存在の詩
バグワン・シュリ・ラジニーシ講和集 1977年、めるくまーる社より


とある泥棒がこの本を読んで言いました。
「この本には嘘がひとつもない!」

私がこの本を知ったのは、はるか昔、ベースを弾いていた頃に読んでいた
「BASS・MAGAZINE」に紹介が出てたから。
「鳥が歌う。ふと気がつくと自分も口ずさんでいる。これが『ハミング』だ。
という引用文が出てて、この本が音楽をやる上での、いわゆる「ノリ」について
本当の意味での参考になる、といった文面でした。

実際この本は演奏に限らず、日常生活においても非常に心休まるある種の「麻薬」でした(^^)
「空を漂う雲には根もなく、家もなく・・・・・」
曇った心は、空を覆っている雲がいなくなればまた晴れる。
しかも雲は勝手にやってきては勝手に消え去る。
「早く消えろ」と思っても消えるものでもないし
「もっといてくれ」と思ってもいつまでもいてくれるものでもない。

ここでいう「雲」とは、心の中のあれやこれや、の「思い」のこと。
どんなに嫌な気分のときでも、その気分がいつまでも続くものではない。喜びもまた然り。
自分の力でそんな気分を振り払おうといくらもがいても、
あるいはその気分にいくらしがみついていようとしても
「雲」はそんな努力にはお構いなしで居たいだけいて、そして消えていく。
そしてよく目を凝らしてみれば、そんな雲の合間に見える空を見ることができる、とも言っています。
心の中を、雲に囚われず、その合間の本当の心を見るようにしよう、と。

バグワン・シュリ・ラジニーシという人は、本来は「タントラ」という宗教の師匠です。
私は特に宗教自体には関心ないですが、この本自体は好きです。
私が好きなのは、バグワン・シュリ・ラジニーシ自身ではなく、あくまでもこの本。
「タントラ」という宗教でもなく、やっぱりこの本。
それくらいこの本は私にとって「麻薬」となっています(笑)。


余談ですが、この「バグワン・シュリ・ラジニーシ」という人、
一部からは、「日本の麻原祥晃」的非難を受けてまして、
結局麻薬密売をはじめとする容疑で捕まっちゃいました。

正直言って「バグワン・シュリ・ラジニーシ」という人が事実、どんな人だったか、
ということにはあまり興味はありません。
「存在の詩」という、ひとつの独立した作品に、私は賞賛を称えます。