あとがき

会議が開かれていた家が立つバークレーの丘の上からは, 遠く霧に浮かぶサンフランシスコ湾の橋を望むことができた.

その会議とは, 当時 (1989 年 2 月), 国際化の総本山とも言える グループ (/usr/group subcommittee on internationalization) の議論の場であった. そこに代役として送り込まれた私は, 入社してまだ 3 年足らず, しかも生まれて初めての海外, 初めての国際会議と初めてづくしで, ただその場に存在しているだけで全く議論に参加できなかったのを覚えている.

その後間もなく, 1989 年 4 月に XPG4 国際化 WG (Working Group) の 第 1 回会議が東京で開かれ, アメリカの DEC 本社 (digital logo の写真 162K) から来たエンジニアと共に出席した. それを契機に, 社内での UNIX OS の日本語化/国際化の仕事に加えて, X/Open や OSF など UNIX 関連の国際化仕様の標準に 関わる仕事を担当するようになった. そして, バークレーで同じ空間を共有していた会議の出席者たちとは, その後いろいろなところで顔を合わせるようになる.

一方, 日本にも国際化のために熱意を持って取り組む人たちがいた. 縁あって情報規格調査会の C WG と POSIX WG に参加させていただいた. そこには, 各企業の利害を超えて, 純粋によいものを作りたいという 人たちが集まっていた. 特に強制されるわけでもなく, 一所懸命やったとしても誰かから 称賛されるわけでもないのだが, それぞれ所属する企業での本業とを掛け持ちしながら地道な作業が続けられた. そういった努力の成果の一つが, 本書で多くのページ数を割いて説明している ISO C のワイド文字関数による国際化プログラミングの仕様である. その他, 文字コード, X ウィンドウ・システム, インターネットなど, あらゆる分野で国際化の推進に日本人の果たした役割は大きい.

また, 忘れてならないのは, 各企業内で, 大学で, あるいは個人で 国際化または地域化に取り組んできた, そして今でも取り組んでいる, 多くのソフトウェア開発者たちの努力である.

ASCII 文字しか扱えないプログラムを漢字が扱えるようにいろいろな方法を 考えながら修正していた時代, 「国際化」という言葉は, ある種の「理想」のような響きを持っていて, 明らかに「日本語化」という 言葉との間にはギャップがあった. 当時は, 「国際化」に到達する道筋が はっきりとは見えていなかったのである.

その後多くの人々の活動の結果, 本書にまとめたようなソフトウェアの国際化の 考え方や手法が固まってきて, 「理想」は「現実」のものとなり, UNIX OS などいくつかの国際化製品が市場に出てきた. そして,「国際化」という言葉が身近に感じられるようになってきた. ただ, それはソフトウェアの「国際化」に関連する仕事をしたり, この分野に 興味を持っていたごく一部の人たちだけの話だったようだ. その他の人たちにとって, ISO の標準や JIS の標準ができても, OS が国際化されても, 相変わらず「国際化」は未知のものであった. 今でもその状況はさほど変わっていない. 書店に多くの C 言語の本が並んでいるが, ワイド文字の概念やワイド文字関数の使い方について説明している本は非常に少ない. ソフトウェアの国際化によって最も恩恵を受ける日本においてでも, である.

冒頭で述べた情景に例えると, 霧が晴れて「国際化」に通じる橋の姿が はっきりと見えてきたけれども, まだ多くの人はその橋の存在にも 気が付いていない, と言ったところだろうか.

本書は, 実際に「国際化」への橋作りを手伝ったり, 橋を渡ってきた一部の人間が, これから渡ろうとする人たちにとって有益だと思われる情報を集めた 道案内のようなものである.

いざ情報をまとめるとなると, 国際化という分野は, 幅広くかつ奥深いことを 痛感させられた. 限られたページ数の中にどの情報を載せるべきか, 頭を悩ませた. 同時に, それぞれの分野の大家でもない我々が, このような大それた本を世に出すことへの不安もあった. ただ, 執筆者全員が長年にわたって何らかの形で ソフトウェア製品の国際化に関わり続けてきたという点は, 他では得難いのでは ないかと考えている. 開発者の視点での有益な情報を少しでも伝えることができれば 幸いである.

ここ数年, ソフトウェアの「国際化」の推進力は急速な衰えを見せてしまっている. 標準化の世界でも, 製品開発においても, ずっと「国際化」に関わり続けている人たちは非常に少なくなってきた.

今後の「国際化」の進みゆく道は, 現時点では, また霧に覆われてしまっていて よく見えない. おそらく今後の「国際化」を先導していくのは, インターネット分野のソフトウェアやそのための開発環境だろう.

仮に新たな「国際化」の橋 (もうそれは, 「国際化」と呼ばれないかもしれない.) を作る場合, 多くの人たちがそこに橋があることを意識せずに 渡ることができるような仕組みが必要になると筆者は考えている. 現在の「国際化」の技術は一つの共通バイナリを目指して発展してきたが, 開発者が「国際化」を意識してプログラムを作る必要がある. したがって, 本書のような解説書や, 「国際化」についての付加的な教育が 必要になってくる.

今後新たな「国際化」の技術を作り出すとするならば, 誰がプログラムを作ってもすでに国際化されているように, 開発手法も共通にすることを目標の一つとすべきだろう. それが実現し, 広く世の中に普及したとき, 多くの開発者にとって 「国際化プログラミング」はもう必要なくなっているかもしれない. それが究極の「ソフトウェアの国際化」と言えるのではないだろうか.

雨上がりに現れる虹. 現れたかと思うと, 見たものの心をとらえ, いつの間にか と消えていく. 次に必要なのは, そんな虹のような「国際化」の橋に違いない. そんな橋ができたらいいなあと, 今また新たな「理想」に 思いをめぐらせている.

オフィスから見える奥多摩の山々     遠い昔の    遠い異国の地の
情景を    思い浮かべながら
東京都あきる野市のオフィスにて
末廣 陽一


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