
先日、海外出張した際にある日本の航空会社のビジネスクラスを
利用した。最近就航したばかりの路線で、機体も最新機種。
それぞれの座席にスクリーンが用意されている。
そして、AVOD (Audio Video On Demand) 機能。
今日はこの AVOD をもとに、Generalization vs Personalization
について考えてみることにする。
オンデマンド、つまり自分の好きな時に利用できる機能。
これが機内サービスとしてとても嬉しい機能であることは、
長時間のフライトを経験したことのある方なら
わかっていただけるだろう。映画にしてもオーディオプログラム
にしても、これまでは決まった上映時間に見るとか、
その時に流れている音楽を聞くことしかできなかった。
AVOD だと自分の好きな時に自分の好きなプログラムを呼び出して
利用することができる。映画を見ている途中で眠くなったら
止めておいて後から続きを見ることもできるし、見逃した部分を
戻して見たり、先送りしながら短時間で見てしまうこともできる。
なんとすばらしい機能であろうか。
少し前までは、ポータブルビデオプレーヤーを貸し出して
同様のことができたが、ビジネスクラス、ファーストクラスの
すべての席でこの機能が利用できるというのは格段の進歩である。
オーディオプログラムがスクリーン上のアイコンやメニューで 操作できるというのも嬉しい。機内誌のプログラム案内を 見なくてもどういう曲が流れるかわかるし、スキップしたり 曲順を変えることもできる。設定が終わってスタートさせると、 スクリーンが暗くなるという機内ならではの配慮も施された よくできたシステムである。まるで、家で CD を聞いたり ビデオで映画を見ている感覚である。いや、 それよりも快適だと言えよう。
紹介した AVOD は決して安くない航空運賃を払っている人に 提供しているサービスであるが、こういった各個人を それぞれの要求に応じて満足させるための機能提供は あらゆる分野で進んできている。 ここでは、少々乱暴であるが Personalization という言葉で この傾向を表現することにする。 (Personal Adaptation なんかの方がいいかもしれない。 きっと、マーケティング分野などでは適切な用語が存在するに 違いない。)
一方、最大公約数的な多くの人を平均的に満足させるような サービスなどは、Generalization と呼ぶことにする。
Personalization は、インターネット分野で大きく進んでいる。 Yahoo! が提供する My Yahoo!、リクルートのキーマン's ネット、 ポイントキャスト、などなどの情報サービスは、 それぞれ形態は違うが自分で欲しい情報を選択することが できるようになっている。しばらく前から「My ...」や 「...さんの...」というのが流行のようである。
また、PC をオンラインで買う場合、ディスクやメモリのサイズ、 CPU のクロック数、モニタの種類、付属ソフトウェアなど 多くの項目が選択できるようになっている。 最近の PC オンライン直販は、オンラインで My PC を組み上げている感覚である。たまに新機種の情報が 入ったりすると今買うならこんな感じかなとか、 お金が十分あったらこういう構成かなと、 組み合わせて値段を出してみたりしたくなる。 オンラインのウィンドウショッピングというところか。
インターネット上のサービスの場合、 比較的短期間に大きな設備投資を必要とせずに ソフトウェアを作り変えるだけで新しいサービスを提供することが できるのがあらゆる要求への対応を早くしている。 オンラインショッピングにしても、単にカタログが オンラインになったというだけの商品販売ではなく、 より高度な処理が可能になっている。 「お客様、こちらの商品もいかがでしょうか?」と 店員に言われているかのように別の関連商品が並んでいたり、 「その組み合わせでは、正しく動作しません」と チェックしてくれたり。 すでにあるかもしれないが、文章で商品について質問すると 答えが返ってくるような店舗も出てくるだろう。 さらに進んで音声で質問できるようになったりも するかもしれない。この分野、どういう発展をしていくのか いろいろ想像するだけでも楽しいものがある。
携帯電話の着メロを工夫したり、iMac の色を選んだりと、 最近の一般消費者は、明らかに自分で選べることを歓迎し、 できれば他の人とちょっと違うものを持ちたいという 気持ちを持っている。(また困ったことに移り気である。)
Personalization は、 ひと通りモノが行き渡った後に出てくる当然の要求であり、 モノを作る側としてはそれをどれだけ安いコストで早く 提供できるかが勝負の分かれ目となってこよう。
ところで、ソフトウェアの国際化は、Generalization なのか
Personalization なのか。ちょっと無理があるが、
考えてみよう。実現されたソフトウェアの機能としては、
ユーザが言語や文字コードなどの選択ができるようになるので、
Personalization を指向しているようにも見える。
しかし、
現状一人のユーザが言語を切り替えて使うというケースはまれで、
実際には自分の欲しい言語だけがあればよいケースが
ほとんどであろう。そう考えると、ユーザにとって、
選択機能としての意味はあまりないのかもしれない。
どちらかというとインフラというか、Generalization としての
側面の方が大きいのは確かだろう。
言葉からして、nation (国) と person (個人)とでは
大きなギャップがあるわけだし、両者が絡み合う部分は多いとは
言えない。構造から考えると、Personalization の前に
Internationalization が実現されていなければならないと
考えるのが妥当なような気がする。もちろん両者がまったく
絡み合わないというわけではない。
わかりやすさからハードウェアの例をとると、
キーボードなどは日本にいても英語版のキーボードが
使いたいというユーザは少なくない。
ノート PC のように作り込まれたものでは、交換が容易でないが、
購入時点で同じ価格でキーボードの選択ができるように
なっていると嬉しかったりする。日本市場ということで、
日本語のキーボードを標準にするというのは、I18N/L10N の
枠組みで行うとしても、少々手間のかかる日本市場での
英語キーボードでの提供は、Personalization を考慮したサービス
と考えることができる。
さて、Personalization を求める消費者の傾向はよいとしても、 その要求を満たすために製品やサービスを提供するのは そう簡単なことではない。今回はこのくらいにして、 次回、製品を提供する側の視点で同じテーマについて 考えてみることにしたい。(つづく)