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発行:テックベンチャー
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-PaloAlto/8285
シリーズ『ベンチャーキャピタリストの本質』
村口 和孝
【無断転載を禁じます】
第1回 『ベンチャー経営と幼年期の家庭環境について』
早いもので, 私がベンチャーキャピタルの世界に身を投じてすでに格闘の15年が経とうとしています。おかげさまで初期の業界にあっては一貫した現場活動を数多く体験することができ, 「日本におけるベンチャーキャピタル活動の実態と成功の本質」については, 少なくとも他の方よりは実感を持ってお話できるだろうと思っております。
1984年慶應義塾大学を卒業後, 最初の14年間は, 大手証券系の組織型ベンチャーキャピタルに身を置いて投資活動の第一線にベンチャー支援に奔走しました。1998年春に自腹で行ったイスラエルへのベンチャー視察旅行を契機に, 勤務しておりましたベンチャーキャピタルから独立しました。現在, ベンチャーキャピタルにとって投資資金を事前にプールしておく機能を果たす基金である「投資事業有限責任組合」の投資運用責任者(これが私のいうベンチャーキャピタリストです)をやっております。
このシリーズで, 自伝的に15年歩んできたベンチャーキャピタル活動を振り返ることで, 皆さんにベンチャーキャピタルの本質について考えて頂く時間を提供できれば, と願っております。また私にとっても, 今後の活動に磨きをかけて行くうえで, 「手習い」と思って執筆することは大事だと思っております。また, 業界で活動を共にする同志たちに私のことを知っておいてもらう意味でも, ここで一度過去を振り返っておくことは悪いことではないだろうと思い, 結構真面目にキーボードに向かっています。読みながらわかりやすく, ベンチャー経営とベンチャーキャピタリストについて理解を深められる様, 努力してみます。
第一話は, 私の誕生から上京する二十歳くらいまでの期間で, 参考になりそうなことを振り返っておきましょう。小さい頃の体験の中には多くベンチャーキャピタリストになるためのヒントが溢れていたと思いますから。
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今でこそ私はベンチャーキャピタリストとして, 少しは注目されるようになりましたが, 生まれは徳島県海部郡海南町という人口数千人の片田舎です。ほとんどの方は町の名前など知らないでしょうが, ゴルフの尾崎三兄弟の地元です。
東京からみれば, 本当に山川海の大自然に恵まれたところでして, 釣りをしたりして楽しく多感な時代を過ごしました。家は代々商売をやっておりまして, 幼年期は精米業と養鶏業を営む父母が忙しかったため, 同居していた祖父母と過ごす時間が長かったことを覚えています。祖父は製糸業で成功して小さな財を築いた人で, 私を跡取として育てようとしたようです。
サラリーマン家庭とちがって, 朝早くから父母の仕事を身近に見て育ちましたし, 私自身小学校の頃から様々な小間使いみたいな仕事を手伝わされ, みんな外で遊んでいるのに何でこんなことせにゃならんのか, と怒ったものです。また, 祖父の自転車に乗ってあちこち連れて行ってもらったのですが, 一緒にいるうちに"事業の心構え"みたいなものを結構話してもらったりしました。手前味噌ですけれども, そういう"家庭環境"が, 私のベンチャービジネス観の基礎になっていることは間違いないと思っています。
例えば, 立上げ中のベンチャービジネスにおいて, "死ぬほど忙しい"ということがどういうふうに忙しいかが感覚的に良く分からないと, 経営者の言動が理解できず, まともなベンチャーキャピタリスト稼業は出来ません。また, 「事業というのは, それを"経営する人によってその繁栄が左右される"」, ということを, 祖父の自慢とか父の仕事仲間の話を横で聞いたりしましたので, 狭い田舎の茶飲み話として私の記憶や感覚に残っています。
また, 祖父の製糸機械の"発明と特許"取得に徹夜で熱中したのに, それがたいして収入に結びつかなかった話は, わが家の逸話になっています。技術がいくら卓越していても, また苦労話が美しく感動的でも, 事業に結びつかなければ趣味でしかありません。結局, お母ちゃんにこっぴどく怒られてしまいます。
あるいは, 太平洋戦争の戦況が悪化し, 祖父がやっていた製糸工場で原料の綿花がなかなか入らなくなりつつあった時期にあっても, 村口商店には関西方面から綿花の仕入が滞ることがなかったそうでして, 祖父からは「"まじめと信用が大事"なんや」という話を良く聞かされました。いったん「へこいこと」(ずる)をして信用を失うと, 十年経っても回復できないことを教えられました。「出来るだけ早く"借金は返せ"」, とも注意されました。
その後, 営んでいた精米業, 製麺業, 養鶏業が, 時代につれて浮き沈みがあり, いかに殷賑を極めた商売でも, あっという間に流行遅れとなり"競争条件が変わってしまう"ことをちっちゃな家業のなかで体験しました。また, 山の相場や寒ラン(昭和40年代は流行りました)の相場が大変動して, 家族の資産が増えたり減ったりしたことから, アセットプライスの変動も結構目の当たりにしました。もっと昔の話としては, 曾祖父がコレラの流行を予測して梅山の収穫を半年前に買い占め小銭を作った話から, 商売には"タイミングが重要"であることも聞かされました。曽祖父はまた, 田舎の夏祭りの時に, 仲間と相談して150Km離れた冷蔵庫のある徳島市から氷をかついで駅伝のように運び, カチワリを売って儲けようとしました。海南町に着いた時には氷が小さくなってやっと元が取れただけだった, という笑い話ですが, "仲間とスピードの重要性"を聞かされました。
地元の漁師に魚網を売っていた関係から, 「掛け売りは回収に死ぬほど苦労させられるからやめちょけ。」という言葉は, 私にとって耳にタコの回数くらい聞きました。売上が立って黒字経営をしているつもりでも, 実際に"現金回収できなかったら不良債権"ということになりますね。また, "人を雇うということは大変なこと"で, 苦労の種だ, という話も良く聞かされました。
以上は幼児体験を大人の論理で言い直しただけと受け取られるかもしれません。しかし自分でいうのも何ですが, 結構幼いなりに大人っぽい話を見聞きしながら大きくなりました。周囲の大人達が商売や相場や投資話に関心が高くて, ちゃぶ台の会話の中にもそういう話がばんばん出てきましたから。そんな中で自然に経営に関するショバ感が結構できたんだと, 親に感謝しています。
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現在の日本の教育では, 私がど田舎で見聞きした商売の知恵みたいなことについて子どもが接する機会はほとんどないようですね。社会人になってから, 「ベンチャーキャピタリスト養成講座」とか「起業家育成コース」という錚錚たる講師の授業によって, このような経験知を身につけろといっても, 実際なかなかうまくいかんわなあ, と思います。もちろん経営理論は大事ですが, "商売をするための常識感覚"が何より重要だと思います。これからでもそういう"小中学校教育"が行われることを期待しますが, 理屈よりも, まず経営の常識や感覚を体験しながら身につけることが必要だと思います。日本において成功した経営者の多くが有名大学の出身者でないという事実は, このことを証明する悲しい事実のようにも思われますが, いかがでしょうか。
私はこれまで数千人の経営者の方々とお会いし話をしてきました。100社以上の投資案件や株式公開のミーティングを行い, 自分の担当として20社以上の企業に実際に投資し, 10社は株式公開を果たしています。
一方, 失敗もたくさん見てきました。ベンチャーキャピタルの仲間の失敗には, 投資をする最初の時から「やめといたら良いのに…」と思うことも結構多かったのです。今から思えば, ベンチャービジネスの多くの失敗は, 「"常識的な感覚で判断"してさえいれば避けられたのではないか?」と思うケースが意外なほど多いのです。
後に, ベンチャーキャピタルの仕事に慣れた頃に投資を担当し株式を公開した福原(北海道の帯広釧路地域にある食品スーパー)の社長さんがいみじくもおっしゃられたことを思い出します。「福原の収益率が高い理由を分析せよといってもできない。あえて何か言えといわれれば, 変なことをしないという常識だ。」
この発言は, 常識的感覚のことだろうと思います。つまり難しい経営論よりも, 周囲の流行に流されず素直な気持ちで常識的に考えてみること。そして, 良いと思うことをいやがらずに素直に明るく実行する。そうすると大概うまくいく, ということです。私もそう思います。ベンチャー経営, ベンチャーキャピタルの投資判断などといってもあまり難しく考えず, 「"人間学を持ち, 常識を懸命に働かせて, しっかり見てみる"」, ということが基本ではないでしょうか。
ちょっと横道にそれて自慢話をしますと, 小中学校時代に何度か水泳大会で優勝しました。それ以来風邪も引きにくくなりました。ベンチャーキャピタリストを実践する上で, "強靭な心身"がほんとうに大事だということ, 後に何度も痛感する場面がありました(反省も含めてですが)。ベンチャーキャピタリストは, 投資するベンチャーの経営者や会計士, コンサルタント, アナリスト, 証券会社, 銀行などの人達とサシで仕事とする, 個人商店のような仕事です。自分が病気で休んでも代わってくれる人が全くいません。結構しんどい商売なのです。
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第一回は, ベンチャービジネスの経営には常識が大切で, 私の場合は生まれ育った家庭で育まれた部分が大きい, というお話をさせてもらいました。
その後, 私は中学まで生まれた町で暮らした後, 町から50キロ位東にいった阿南市にある富岡西高校を卒業しました。その後一年田舎で浪人してから, また受験に失敗して上京し, 東京の予備校で二年目の楽しい(?)浪人時代を過ごしました。当時荻窪にあったアパートの近くの定食屋で, 人気絶頂のキャンディーズやピンクレディーをみながら夕飯を食べたものです。ちょっと寂しくも楽しいことが多かった浪人時代でした。
第二回は, ビートルズと演劇がベンチャー経営と密接な関係にあること(?と思うでしょうが), についてお話しましょう。
NTVP投資事業組合・ベンチャーキャピタリスト 村口和孝
(Email: info@ntvp.com)
(ホームページ: http://www.ntvp.com)
(禁無断転載。全ての著作権は著者に属します。)
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