まえがき

本書は, コンピュータ・ソフトウェアの国際化とそのためのプログラミングに 重点を置いて解説した, 「国際化プログラミング」の本です.

ソフトウェアの国際化, 国際化プログラミングというのは, どういったもの なのでしょうか? また, それはどのような意味があるのでしょうか?

インターネットの普及によって, 時間的/心理的に世界はますます小さな ものとなろうとしています. インターネットの Web ページを見るためのブラウザが世界の主要な 言語と文字に対応し始めているのと同じように, 一般のコンピュータ・ソフトウェアに対しても, 世界中のどこでも使えるよう な共通の製品にするという要求が高まっています. このため, そのような汎用的なソフトウェアの開発を行うことが, コンピュータ 会社やソフトウェア開発者にとってますます重要になりつつあります. また同時に, そういった世界共通のソフトウェア製品が提供されることは, 提供時期や価格の面を考えると, ユーザにとっても利益になることであり, その観点からも国際化が注目されているのです.

以上のように, 世界の様々な国の言語や習慣に対応するために, ソフトウェアを できるだけ共通化/汎用化することによって個別対応を少なくし, 効率よく開発することは, 一般的に, 「ソフトウェアの国際化」と呼ばれます. また, ソフトウェア開発において, 「国際化」を念頭においたプログラミングは 特に「国際化プログラミング」と呼ぶことができます. つまり, 特定の国や言語 だけを対象にするのではなく, 世界を相手にしたソフトウェアを開発すること, そのためのプログラミング方法ということです.

一方, 日本においては, 海外で開発されたソフトウェア(製品) を修正して 日本語が扱えるように「日本語化」することが, 現実には多く行われています. 「ソフトウェアの国際化」の考え方と「国際化のためのプログラミング」は, そのような日本語化を効率的に行う際にも有効です. と言うより, むしろ, 日本語化を始め, 中国語化や韓国語(朝鮮語)化などのような各国語化を容易に かつ効率的に行うための技術が「国際化」なのです. このような意味からする と, 日本でごく一般に考えられている「国際化」の概念とは少し異なるかも しれません.

ソフトウェアの国際化に関しては, コンピュータ・ベンダが中心となって 標準化活動の一環として多くの努力を傾けてきました. しかし, どちらかといえば地味な活動であり, 1990 年代の始めごろまでは, まとまった技術としては, 現在ほど多くの人に認識はされなかったようです. 最近になって, ソフトウェア先進国である米国で, ソフトウェアの国際化については, 文献や書籍がいくつか見られるように なりましたが, まだまだ体系的なものは決して多いとは言えない状況です. コンピュータ大国でありながら, 同時にソフトウェア輸入大国でもある 日本において, ソフトウェアおよびその国際化は, 今後一層重要になって くると考えられます. しかしながら, 最近になってやっと国際化や多言語処理について 書かれた記事や書籍が見られるようになってきたものの, 日本人のために 日本語で書かれた体系的な技術書はまだあまり見当たらないようです. そのため, ソフトウェアの国際化に関して, 自分たちのやってきたことを まとめてみることで少しはお役に立てるのではないか, と考えたのがこの本を 書くきっかけになりました. 世界に向けてこれから新しく国際化ソフトウェアを開発しようとする人や, 米国で開発されたソフトウェアを国際化/日本語化する必要性に迫られている 人たちに, この本が少しでも参考となればと考えています.

本書の内容

本書では, ソフトウェアの国際化技術について基礎から応用までを 幅広くカバーし, 体系的にまとまったものを目指しました. 内容としては, 国際化についての概念や現状の解説だけではなく, 実用性に 重点を置いた,「ソフトウェアの国際化と日本語化」実践のための技術 書としました.

本書の構成

本書は導入編, 基礎編, 実践編の三つに大きく分かれています.

第 I 部 導入編 (第 1 章 〜 第 3 章)

ソフトウェアの国際化について, その現状と概念の解説をしています. 背景とともに, 地域化と対比しながら国際化とは何か, そのメリットは 何か, などについて述べています.

第 II 部 基礎編 (第 4 章 〜 第 8 章)

ソフトウェアの国際化を行うための基本技術について 解説を行っています. 開発手法, 文字コード, 言語習慣の違い, 国際化と標準化, などの項目を取り上げて説明しています.

第 III 部 実践編 (第 9 章 〜 第 14 章)

UNIX, C 言語, X ウィンドウ, インターネット, Java などの各分野 ごとに分け, 国際化の実現方法やプログラミングの実際について書いて います. また, 国際化ソフトウェアのためのドキュメントについても, 実践的な観点から説明しています.

本書の対象読者

本書の読者としては, コンピュータ・ソフトウェアおよびプログラミングに ついて, ある程度の知識/経験を有したプログラマや, システム設計/開発者, 研究者の方々を想定しています. 国際化プログラミングの必要性は今後ますます高まると予想されるので, 新しく コンピュータ・プログラミングを始める方にもぜひ読んでいただきたいと考えて います. また, 世の中にまだ類書は少ないこともあるので, 導入編においては, コンピュータ・ソフトウェアに関してそれほど詳しくない方が読んでも 理解できるわかりやすい内容とするように努力したつもりです.

注意点

本書はソフトウェアの国際化のための考え方, 基礎知識と基本技術, そして 具体的なプログラミング方法について解説することを目指しました. しかし, 限られたページ数と時間の制約の中で, ソフトウェアの国際化のすべて を網羅することは不可能です. また, 著者の経験の少ない分野や, 力の 及ばない部分もあり, あまり詳しく触れていない事柄もあります. 例えば, 世界中の文字について詳しく述べるということは行っていませんし, 現在の主要な OS (オペレーティング・システム) やプラットフォームのすべて をカバーしているわけではありません. また, ソフトウェアの国際化という 考え方は本来中立的なものであるべきですが, 本書は日本人によって日本語で 書かれており, 当然日本語やアジア言語についての記述に重点が置かれてい ます.

謝辞

[...省略...]


1998年夏

執筆者を代表して
清兼 義弘


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