首都圏の沖縄芸能史

更新日 99/10/20

東京を中心にした沖縄芸能史です。東京沖縄県人会の発行する「沖縄のこえ」縮刷版からOCR(光学読取り)しました。


1610 八月、尚寧王将軍秀忠に謁す。小姓恩次郎と思五郎三線演奏。(通航一覧)十月、尚寧王一行京都陸奥守殿屋形にて、かぶき「志づか」を見る。(喜安日記)
1626 楽童子城間清信ら一行、八月?十月将軍家光の御前で演奏、十一月後水尾天皇の御前で楽器演奏。
1630 四月、将軍家光薩摩中納言家久邸宅を訪れ、琉球童子の音楽舞踊を見る。
1634 慶賀使、謝恩使江戸上り始まる(一八五○まで18回)。但し、この年は京都まで。佐敷王子朝益。したがって厳密には江戸上りは18回。
1653 第4回江戸上り、家綱慶賀使(国頭親方)十月江戸城で初めて奏楽(楽・唱曲)以来恒例化。喜安(一五六六生)没。
1671 第5回江戸上り、尚貞王謝恩使(金武朝興)。
1672 六月、湛水親方尚質王五年忌躍奉行に任命される(夏氏家譜)。
1675 七月、冠船躍奉行置かれる。
1682 第6回江戸上り、綱吉慶賀使(名護朝興)、唱曲に三線が加えられる。「一人演奏し、二人唄う」(壬戊琉球朝拝記)。
1706 正月、鹿児島で島津吉貴公上意により、玉城朝薫仕舞『軒端之梅』を舞う。
1710 三絃匠主取を置く、知念大工爾也が任命される。
七月、第7回江戸上り薩摩到着、家宣慶賀(美里朝禎)・尚益謝恩使(豊見城朝臣)。
玉域朝薫ら一行、大坂で竹田近江の傀儡及び狂言を見る。伏見で看戯。
十一月、一行江戸到着、玉城朝薫最初の江戸上り、「くりまへ踊」を踊る。「琉球おどりくりまえおどり女形一人玉城朝薫親雲上」(琉球使者記)。楽童子一人で歌三線。ほかに「唐おどり」「手おどり」
1711 六月、尚貞正三回忌躍奉行置かれる。
1712 七月、玉城朝薫第3回薩摩上り、囃子狂言・能を見る。(翌年三月帰国)
1713 尚敬王即位。『琉球国由来記』なる。
六月、尚益正一周忌躍奉行に与儀守包任命される。
十一月、玉城朝薫江戸上りに座楽主取・通事役拝命。
1714 五月、那覇躍奉行に瀬底恆恆勇任命。十一月、玉域朝薫第2回江戸上り。出発に先立ち、南風御殿で漢戯・琉戯を演ず。第8回江戸上り、家継慶賀(世那城朝直)・尚敬王謝恩(金武朝祐)。江戸城にて奏楽。翌年四月帰国。
1715 五月、玉城朝薫尚貞王七年忌躍奉行に任ぜられる。
1717 四月、田里朝直越来玉子の江戸上りに楽童子に任命される。
1718 八月、玉域朝薫冠船躍奉行に任命される。
  第9回江戸上り、吉宗慶賀使(越来王子朝慶)七月薩摩で奏楽、能と狂言を見る。
1719 冊封使海宝・徐葆光(第17回冠船)来島。玉城朝薫初めて重陽の宴に組踊り上演。中秋の宴「笠舞、花索舞、監舞、拍舞、武舞、毬舞、悼舞、竿舞」。(中山伝信録)重陽の宴「老人老女、団扇曲、掌曲、笠舞曲、二童敵討、執心鐘入、子孫太平歌」
1748 第10回江戸上り、将軍家重慶賀使(具志川朝利)。
1750 盆のエイサー禁止。「士二才組合覆面二而道中ヨリ歌三線仕盆中人々家へ参候儀堅御禁止之事」(親見世日記)
1752 第11回江戸上り、尚穆謝恩使(今帰仁王子朝義)。七月、一行鹿児島で「球躍」。
1756 冊封使全魁・周煌来島(第18回冠船)。躍奉行・奥平朝喜・田里朝直。望舟の宴で田里朝直童子五名を率いて歌舞を披露。仲秋の宴に組踊り。首里四公子の一人玉城盛昭「四つ竹」を踊る。
1764 第12回江戸上り、家治慶賀使(読谷山王子朝恒)一行、薩摩と江戸(十一?十二月)で奏楽(奏音楽唐舞球躍を太守公ほかに)。十月、大坂で竹田操躍狂言、十二月江戸で神楽・大守の稽古能と狂言を見る。「儀衛正(路次楽奉行)魏氏大湾親雲上家譜」
1790 第13回家斉慶賀使(宜野湾朝祥)一行、薩摩・伏見・江戸薩摩屋敷で踊り披露「団踊り・笠踊・天河踊・口説・四つ竹・花見踊・打組(醜童)・節口説・柳・網打踊・伊計離」など。
1796 第14回江戸上り、尚温謝恩使(大宜見王子朝規)。
1798 十月、琉球使節尾張城中で奏楽、楽器一式贈呈。
1800 冊封使趙文楷・李鼎元(第19回冠船)七宴取りやめ。奥平朝昌躍奉行、知念績高歌職。
1806 第15回江戸上り、尚謝恩使(読谷山朝英)。
1808 冊封使斎鯤(第20回冠船)来島。小禄良恭(一七九八?一八五九)躍職、知念績高歌職。冠船に和箏を用いる。(このころ仲本興嘉薩摩に上り箏を学ぶ)
1832 第16回江戸上り、尚育謝恩使(豊見城王子朝春が鹿児島で急死、普天間親雲上代理)。閏十一月、芝高輪松平栄翁(島津重豪)邸、白金松平渓山(島津斉興)邸で躍り「団躍・
磨躍・笠躍・御世治口説・打組躍(醜童)・四つ竹躍・柳節・節口説・網打躍,伊計離
節躍・口説はやし・かすかけ躍・下り口説」他に「打花鼓」など漢戯。
1838 冊封使林鴻年・高人鑑(第21回戊の冠船)。躍奉行1名護里之子親雲上・武村親雲上・宇地原親方。羽地按司。仲秋の宴「神歌こねり・入子躍・こてぶし・護佐丸敵討・伊野波ぶし,執心鐘人,鞨皷をど
1842 第17回江戸上り、家慶慶賀使(浦添朝熹)。十一月、芝薩摩屋敷で奏楽、十二月演戯雑戯を見る。
1845 安冨祖正元『歌道要法』を著す。
1850 第18回最後の江戸上り、謝恩使(玉川王子朝達)。
1866 冊封使趙新・宇光甲来島(第22回、寅の冠船)。躍奉行・小禄按司朝睦・野村親雲上安趙。
1867 八重山冠船お祝い上げ、佐敷按司生年祝『躍番組』。
1868 九月、明治と改元。
1900 金武良仁 東京尚侯爵邸で、琉球音楽を披露。
1910 十一月、金武良仁 邦楽調査会で「作田節」を演奏、於・東京音楽学校(現・東京芸術大学)奏楽堂。
1925 九月、啓明会主催 沖縄芸術講演会で琉球舞踊公演、於・上野・東京美術学校(現・東京芸術大学)。
1927 七月、阿波連本啓川崎市で琉球舞踊同好会を開設し主宰する。
1928 八重山歌舞団「全国郷土舞踊と民謡の会」の招きで東京日本青年館で公演。
1929 一月、江戸川製糸工場の伊江島福進会の催しで「伊江島の芸能」を上演、於・江戸川区南篠崎の鎌田の江戸川演芸場。
1936 五月、日本民族協会主催琉球古典芸能大会(金武良仁ほか)上京公演、於・日本青年館。
1937 渡嘉敷守良東京で公演。
1939 七月、「琉球レビュー」新垣芳子、新垣澄子、於。日本劇場。
1946 十一月、「美しき琉球民謡による歌と管弦楽と舞踊の会」金井喜久子、島晴美、沖縄・引き揚げ・同胞援護資金募集、於。日比谷公会堂。
1947 十二月、在京沖縄県人慰安の沖縄舞踊会に渡嘉敷守良、池宮喜輝、児玉清子など出演、於・芝労働会館。また、同右記の出演者による沖縄の舞踊鑑賞会開催、於・東京民芸館。
1948 五月、渡嘉敷守良、東京で沖縄芸能保存会結成。
十月、沖縄芸能保存会第一回公演、「執心鐘人、国頭捌庫裡」など上演、於・読売会館ホール。
1949 十一月、「琉球舞踊と音楽の夕」沖縄芸能保存会第二回公演「銘苅子、執心鐘入」など上演、於,日比谷公会堂。
1950 三月、川崎で沖縄芸能研究会結成。
六月、沖縄芸能祭、沖縄芸能保存会第三回公演、石野径一郎作、渡嘉敷守良振付「宮古島縁起」(管弦楽伴奏・金井喜久子音楽)と「花売の縁」などを上演、於・読売会館ホール。
1952 四月、沖縄の芸能を川崎市無形文化財に指定。以後毎年「川崎市芸能大会」を開催。
1953 八月、川田松夫豊島区池袋で琉球文化守禮会開設。
十一月
1954 一月、仲井間盛良「琉球音楽を聴く会」於・東京宮域会館。
三月、沖縄の芸能を神奈川県無形文化財に指定。
1955 十月、文部省第10回芸術祭参加公演 東京・沖縄芸能保存会第4回公演「崎山節、弥勒世果報」など上演、於・東横ホール
十一月、沖縄文化協会、芸術祭参加公演、(団長・豊平良顕、真境名由康ほか多数の名優参加)於・日本青年館。文部省芸術祭奨励賞受賞。
1956 十一月、文部省全国郷土芸能大会に八重山歌舞囲(大浜津呂他)出演。於・日本青年館。
1960 冠船流川田舞踊団設立、 「黒髪、田園交響楽」上演、於・読売ホール。
七月、宮里良成宮里三絃堂鶴見区に開店と共に、琉球音楽研究所を開設。
十月、八重山舞踊団、第11回全国民俗芸能大会に招かれ、東京公演、於・日本青年館。
1961 三月、川口喜代子琉球古典舞踊研究所を開設。
十月、児玉清子「苔の下」など上演、於・東横ホール。
1963 四月、啓扇会阿波連明美・米須敬子琉舞研究所を開設。
1964 一月、野付流音楽協会関東支部仲宗根忠治クラブを開設。
十月、オリンピック芸術展示全国民俗芸能大会に参加。
1965 一月、琉球箏曲興陽会関東支部長島清子研究所を開設。
1966 十月、国立劇場(大・小劇場、演芸場)創立。
1967 四月、冠船流川田禮子「道成寺三態」(組踊執心鐘人)於・水道橋能楽堂。
七月、名渡山兼一琉球民謡研究会を開設。
1968 二月、国立劇場琉球歌劇公演、戸部銘作の評は「芸術的に非常に低いもので、浅草のデン助劇団程度のもの」、(テアトロ、 一九六八,五月号)話題呼ぶ。
1969 四月、上問助六、三線・琉球大鼓などの修理・販売開店。
1970 一月、野村流音楽協会関東支部前田久進、前田クラブを開設。
四月、大城康彦関東沖縄民謡芸能協会を開設。
1971 一月、野村流音楽協会関東支部西銘生明、西銘クラブを開設。
九月、東京沖縄芸能保存会鎌倉支部児玉治子沖縄舞踊研究所を開設。
1972 五月、児玉清子「流転沖縄」上演、於・東横ホール。
五月、「組踊」国家指定重要無形文化財に指定。
四月、佐久川昌子川崎沖縄芸能研究会の舞踊指導担当を退いて渡嘉敷流佐久川昌子沖縄舞踊研究所を開設。
十二月、志田房子第一回リサイタル、於・岩波ホール。以後第3回まで実施。
1973 九月、平 光雄、東京湛水流研究会を設立、琉線会第一回公演、声明と十七八節合奏、於・鶴見会館大ホール。
十月、赤嶺武、赤嶺セイ子の指導を中心に八重山芸能研究保存会を開設。
1974 一月、国立劇場第四回琉球芸能公演「人盗人」「大川敵討」「久志の若按司道行説」など上演。
四月  東京三糸会開設、相互に稽古し、 二次会を楽しむ。
1975 一月、上間実昭和三九年七月上京後、東京沖縄芸能研究会を開設、以後の公演には高齢者を無料招待する。
九月、流線会第2回琉球芸能文化研究発表会で、絃楽合奏「民俗の曙」、(山内盛彬作曲)、「伊野波節,茶屋節」於・鶴見会館ホール。
1976 九月、琉球箏曲興陽会関東支部 名嘉ヨシ子研究所を開設。
1977 三月、志扇雅び会砂辺美智子琉舞練場開設。
四月、新里愛蔵第1回コンサート開催。於・中野区沼袋地域センター。
七月、流線会第3回琉球芸能文化研究発表会「琉球芸能の原理を探る」で、雅楽と琉球音楽の合奏「作田節」、ソプラノ、バリトン歌手により「仲風・述懐」を歌う、鶴見会館。
九月、復帰五周年記念沖縄芸能祭「長者の大主」「銘苅干」「泊阿嘉」など上演。於・国立劇場小劇場。
1978 三月、仲宗根善久野村流古典音楽保存会関東支部開設。
三月、琉球舞踊千歳会川口美子琉球古典舞踊研究所開設。
八月、劇団創造 知念正真作「人類館」演出・大城立裕、第22回岩田戯曲賞受賞。
十一月、児玉清子「古城秘話」などを上演。於・東横ホール。
1979 大浜喜久「声楽譜付八重山古典民謡箏曲工工四」(上巻)を編纂する。
1980 一月、野村流音楽協会関東支部 鶴見土曜会、鶴見沖縄県人会芸能部として活動する。国立劇場第5回琉球芸能公演「御冠船踊と雑踊」で「万歳敵討、執心鐘入」など上演、於・国立小劇場。
十月、東京沖縄芸能保存会鶴見支部児玉智鶴沖縄舞踊研究所を開設。
四月、前田千加子リサイタル、於・中野文化センター。餘音の会々主帰郷のため、関東支部(代稽古・志田伯順子、上野ノリ子)を開設。
四月、大城康彦琉球民謡登川流関東支部を開設。
十月、東京沖縄芸能保存会創作舞踊「七福神」など上演。於・東横劇場。
十二月、ひめゆり学園再興基金造成音楽会、於,虎ノ門ホール。
1981 一月、野村流音楽協会関東支部安座間喜保、安座間クラブ開設。
三月、野村流音楽協会関東支部荻堂せつ、荻堂クラブを開設。
三月、琉球箏曲興陽会関東支部平良豊子箏曲研究所を開設。
七月、崎浜和子大崎踊りの会を開設。
1982 一月、琉球箏曲興陽会関東支部新垣由紀箏曲研究所を開設。
六月、「与那国島の歌と踊り」於・国立小劇場。
八月、児玉清子「昔蝶節、クェーナ」上演、於・東邦生命ホール。
九月、「沖縄の芸能」(女物狂・万歳敵討)など上演、於・国立小劇場。
十月、琉球箏曲興陽会関東支部比嘉ナツ子箏曲研究所開設。
十月、芸術祭主催公演、沖縄の芸能「沖縄のこころとかたち」(花売の縁)など上演、於・国立小劇場。
十月、法政大学沖縄文化協会創立十周年記念「沖縄古典舞踊と音楽の夕べ」於・法政大学講堂。
十一月、川田公子みやらぴ太鼓芸術奨励賞受賞。
十一月、川口喜代子芸歴二十五周年記念公演、「北谷真牛」など上演。於・新橋ヤクルトホール。
1983 三月、吉浜久枝八重山民俗舞踊研究所開設。
四月、仲宗根忠栄琉球民謡研究所を開設。
七月、八重山古典民謡慶田盛宏研究所開設。
七月、十周年記念第五回流線会公演「声明と琉球古典音楽」於・鶴見会館大ホール。
九月、国立能楽堂創立。
十一月、「八重山舞踊の会」八重山舞踊勤王流森田吉子舞踊研究所、於・abc会館ホール。
十二月、川田朝子リサイタル「デイゴの花、姉小舞」、於・板橋区立文化会館小ホール。
1984 三月、冠船流川田禮子「羽衣三態」(組踊銘苅子)上演、於,国立能楽堂。
三月、琉球舞踊千歳余琉球古典舞踊植竹しげ子研究所開設。
五月、謝名元慶福作「朝未来」、東演バラーダ上演、於・前進座。
九月、沖縄芸能保存会、児王清子「黄泉への旅」など上演、於t東横劇場。
十月、川口喜代子「能と舞う」ひとり会、於・国立能楽堂。
十月、川田禮子リサイタル「盲遊女」「遊び庭」など上演、於・国立小劇場。
1985 一月、大城立裕作、ミュージカル「マブリー」上演、於・前進座。
三月、第6回琉球芸能公演「御冠船と創作の会」で「銘苅子・執心鐘入」於・国立小劇場。
七月、名渡山兼一「琉球音楽 名渡山絃友会」と改称す。
八月、琉球音楽「仲濱精一の会」於・国立演芸場。
九月、琉球音楽 絃友会 長山清政研究所を開設。
1986 八重山の舞踊と歌劇公演、於。国立小劇場。
六月、名渡山兼一35周年記念リサイタル「謡ぬ道学でい」於・川崎市労働会館。
十月、八重山舞踊と沖縄歌劇「泊阿嘉」於・国立小劇場。
十一月、渡嘉敷守良33回忌追悼公演東京沖縄芸能保存会、於・砂防会館。
十一月、宮城洋子琉球舞踊研究所を中野区に於いて開設。
五月、川口喜代子「緑柳紅花に舞い踊る」於・国立劇場演芸場。
九月、本土復帰15周年記念仲吉史子コンサート、於・横浜市教育文化センターホール。
1987 六月、沖縄復帰15周年記念野村流古典音楽保存会関東支部「第1回琉球古典音楽の会」於・国立劇場演芸場。
九月、大城立裕作「世替りや世替りや」演出。幸喜良秀上演、於て三百人劇場。
九月、玉城流七扇会関東支部 関りえ子琉球舞踊研究所を開設。
十月、志田房子「舞いひとすじ」を上演、於・abcホール。
十月、第一回金城禮子リサイタル、於・板橋区立文化会館小ホール。以来平成6年まで第5回リサイタルを開催後帰郷、目下郷里今帰仁で舞踊指導で活動している。
十一月、琉球舞踊川田功子の会「波にさそわれて」など上演、於・板橋区立文化会館小ホール。
十月、新垣典子・志田房子、文化庁芸術祭賞受賞。
1988 一月、「世替りや世替りや」紀伊國屋演劇賞受賞。
九月、上問実「研究発表と敬老慰安のクベ」於・中野区公会堂。
九月、平ゆき「私に人生と言えるものがあるなら」於・新宿モリエール。
十月、大城立裕作「嵐花?朝薫と朝敏」公演、於・前進座。
1989 一月、野村流古典音楽保存会仲宗根忠栄研究所と改称する。
九月、琉球箏曲興陽会関東支部10周年記念公演、於・鶴見会館。
五月、大城立裕作「トートーメー万歳」上演、於・三百人劇場。
七月、新城旦 横須賀平和美術展20回公演で、「シベリアの三線弾き語り」を上演、於・横須賀文化会館。
十一月、琉球舞踊三人展(真境名佳子、志田房子、佐藤太圭之子)於・国立小劇場。
1990 一月、「宮良長包の夕べ」没後五十周年記念公演、於・日本教育会館一ッ橋ホール。
三月、野村流古典音楽保存会関東支部(仲宗根八重子支部長)第2回公演,於・国立演芸場。
三月、国立劇場第59回民俗芸能公演「南の島」(伊江島)参加。
十月、乙姫劇団「今帰仁祝女殿内」上演、於・三百人劇場。
十一月、野村流古典音楽保存会関東支部宮城秀夫古典音楽研究所を中野区で開設。
1991 三月、上間実「沖縄芸道40周年記念公演」於・サンシャイン劇場。
四月、野村流音楽協会関東支部金城秀吉研究所を開設。
九月、佐久川昌子第五回舞踊発表会、於・川崎市労働会館。
十一月、児玉清子「秋の舞踊会」(黄泉への旅・埋火)など上演、於・国立小劇場。
十一月「能と組踊の比較鑑賞会」隅田川?女物狂、万歳敵討?放下僧」芸能学会主催、於・国立能楽堂。
十二月、名嘉ヨシ子琉球箏曲研究所「南風の風への思い」など発表、於・川崎市労働会館ホール。
三月、志田房子芸術選奨文部大臣賞受賞。
四月、大浜喜久八重山古典民謡箏曲研究所を開設。
1992 六月、琉球舞踊川田功子の創作展、於・俳優座劇場。
十月、仲濱靖一「京太郎の恋」など上演、於・新宿朝日生命ホール。
十月、児玉清子「流転沖縄」など上演、於・国立劇場小劇場。
十月、新垣典子「恋の鱗」芸術祭賞受賞。
十一月、歌舞伎「首里城物語」など上演。於・国立劇場小劇場。
十一月、沖縄復帰20周年記念芸能公演、東京沖縄県人会主催、於・千代田公会堂。
十二月、金城吉春エイサーシンカを結成。
1993 五月、仲宗根忠治芸歴50周年記念公演、於・川崎市労働会館。
五月、野村流古典音楽保存会関東支部(仲宗根忠栄支部長)第三回公演、於・東京都勤労福祉会館。
五月、親盛隆司八重山古典民謡研究所開設。
六月、「仲本光正とクイチャーパラダイス」を開設。
六月、「川田禮子の世界?紅と藍と芭蕉」、於・国立劇場小劇場。
十一月、児玉清子、日本文化振興会より国際芸術文化賞受賞。
十一月、琉球舞踊教室で「執心鐘入」など上演、川口喜代子千歳会於・洗足学園大学付属高・中学校前田ホール。
十月、琉球音楽絃友会 金城義広研究所を開設。
十一月、琉球音楽絃友会 嘉数建研究所を開設。
十二月、沖縄横笛協会東京支部 国吉博横笛太鼓研究所を開設。
1994 四月、名渡山兼一と絃友会、財団法人日本民謡協会民謡民舞春季大会で、合唱の部3位入賞。
1995 五月、仲宗根忠栄研究発表会、於・なかのZEROホール。
九月、琉球民謡登川流関東支部10周年、関東沖縄民謡芸能協会二十周年記念公演、於・鶴見会館大ホール。
十月、「名渡山兼一と絃友会?肝や南風の島」於・川崎市労働会館。

琉舞鑑賞記のページへ戻る

沖縄三味線情報のページへ戻る
 
 

お問い合わせは : SGR03461@nifty.ne.jp