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発行:テックベンチャー
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ジェリー・ヤン:Accidental Entrepreneur
小野 正人

米インターネット検索ソフト会社、ヤフー(カリフォルニア州)の28歳と30歳の共同創業者2人が母校であるスタンフォード大学に200万ドルを寄付した。同大の工学部に新しい教授を置き、次代の起業家を育てるための基金となる。スタンフォード大はハイテクの集積地、シリコンバレーに人材を輩出しているだけに成功者による寄付は少なくないが、今回「恩返し」した2人は過去最年少という。
 寄付をしたのはデビッド・ファイロ氏(30)とジェリー・ヤン氏(28)。スタンフォード大の博士課程に在籍していた1994年に趣味で始めた「ディレクトリー(検索)サービス」を、95年4月に事業化した。インターネットのホームページ検索では最大級の規模になり、現在では1」日に2000万件以上のヒット数を持つ。会社を設立してわずか1年の96年春に株式を公開し、現在若い創業者二人が保有する株式時価総額はそれぞれ1億5千万ドル近くに達する。
 大学への寄付は工学部内に教授の新ポストを設置するために使われ、同大にとって同種の寄付は40番目という。ヤン氏は「ヤフーの誕生にとって大学は欠かせない要素だった」と語り、新しい教授の条件として情報システム分野で起業精神を持つ人を挙げている。
 シリコンバレーでは、ヒューレット・パッカードの創業者らをはじめ、スタンフォード大の卒業者が大学に寄付し次世代の起業家を育てるサイクルが繰り返されてきた。ヤフーの2人による最年少寄付は、インターネットの技術革新とそれを背景にした成功物語が加速していることを象徴している。 

 ヤンとファイロ。27歳と29歳。わずか2年前まではスタンフォード大学の大学院生だったこの2人は今、シリコンバレーの英雄だ。インターネット上のホームページを簡単に検索できるソフトウエアを開発、2人で設立したベンチャー企業「ヤフー」が今年春に株式を公開して一挙に1億ドルを超える資産を手にした。
 シリコンバレーでは若者たちが大学の芝生でフリスビーを投げながら、あるいは学生食堂や町のピザハウスで議論しながら温めてきた事業化のアイデアをどんどん実現する。ベンチャーキャピタルや自らの成功体験を後輩に伝授しようとするエンジェルとよばれる個人投資家が彼らを積極的に後押しする。インターネットは若い起業家の頭脳と意欲を刺激し、シリコンバレーに次々とシンデレラ企業を誕生させている。

 Jerry C.YANG 台湾・台北市生まれ。10歳で家族と渡米。1990年スタンフォード大大学院修了。95年ヤフー社設立。米カリフォルニア州パロアルト在住。28歳。地球規模のコンピューター通信網、インターネット上の「道しるべ」を作成、昨年設立した会社の株を公開したところ、持ち株資産が膨らみ、ただの大学院生から一躍、億万長者になった。世界のマスコミに取り上げられ、時代の寵児(ちょうじ)に。しかし雰囲気は“気さくな学生風”だ。「相変わらず大学時代の賃貸アパート暮らし。生活に大きな変化はない。仲間と楽しくやっている」
 「道しるべ」は、「YAHOO(ヤフー)」という名の、いわば電話帳のような情報画面(ホームページ)。世界に散らばる約三十万か所のホームページのアドレスを経済、社会、科学、芸術など分野別に収録、検索できる仕組みで、目的地探しを助けてくれる。
 学友と二人で、よく見るページの住所録を作ったのがきっかけ。投資会社が目をつけ、企業化した。今年一月設立した日本法人では取締役。このほど、その開業後初めて来日した。
 「英語教師の母に英語を教え込まれ、十二歳の時に買ってくれたパソコンが、今の自分につながった。母には感謝している」とのこと。変化が激しいインターネット上のビジネスで競争に打ち勝つには、アイデアが勝負。「97年3月からは『子供向けヤフー』を始めた。すでに、天気情報やニュースも取り込んでいる。将来は、インターネット上のテレビ局のような会社にしたい」。やはり、あくまで企業家だ。
 4年前の初来日以来、大相撲のファンで、横綱曙がひいき。奥さんも日本人で彼がスタンフォード大学日本センター(京都)に勤務していた時にアタックしたとのこと。
ジェリー・ヤンとのバーチャル・インタビュー
ヤフーの創業者ジェリー・ヤン氏は、現在チーフ・ヤフーという肩書を持つ。役回りは新事業の開発や企業提携が中心だが、日本のインターネット・ビジネスでもヤフー・ジャパンの取締役として精力的に動いている。筆者は彼と電子メールによって数回にわたりインタビューを行い、日常生活とベンチャー観を中心に語ってもらった。(インタビューは97年6月初に実施した。)

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Q.結婚おめでとう(彼は去る97年5月に結婚式をあげた)。ヤフーを始めてからこれまでの2年余りは、寝る間も惜しんでという生活だったと思うけれど、仕事と生活は落ち着きましたか?
A.ええ、最近はフツーの生活に近づいてます。猛烈ビジネスマンかもしれないけれど。オフィスには朝8時から9時までに出勤して、夜は8時から9時に帰るというパターンでしょうか。しかし出張が多いからオフィスで落ち着いていることは少ないですね。
今の仕事は、大きくいって3つ。1つは新しいビジネスの開発です。これは非常にエキサイティングな仕事で気に入っています。2つ目は、現在の提携企業あるいは将来提携の可能性がある企業との打ち合わせなどの仕事です。3つ目は、マスメディアなど外部とのお付き合いで、ヤフーにとってはイメージが大切ですから、真面目に取り組んでいます。そのほか、私は取締役ですから社内の重要事項を毎日把握したり、経営会議に出席したりです。

Q.以前ヤフーのオフィスを見せてもらったことがありますが、デイビット(ファイロ。もう一人のヤフー創業者)が机の横にテントを張っていたり、徹夜仕事で赤い目をしている人がいたりで、とにかく大変な労働時間のようでしたね。実際、彼らのワークスタイルはどういう感じなのですか。
A.僕の仕事は猛烈という感じではありませんが、ヤフーのエンジニアやサーファー(インターネットのサイトを検索する仕事で、同社の正式な肩書である)は、期限が近づけば徹夜も度々です。ネットスケープと提携してホームページを拡張した時には、彼らは48時間ぶっ続けで働いてました。彼らの就業時間に決まった規則はありません。ヤフーが始まった時は平均週80時間から90時間位働いていましたが、今は50〜60時間だろうと思います。

Q.アメリカのベンチャーでは、日本人が感心するくらい皆良く働きますが、何がそう仕向けるのか、あなたの見方を教えてください。
A.一つは、イノベーションです。ちっぽけなベンチャーですが、世界中が注目する技術やビジネスを開発する仕事は本当にエキサイティングです。ヤフーのみんなは、それにプライドと責任感を持っているし、その強烈なエネルギーが同じ方向を向いているから、小さい会社でもすごい事業ができるのです。
2つ目は、独立心でしょう。さっきいった技術やビジネスを自分で作って世界中の人に見てもらいたいと思っています。それも、自分の力が最大限発揮できる会社で実現させたいのです。
3番目はインセンティブ。ベンチャーで自分達が作ったものが幸いにも成功すれば、IPOが可能になりストックオプションを得ている経営陣と従業員全員がキャピタルゲインを得られる。成功のリワードが明確です。要はこの3つの「I」、つまりInnovation、 Independence、Incentiveが、我々を駆り立てるエンジンです。

Q.スタートアップ以前のあなたについて語ってください。台湾からカリフォルニアに移り住んだわけですが、小学校から大学まで含めて、自分で会社を起こしたいと真面目に考えたことはありますか。
A.スタンフォード大学に進むまでは、そういう考えはありませんでした。月並みですが、母も私も、一流大学へ行って世間の評価が高い仕事につくことが目標でした。

Q.スタンフォード大学では電気工学が専攻でしたが、卒業したらどうするつもりだったのですか。
A.修士課程を終えた時には、大企業からも就職のオファーがありました。オラクルやインテルとかです。ただ、当時はシリコンバレーも不景気で、今就職してもあんまり面白くないのではと思って、博士課程に進んだわけです。自分の選択を数年後に引き伸ばしたといえます。しかし、博士課程を始めた時にはベンチャーに入ってみようと考えるようになりました。

Q.スタンフォードでマスターコースを終えてからスタンフォード大学日本センター(京都にある)に1年滞在されましたが、その間の経験は自分のスタートアップに影響があったのですか。
A.デイビットと一緒に京都で生活しました。教えたり、遊んだりの1年でしたが、将来について考える良い機会でした。しかも、ヤフー設立時のメンバーにはその時の友人もいますし、我々のスタートアップにとって京都の1年は大切な出会いの場でしたね。

Q.ヤフーの会社設立の経緯について教えてください。
A.ヤフーをビジネスにしたのは、ヤフーの利用者がものすごい勢いで増え、彼らからもっと充実して欲しいと、本当に強い応援の声があったからなんです。こんなペースで利用者がふえたら大学の中で研究者のホビーでいられる訳がない、いずれ大学の外に出なければ、と考えていました。その際には、友人やいろいろな人のアドバイスを受けましたが、デイビットと私は、「運命だ、いっそこれに賭けてみよう。」と思ったわけです。

Q.最初は、資金調達や会社立ち上げなどで苦労が多かったはずですが、その時の問題やトラブルをあげてください。
A.我々は、ヤフーというサーチエンジンがどうやって利益を得ていくかはっきりしていなかったし、他に参考になるビジネスモデルも全くありませんでした。また、あの当時はインターネットを商業化すること自体がおかしいのだという人がかなりいました。ヤフーを会社にしたとき、「怒りの電子メール」が送られてきましたよ。
そんな状況でベンチャー・キャピタル(VC)を説明してまわりましたから、実際大変でした。あちこちサンドヒルロード(多数のベンチャーキャピタルが並ぶ通りの名前)を回りましたが、幸運にも3つ、4つのVCが興味を示してくれ、最終的には我々は2社のVCの中から選べる状況にありました。我々がセコイア・キャピタルを選んだのは、セコイアが評価の高いVCであり、ヤフーが高成長できるプランを提示してくれたからです。

Q.サーチエンジンは95年に一斉にビジネスが始まりましたが、競争相手も皆強力なベンチャーで日々刻々と進化していた。非常に競争の厳しいマーケットだと思いますが、その当時はわずか1年でIPOが出来て、今のように8億ドルの価値がある会社まで成長すると考えていましたか。
A.もちろん、デイビットも私も創業時のメンバーは誰もがここまで来れるとは予想しませんでした。それもそうですが、スタートアップしてからの仕事がここまで大変とは思いもしませんでした。 とにかく、一刻でも早く成長すること、ヤフーのヒット数を増やしマーケットシェアを高めること、これに猛烈に打ち込みました。セコイアの支援でヤフーに入社してくれたCEOのクーグルやマレット、ナゼムなどの幹部が、我々二人と急成長できるようなプランを必死で考えていました。また、本当に細かい問題や処理事項が山のようにたまっていましたが、これをきちんと処理しなければいけない。問題を先送りにした結果、ユーザーの信頼を失ってつぶれてしまったベンチャーはシリコンバレーに山ほどありますからね。

Q.これまで、ヤフーであなたが一番苦労したことといえば?
A.いろんなターニングポイントがありましたが、IPOだと思います。IPOすべきかどうか、すごく悩みました。まだ始めて1年経っていない企業が公開すべきかどうか、かなり悩みました。96年春にIPOを決断したわけですが、我々はヤフーのビジネスに対する否定的な世間の意見に対応する必要があったし、公開して一般の投資家から資金を調達するわけですから、彼らの期待に応えるだけの成長を世に示さなければならなかった。

Q.ヤフーは、会社設立後の極めて早い段階からVCの支援や大企業と提携したことが急成長のポイントだったと思いますが、ベンチャーにとって大企業とのアライアンスの長所や危険性についてあなたの考えを教えてください。
A.ヤフーはサーチエンジンとして急成長することが絶対条件だった。そのためにはアライアンスを組むことが最も重要で、彼らの支援がなければ現在はなかったでしょう。大企業と組むことには、デメリットもあります。ベンチャーに比べれば意思決定も実務のスピードも遅いことです。しかし、それでも提携によるメリットはデメリットを上回ると思います。
アライアンスのポイントは、"Win-Win-Win"です。つまりベンチャーも大企業も顧客も、三方すべてメリットがあるような仕組みが出来れば、それは成功します。ヤフーのケースでいえば、日本のソフトバンクと提携したことによって、両社とも本当に良い効果が生まれました。実際、95年に生まれたヤフー・ジャパンは、この4月に1日当300万ページビュー(閲覧ページ数)を記録し、順調に伸びています。

Q.日本のベンチャーについて意見を聞かせてください。あなたの見方では、どのあたりのマーケットに可能性があると思いますか。また、日本でアメリカのようにイノベーティブなベンチャーが続々と出てこない理由はどこにあると考えていますか。
A.日本のマーケットはあまり詳しくないのですけど、インターネット関連のソフトウェアやサービスは、日本は潜在的にもっと大きく伸びる市場です。こういったビジネスは技術さえあれば、初期資金はあまりかかりませんから、若手の起業家にとって有利です。
日本では、ベンチャーの設立前後、つまりアーリーステージの段階でベンチャーに資金を提供して、かつベンチャーをいろいろな面から強く支援する人たちがまだ少ないのではないでしょうか。ベンチャー成功のカギは、強力な創業者と支援者が揃うことだと思います。

Q.自分からは言いにくいかも知れませんが、あなたがヤフーというベンチャーを経営する上で何が優れていると思っていますか。また欠点は?
A.我々二人は、3年前にはアイデア以外何もない大学院生でした。それが、人のお金と支援を受けてここまで来たのですから、私個人としてはリスクは恐くありません。私は、ヤフーというビジネスのパラノイア(偏執狂)であり、とにかく自分の決めたことはリスクを取って行くつもりです。それが起業家のあり方だと思っています。欠点は、ベンチャーにしても大企業にしても、会社というものを経営したことがないことです。だからこそ、経験を積んだ優秀な人が必要で、彼らに頼っています。

Q.最後に、あなたはヤフーの次に第二ラウンドのビジネスをやりたいと思うときはありませんか。
A.まあ考えたことはありませんね、今が最高に楽しいですから。ヤフーという仕事は楽しいし、これからもすごい可能性があると思います。考えてみれば、私は"Accidental Entrepreneur"、ひょんなことからベンチャーを始めてしまった人間なのです。このチャンスは最大限活かしたいので、今は出来る限りヤフーにのめり込んでいたいですね。

Q.ありがとうございました。これからも責任や期待がますます重くなるでしょうが、世界中の若者のロールモデルになるよう頑張ってください。

(97年6月8日、筆者記)

この論文は、「週刊ダイヤモンド」(97年6/27号)に執筆した拙著「米国の起業家群像」の元原稿の一部です。校正前原稿ですので、ミスプリント・数値の間違い等の可能性がありますが、すべて筆者の責に帰します。