8月の遺跡めぐり  仁戸名・月ノ木貝塚周辺を歩いてみよう

【コース】 
へたの台古墳群跡砦跡作山古墳群へたの台貝塚・砦

道免貝塚月ノ木貝塚月ノ木砦

● 番外編(聖人塚古墳、八坂神社、仁守寺、千手手院)

● 月ノ木貝塚周辺遺跡マップ(大きいファイルです。約500k)

7. 番外編

仁戸名、へたの台の台地基部には古くから聖人塚(じょうにんづか)と呼ばれていた円墳があった。大網街道バス停「仁戸名局前」から住宅街を抜けて仁戸名小学校に向かう途中の保存樹林の中にある。仁戸名小学校(へたの台古墳群)から南西200mの地点。近所の人や加曽利博物館等に問い合せたものの確認できなかったが、写真はその残欠と思われる。鉄製直刀が出土したと伝わる。近くにはほかに古墳が数基あったとのことだが、消滅。周辺の住宅街はかなり以前に造成されており、ほかにも古墳群があった可能性がある。
八坂神社の鳥居とご神木(樹齢500年以上)。へたの台小学校(へたの台古墳群・砦)から東500m、作山古墳群からは東300mほどの台地上にある。祭神は牛頭天王。昔は天王社。1871年頃に八坂神社となる。出羽三山供養塔7基、道祖神塔、地神塔がある。
仁守寺(じんしゅじ)。1452年創建。曹洞宗。へたの台小学校(へたの台砦、仁戸名館)の東方向約600mの低地、仁戸名字「郷」に位置し、付近に東金道が通る。武蔵型板碑(永和5年,1379年)、宝篋印塔木造釈迦如来像(千葉市指定文化財、14世紀)が残さている。寺紋は月星という。千葉氏との関係は濃厚である。千学集に登場する仁戸名牛尾氏との関わりも推測される。ほかに十九夜塔(寛政3年)、庚申塔がある。
 星久喜、字経塚(きょうづか)にある天台宗星久山宝蔵寺千手院(せんじゅいん)。坂尾村栄福寺の末寺。
千手院の紋。千葉氏の紋である。
千手院前付近から月ノ木貝塚にいたる手前までの畑や宅地には、貝殻の散布が見られる。遺跡地図には記載はない。
同上。貝殻のほかに、土師器片らしきものも。

 

星久喜橋からみた月ノ木貝塚と支川都川。

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