2時間ほど前にもういちど出直した。中から女の人が二人、でてきた。

「あのう、ちょっとお伺いしたいんですけど?」
どうやら女性の牧師らしい。香川県と徳島県の2つの教会をかけもちしてるらしく今日は徳島の番で
来ていたらしい。香川はもう一人に任せてあるとのこと。
「ちょっとまってね。」と、会堂に通された。寒い。
紙に名前をかけ、との指令。嘘半分の名前と住所、電話番号はデタラメを書いた。
「書いていてね、ちょっと用を先にすませてくるから。」と言って女牧師はなかなか出てこなかった。
ヒマなので「聖歌」と書かれた本を読んでいた。
やけに「ハレルヤ」「ハレルヤ」「ハレルヤ」と書いてある。そういえば、周りの壁にも「ハレルヤ」と
書いている。「ハレルヤ・・・・・・。」
ヤバイ・・・・・・・・?と思った瞬間、女牧師が戻ってきた。
「あ〜、婚約者のお母さんがエホバの証人なんでちょっと相談に持ってもらおうと思ったんですけど
 ちょっと用事ができたので今日はこれで帰ります!!!」とイソイソといすから立ち上がろうとしたん
だけど、すでに遅かった。しっかり二人にブロックされてしまっていた。
「それは大変!バプテスマを受けないと!!バプテスマを受けると聖霊に守られてるから、きっと
 今すぐにでも受けたほうがいいわ!この間も池田町から来た高校生がその日に受けて帰ったの!
 すぐ終わるから!2時から礼拝だから4時には受けに行けるわ!!ねっ!」
恐かった。
「バ、バ、バ、バプテスマって、な、な、な、・・・なんですか?!」恐ろしくて言葉も出なくなってきた。
「浸礼っていってね、水に浸かると聖霊がいただけるのよ。裏にきれいな滝があってね、そこでいつも
 行っているの。みんなすぐに受けて帰ることができるのよ。恵みで聖霊を受けると守られるから!」
・・・・・・・・・・・・。
「あの・・・・・・・・・・、今、2月なんですけど・・・・・・。水ですか?滝ですか?風邪ひきます。。。」
そう言うわたしに、
「大丈夫よ!お年寄りだって受けて帰るんだから!まだ若いのに!!」と言って聞かない。
「いやぁ、わたしこう見えても体が弱くて・・・それに、事故をして冷やしちゃいけないんです・・・・」
そんな事は聞いてもらえない。聖霊が守られるから、大丈夫だから、とくり返し言う。
「とにかく今日は忙しいから!」と言い切ると今度は「じゃぁ、お祈りだけでも!」と迫る。
「いや、じゃぁ、聞いていますからどうぞ祈って下さい」というと、他の信者が来て続々と集まり始めた。
「(アイタ☆マジで逃げれなくなる!!!!!)」そう感じた瞬間、なんとその信者たちが揺れ始めた。
「ハレルヤハレルヤハレルヤハレルヤハレルヤハレルヤハレルヤハレルヤハレルヤハレルヤハレルヤハレルヤハレルヤハレルヤハレルヤハァ〜レルヤハレルヤハレルヤハレルヤハレルヤ・・・・・・・」

ウグッ!

ここでまたわたしの中でつじつまがあった。

わたしの小学校2年生の時の担任は、毎朝わたしたちに歌をうたわせた。
わたしは今でもその歌をおぼえている。
「まいけしゅらーだぽだっしょー!はぁ〜れぇ〜るぅ〜や!!
 まいけしゅらーだぽっだっしょー!はぁれるぅ〜うぅ〜や!♪」
短い歌だけど、歌わされていた。
「ハレルヤって言ったら心が清くなる」と先生がいつも言っていた。
先生・・・・・・・・・あなた、ハレルヤ教だったんですかっっっ!!!!!!!

「ちょ、マジで帰ります!!!」はやく帰らないと先生にあってしまう!
直感したわたしは立ち上がった。
女牧師の相方がわたしの腕をつかんで、「舌がもつれるくらいまで『ハレルヤハレルヤ』ってくり返す
と、聖霊が降りてきて心が落ち着いて来るから・・・・・・」としつこく叫んでるっっ。
「(そんなの、トランスじゃねぇかよっっバカッッッ!!!!!)」泣きそうだった。
「会いたくない人がいるんですっ!ここに来てる人だと思うんですけどっ!ちょ、離して下さい!!!」
もうパニックだった。
「誰ですか?わたしたちはクリスチャンだからそんな悪い人はいません和解出来ると思いますよ?」
くっそうこの女牧師、何をしつこくいってやがるんだっ!と思った瞬間わたしの背中は凍りついた。


やっぱり、先生は来てしまった。
ショックだった。
一番ダイスキだったN先生。ハレルヤ教(イエスの御霊教会)だったなんて知らなかったから。
だから先生結婚しなかったのね。ああ、こんな所で顔を合わせてしまうとますます帰れない。
おとなしくひとまず座った。
女牧師は相変わらず「それでは舌がもつれるまで『ハレルヤハレルヤ』って・・・・」まだ言ってる。
先生が席についたのを確かめて、目が合わないような、それでいて女牧師に気が付かれない角度で
先生を観察した。それにしても山奥の教会だというのに人がわんさか集まってくる。
駐車場もいっぱいになってる。「(よかったぁ!めっちゃめちゃ一番入口にとめておいて!)」
危うく出れなくなるところだった。
先生が揺れ始めた。
さっとたちあがり、玄関まで走った。
腕をつかまれたけど思いっきり振り払った。ブーツを足にひっかけて「さようならっ!」と言って車に
乗った。車の窓にしがみついてきて「じゃぁ、わたしだけでもお祈りをっ!」というので「また適当に
勝手に祈っといて下さいっ!」と言ってぶうんっと車をふかして帰ってきた。

ああ、もう散々だ。
キリスト教はもういい。

懲りた。
タバコを吸いながら、山を降りた。
一本道、たくさんの車とすれちがったけれどきっとあの車たち全てあの教会に行って揺れてるんだと
思うと気分が悪くなった。本当のキリスト教ってどこにあるんだろう?やっぱりエホバの証人が本当の
キリスト教なのかなぁ?いいや。本当のキリスト教が人から悪く言われることがあるわけがない。
ああ、とにかく疲れた。

イエスって書いてあるからって安心できないな、と
親身に体験した1日でした。
(だって、真冬に滝に放りこまれるところだったんですもの。)





           エホバの証人って、キリスト教?







































































































































































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