発行:テックベンチャー
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シリーズ『ベンチャーキャピタリストの本質』

村口 和孝
【無断転載を禁じます】

第五話 『人生をかけること』

第四話で「ヴェニスの商人」とベンチャーとの関係に触れましたが、読者の皆さんから、「面白い!、ヴェニスの商人のうまい新解釈ですね。」という反応が返ってきました。ところが実は、ヴェニスの商人を上手に新解釈でベンチャーに結びつけたわけではありません。この芝居は、「16世紀にシェイクスピアがベンチャーそのものを喜劇に書いた芝居」なのです。その証拠に、開演してすぐ、三つめのセリフの冒頭に「Venture」という単語が出てきます。また、「ヴェニスの商人」における冒頭第一セリフの投資家アントーニオの悩ましい心境は、まさにベンチャーにたずさわる人間の心境を見事に描写しています。「まさに今価値があると思ったものが、一瞬先には無価値となる」ベンチャーの世界は、ドタバタ喜劇には最高の題材です。現在の日本で、この芝居を日本のベンチャーのどたばたに翻案する事は簡単にできるでしょう(将来時間と資金の余裕が出きれば、大学時代に戻って是非やってみたいと思っています)。もうちょっとだけ、シェイクスピアの知恵に耳を傾けましょうよ。
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さて、ヴェニスの投資家アントーニオの友人バッサーニオは、箱選びによって妻を得ます。その箱選びの寓話から、ベンチャーに関する重要な事項を確認して行きましょう。

★金の箱の銘:「私を選ぶものは、多くの人が望むものを手に入れるだろう」
モロッコ大公が間違って金の箱を選びました。「多くの人が望むもの」とは、いわば「大衆的で組織受けのよいもの」です。みんなが良いと言うようなベンチャーを始めようとするのですから、その姿勢に根本的な問題があります。すなわち、ベンチャーをやる時に良く出てくる意見は、「君の言う事は分かるけど、組織を説得するのはまず無理だ。」という意見です。それに流されると、ベンチャーそのものの評価よりも、人がどう考えているか、ということにばかり目が行くことになりましょう(大企業の組織的合議の場で、出て来やすい意見はこれでないでしょうか?)。これではベンチャーを始められはしても、まず成功することはありません。結果は人によって違ってて良く、個性的で結構です。皆の意見に惑わされてばかりでは成功はおぼつきません。この自分のはっきりしない選択に対するシェイクスピアの辛辣な答えは、頭蓋骨と「輝くものすべて金ならず(All that glisters is not gold)」です。

★銀の箱の銘:「私を選ぶものは、自分自身に値するものを手に入れるだろう」
アラゴン大公が間違って選んだのが、銀の箱です。これは、自分に値するだけのものしか手に入れないので、大切な価値というものを生み出そうとしていません。仕事で言えば、付加価値のないものを、さも価値があるかのように騒いで単に取引をする人です。騒げばそれだけで取引は行われるでしょうが、何かが創造されている訳ではありません。バブル期の資金をぐるぐる回すだけで大儲けをした、何も産み出さない当時の金融マンのことでしょう。わいわい騒ぐだけのベンチャーでは、結局何もありません。最終的にベンチャーは一生懸命になって社会の中に何かを産み出して行くことでなければなりません。本物のエンジニアの時代が来たと思いませんか?この箱を選んだ者(バブルに踊った金融マンたち)に対するシェイクスピアの答えは、阿呆の絵と、「七回痛い目にあえば判ることだが、影にキスする阿呆がいる。」というメモです(もちろん、最近の日本の金融マンはビッグバンに向けて思想を入れ替えつつあります。そうでなければ日本は滅びます。)

★鉛の箱の銘:「私を選ぶものは、その持っているすべてを与え、人生をかけなければならないだろう」
美女を妻とする正しい箱は、鉛の箱なのですが、要するにシェイクスピアは、「見かけに惑わされず空騒ぎをせず、すべてを投げ出す覚悟で人生を賭けなければ、本当のベンチャーは成功しない。」と助言しています。実際、私の長年の経験からしても、ベンチャーは、人生において片手間でできる作業ではありません。ただし、ここで重要な事は、かけるのは人生であって、第四話で強調した通り、借金の保証人になることではありません。「そこまで人生をかけたんだから、借金の保証人にくらいならないで明日を担うベンチャーの経営者と言えるか。」という間違ったベンチャー論に惑わされませんよう、くれぐれも読者にご注意申し上げます。財務的にはあくまで安全でなければ、人生をかけた開発どころではなくなるのです。何度も強調しますが、本当のハイテクベンチャーはお金を借りてはなりません。しかし、人生は賭けなければなりません。
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さて、ベンチャーが借入ではなく、投資を受ける場合、まず考えなければならない重要な事は「独立性」です。独立性には、資本の独立性、人的独立性、取引的独立性を見なければなりませんが、今回の話は資本の独立性です。まず我々は、ここを押さえねばなりません。
シェイクスピアからすれば、見かけ華々しい既存の組織的勢力に頼ってベンチャーを起こし、成功しようとしても難しいということでしょう。「独立」という表現とも関係する事ですが、既存の組織に頼ったベンチャー会社の新設は、一見安全なようですが、大成功は困難です。世界のベンチャーキャピタルの世界でも、資本独立性の高さの必要性は常識です。ここでもまた日本人の自虐精神が頭をもたげて、アメリカは独立の国で日本は敗戦国、という次元の話ではありません。これは、資本主義の仕組みから自動的に導かれる話で、明治以来の商法によって、どんな会社の取締役も、取締役である以上、1.善管義務 2.忠実義務 3.競業避止義務 4.利益相反取引の禁止、という義務があるということで、異なる会社および取締役同士というのは基本的に独立的でしかあり得ないという事情から来ています。ですから、独立的でないプロジェクトというものは組織上の限界があります。また、投資家にとって魅力がありません。
例をあげましょう。あなたが電子メーカーを辞めて起こしたとしましょう。その辞めた会社が資本を出してくれる、ということは、電子メーカーが株主になることですが、仮に20%資本を出してくれたとしましょう。大手の電子メーカーが資本を出す、ということは、エンジニアのあなたが世間から評価された、と誇らしく思うかもしれません。また、大手企業が出資していた方が、世間からの信用が高まるのも事実です。しかし、あなたは会社を辞めて、電子メーカーの関連会社になったという事で、この大事な資本独立性を犠牲にしています。当然大手電子メーカーには、「関係会社管理規定」というものがあり組織的に関与してきます。これは「従業員ベンチャー独立制度」という名前がついていようがなかろうが、事態は同じです。ベンチャーに一番重要な事は「資本独立性」です。逆にいいますと、独立性の高さが、外部の投資家からの大きな評価につながります。投資家から見ますと、独立性を侵されずに起業できただけでも、その事実だけで評価に値します(大手企業に出資を受けたと自慢話をするベンチャー経営者は、一流の投資家からは最初から見切られるでしょう)。
この点、以前触れたインフォテリア社の去年の独立物語は、ベンチャー独立のあるべき姿を実現しています。ロータス社を円満独立したインフォテリア社の幹部は、ロータス社から出資を受けず、自らの資本で会社を創設しています。退職する会社と円満な関係を維持すると言う事と、資本を受け入れるということは、全く次元の異なる話です。会社を退社しても、当然長年勤めた会社との関係は断ちがたいものがありましょう。人間関係もあります。だからこそ、かえって「資本独立性」をしっかりと築く事、これが独立後最初の重要な仕事となります。エンジニアの方々は、こちら方面が苦手な人もいるでしょうが、この事だけは頭にいれておいてください。また、皆さんが付き合っているシリコンバレーの友人のベンチャーを思い出してみてください。IBMとINTELとかマイクロソフトの資本を受け入れて創業しているでしょうか?彼らは、独立性の重要性を良く知っています(ただ、売却を目当てに最初から計算づくで資本を入れる事はありますが)。
この事が理解できれば、なぜシリコンバレーで独立ベンチャーキャピタルの活動が重要とされているか、その本当の意味が理解できるでしょう。「創業と資本の独立性」、これはベンチャーの世界で切っても切れない最も重要な勝利の方程式です。いずれにせよ、今一度「資本独立性」というものに対する価値の高さを皆さんに再確認していただきたいと思います。
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自分の話に戻ります。1981年、計画経済の崩壊を学生なりに予測し、資本自由主義時代の歴史的到来を予感して、1982年ベンチャーキャピタリストになることを決心した私は、証券系大手VCしか採用していなかったので、当時サラ金融資で危ないと学生の間で言われていた証券系大手VCに就職をする決心をしました。ベンチャーキャピタリストを目指せるならどこでも良かった、というのが当時の心境でした。
早々とベンチャーキャピタリストになることを決心した私は、証券系大手VCに学生時代に出向いて話を吸収しようとしました。ところが誰からもピンと来る話を聞き出せませんでした。リースの話とか、ワラントの話ばかりで、肝心のベンチャーキャピタリストになるための何のヒントもありませんでした。私が想像しているベンチャーキャピタリストは、明るい資本自由主義の時代を切り拓く、強烈に建設的歴史的な仕事になるはずでした。日本にはベンチャーキャピタルについての見識を有する経験ある人材のいない事を悟った私は、学生の分際で、何はともあれシリコンバレーに突撃ヒアリングをすることを思い立ちました。大学四年の事です。
生協で英語の名刺を印刷し、格安チケットを手配しました。国際免許証をとったのは、日本で自動車の免許証が届いて数日後の事でした。ほとんど日本での運転経験の無いまま、サンフランシスコ空港ハーツでレンタカーを借りて、これまた数週間前に出会ったばかりの東京に住むアメリカ人(フリ−モント市)の自宅を目指して、車を走らせました。当時何かの本で読んで、シリコンバレーにはサンドヒルロードという場所があり、ベンチャーキャピタルの事務所が集まっている、という事実だけを頼りに旅は始まりました。カリフォルニアは青い空と聞いていたのに、ついた日はちょうどひどい天気で、雷が鳴り、雨がたたきつける中、(もちろん初心者マークもつけないで!)アメリカの高速道路を死にそうになりながら走りました。私にとっては、日本におけるベンチャーキャピタル投資の始まりを象徴するかのような天気でした。
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次は、アメリカで学んだ事と大手VCの新人研修についてお話しましょう。
(やっとベンチャーキャピタル投資の話の入り口にまでたどり着いたのです
よ!)

日本テクノロジーベンチャーパートナーズ(NTVP)投資事業有限責任組合
ベンチャーキャピタリスト 村口和孝(http://www.ntvp.com)
(禁無断転載。全ての著作権は著者に属します。)