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■ 航空機事故史 [2]   菊池 洋司
1998-8-25/airpark@rc4.so-net.ne.jp

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 先週、創刊のご挨拶をしたところ、たくさんの激励のメー
ルをいただきました。本当にありがとうございました。私が
予想した以上に皆様の期待がものすごく、ややプレッシャー
を感じるとともに、しかしそれ以上にやる気が出てきました。
粗末な文章で読みづらい部分も多いのではと思うのですが、
私に出来る最大限の努力で発行いたしますので宜しくお願い
いたします。

●今後の誌面について
いただいたメールを読み、読者の皆様の「日航機墜落事故」
に対する関心がかなり高いと思われました。そこで当初の予
定を変更し、初回だけではなく何号かにわたり続けていこう
と思います。またその後から掲載の予定だった、このメール
マガジンの本題である事故記録を今号から開始いたします。

第1部−航空機事故記録
1953年5月に起きた、ジェット旅客機最初の死亡事故で
あるデハビランド・コメット号の事故から古い順番に掲載し
ます。基準は旅客機であること、死亡者が出ていること。私
の主観は入らない、あくまで『記録』の形式になっています。
毎号4〜5件程度、保存していただければ一年後には貴重な
データベースとしてお役に立てると思います。

第2部−JAL123便御巣鷹山墜落事故検証
事故原因に関する疑惑を検証していきます。読者の皆様のご
意見も掲載していく予定です。

第3部−航空事故ボイス
読者投稿のコーナーです。本当は楽しい内容にしたいのです
が本誌の主旨と違うため、航空機事故に関する投稿のみ募集
します。現在楽しく読める Weekly Aviation Journal のようなマ
ガジンの発行を検討中です。
 

▼第1部 航空機事故記録

●001-1953年5月2日/インド、ジャガロゴリ近郊
BOAC783/057便/デハビランド・コメット/巡航中

 世界初のジェット旅客機コメット号は、シンガポール〜ロ
ンドン間の定期便として就航。経由地デリーに向け、カルカ
ッタ・ダムダム空港を離陸6分後に墜落。乗員6名、乗客37
名の全員が死亡した。コメット号は空中で分解、5マイル
(8km)四方に残骸が散乱していた。事故は激しい風雨の伴う
雷雲の中で発生。ダウン・ドラフト(瞬間的な下方向の突風)
に襲われた機体が、下降するのを防ごうと機長は急激な機首
上げを行った。その際、強い力が加わった昇降舵取付部の支
柱が破壊され、この時に両主翼も破損、火災が発生した。コ
メット号が定期便に就航して、ちょうど1年後の事故だった。

●002-1954年1月10日/エルバ島沖
BOAC781便/デハビランド・コメット

 シンガポール発ロンドン行のコメット機は、経由地のロー
マ・チャンピーノ空港離陸20分後に空中爆発。破壊工作と
事故の両面から調査をしたが原因は特定できなかった。コメ
ット号は機体の総点検の後、疑わしい約50ヶ所を補強し3
月23日に運行を再開した。

●003-1954年4月8日/ストロンボリ島沖
南アフリカ航空201便/デハビランド・コメット1

 ロンドン発南アフリカ・ヨハネスブルグ行のコメット機ヨ
ーク・ヨーク号は、経由地カイロに向けチャンピーノ空港を
午後5時32分に離陸、その後消息を絶った。翌日の夕方に
ナポリ南東、ストロンボリ島沖のチレニア海上で機体及び遺
体が浮遊しているのが発見された。乗員7名、乗客14名は
全員死亡。巡航高度35000フィート(11000m)に上昇
中に空中分解したものと見られる。当日の天候は良好、晴天
乱気流は無かった。ヨーク・ヨーク号は前日に翼上パネルの
ボルトがルーズになっているのと、燃料系トラブルが発見さ
れ25時間出発が遅延されていた。
 この事故により当時のチャーチル首相が「イングランド銀
行の金庫が空になっても構わない。事故原因を究明せよ」と
命令、連続するコメット号の事故調査が開始された。その結
果、客室与圧の繰り返しによる金属疲労が原因の欠陥が判明、
コメット3型の開発は中止、耐空証明も取り消された。
1958年にデハビランド社は改良された自信作コメット4
型をデビューさせた。しかし、かつての栄光は戻らず現代ジ
ェット旅客機のパイオニアとしての使命を終えた。
 

▼第2部−JAL123便御巣鷹山墜落事故検証

●運輸省航空事故調査委員会『圧力隔壁破壊』説への疑惑

「8月12日午後6時24分35秒ごろ、JAL123便が
高度約24000フィート(7200m)まで上昇した際、後
部圧力隔壁のL18接続部のベイ2の部分は疲労亀裂の進展
で残留強度が著しく低下していたため、差圧に耐えられず破
断。これを契機にL18接続部は一気に全面破断したと推定
される。開口部から流出した客室与圧空気により尾部胴体の
内圧が上昇、補助動力装置(APU)防火壁が破壊され、そ
の後方のAPU本体を含む胴体尾部構造の一部の破壊・脱落
が生じたと推定される。垂直尾翼のアフト・トルクボックス
が損壊し、引き続き垂直尾翼主要構造部材が破壊され方向舵
が脱落、四系統の方向舵操縦系統油圧配管もすべて破断。圧
力隔壁の損壊から垂直尾翼の損壊までは数秒程度。同機は激
しいフゴイド運動、ダッチロール運動が生じ抑制が難しく、
不安定な状態での飛行継続はできたが機長の意図通りの飛行
が困難で、安全に着陸・着水することは不可能な状態だった
と考えられる。不安定な飛行状態にあった同機は機首を大き
く下げ、裏返しになった状態で墜落した。」

 疑惑と書かせていただいたのは、この事故調の発表した事
故原因は自信を持って否定でき、すでに疑問の域を越えてい
るからである。ボーイング社の修理ミスによる圧力隔壁の一
部分が、与圧の繰返しによる疲労で壊れ、そこから流れ出た
空気が垂直尾翼を破壊した−−との内容なのだが、これには
かなりの無理がある。飛行高度が報告通り正しければ確かに
瞬間的に与圧空気が流れ出す可能性は高い。しかしその際、
空気は一瞬ではあるが機体の尾部に溜まり、もっとも弱い部
分から外に逃げ出すのではないか。垂直尾翼に向かって一方
向に巨大な力が掛かるとは思えない。構造上垂直尾翼はむし
ろ一番壊れにくい場所ではないか。そして決定的におかしい
のは、もし尾翼を吹き飛ばす程の急減圧があったのなら、客
室内はひとたまりもない。間違いなく空気の出口に向かって、
人間でさえも吸い込まれるはずである。また高度7000mで
急減圧が起きたなら、高山病以上の体への苦痛があるはず。
しかし、乗客に確認されたのダッチロール飛行による吐き気
等の不快(これは着陸復航による旋回などでも起きる場合が
ある)、または、かなり微量の気圧漏れによる不快等で、そ
れ以上はなかった。したがって、この事故調の報告には矛盾
が大きいく、その様なことは有り得ないのである。このよう
な事故報告をするから皆不信感を抱くのは当然の事、そして
真実はいつか明らかになる。
(次回は、自衛隊標的機激突説について)。
 

▼第3部−航空事故ボイス

○・・・日航機事故関連図書についての質問がかなりありま
した。私の知っている範囲ですが、以下の書籍があります。

『航空大事故の予測−日航ジャンボ機墜落の謎−』大陸書房
『日本航空連続事故−内部からの提言−』水曜社
『墜落の夏−日航123便事故全記録−』新潮社
『日航ジャンボ機墜落−朝日新聞の24時−』朝日新聞社
『悲劇の真相−日航ジャンボ機事故調査の677日−』読売新聞社
『再びのおすたかれくいえむ』毎日新聞社
『疑惑−JAL123便墜落事故』早稲田出版
『御巣鷹山ファイル−JAL123便墜落「事故」真相解明』文芸社
『墜落遺体−御巣鷹山の日航機123便−』講談社

これとは別に講談社文庫から出版されている『機長の決断』
にも、パイロットの立場から見た日航123便クルーのこと
が興味深く描かれています。

また、今年NHKで放送していた番組を2話しか見られなく
て残念というメールもいただきました。多分、全4話の『ブ
ラックボックス』の事だと思いますが、この本も出版されて
ます。ちなみに私はこれらの書籍は羽田空港ビッグバードの
書店か、神田の書店で入手しています。
【本誌発行人/菊池洋司】

○・・・昭和60年8月12日、私も忘れられません。
内山峠を抜け国道254を上り、富士見市の辺りで、秩父か
ら妙義山へ連なる山々がとっても美しかった(夕焼けで真っ
赤だった記憶)ので、しばらく停車して眺めていたのです。
夕方の7時位でした。8時位に家に着き、テレビを付けたら、
どこのチャンネルも皆臨時ニュース。最初は、ジャンボが行
方不明とのこと。場所は特定されていませんでしたが、さっ
き眺めていた山々の辺りらしいとの情報。
何かを感じたのか(?)なあと、なんだか、ぞっとしました。
その後、この事故にかかわるいろいろな本を読みました。
角田四郎さんの書いた「疑惑」という本を読みショックを受
けました。もし、角田さんの書いた事が真実なら、520人の命は・・・・
涙がでそうなので、今日はこれまで。
【埼玉県/舩橋さん】
 

※申し訳ありませんが、現在バックナンバーの発行はしてお
りません。ホームページを立上げも検討中ですが、そちらに
載せられるかもしれません。
 

※ このメールマガジンは、
インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を利用して
発行しています。( http://www.mag2.com/
 

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『航空機事故史』は毎週日曜日発行です。本号の発行が
”パソコン事故” により遅れたことをお詫び致します。
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