86、チベット問題の本質(1)

平成ニ十年
四月十五日(火)(チベット問題を解決するには)
チベット問題は、西洋文明が東洋に流入したために発生したといえる。一番良い解決法は西洋文明が侵入する以前に戻すことである。

四月十七日(木)(新植民地主義)
今回の騒ぎで一番悪いのは欧米である。欧米は50年前までは世界中を植民地にしていたが、ヨーロッパ自身を植民地にはしなかった。例えば普仏戦争でプロイセンはもともと領土問題が存在したアルザス、ロレーヌ地方を割譲はさせたがフランスを植民地にした訳ではない。第一次世界大戦でフランスはアルザス、ロレーヌを取り返したがドイツを植民地にした訳ではない。
植民地とは欧米が勝手に他の地域は劣っていると思い上がったことから始まる。普通選挙をしないからと他国に干渉することは、新植民地主義である。イギリスやフランスは戦前にも選挙を行っていた。しかし世界中を植民地にした。選挙をすることと政治の良し悪しは関係がない。地球温暖化ではブッシュというヒトラーより悪い男が出てきたではないか。2025年までに米国の温室効果ガスの排出量の伸びをゼロにするというブッシュの発表には世界中から非難が起きている。

四月十八日(金)(共通語は必要か1)
テレビと都市化の影響で、ここ30年ほど日本全国の言葉が急速に東京化している。これは地方文化の切り捨てで避けなくてはならない。日本では共通語は廃止したほうがいい。NHKのアナウンサーが東京弁で話す必要はない。
中国にも普通話(共通語)がある。私の両親が15年前観光旅行で北京を訪れた。当時は外国人料金があった。父が国内料金で博物館に入ろうとすると、係員が母を見てどこから来たのか訊ねた。女性は化粧や髪形で判るのかも知れない。父が広東省から来たというとそのまま入れた。広東人の話す普通話は外国人と変わらないのであろう。
日本と中国はどちらの政治が優れているだろうか。経済では日本、朱鷺が滅びなかったことでは中国、地方語が生きていることでは中国であろう。

四月十九日(土)(共通語は必要か2)
一つの国で共通の言語が使えるのは一見便利なように見える。しかし西洋文明が流入する以前は各地に独自の文化が栄えていた。これを守るほうが永続の確率は高い。
チベットについて言えば古来中央政府の直接統治ではなかったから、自治に任せたほうがいい。一般の人は普通話は学ばせず語学に優れた人のみを通訳に養成し、中央に進出したチベット人や物流、観光は通訳を使う。多言語は中央政府の責任だから中央からは補助金を出す。これで万事がうまくいく。

四月ニ十日(日)(ノーベル賞は塵芥賞)
ノーベル賞はよくない。西洋が自分たちに都合のいい人を選んでいる。受賞した人も多くが西洋かぶれになる。
日本では最近怪しい動きがある。ノーベル賞受賞者を増やすために英語を、などと低級なことを言っている人たちである。研究者はまず世の中のために研究をすべきである。二番目にアジアと日本の立場から研究すべきである。西洋受けする研究はアジアでは役立たないことが多い。
西洋に偏った賞は無視することが肝要である。受賞者が何かの会合に来ても誰も見向きもしない。「あの、私はノーベル賞を受賞した者ですが」。「え、あんな賞なんかもらったんですか」と周囲は軽蔑する必要がある。

四月ニ十一日(月)(法主が失敗する理由)
戦後の日本人は仏教の法主が失敗した二つの例を見ている。一つ目は真宗大谷派の世襲法主が宗務総長以下内局と対立し97%の末寺が内局側に付き、東本願寺の独立にも失敗し、大谷一族は四分五裂した。二番目は日本で最大の信徒数を誇った日蓮正宗の法主が信徒団体と不仲になり信徒数が3%に激減した。
このようなことが起こる原因は、西洋からマイク、テレビ、印刷機、交通手段が入ってきたことによる。それまで数百年に亘り、法主は肉声が届くごく少数の者に法を説き、読経を毎日繰り返す質素な生活を送ってきた。これらの機器が法主を上意下達の権力者に仕立てた。

ダライラマもこれらの機器により仏教の僧侶から別のものに変わってしまった。

四月ニ十ニ日(火)(ダライラマは文明破壊に協力するな)
宗教家にとり俗世間の栄誉は何の価値もない。ましてやノーベル賞のように欧米に偏った賞は一般人にとっても価値がない。昨年はアメリカ議会から黄金勲章までもらった。ダライラマはアジアの一員であることを自覚し欧米によるアジアへの文明破壊に手を貸してはならない。
ノーベル賞の賞金は使ってしまっただろうから返さなくてもいいが、賞は返却したらどうか。アメリカの黄金勲章も返却したほうがいい。アメリカ移民に文明を破壊された先住民の血が染み込んでいる。

四月ニ十三日(水)(アジアは多民族国家)
欧米人は野蛮で未開だから、一つの民族で国を作る必要がある。その結果、スイスとベルギーのような例外を除き民族浄化や民族追放が行われてきた。アジアではほとんどの国が多民族で国を構成している。
日本の方言はドイツ語とフランス語くらいの差がある。中国の北京語と広東語も同じくらいの差がある。アジアでは民族という概念さえ必要ない。民族は西洋の石油消費文明から発生した。

四月ニ十四日(木)(地域の伝統を守る)
民族の概念が必要ないとは、前に述べた(77、世界は一民族)ように民族を最も守ることである。なぜ地域の伝統を守るのか。それはなぜ朱鷺を始め野生生物を守るのかということである。人は食物のみによって生きるに非ず。ここで我々は西洋流唯物論と決別する必要がある。


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