発行:テックベンチャー
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シリーズ『ベンチャーキャピタリストの本質』

村口 和孝
【無断転載を禁じます】

第四話『ヴェニスの商人(人肉裁判)からベンチャーを読む』:「借金を
してはならない」

私が留年して田舎の両親に心痛を感じる直接的原因となった、大学のシェイクスピア研究会で演出した作品は、「テンペスト(嵐)」と「ヴェニスの商人」です。この演出体験によって、その後ベンチャーキャピタリストとして経験を積む上で、大変大きな示唆を受けました。
いずれも上演の一年くらい前から演出プランを練ります。上演2時間、登場人物20人の芝居をどう上演するか、出来あがりの姿を想像しながら、主演助演をはじめ登場人物をキャスティングして行きます。上演半年前にキャスティングが出来ると、素人役者と芝居を組み上げていく、上演までの練習計画も作成します。練習が始まり、演出家がプランに自信を持つようになるにつれ、衣装、ライト、舞台美術、音楽、上演会場の手配、ポスター作成、チケット準備と販売など、など多次元の作業を同時にこなして行きます。 およそ上演の4ヶ月くらい前から、毎日朝から晩まで上演準備にかかりっきりになり、おかげで文系大学にありがちな、合コンやテニスなど浮かれたイベントには縁遠い学生生活を過ごしました。起きても覚めても一本の芝居に半年間というもの、一冊の台本、20人の素人役者と格闘する、という異常な学生生活を、しかも熱中して過ごしました。大学に毎日行っているのに、講義には全く出席することがありませんでした。努力の甲斐あって、1980年秋に手塩を掛け演出した「テンペスト」を六本木自由劇場で上演し、満席好評でしたが、その年、親不孝にも留年したというわけです。

この半年に渡る集中作業から、ベンチャーキャピタリストとして経験を積む上で、大きな示唆を受けました。ベンチャーキャピタリストとして成功する苦しみも、劇の演出家として成功する苦しみも、たいして変わらないのではないか、と良く思います。一つの劇を上演に持って行くのと、ベンチャーを成功に持って行く厳しさと、注意点はほとんど同じです。演出プラン(事業計画)の考え方が間違っていたらだめ、キャスティング(チームづくり)を間違ったらだめ、観客(顧客市場)を読み間違ったらだめ、熱中して上演成功に集中(短期集中)しないとだめ、寝ても覚めても練習(ノウハウの集積)しないとだめ、最終的に観客にチケットを売らねばならず(販売活動の重要性)、観客に満足して帰ってもらわなければ、それは単なる自己満足(顧客満足度)でしかありません。
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さて、第四話の重要なテーマは、「本当のベンチャーは借金をしてはならない!」という事です。当たり前みたいな話ですが、日本でよく間違う、大変重要な話です。間違うと大変危険です。特にエンジニアの皆さんは、今回の話を良く頭に入れてください。これは、ベンチャープロジェクトの資金調達方法を解明するカギなのです。
「ヴェニスの商人」をよく読んだ事のある人は、私が話そうとしている「投資と融資の違い」が良くおわかりのはずです(めったにいないでしょうが)。シェイクスピアは、自ら劇団の出資者となって、劇団を運営するほど商売に長けていたと言われています。その彼が、「投資に成功するコツ」を描いた喜劇が「ヴェニスの商人」です。日本で「ヴェニスの商人」といえば、それは人肉裁判で騒ぐ「ユダヤ人金貸しシャイロック」の事だと、間違ってイメージしている人が多いです。ところが、この芝居の主人公は「ヴェニス投資家アントーニオ」です。ヴェニス投資家アントーニオが友人のバッサーニオの窮状を救うために、しないはずの借金をし、証書で自分の体の肉を担保に取られていたものだからさあ大変、大騒ぎになるが、最後に投資が結局成功して何重にも回収される、という喜劇です。
この芝居の中には、「投資案件の選び方」から、「投資回収に至るドタバタ」と「当事者でない周囲の人々の慎重な反応」が生々しくも可笑しく描かれています。有名な台詞は、「輝くもの必ずしも金ならず(All that glisters isnot gold)」(二幕七場)でしょうか。こういうことは、現代のベンチャーキャピタルの世界でも全く同じです。たぶん、投資と融資の混同と混乱は、古今東西リスクのある事業に先行投資する場合に、よくある景色なのです。投資と融資の混同は、必ず、ベンチャーの財務に致命的な混乱を巻き起こします。
日本のベンチャーの失敗は、たいがいこれです。

ここで、もう一度投資と融資の違いを整理しておきましょう。
★投資…リスクのある将来を見据えて、
「一部の経営権と引き換えに、資金を無担保、無保証、返済予約無し、金利無しで提供」し、事業リターンがあれば、その回収成果から配当を受けるか、別の投資家に一部の経営権を売却する事で、回収を図る資金提供(=資金リスクは投資家にある)。
★融資…リスクある将来を見据えて、
「事業そのものとは一定の距離を置き、資金を有担保、有保証、返済計画、金利付きで提供」し、事業リターンがあろうがなかろうが、貸付証書通りに利息をつけて資金回収する資金提供(=資金リスクは起業家にある)。
…両者のスタンスが異なることは明らかでしょう。これを混同するから、ばかげた混乱が起きるのです。
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ヴェニスの商人を引き合いに出すまでも無く、ベンチャーを経営するとき、間違っても借金をしてはなりません。理由は簡単で、ベンチャーは先端領域の未知な世界であり、どう人知を尽くして努力してみても、それでも成功する保証はなく、「コントロールできないリスク」があるからです。ベンチャーは、最先端な不確実な競争状態における展開のスピードと柔軟さを特徴としなければなりません。
リスクのある事業であるということは、返済計画がぶれる事を意味しています。そういう領域に取り組む資金を、返済期日と金利がある借金でまかなってはいけない、という事です。何割かの確率で成功しないかもしれないベンチャー事業の投資資金を、借金で調達して事業に投入したら、事業家は何割かの確率で破産し、社会人として復活不能になります。これはベンチャーの失敗ではなく、調達方法の失敗です。
こんな簡単な事実があるにもかかわらず、政府がベンチャー支援の為に銀行に圧力をかけて、ベンチャーに融資をしたら、その結果は悲劇的な景色になります。たいがいベンチャーは、借金をする時には物的担保がないので、起業家や開発者が多く「保証人」として捺印させられます。政府の資金は、基本的に税金か郵便貯金で安全運用を旨として貸付が行われますので、常識的に保証人が必要です。これは仕方がないのです。しかしながら、これをエンジニアが「やっと技術が評価され、借りられるようになった」と喜んで保証人になり、借金をしてベンチャー事業を展開し、お金が返せなくなると、保証人になっていた人が社会的に復活不能になる、ということです。いったん借りたお金が返せなくなったベンチャーは、同じ借金を繰り返し、資金繰りは追加借入をしないと倒産する、いわば自転車操業になります。日本の失敗技術型ベンチャーの資金繰りは、大概こうなっています。そうなれば、もはやエンジニアの人生は開発どころではありません。借金を負ってリスクのあるベンチャーをしようとした、最初からわかっている失敗です。この失敗をシェイクスピアは「ヴェニスの商人」で人肉裁判の恐さに訴えているのです。

以上より、エンジニアの皆さんが頭に叩き込んでおかなければならない事は、以下の通りです。
★ 「たとえ政府が後押ししていようが、リスクのあるベンチャー事業に対し、読者は絶対に借金をしてはいけない。」逆にいうと、
★「ベンチャーは、リスクあるベンチャー事業に対しては、投資家から投資を受けて、思いっきりチャレンジすべき」です。
これが充分わからない読者は、絶対にベンチャーをやってはいけません。分からない人がやると、多くの人を巻き添えにして、起業社会が混乱で歪みます。いわんや、ベンチャーにもっと銀行が金を貸すべきだ、というのは暴論です。(ただし、ベンチャーが既に間違って借りて失敗している場合は、ちゃんと貸した責任を取って政府が応援すべきだ、という意見には私は賛成します。)
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さて、私の大学時代の話に戻しましょう。
演劇の演出で留年をしてから改心し、突然経済学の勉強を始めました。私も親に申し訳ないと本当に思いました。演劇でバイトする時間すらなく、授業料は全額、両親に頼んで送金してもらいました。遅れ馳せながら紙面を借りてお詫びとお礼申し上げます。
東京は港区の広尾都立中央図書館へ毎日通って勉強しました。大学の講義は一年を通じて順順になされるのが常ですが、私の勉強方法に向きません。図書館へこもって、大学の教科書を数週間で読破してしまう、という集中的な勉強でないと頭に入りません。大学の授業には関係なくそれをやりました。
そこで見えてきたものがありました。経済学の領域で、経済史や経済体制論、経済発展論などありましたが、特に興味を覚えたのが経済体制論で、「当時のソ連中国の計画経済と、アメリカ・イギリスの自由主義経済と、どちらが効率的か、」という議論です。どう勉強してみても、計画経済は世界史から抹殺される非効率な経済体制に思えてならず、とうとう「数十年中に計画経済は世界史から消えて無くなるだろう、」と確信するようになりました。留年して第二回目の大学2年生の時です。
周囲にその話をするのですが、皆まともには取り合ってくれませんでした。当時は冷戦構造と言われ、世界はソ連とアメリカのバランスオブパワーで成立している事になっていました。日本経済は成長を続け、アメリカ経済がおかしくなって来て、「ジャパンアズナンバーワン」などという本も出てくる頃でした。私は、SQG高橋研究会という三田のゼミで、大学の後半二年間を過ごしました。

私は、「もし計画経済が崩壊したら、世界史はどうなるか、」という観点で、一生をどう生きるべきか、毎日考えました。そこで出てきた答えが、ベンチャーキャピタリスト、という職業でした。自由市場主義における投資活動の健全化はきわめて重要で、変化が大きい時代ほど、投資は重要になります。起業経済というものを考えたとき、そこで活躍する専門投資家は、ベンチャーキャピタリストです。私は長い思索の末、大学三年生のとき、ベンチャーキャピタリストになる事を決意しました。1982年の夏の事です。
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第五話は、「借金をしないで、どうやってベンチャーが資金調達をするべきか、」をテーマに、初めてシリコンバレーに行った事と、証券系ベンチャーキャピタル会社に就職した事をお話します。

日本テクノロジーベンチャーパートナーズ(NTVP)投資事業有限責任組合
ベンチャーキャピタリスト 村口和孝(http://www.ntvp.com)
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