IBM PC/XTの鍵盤について(1)

IBMの製品発表レター一覧
(横田和隆氏の研究より)

LED部に覆いを持つ陰気な風貌の1390120という鍵盤について調べていくうち、XTとATの関係は、私自身が当初考えていたような単線的な世代交代の過程ではないことを知りました。8088プロセッサを擁したIBM PCと、80286プロセッサを擁したPC/ATの間には、アーキテクチャ上の断層が確かに存在します。しかしながら鍵盤周りの設計には、あたかも断層の下を流れる地下水脈のように、新旧二つのアーキテクチャをつなぐある連続性が見て取れます。その象徴が1390120鍵盤であると言えます。

尾賀聡一郎氏のサイト年表にもあるように、アメリカでIBM PCが進化しつつあったころ、日本ではNECの圧倒的天下で、日本国内ではIBMマシンは少数派でした。そのためもあり、これまで日本ではまとまった資料の入手が困難でした。ほとんど唯一、ファイヤー和田氏の講義録を電網経由で読むことができますが、少なくとも鍵盤に関する記述としては質量ともに完全とは言い難いものです。

ここでは、IBM PC/AT/XTの収集家であられる横田和隆氏のご指摘に沿って、これらの初期のIBM PCについて、鍵盤を中心にした知見をご紹介したいと思います。横田和隆氏が参照された資料は以下の通りです。まず基本となる資料は(すべて英語ですが)、IBM Canadaのページの一覧が簡潔でわかりやすいでしょう。そこでは、IBM PCからPersonal System/2の型番と概要が写真つきで簡潔にまとめられています。重さや値段も出ていて実に興味深いです。IBMの一次資料に当たるものとしては、IBMの製品発表資料(Announcement Letters)があります。ただこれは大型汎用機も含めたすべての発表文書が掲載されていて、検索するのも大変ですから、Marco De Odorico氏がまとめたこちらの資料をご参考にされるといいかと思います。


IBMの製品発表レターの検索ページ

下の表は、横田和隆氏の示唆による5160(XT)の発表レターの一覧と、IBM Canadaの説明を元に作成したものです。IBM Canadaの説明では、IBM PCとして5機種、XTとして10機種、ATとして4機種挙げられています。たとえば1985年10月に発表されたPC/AT 5170-239のように(発表レター185-116)、それら以外にもマイナーチェンジ版の型番は存在するのですが、ここでは代表的なものとして以上の合計19機種を掲載しました。備考欄には、IBM Canadaの説明と発表レターを元にして、CPUとメモリ、それにハードディスクドライブ(HDD)の容量を参考程度に掲載しました。メモリのMax値と標準値を示してないなど、正確ではありません。別稿で以下しばらく、下記の表を元に、発表レターから読み取れるお話を綴っていきましょう。



model 発表時期 発表レター
番号
鍵盤 備考
PC 5150 001 08/1981 ? 83key
Intel 8088 4.77MHz, RAM 16kB, no HDD
PC 5150 003 ? ? 83key
Intel 8088 4.77MHz, RAM 48kB, no HDD
PC 5150 104 ? ? 83key
Intel 8088 4.77MHz, RAM 64kB, no HDD
PC 5150 166 06/1984 184-077 83key
Intel 8088 4.77MHz, RAM 256kB, no HDD
PC 5150 176 06/1984 184-077 83key
Intel 8088 4.77MHz, RAM 256kB, no HDD
PC/XT 5160 087 03/1983 183-027 83key
Intel 8088 4.77MHz, RAM 128kB, 10MB HDD
PC/XT 5160 086 06/1984 184-077 83key
Intel 8088 4.77MHz, RAM 256kB, 10MB HDD
PC/XT 5160 068 04/1985 185-029 83key
Intel 8088 4.77MHz, RAM 256kB, 10MB HDD
PC/XT 5160 078 04/1985 185-029 83key
Intel 8088 4.77MHz, RAM 256kB, 10MB HDD
PC/XT 5160 088 04/1986 186-051 83key 注1 Intel 8088 4.77MHz, RAM 640kB, 20MB HDD
PC/XT 5160 267 04/1986 186-051 83key
Intel 8088 4.77MHz, RAM 256kB, 20MB HDD
PC/XT 5160 277 04/1986 186-051 83key
Intel 8088 4.77MHz, RAM 256kB, 20MB HDD
PC/XT 5160 089 04/1986 186-051 101 no LED 注2 Intel 8088 4.77MHz, RAM 640kB, 20MB HDD
PC/XT 5160 268 04/1986 186-051 101 no LED
Intel 8088 4.77MHz, RAM 256kB, 20MB HDD
PC/XT 5160 278 04/1986 186-051 101 no LED
Intel 8088 4.77MHz, RAM 256kB, 20MB HDD
PC/XT 5162 286 09/1986 186-161 101key 注3 Intel 80286 6MHz, RAM 640MB, 20MB HDD
PC/AT 5170 068 08/1984 184-097 84key
Intel 80286 6MHz, RAM 256kB, no HDD
PC/AT 5170 099 08/1984 184-097 84key
Intel 80286 6MHz, RAM 512kB, 20MB HDD
PC/AT 5170 319 04/1986 186-052 84key 注4 Intel 80286 8MHz, RAM 512kB, 30MB HDD
PC/AT 5170 339 04/1986 186-052 101key 注5 Intel 80286 8MHz, RAM 512kB, 30MB HDD
- - - 04/1987 187-072 -
PC(104, 166, 176)、XT(068, 078, 086, 087, 088,168, 178, 267, 277, 589)の出荷停止
- - - 06/1987 187-138 -
XT(089, 268, 278)、AT(068)の出荷停止

注1 発表レターには、「Models 267, 277 and 088 are identical to Models 268, 278 and 089, respectively, with the exception of the keyboard, which is the current PC/XT keyboard.」と記されており、PC/XTにおいてIBM PCの83key鍵盤を付された最終モデルがこれら3機種であることがわかる。

注2 発表レターには、「New enhanced keyboard with separate numeric and cursor keys and additional function keys」と記されている。また、IBM Canadaのページに、1390120もしくはその同等品が添付された写真が見える。本機は、PC/AT 5170-339と並んで、101鍵盤のデビューの現場に立ち会った記念すべきPCである。ただしこの101鍵盤にはLEDがない特殊なものである。注5および1390120についての寸評参照。

注3 Notesとして以下の記述があり、101鍵盤では使用に制限があると記されている。「Function keys 11 and 12 are not supported.」、「Users should avoid using the separate (dark grey) arrow, Home, PgUp, PgDn, Del, End and Ins keys and the separate 5 key due to possible erratic results.」。レターの中では「Enhanced PC Keyboard」という記述が見える。この時期、この言葉は84keyを指すためにも使われるが、ここではIBM Canadaのサイトにも写真つきであるように、101キーボードが添付されたと考えられる。80286プロセッサを使っていることからも推測されるように、本機の内部はATと事実上同じであり、LEDつきの101が動作する(この項、横田和隆氏の指摘による)。


↑XT 286のマニュアルより(横田和隆氏ご提供)。101鍵盤の絵が描かれていることがわかる。

注4 発表レターには「The new Model 319 is identical to Model 339, with the exception of the keyboard, which is the current AT keyboard.」とあり、モデル319が古い84key鍵盤を添付されて売られていたことがわかる。したがってこれが84key鍵盤添付の最終モデルで、現代の(LEDつき)101鍵盤のデビューはPC/AT 5170-339だと結論できる(注5参照)。

注5 レターの中で「A new keyboard with separate numeric and cursor keys, indicator lights, and 12 function keys.」と明記されている。これは今日の言葉でいうenhanced 101のことである。LEDもある。IBM Canadaのサイトには、1390131もしくはその同等品が写っている。本機により、enhanced 101鍵盤の歴史は始まったわけである
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