琉舞の人口はどのくらいあるのだろうか
「7000人以上?」

99/1/25更新



平成11年1月13日県立武道館「舞い初め華舞台」から
かぎやで風の様子.

かなり古い資料ですが「1989沖縄開発庁沖縄総合事務局、総務部調査企画課「沖縄の伝統文化による地域振興調査」121ページ」という資料があります.それによると当時(10年前)沖縄県下の琉舞人口は45会派、303研究所、4900人とありました.調査方法は45道場へのアンケート集計だそうです.しかし私の個人的感覚では、現在の琉舞人口はそんなもんじゃないぞぉ、もっともっと多いぞぉと感じています.確固たる裏付けにはならないですが、前述の資料のなかから、新聞社主催コンクール入賞の統計数字を引用して最近の数字と比較し、勝手に琉舞人口を推測してみました.
 

コンクール実施年度 1979年 1988年
当時
1998年 88〜98
10年間の
増加率
最高賞入賞 20 44 121 2.75
優秀賞入賞 51 76 100 1.31
新人賞入賞 124 177 211 1.19
合計 195 297 432 1.45倍

入賞者の数字は琉球新報社の琉球古典芸能コンクールの舞踊部門と沖縄タイムス社の芸能選賞伝統芸能部門の舞踊部門を合算してあります.コンクールを受けるくらいだから琉舞人口に加算してもいい人口だと思うのです.単純にいって比率が1.45倍なので、4900*1.45、現在7100名という数字を出しましたが固いというか控えめすぎる数字だと思います.例えば玉城流玉扇会という流派の会員名簿を見たことがあるのですが、この会派だけで1000人は記載されてたように記憶します.


古典舞踊の系統図(一部分です)

この表は、「沖縄芸能大鑑1983月刊沖縄社」を基に、私が舞台で目にした会派を中心に記載しています.たぶん沖縄の古典舞踊の流派・会派の3分の1くらいではないかと思います.
 

玉城盛重
(1868〜1945)
玉城盛義「玉城流玉扇会」
(1889〜1971)
玉城秀子(二代目)
谷田嘉子・金城美枝子「扇寿会」
玉城節子「翔節会」  
玉城千枝子「てだの会」
又吉静枝「いずみ会」
宇根伸三郎「七扇会」  
宮里敏子「敏風会」
真境名由興「真境名本流」
(1889〜1982)
 
親泊興照「親扇会」
()
親泊久玄(二代目)
島袋光裕「紫の会」
(1893〜1987)
島袋光晴(二代目)
佐藤太圭子「華の会
宮城能造「宮城流」
(1906〜1989)
 
宮城美能留「美能留会」
真境名佳子「真踊流」  
大城政子「寿の会」
読谷山親雲上朝英
(生没年不明))
金武良章
(1908〜1993)
 
新垣松含
(1880〜1937)
比嘉澄子「松含流」
嵩原安詩
(1872〜1945)
比嘉清子「柳清会」 新垣典子「真南風流・美ら会」  
屋嘉良勝
(1879〜1941)
山田貞子「貞扇会」  
川平親雲上朝美
(1852〜1921)
阿波連本啓「啓扇会」  
渡嘉敷守良
(1880〜1953)
渡嘉敷守章「渡嘉敷流」  


安冨祖流絃声会のページへリンク

琉舞鑑賞記のページへリンク

このページに関する問い合わせ・ご教示はこちらへお願いいたします
MAEDASGR03461@nifty.ne.jp