ベンチャー革命200629

                           山本尚利

タイトル: 東芝のWH買収:高い買い物か?

 

1.大博打に打って出た東芝

 200629日付け日本経済新聞に、東芝による米国WH(ウェスチングハウス)買収の記事が掲載されています。なお、WH1998年、英国核燃料会社BNFLによって12億ドル(1560億円)で買収されています。

 WHは、ゼネラルエレクトリック(GE)と並ぶ、米国の重電会社の老舗です。ちなみに日本の家電メーカーとの競争に敗れて消滅したRCA(米国の家電企業老舗)はGEWHの合弁企業でした。このような事情から、日本企業が、米国の老舗企業を買収するときは十分すぎるくらいの警戒が必要です。当初、WHの企業価値は2000億円程度といわれていましたが、東芝は6400億円で買収する計画です。なんという高い買い物でしょうか。

 20057月時点では三菱重工(MHI)がWH買収に名乗りを挙げていました。(注1)この時点で、筆者は、まさか東芝がWHを買収するとは夢にも思っていませんでした。なぜなら、MHIの原子力発電プラント技術はWHPWR(加圧水型原子炉)であり、WHを日本企業が買収するとすれば、MHIをおいて他には考えられなかったからです。MHIも当初、東芝がWH買収に名乗りを挙げるとは予想していなかったでしょう。なぜなら、東芝は日立と並んで、WHのライバル、GEBWR(沸騰水型原子炉)をライセンス生産していたからです。

 この買収劇でもっとも誤算だったのはMHIではないでしょうか。世界市場ではPWRの方が圧倒的に優位(2004年統計:PWR65%、BWR22%、重水炉6%、その他7%)ですが、日本では東電がBWRを採用し、関電がPWRを採用し、両タイプは日本市場で拮抗しています。近未来、日本の原子力産業がグローバル市場に打って出るならば、PWR技術を持っている方が明らかに優位です。その意味で、傍からみれば、MHIの原子力事業部門が断然、有利で、東芝の原子力事業部門は非常に不利でした。そのため、これまで東芝の原子力事業部門には、非常なあせりがあったのではないでしょうか。しかし、あせってはコトを仕損じる。

 このような背景を考慮すれば、相場の3倍以上の高値で東芝がWHを買収したのは、MHIと日立を蹴落とすことが隠された目的であったとしか考えられません。日本の原子力市場で行き詰った東芝の原子力事業部門と、MHI(および日立)の原子力事業部門の一騎打ちが行われて、大方の予想を裏切って、東芝が先手を取った形です。ただし、このケースの場合、必ずしも先手必勝というわけには行きません。これほどの高値で買収しては、あまりにリスクが大きすぎます。東芝は将来、株主訴訟を起こされるかもしれません。

 

2.WHの高値買収に踏み切った東芝の決断は正解か?

 さて、もともと、WH買収劇の大本命であったMHIが、東芝の強気のおかげで危険なオークションから降りざるを得なくなったのは、結果的に吉とでるしょうか、それとも凶とでるしょうか。その答えのひとつのヒントは、東芝が6400億円という高額でWHを競り落としたニュースの後、国際格付け機関が、東芝の長期債格付けを下げる方向で検討に入ったと報じられた点です。つまり、専門筋は、東芝の大博打に否定的であるということです。言い換えれば、MHIにとっては不幸中の幸いにみえます。筆者の見方では、東芝が競り落とした6400億円と、WHの常識的評価額2000億円の差額4400億円(一種のオプション価額)は、東芝にとっての日本の原子力産業のライバル、MHIと日立を苦境に追い込むための攻撃的投資額に相当するでしょう。

ところで東芝、日立、MHIの社長ポストは、20世紀末まで代々、原子力事業を含む重電部門から輩出されてきました。つまり、日本の三大企業の伝統的キャッシュカウ(利益を生み出す中核事業)が原子力発電プラントを含む重電事業でした。ところが21世紀になって、脱工業化社会の入り口に到達した日本市場において、重電事業は先細りとなりました。一方、中国を含むアジアの開発途上国市場では、今後、上記3社にとって重電事業は再びキャッシュカウとなる可能性が非常に高いのです。なぜなら、一件、数千億円規模の原子力発電プラントは日本の誉れである総合電機や総合重工業の総合技術力(MOT技術経営力)が存分に発揮できるラストリゾートだからです。さすがの中国も、高度の技術力を要する原子力発電プラントを自前で建設することは当分難しいでしょう。戦後、原子力発電プラントの日本市場では旧通産省(経済産業省)の采配で、3社の共存共栄が成立しましたが、グローバル市場では、無論、経済産業省の指導力は及ばず、勝つか負けるかの弱肉強食そのものとなります。世界的にみても、原子力発電プラントの実質的な製造技術力では、技術立国日本の東芝、日立、MHIが世界一でしょう。その意味で世界市場を視野に入れた原子力発電プラント事業において、東芝のライバルは、GEでもWHでもフラマトムANP(仏独合弁)でもなく、日本の日立であり、MHIです。それは間違いないでしょう。

 以上の分析から、東芝の大博打は、東芝、日立、MHIの三つ巴の競争舞台(闘牛場アリーナ)だけに限定すれば、東芝は大優位に立ったといえましょう。しかしながら、アリーナの胴元、米国覇権主義者の意思の如何では、まったくの未知数です。

 

3.米国覇権主義者の不気味

 今回のWHの買収オークションには、GEやフラマトムも一応、参加したようですが、本気で買収する気はなさそうでした。2000億円以下の価値しかない企業を6400億円もの高額で買う企業はありません。WHはグーグルなどとちがって、大成長が期待される見込みは薄いし、第一、そんなに有望な企業であれば売りに出ないはずです。本来、WHは買い叩かれるはずでした。世界の政治・経済をウラから支配している米国覇権主義者も、時価の3倍以上もの高値で落札した東芝の意図を図りかねているでしょうか。それとも、シメシメでしょうか。穿った見方をすれば、GEとの付き合いの長い東芝はウラで米国覇権主義者と話が付いている可能性もあります。ところで原子力発電技術は、ブッシュ政権下では、完全なる米国覇権 技術のひとつです。(注2)なぜなら、原子力発電プラント技術は核兵器技術への転用が可能だからです。したがって米国覇権主義者が、原子力発電プラントの技術覇権を、米国の潜在的脅威国である日本の東芝にだまって譲るとは到底考えられません。ところで20058月、中国海洋石油CNOOCが、米国石油メジャー、ユノカルを買収しようとしましたが、米議会で反対されて撤退しています。またIBMのパソコン事業が中国のレノボに売却されるときも、米議会から待ったがかかりましたが、パソコンは今や、コモディティであり、米国覇権技術に該当しないと判断されて、こちらの買収はOKでした。米議会は、米国覇権技術を保有するWHが軍事同盟国である英国の企業に買収されても反対しないでしょうが、売却先が潜在的脅威国である日本の大企業の場合は、米国の国益の安全保障の観点から、反対する可能性があります。

 

4.米国覇権主義者は素直にWHを東芝に譲るか

 東芝にとってのWH買収リスクの最たるものは、米議会からクレームをつけられるリスクです。ただ、ソニーのMGM買収(注3)と同様に、これだけ東芝に不利(不当に高い買収金額)な買収条件なので、米議会からクレームの付く確率は低いでしょう。

米国覇権主義者が100歩譲ってWHを日本企業に売却することを許すとしても、それはMHIではなく、東芝ならば許す可能性があります。その理由は、彼らが、対日戦略上、もっとも警戒する日本発の軍事企業であるMHIに米国覇権技術を過度に集中させないためと推測できます。MHIの場合、油断すればロッキードマーチンやボーイングを追い抜くほどの技術潜在力を有すると米国覇権主義者から強く警戒されています。したがって、対MHI牽制は、米国の軍事技術覇権の維持という理由によります。ところが、80年代、日米貿易摩擦激化時代、米国覇権主義者が、軍事ではなく、平和産業面での対日攻略上、もっともマークした日本企業は東芝でした。その理由は、MHIと並んで、東芝の保有する技術群(原子力やIT)も、米国覇権技術に抵触するからです。その証拠に、1988年、東芝機械ココム違反事件が発生しています。さらに1999年、東芝が世界で初めて商品化したノートブック型コンピュータ、ダイナブック訴訟で、東芝は1100億円の和解金を支払っています。また最近では20053月、メモリーカード訴訟でカリフォルニア州サンタクララ郡の陪審から400億円の賠償命令を受けています。このような事例から、米国覇権主義者が東芝のWH買収を許したとしても、東芝への警戒を解いているとは到底、信じられません。ところで、WHが米国電力会社に納入した原子力発電プラントの多くが、老朽化しています。この更新(モダナイゼーション)プロジェクトが当面の、WH買収企業への「馬の人参」となるでしょう。WHを買収した日本企業は東芝であろうが、MHIであろうが、米国内の更新プロジェクトに引きずり込まれる運命にあります。そうなった場合、WH買収日本企業を煮て食おうが、焼いて食おうが、その選択肢は米国覇権主義者の手の内に入ります。まさに飛んで火に入る夏の虫です。たとえば、米国内のBWRプラント工事は、東芝と日立をGEのサブコントラクターとして競わせる。一方、PWRプラント工事は、東芝とMHIをベクテルのサブコンにして競わせる。まさにグッドアイデアですね。ところで現ブッシュ政権は、過去8年間のクリントン時代に原子力発電技術において、日本企業に追い抜かれたと考えています。2006131日、ブッシュ大統領は一般教書演説にて、石油依存経済からの脱却を宣言しています。この意味は、エタノールなど代替燃料の普及などではなく、ズバリ、原子力発電の復活・強化と電気自動車社会の構築です。その国家エネルギー戦略上、原子力発電技術において日本が米国を追い抜いた部分を、早急に取り戻す必要があります。その意味で、WHの日本企業への高値売却は、追い抜かれた原子力技術の挽回と、WHを高値で売りぬけるという一石二鳥の効果があります。要は日本人のマネーで米国の原子力発電プラントを修復するに等しいグッドアイデアです。なお、WHを保有するBNFLを牛耳る英国覇権主義者とWHBNFLに売った米国覇権主義者はウラでは一体化していると考えたほうがよいでしょう。

 

注1:ベンチャー革命No.169軍事・防衛技術の日本型MOT200577

http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr169.htm

注2:山本尚利「日米技術覇権戦争」光文社、2003

注3:ベンチャー革命No.119MGM買収:ソニーの危険な賭け2004925

http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr119.htm

 

 

山本尚利(ヤマモトヒサトシ)

hisa_yamamoto@mug.biglobe.ne.jp

http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/melma.htm

http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/magazine-menus.htm