2004年はゲイ将軍のクーデターから丸4年が過ぎ、 ヨプゴンから3年、和解集会からは2年、 そしてマルクゥシからは一年が過ぎました。 このまま2005年迄、イザコザが続くのでしょうか、 良くなる、良くなるかと期待を抱かせながら、 アンマリと言うか、国民も疲れているようです。

異国でみるコートジココナツ
モロッコ、ラバトの大型スーパーに「マクロ」というのがあって、久しぶりに行ったら、「メトロ」と名を変えて改装していました。
なかなか清潔にして、感じも良くなりました。
そこで見かけたコートジ産品。
パイナップルと、ココナツ。どちらもキロ当たり200円くらい。まあ、輸送費が半分以上と思いますけど、自由化は既に始まっていました。
そこにはニュージランド産の「Nashi」洋ナシのPoire ではなく、ちゃんと「なし」の音で書いていました。
さらに驚いたのは中国産のりんご、「Fuji」。
中国はすごいです。
コートジの人らしい家族が懐かしそうにココナツをながめていました。 2004年06月13日 20時36分31秒

平和の行進が・・・
2004年3月25日
平和の行進がとんでもないことになったものです。
大統領官邸近くで警備の軍と衝突して、
最終的には25名の死者と報じられています。その内警察が2名含まれているそうです。
バボ大統領の党であるFPIを除くほぼ全部の主要政党が共同でデモを計画したそうで、PDCIが音頭を取ったようです。
2005年に向けた大統領選挙の準備というか、前奏というか、もう始まったようです。
各政党の代表は和解政府参加へのボイコットを表明して、FPIはハタから見たらもう完全に悪者です。RFIもBBCも放送が中断されたそうで、アナウンサーは当局の技術的理由の放送中止を皮肉たっぷりに伝えてました。
シラク大統領は「実に遺憾である。全ての可能性を持った国なのに、、気の毒な国だ。」と吐き捨てるように言ってました。お二人が会見したのは2月5日だったから、約1ヵ月半前。本当に何とかならないものでしょうか、。
明日、(もう今日か)26日(金)にも抗議のデモをやるそうなのですが、、心配です。 2004年03月26日 10時58分51秒

クリバリさんの理論
2004年2月8日

アビジャンからの来訪者が帰った。
意外なことが一つ、私は現国会議長のママドゥ・クリバリ氏を買っているのだけれど、彼女は「とんでもない」とのこと。
その理由はクリバリ氏の出版した「フランスとの戦争(題名は要確認)」という本にあるらしい。
その本の中で、>>法治国家であるコートジボワールがフランスに蹂躙されている。ここで立ち上がらなかったなら国は滅びる。若者よブアケ開放のために蜂起してコートジボワールを救うのだ、、、。<< と呼びかけたらしい。
これを彼女は、国を戦争の泥沼化に引き込むとんでもないこと、彼の立場上からも口にすべきことではないと、、。
確かに、、。

私はクリバリ氏のいうことも論理的には正しいと思う。
「民主的な法治国家が超合法的なフランスの介入で踏みにじられ、自国の憲法も法律もないがしろにされた。」
彼が民主的な仕組みの長だけに、この理論を主張しないことには、コートジボワールの議会も憲法も何の為かわからない。
しかしながら、彼の論理を評価する民衆は少ないようだ。評価されるには、、、長い時間が必要のようだ。永久に評価されないかもしれない。
アフリカの問題と現実は実に厳しい。 2004年02月16日 05時55分21秒

2005年はどうなるの?
2004年2月7日

2005年の大統領選挙も「熱くなりそう、、。」
しかも他に有力な候補者がいるわけでもなく、ゲイさんを除いた同じ顔ぶれ。
おまけに北部の役所では騒動にまぎれて、書類がほとんど焼かれて、選挙名簿やら住民証明書の類もなくなったとか、一体どうやって選挙をするのとか、、。EUが支援を申し入れているようだけど、条件として選挙をEU監視の下で実施すると言う条件付。どうやらこの案にはFPI(バボさんの党)が反対しているとか、確かに熱くなりそうだ。 2004年02月16日 05時54分01秒

ラバトでシャワラマ
2004年2月7日

アビジャンからの客はフェズで勉強中の知人の息子にお金を届けるという使命もあって、その彼が今日来ることになっていた、、ところが長距離バスの停留所で待っていてもあらわれず、席がなく乗れなかったとか、その次もダメで、列車にして、、その列車が遅れて、結局到着したのは夜の7時過ぎ。犠牲祭の帰省逆ラッシュらしい。
彼は私の元同僚の息子でもあり、確かに面立ちが似ていた。
本当はフランスへ留学するつもりだったのが、ビザを取ることができずにモロッコにしたとか、結構モロッコへの留学生はいるそうだ。そういえば大学の近くにはよく黒人を見かける。
みんなで駅近くの店でシャワラマを食べた。アビジャンよりも味がいいとか言いながらも、
やはり国の話に花が咲き、途中は気になる2005年の大統領選挙のこと、、「またもや熱くなりそうだ、、。」
それでも若いことはいい。私はホテルに泊めようかどうしようかと思っていたのに、、途中携帯電話が入り、
「今ラバトだけど、今晩中には戻るから、、。」等と友人に返事していた。
そうだよね、くよくよしても始まらない。「まあ頑張って勉強シナ。」と彼をおくりながら、本当に若い人達に頑張ってもらいたいと、、。
アビジャンの事務所で遅くなった時のシャワラマの味を思い出していました。 2004年02月16日 05時52分41秒

静かなプラトー
静かなプラトー
2004年2月6日

アビジャンの話題は後をきらず、、インターネットで情報は入るものの、やはりその場所の空気を感じながらの情報は違うと改めて思いました。
その一つに、プラトーでは露天の行商が禁止になったそうで、赤信号で停まった車に持っている商品を売るのはもちろん、露天の携帯電話やさんもなくなったそうです。それでも需要はあって、ヒソヒソと隠れて商売している人いるというから、涙ぐましい。
きれいになったプラトー、でも活気もないとか、おまけにプラトーマルシェまで取り壊しが始まったようで、一番の新鮮野菜が届いていただけに、不便な人も多くいるようです。
その話の中で、中国人で手製のお菓子を路上で売り歩いている人がいるとか聞いて、これには少々ドキリと。
以前、新鮮な中国野菜を毎週行商に来る人がいたけど、今では買う人も少ないだろうし、ひょっとしてその人かと??
本当に困っている人はたくさんいるのでしょうね、頑張ってください。何もお役にたてないけど、、。 2004年02月16日 05時52分07秒

アビジャンの話題、アレコレ、
2004年2月5日

アビジャンから友人が訪ねてくれた。もちろんアチャケをもって、、。
やっぱり気になる国の様子。
2005年の選挙にも変らないメンバーだろうとか、、これには何とも大きな希望が持てないけれど、
少しづつ回復していくしかないかと、、、。

《ゲイさんの・・》
驚いたのは、ゲイ将軍の遺体がまだ葬られていないとか、、
バボ大統領が国の首長として栄誉ある葬儀をやるまで保存すると、家族の意思でガラスケースに入れられているというのだけれど、、、。
なんともすごいと言うか、生前に引き際を誤らなければ、英雄になったはずの彼、死んだ後も引けないのは実に気の毒。ひとの引き際って、大事ですね。

《アビジャンのHHH》
友人が今年、2004年になって、HHHに参加したとか、
なんと500人もの参加者があって、もちろん外人も多くいて、
こんなにいたんだ、、(戻ってきたんだー)と感激したとか、
HHHのできることが平和の基準、
いつかまた歩いてみたい。

 《若者振興基金100億CFAF》
バボさんが平和の行進の際に若者に約束したことに若者の振興基金があり、20歳から35歳までの若者を対象に計画書を審査の上基金の贈与をしているとのこと、でも恩恵にあずかっているのはベテの若者だけだとか、ナンにつけて物議が起こりそうな、アビジャン情報。 2004年02月16日 05時48分43秒

象牙海岸に続く大地で、
2004年1月元旦

 昨年からアフリカ大陸に移りました。
アビジャンからは少し離れているけど、、、と、
アビジャンの友人が同じ大陸にいることを喜んでくれました。
なるほど、陸続きなんですね、モロッコと象牙海岸、
象牙海岸の様子はネットとメールだけになりそうですが、時々は誰かが来たり、自分で行くこともできるかもしれません。
気になるコートジボワールの様子を日記で続けてみます。 2004年02月16日 05時44分31秒

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