1.「完璧」って命がけ?
完璧(かんぺき)―出典は<史記>の廉頗・藺相如列伝。趙の藺相如の「璧を完(まっと)うして趙に帰らん」という言葉が語源。

完璧って言葉、皆さんご存知ですよね?
これは故事成語だと思えないほどよく使っていますよね?
実はこの日常的な言葉の語源には、ある男の命がけのストーリーがあるのです。
それを今から、語らせていただこうと思います。

 @ 時代背景

このお話の主人公は藺相如(りんしょうじょ)っていう人です。
藺相如は戦国時代の趙(ちょう)という国の人です。

戦国時代といえば、中国がいくつもの国に分裂していた時代です。
西暦でいえば紀元前403年〜前221年までを一般に戦国時代といいます。
それまで中国を仕切ってた王朝の力が衰えてきて、の臣下にすぎなかった諸侯たちが
「俺って今日から王になっちゃいます、そこんとこヨロシク!」
ってな具合に独立していっちゃったわけです。
で、毎年のように国境線をめぐってあちこちで戦争をしていたんですな。

でも前221年に戦国時代は終わりを告げます。
なんでかっていうと、あの有名な(しん)始皇帝が中国を思い切って統一したからです。
その始皇帝が登場するちょいと前、紀元前280年ごろの話です。



 A ありがた迷惑なプレゼント

戦国時代も後半になると、国の力に差がでてきます。
藺相如の生きていたころは、西の大国・と、東の大国・斉(せい)との2つの国が力を持っていて、とくにはハバをきかせていたのです。
の間にある国々は、昨日は北の国と同盟し、今日は南の国と同盟したりと、一時しのぎの約束を次々と交わしては破り、やっとこさ生きながらえていた状態でした。

そんな中で、ある日、王はのお宝である「和氏の璧(かしのへき)」を手に入れました。
王が、このお宝をどういう経緯でをゲットしたかは、実はよくわかりません。
の王が「これあげるから仲良くしようぜ!」と申し出たのか、はたまた王がうまいことまきあげたのでしょう。

ともかく「和氏の璧」が後々、国の危機を引き起こすとも知らず王は「わしって超ラッキー!」と喜んでいました。
だって、和氏の璧はなんと言っても天下に聞こえる名宝です。
ちなみに、璧とは真ん中に穴の開いた円盤状の玉です。
大きな5円玉みたいな形で、多分、表面には細工が施してあったりして、そりゃあ、きれいだったらしいんですわ。



 B 余談・和氏の璧について(ここは読まなくてもいいっす)

そもそも、この和氏の璧も実はいわくつきのシロモノなんです。
<韓非子>にこんなお話が載っています。

その昔、和氏(かし)って人が
「すっごい原石を見つけました、磨くと超美しい玉になります!」
と、自信満々にの王・脂、に石を献上しました。
ところが石の鑑定人は
「これは、ただの石ころです!」
っていったもんだから和氏はなんと、王をだまそうとした罪で左足を切られちゃいます。

脂、が死んで、武王っていう王さまに替わったので
「俺、うそついてないのに。。。」
和氏はリベンジを果たそうと、またもや、あの石を献上して、今度は右足を切られてしまう。
で、次に文王っていう王さまの時代になった。
和氏は再び石を献上して、嘘つきでないことを証明したいと思ったけど、また単なる石ころって言われちゃうと、さすがに今度こそ命がヤバイって気付いたわけよ。
だって、もう切るべき足はないんだから。
それで仕方なく、山の中で石を抱いてメソメソ泣いてたんだって。
それを聞きつけた文王は、玉の職人に磨かせてみたのね。
そうしたら、和氏のいうとおりすばらしい宝玉になったんだって。
それで和氏に敬意を示して「和氏の璧(かしのへき)」と名づけられたわけ。



 C 大事件発生

「なに?和氏の璧を手に入れた?の物は俺の物、俺の物は俺の物!だいたい、そんないいもの持っていて、俺様に黙っているとはどういうことだ!」
と、どこをどうしたものか、強国・の王が、聞きつけてしまいました。

このときの秦王は昭王(しょうおう)という人です。
は大きな国です。
統一事業に向けて、目下、急成長の国です。
も弱くはないけど、に比べりゃ力は劣ります。
ちなみにこのときの王は恵文王(けいぶんおう)といいました。

昭王は趙から和氏の璧をまきあげようと思いました。
でも、さすがにタダでよこせっていうのは大人げないので、とりあえず
和氏の璧と15城と交換しない?」
と持ちかけたのです。

15城は15都市と思ってください。
このころの中国の都市は一つ一つが城壁で囲まれていました。
だから、1城を攻め落とすのに、何ヶ月も、ひどいときは何年もかかるんですな。
それを、玉1つで15城もくれるなんて、誰が考えてもおかしな話です。
とくにあの強欲で名高いが、苦労して手に入れた15城をたやすく他人にくれるわけがない。
明らかにウソをついてるわけです。

かと言って
「そんなウソついてお宝をまきあげようたってダメだよ〜ん、あげないもんね!」
と、がきっぱり断るわけにもいかないんですよね。
だって、断ったら、
「めっちゃ、おいしい条件で交換してやろうってのに、俺の言うことが聞けないだとぉ!!!」
って怒って攻めてくるのは目に見えてます。
何ていったって、口実さえあればどこでも攻め落したいと思っているのことです、断るなんてできません。

じゃあ、いっそのこと、
和氏の璧をタダであげます」
と言ったらどうでしょう?
そういうわけにもいかないのです。
そんなことをしたら
ってさ、にタダで和氏の璧をあげちゃったらしいよ。」
「まじで?あの和氏の璧を?よっぽどのことが怖いんだね!」
も落ちたもんだぜ!何でものいいなりかよ。なさけねぇな。」
と天下の笑い者になってしまいます。
面子を重んじる中国人にはそんな屈辱はたえられませんし、の弱さを天下にさらしかねません。

さぁ困りました。



 C 困った人々

(ここからはイイトコなのでなるべく史記の記述にしたがって書きましょう)
王は悩みました。

には廉頗(れんぱ)という勇敢な将軍がいました。
廉頗は先日、斉の国を攻めて陽晋という都市を陥落させ、その名を天下に知らしめました。
その功績を称え、恵文王廉頗を上卿という高い位につけたのです。

王はその廉頗や、他の大臣に相談し、意見を求めました。
「璧をあげてもはどうせ15城をくれる気はないでしょう。」
「かと言って差し出さねばは攻めてくるでしょう。」
誰もいい案が浮かびません。

にいつまでも返事をしないわけにはいかないので、
「だれかにうまいこと使いに行ってくれる者はおらんのか?」
王は使者になる人を募りました。

国の方針も決まってないのに、誰が使者になろうなどと思うでしょうか。
だれも名乗り出る人はいませんでした。
戦争には強い廉頗将軍も、これには頭を痛めていました。



 D 繆賢(びゅうけん)の提案

そんなとき、
「うってつけの人がいます!」
と言ったひとがいました。

宦官の長官、繆賢(びゅうけん)です。

「ほう!それは誰じゃ?」
王は尋ねました。

繆賢
は答えます。
「私の家臣の藺相如という者です。」

宦官はご存知のとおり、男性器を切り取る刑罰をくらった人間です。
位は高くても、けっこう周りからは軽蔑されています。
その宦官の家来なぞ、どうせたいしたヤツじゃないな、と誰もがいぶかしんだことでしょう。

王は
「なぜ、そいつが適任だと、お前はわかるんだ?」
繆賢に尋ねます。
「実は以前、こんなことがありました」
繆賢は語り始めました。

繆賢は昔、罪を犯したことがありました。
繆賢
にいてはヤバイ!こっそり燕(えん)に亡命してしまおう!」
と考えました。
そこへ家臣の藺相如
「お待ち下さい!ここはにとどまるべきです!」
と、待ったをかけたのです。

藺相如
繆賢に尋ねました。
「繆賢さまは、何故、をお選びになったのですか?」
「実はわしは王と友達なのだ。彼を頼れば悪いようにはせんだろう。」

「繆賢さまは、王とどのように、知り合われたのです?」
「昔、わしは、うちの王さまが王と国境で会見したときに、お供をしたことがあってのう。そのとき王が、こっそりわしの手を握って、友達になってくれ、と言ったのだ。だからわしはに行くことにしたんじゃ。」

「繆賢さま、勘違いをなさってはいけません。とを比べたら、は弱く、は強い国です。繆賢さまは当時、うちの王さまに気に入られていましたよね?王はが怖いから、王のお気に入りである繆賢さまと仲良くしたいと思っただけではありませんか?」
「むむ、そうかもしれんな。」

「今、もし繆賢さまがへ逃げたら、燕王は助けてくれるでしょうか?きっと、王は繆賢さまをかくまうどころか、王を恐れて、繆賢さまを縛り上げてに送り返すことでしょう。」

「それもそうじゃ。では、わしはどうすればよいのだ?」
「繆賢さまはここは、下手に逃げ隠れせず、思い切って罪を認めて、処刑台にみずから横たわり、罰を受けたいと申し出るのです。そうすれば、王さまも許してくれるかもしれません。」

そうして実際に繆賢藺相如のいうとおりにし、幸いにも王は繆賢をゆるしたのです。

「そういうことがありまして、以来私は、この藺相如という男は勇士であり、智謀もあるヤツだと、一目置いているのです。この男なら、きっと、うまいこと使者の役目が果たせるでしょう。」
「なるほど、ではとりあえず、その藺相如とやらを呼んで、使者にふさわしいヤツか確かめよう。」
と、まぁ、そういうことになったのです。



 E 藺相如と趙王の会話

藺相如王のもとにやってまいりました。

王は藺相如に尋ねます。
王が15の都市と、わしの璧とを交換しようと言ってきたのだが、璧を王に与えるべきかどうか、迷っておる。そちはどう思う?」

藺相如は答えます。
は強い国であり、わが国は残念ながら弱いというのが現状です。が璧を渡せと言うなら、与えぬわけにはいかないでしょう。」

「では、わしがに璧を渡したのに、が約束を破り、15の都市をくれなかったらいかがいたそう?」

が城と引き換えに璧がほしいと頼んでいるのに、がこれを断れば、非は趙にあり、が悪いことになってしまいます。しかし、が璧を渡したのに、が15城を譲らないとなれば、非はにあってが悪いということになります。この2つを比べて考えますと、は条件を呑んで璧を渡し、に非を負わせたほうがにとっては得だと思います。」

「まぁ、それはそうなのだが。。。にまんまと名宝を騙し取られたとあってはのぅ、面目が立たんではないか。の威信が揺るがないよう、うまくことをまとめるのは至難のわざじゃ。そんな使者が務まる者がいると思うか?」

「もし、どうしても王さまにお心当たりがないようでしたら、私が使者となり、璧をお預かりして、に行くことをお許しください。15の都市がのものになれば、璧はに置いてまいりますが、もし、都市が得られないとなれば、璧を損なうことなく趙へ持ち帰ってごらんにいれましょう。」

藺相如の自信たっぷりな言葉に王は頼ることにしました。

このときの「璧を損なうことなくへ持ち帰る」というのが、原文では「完璧帰(璧をまっとうしてに帰らん)」で、「完璧」という言葉の語源になりました。

どう考えてもこの使いは、藺相如のリスクが高い。
王が素直に15城を手放す可能性はかなり少ない。
そして璧を持って、から帰って来れる確率はほとんどゼロに近いでしょう。
もし璧を取られて、おめおめと手ぶらでに帰れば、使命を果たせなかった代償として、やはり罰を受けるでしょう。
決死の覚悟で藺相如は璧を預かり、西方のへ行くことになったのです。



 F 藺相如と秦の昭王の駆け引き

藺相如に着きました。

王は、使者は当然、宰相級の人間がくると思ってたのに、藺相如という無名の輩であることにちょっとムカっときました。
腹いせに本来なら宮殿の正殿で会うべきなのですが、別の章台という宮殿で会うことにしました。
ようするに藺相如は会う前から王に軽く見られていたわけです。

それでも藺相如は臆することなく、璧を捧げ持ち、王の前に進み出ました。
会う前は機嫌が悪かった王も、実際に和氏の璧を手に取ると、めっちゃ喜んで上機嫌になりました。
それほど和氏の璧は美しかったのです。

ご機嫌な王は
「ほれ、この璧の美しいことと言ったらこの上ない。そちらも見るがよい。」
と、左右に控えていた女官や、臣下の者に、和氏の璧を見せてやりました。
藺相如のことなどもう、目に入ってません。
の家来たちの手から手に璧が回され、誰もが「万歳!万歳!」と叫びだしました。

この、浮かれているありさまを見た藺相如は思いました。
「やはり、王はを軽んじている。璧を受け取るだけ受け取って、15城を渡す気など、始めからないのだ。そうはいくか!」

王の前から下がっていた藺相如は、再び、前に進みでました。
「王さまに申し上げたいことがございます!」
「なんだ、まだいたのか。なんじゃ?」
「王さま、一見して分かりませんが、実はその美しい璧には、小さな瑕(キズ)があるのです。」
「何?瑕とな?」
「はい、お許し頂ければ、わたくしめが瑕の場所をお教えしましょう。」
「天下の名宝に瑕があるとは一大事じゃ。許す、どれ、どこに瑕があるか示せ。」
王は藺相如に璧を渡しました。
すると藺相如は、なんと璧をもったまま柱に走り寄ったのです。
柱の脇に立つ藺相如の形相は凄まじかったのでの人たちは気圧されてしまいました。
藺相如はあまりの怒りから髪の毛が逆立ち、髪が冠を突き刺さんばかりであったそうです。

そして藺相如は言い放ちます。(かなりの長ゼリフです。)

「大王(王)は、璧を手に入れようと、使者に書簡を持たせて趙へ遣わしました。
王はすべての家臣を招集し、このことに関して議論しました。
家臣たちは皆、口々に言いました。は欲が深く、国が強いことをいいことに、口先だけの約束で璧を奪おうとしている、約束の都市など、どうせ手には入らないだろう、と。
もはや協議の結論は、璧をに与えないことに決まりかけました。
ですが、私は思ったのです、無位無官の一般市民の間でさえ、約束は守り、騙しあったりはしないものです、ましてや大国であるであるなら、その面子にかけて約束は守るはずでしょう。
しかも、たった一つの璧のために、強いとの友好関係にひびを入れてならないのです。
是非とも璧はに渡すべきだと訴えました。
王は私の意見を聞き入れてくださり、5日間お清めの儀式をし、私に、へ璧と書簡をお届けする役目を任せてくださったのです。
これはひとえに、大国の威力を畏れ、敬意を示そうとしたからに他なりません。
しかし、なんということでしょう!大王はそういった国の思いを軽んじ踏みにじりました。
私が貴国にきてみれば、大王は大勢の物見高い家臣の方がたの前で私とお会いになるというありさまで、礼節のかけらもなく、まったくもって傲慢そのものです。
しかも大王は璧を手に入れたとたんに、あろうことか璧を軽々しく侍女に手渡しご家来の方たちと戯れていらっしゃる。
こんなご様子では、大王はに城をくださるおつもりはないとお見受けしました。ですから私は大王から璧を取り返したのです。
もし大王が今、私を捕らえ璧を奪おうとなさるおつもりなら、私はこの璧とともに頭を柱にぶつけ璧を壊して死ぬ覚悟です!」

藺相如は璧を掲げ持ち、柱をにらみ、叩きつけようとしました。

これに慌てた王は璧を壊されてはかなわないので、
「わかった!わかった!わしが悪かった!わしは璧が本当にほしいのじゃ。約束は守るから、どうか気を鎮めよ。よし、今ここで具体的にどの街を譲るか考えよう。」
と、地図をもってこさせ、指でさし示し、
「では、ここからこっちの15城をに渡そう。」
と言いました。

でも、それもこの場しのぎのウソで騙そうとしているにすぎず、どうせ城は手に入らないだろうと察した藺相如は、王に言いました。

和氏の璧は天下に知れわたっている名宝です。このたび、王は、を恐れるがゆえに、心ならずもその名宝を手放すことになってしまいました。王はこの璧を送り出す際に、5日間のお清めをいたしました。ですから、大王も今から5日間、お清めをして、九賓の礼を宮廷で行っていただきましょう。そうしてくだされば私も璧を献上いたしましょう。」

強気な要求でしたが、王は藺相如から無理やり璧を奪いとるのは難しいと思い、藺相如の要求を呑み、5日間お清めをし、藺相如には宿舎を与え、そこに宿泊させることにしました。

藺相如は、王がお清めをしたとしても、は契約に背き、15城を渡すことはないだろうと予想していました。
もはや、なんとか璧を無事にへ持ち帰ることしか手はありません。
藺相如は、ひそかに従者のものをみすぼらしい服に着替えさせ、璧を持たせて間道を抜け、へ帰らせました。

そしてなにくわぬ顔で5日間を過ごしました。



 G 藺相如の処分

王は藺相如の要求どおり、5日間のお清めを終え、九賓の礼という儀式を行う準備をし、正式に宮廷に藺相如を迎えいれました。
王はもちろんこの場で藺相如が璧を献上するものと思っています。

藺相如は言いました。

穆公(ぼくこう)から今にいたるまで二十代余りの君主がいらっしゃいましたが、いまだかつて、約束を固く守った方は一人もいらっしゃいません。
このたびも大王に騙されたとあっては、私は王の命令に背くことになります。
私はそれを危惧して、ひそかに従者に璧を持たせてへ帰らせました。
ご存知の通り、は強く、は弱い国です。大王がひとたび使者をたてて、へ送れば、はすぐにでも璧を持ってまいりましょう。
まずさきに、強国であるのほうから、15都市を割譲していただければ、は、あえて璧を国内に留め、大王との約束を破るなどという大それた罪を犯すつもりは毛頭ございません。」

藺相如
は続けて言います。

「私がこのたび、大王をあざむいた罪は死刑に値するものと、心得ております。
どうか、存分に私を釜茹での刑にでもなさってください。
私はこの期におよんでは、大王が、臣下の方がたと、この一件に関してよくよくご相談のうえ、お取り計らいくださるようお願いするだけです。」

これにはさすがの王も驚き、側近たちと顔を見合わせ、怒りをあらわにしました。
臣下の者の中には、藺相如を捕らえ、外へ引き去らせようとする者もおりました。

しかし王は、
「いま、怒りに任せて、相如を殺したとしても、壁が手に入はいるわけではない。しかもの友好関係を壊すことにもなりかねん。いっそのこと、相如を厚くもてなし、に帰してやるのが、後々のためにはよいだろう。王も璧ひとつのことでわしを欺くような真似はしないだろう。」
と言い、宮廷で謁見を続け、きちんと最後まで儀式を済ませ、藺相如へ帰しました。



 H その後の藺相如

奇跡的に生きてふたたびの地を踏んだ藺相如は、王からお褒めの言葉を戴き、身分も以前より高くなりました。
たいして高い身分でない藺相如が、天下の秦王を相手に、屈辱を受けることなく、困難な使いを見事に果たしたのですから、王は
「そちは賢者じゃ!」
と彼の功績を称えたのです。

その後、に15城を与えるような無茶はしなかったし、も結局、に璧を渡さなかったのです。

これを機に藺相如廉頗将軍とともにの政治に関わることになります。
彼らの逸話はまだまだ続きますが、ひとまず「完璧」のお話はここでおしまいです。



 I 駱駝的感想

藺相如は低い身分から、チャンスをつかみ、最後には廉頗将軍より上の位に就くことになります。
反対に高い位の人が次の日は陥れられたりと、国の内外を問わず変化の激しい時代でした。
だからこそ、さまざまな才能をもった人間が現れた時代だったとも言えます。
中国のすごいところはそういった人々のお話を書き留めた人がいたということです。
この「完璧」のお話は史記の記述にしたがって、なるべく忠実に書いてみましたが、いかがでしょう?
私の文体が稚拙なのは差し引いても、けっこう面白い話だと思いません?
サシでとやりあった藺相如の胆のすわりっぷりは惚れ惚れしてしまいます。
ともあれ、「完璧」という言葉を聞いたときにはふと藺相如のことを思い出していただければ、私はうれしいのです。
私もこのお話を知ってから、「完璧」のヘキを「壁(カベ)」と間違わなくなりました。
それだけでも司馬遷に感謝です。


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これを機に原文を読んでみたいと思った方(そんな人はすごく少ないだろうけど)のために、十八史略の原文と書き下し文を載せておきます。
本当は史記がいいんだけど、なんていっても長いから、十八史略で勘弁してもらいます。

連城之璧(十八史略より)
趙恵文王、嘗得楚和氏壁。秦昭王、請以十五城易之。
趙の恵文王は嘗(かつ)て楚の和氏の璧を得たり。秦の昭王、十五城を以って之に易(か)えんと請う。

欲不与、畏秦強、欲与恐見欺。
与えざらんと欲すれば、秦の強きを畏れ、与えんと欲すれば欺(あざむ)かれんことを恐る。

藺相如願奉璧往。
藺相如璧を奉じて往(ゆ)かんことを願う。

「城不入則臣請、完璧而帰。」
「城入らずんば則ち臣請う、璧を完(まっと)うして帰らん。」と。

既至秦。王無意償城。
既に秦に至る。王城を償(つぐな)うに意無し。

相如乃紿取璧、怒髪指冠、卻立柱下曰、「臣頭与璧倶砕。」
相如乃ち紿(あざむ)いて璧を取り、怒髪(どはつ)冠を指し、柱下に卻立(きゃくりつ)して曰く、「臣が頭は璧と倶に砕けん。」と。

遣従者懐璧闕s先帰、身待命於秦。
従者をして璧を懐いて闕sして先ず帰らしめ、身は命を秦に待つ。

秦昭王賢而帰之。
秦の昭王、賢(けん)として之を帰す。