目次

このサイトについて


本サイトには、WIZARDRYを扱った部分と歴史関連の部分がある。Wizardry関連ページは、学生時代に作成していた「HP残り1」のリニューアル版である。現在、更新はほぼ停止している。


デザインについて

アクセス解析を行って読者の環境を調査し、デザインの参考にした。ページの横幅はウィンドウに同期して変化されるので、読者が任意に設定してほしい。

画面の解像度は800x600-1024x768程度を想定しているが、640x480でも「それなりに」閲覧できるようにした。

NetscapeNavigator3.0の使用者がいるようなので、これについても動作確認した。Lynxというテキストブラウザでも表示させてみたが、テーブル使用のため、やはり限界あり。

当サイトはCSSを使用しているため、ブラウザの対応度によって表示が異なる。NetscapeNavigator4.xでは表示が少し変になる。Netscape6では正常に表示される。


リンクについて

当サイトへのリンクは自由である。World Wide Webと言われるだけのことはあって、各サイトの連携こそが情報の奥深さを創り出す。

リンクというものは、無断で行って良いと思う。(Webページが文書であるため)著作権法上、引用に相当する行為であるということなので(ここらへんは、詳論しているサイトに任す)。

問題が発生するとすれば、「リンク先サイトの記述まで、あたかも自分のサイトのものであるかのように誤解させる表示」「見る者を不快にさせる紹介文」という場合が考えられる。が、これは表現の問題であり、無断リンクそのものの問題ではない。

リンクフリーでないサイトが存在する理由は、「怪しげな(あるいは自分が気にくわない)サイトからリンクされたくない」「リンク元・リンク先にこだわりを持ちたい」といった、サイト開設者のエゴイズムであろう。

このエゴイズムは、「無断リンクを断っているサイトにこれを行うのは、本人が嫌がっている行為を敢えて行うことであり、マナー違反である」という大義名分を従えている。しかし、エゴイズムは所詮エゴイズムで、他人の言論や行動にまで介入することは許されないのである。さもなくば、「間違い指摘されたくないがために、論敵にリンクを許さない」という行為も是認されることになる。

当サイトもかつてゲーム系サイトであった時期があり(今でも名残はある)、えっちな美少女系サイトと並んで「個人のリンク集」に掲載されていたりする。現存するかは不明だが、アングラ系リンク集からもリンクされていた。


引用について

「無断引用は禁止」「事前に連絡しろ」などと不当な要求を書いているサイトを見かけるが、当サイトではそんなことはしない。法に従う限り、引用は無断で自由に行って良いのだ。小生は彼らと違い、超法規的な権力を持った皇帝でも王でもない。「ここは俺のサイトなのだから、例え違法でなくとも俺にとって不快なことはするな」などと大それたことは絶対に言わない。著作権は、所有権ではない。

とはいえ、当サイトの引用(というよりは転載)について些か不快な思いをしたのも事実である。某掲示板群で、小生の文章が大量かつ繰り返しコピーされていたのだ。

荒らしまがいのことはしないで欲しい。


歴史系ページについて

何故信頼度の低い文献を扱うか

文献の著者なりに情報収集を行ったであろうし、事実の一端を記しているかもしれないからである。

更にいえば、同じ文献であっても写本によっては油断できない。時代を経て転写が進むにつれて誇張が増し、他文献の記事が混入し、信頼性が損なわれるということが起こる(その逆もあるのだが)。

当サイトでは、元寇の描写において『八幡大菩薩愚童訓』(『八幡愚童記』『八幡愚童訓』)の写本を複数とり上げている。元軍が強くなり、八幡大菩薩の神威がより灼かになっていく様子を比較してほしい。

歴史を書く上での基本的立場

人間、だれしも味方を慈しみ、敵を恨むものである。他人の落度を責めるときにはキレイゴトを用いる一方で、自らが行使する暴力に対しては良心もキレイゴトも黙殺する。国々がせめぎあい、人々が足を引っ張りあう。このような状況は、(武器使用に至らない場合も含めて)特に珍しいことではない。そんなものだ。

交渉の余地はあれ、情はあれ、経験による学習はあれ、人間は利に動くという側面は否定出来ない。

したがって、筆者は、歴史を書き進めるうえで道徳を持ち出すことはない。

真実を書くべきか

なるべく史実を書くように努めた。しかし、専門家のようにはいかない。努力にもまた限界がある。

あまり詳しくない分野については俗説に従った。また、改訂を行う場合も少なからずある。特に元寇の部分は、史料が手に入るに及び、何度も記述を継ぎ足した。

また、意図的に悲劇的な記述を行った箇所もあるし、現代のわが国に対する風刺を絡めた部分もある。そして、著名な学者による専門書とは、あえて異なる意見を記した箇所もある。

もう一つ申し上げておくと、史実を書くことは、必ずしも好まれない。

例えば、戦後史である。一般に、わが国は以下のような歩みをたどっていることになっている。

『過去』を反省→平和憲法・民主化→核廃絶・平和を世界に訴えようと努力する平和国家

もし史実に従うならば、この認識は改められなければならない。何故ならば、現在のわが国の繁栄は「戦争によって得られたもの」だからである。

思い起こしてほしい、わが国における経済復興の大きな端緒は、朝鮮戦争における特需景気によるものではなかったか。

わが国は戦争によって経済を復興させた。そして、多くの利益が、当時得られた資本の蓄積によって、連鎖的に生まれていった。

そして今日、読者もまた、戦争の恩恵を得ているのだ。

※無論、このようなことを書いたとて、世間に受け入れられるはずもない、ということは筆者もわかっている。お題目は、あくまでお題目なのだ。