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9.ブータンの人

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ここでは、ブータンに住んでいて、いろいろな人たちと関わりを持つ中で、私が感じたブータン人像について紹介します。
あくまでも私個人が感じたことで私の主観を基にしている為、この内容を一般化する事は出来ないとは思いますが、隊員同士などで話をしたりする中では私の感じた印象・考えなどがそんなに偏ってはいないと思っているので、ここで紹介したいと思います。

(2001年7月)

題名を押すと、その場所に飛びます

全体的な印象 時間の感覚 金銭など貸し借り 仕事に対する考え 結婚 教育 外国に対する考え

全体的な印象

一般的に、私が接したブータン人は、老若男女善人でした。これは、輪廻転生を信じていて現世での行いが次に生まれ変わる先の世界に影響していると言う考えから来ているようで、悪人は次に生まれ変わるときに地獄や餓鬼などの世界に行ってしまうと考えられているという事から来ているように思われます。
人に親切にするという事が普通に行われていて、しかも、親切にすると言う基準が日本とは違い、私の目から見て親切にしてもらったと感じても、それが親切だと思っていないように見うけられます。
これは、逆の場合もそうで、こっちが結構気を使って親切に接したつもりでも、それが当然のごとく受け取られて、時にはせっかくの親切を無にされたような気分になり、腹が立つこともあります。
イスラム圏で聞くように、施しを受けた側の人間が、「おまえに施しをする機会を与えてやったのだから感謝しろ」と言う風な態度をとられる。ほどではありませんが、親切をするのもされるのも当然という見方があると感じます。

私個人的には、職場の同僚や個人的な知り合いは当然として、旅の途中の見ず知らずの人、たまたまレストランで近所に座った人などからもいろいろ親切にしてもらって、感謝を通り越してびっくりしたことが何度もあります。

人に親切という事が関連しているのかいないのか、闘争心とか、競争に勝つことに執着するという事があまり無いようです。
もろに農耕民族と言う感じで、みんなで助け合って生きていこう。誰が勝っても負けてもそんなことはどうでもいい。とでも思っているかのごとく、勝ち負けなどにはこだわらず、他人に勝つことを目的とした努力をすると言う意識があまり無いように感じられます。スポーツの、特に個人戦には向かない性格のようです。

ブータン人はいい人たちです。私の2年間の滞在中では腹の立つことは数多くありましたが、ブータン人で、こいつは悪人だ。と思えるような人間とは会ったことはありません。
これからブータンに行く日本人に対しては、こんないい人たちをだますようなことはしてほしくないと思います。

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時間の感覚

まずは時間などの約束に対しての考えかたは、多くの発展途上国といわれる国の人々がそうであるように、日本人の感覚では、いいかげんの一言に尽きます。
何時に行くから。などと言う約束はその3時間以内に来れば上等です。仕事上など、金の絡むこと以外での待ち合わせなどの約束は、その日のうちに来ればいいというくらいに思っていた方がいいでしょう。2.3時間遅れたくらいでこちらが怒ったりすると、何で怒っているのか本当に理解できないようで、きょとんとされます。

と言うことは、私たちが時間の約束を守らなくても何の問題も無い場合が多いと言うこと。ここに甘えて時間にルーズになってしまうと、日本に帰ってから苦労する種が増える事になります。また、日本人のスタイルと言うものを身をもって伝えるために、日本にいるとき以上に時間に正確に、約束を守るよう心がけると言うのも協力隊としての一つの考えかただと思います。

この、時間にルーズだ。ということについては発展途上国といわれる国の人たち共通のようで、全世界で先進国といわれる国が少数派だと言うことを思えば、この、時間にルーズだと言うことは世界標準。グローバルスタンダードではないのか?時間にうるさい方が変なんじゃないか?などとも思えます。

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金銭など貸し借り

金の貸し借り、物の貸し借りについては非常にいいかげんです。
これも途上国と言われる国に生活する人の間ではよく言われることなんですが、人に金や物を貸すときには、あげてもいい金額・物だけにする。渡すときには、帰ってこなくてもともと、半分あげるような気持ちで渡す。と言うことが、ここブータンでも当てはまります。
これは、日本人である私達がそう考えるようにするといい。ということでもあり、私が感じた限りでは、どうもブータン人もそう思っているのではないかと思います。
借りた金を返さない・返さなくても平気。または完全に忘れてしまっているというのは当然として、逆に、金額などにもよりますが、貸した金が返ってこなくても平気。または完全に忘れてしまうことも多いように思いました。

物の貸し借りについては、これも貸すときには帰ってこないことを覚悟の上で無いと貸せないのは金と同様なのですが、物の場合はその上、壊れて帰ってくることが非常に多い。これは想像以上の多さです。
人から借りたものでも、自分の持ち物のように扱いが荒い。そのうえ、見なれないものを手にすると、必ずと言っていいくらいに無意味にいじくりまわし、場合によっては分解したりもする。という事が原因のようです。そして、壊れると、自称機械などに詳しい人間が必ずしゃしゃり出てきてもっともっといじくり倒し、分解して、もう後戻りできない状態で帰ってくることが結構あります。こういう場合でも、ごめんね。の一言で片付けられる。彼らに、カメラやノートパソコンなどの高価な品物を貸すのは非常に危険な賭けだと言えると思います。
これも、裏を返せば、貸したものが帰ってこない・壊れて帰ってきたとき、仕方ないなあ。だけで済ませてしまうということなのだと思います。

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仕事に対する考え

始めに、仕事の内容についてですが、自分がやることさえ出来ればそれで完了。と言うもので、私が感じる責任の範囲と、彼らの範囲にはかなりの違いがあって、面喰うこともあります。

たとえば、電話線がが切れて、つなげるように依頼すると、あちこちいじった挙句、電話はつないだが電気を切っていったとか、パソコンのモデムが壊れたと言えば、モデムはつながるようになったけど、LANもプリンターも動かなくして帰るとか、挙げればきりが無いのですが、ともあれ自分が専門とすること・自分が言われたことが完了すれば、その仕事によってほかにどのような影響が現れようとも我関せず。そのことについて指摘すると、それを治そうとすればまだいいほうで、私はその専門ではないから知らない。などと平気で言うので困ります。場合によると、それから果てしの無い戦いが始まるのです。

周りのブータン人などを見ていると、ここで戦う人はほとんどおらず、あきらめてその電話屋を帰して電気屋を呼んだりしています。
この困った価値観はインドから来たものではないかなあ。と思っているのですが、定かではありません。

次に、生活の中における仕事の優先順位。というか、仕事がブータン人の中でどれくらい重要視されているか。についてですが、公務員などでは一部の高級官僚などを除いて、かなり低い位置にあるようです。

私が感じた限りでは、人生の中で最も重要なことは、家族。家族が病気だから、兄弟の嫁の母親の兄が亡くなったから、とかいう理由で何日も仕事を休んでも、誰も文句は言いません。

その次に重要なのは信仰。これは第一に重要な家族と密接なつながりがあり、家族のための信仰とすれば同じことになるかもしれませんが、ともあれ、お寺にいってくる。と言う理由で簡単に休みが取れるし、朝来たと思ったら、お寺に行ってきます。の一言で夕方まで帰ってこなくてもとがめられることはありません。

その次に重要なのは、個人差があり、仕事と言う人もいれば、同僚とのおしゃべりと言う人もあり、パソコンでゲームと言う人もあります。
っていうか、この辺の事は、職場でしていれば全部仕事をしていると言うことになるようです。
農家などでは、仕事=家族への奉仕。ですから、結構まじめに働いていると思います。

こうやって書いてしまうとブータン人って全然仕事しないなまけもののように感じてしまうかもしれませんが、あなたが最も大切に思うものは何ですか?との質問に、間髪入れず何の迷いも無く「家族」という答えを返す彼らと接していると、エネルギーを使う方向が違うだけで、そのほうが健全なのかな、とも思います。

職業観については、僧侶は別格としておいとくと、デスクワークでたくさんの部下を使う仕事が最も高級な仕事であると考えているようです。
反対に、技術を持っていて、何かを作るような職人タイプの職業は全然尊敬されていないしなりたがらないと感じます。
調理師・理美容師・タンス職人・機械の整備士・大工・仕立て屋の職人・電気製品や時計などの修理屋のような、日本では腕次第でかなり尊敬されるであろう職業に就こうとするブータン人が全然いないので、こういう職種の人はインド人が非常に多いです。
そして、こういう職業の人をブータン人は非常に軽く扱っているという印象を受けます。

これはインドやネパールのカーストの影響でこんな考えかたをするようになったのかなあ、と思っているのですが、この国が発展するためには必ず変える必要がある価値観だと思います。

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結婚など

ブータンでは一夫多妻が認められていて、キングの奥さんは4人いると言う話はブータンにある程度詳しい人ならご存知ではないかと思います。この話だけでは、すごい男尊女卑社会なのではないかとの印象を持たれることと思いますが、ブータンにおいては一妻多夫というパターンもあり、必ずしも男尊女卑社会では無いと思いました。

ブータンにおける結婚は、結婚式や披露宴のような、それに伴うセレモニーのようなものも無く、男女が一緒に住みだして両親や近所からそのことが認知された時点で結婚が成立すると言うような感じです。今でこそ結婚したことを政府に届けなければならなくなりましたが(それもどれだけ守られているかはかなり疑わしいと思います。)、ブータンでは同棲はあっても結婚は無いのではないかとも思える、ゆるやかなつながりなのではないかと思います。

私が感じたり聞きかじった限りでは、ブータンでの一夫多妻と一妻多夫が出来る理由は以下の二つのパターンによるものではないかと思います。

一つ目は、農村型。
ブータンの農村では家と土地は女性の子供が相続します。農家の家と土地・家畜などは女性の持ち物となるわけで、男はその家に婿養子に行くような形での結婚となります。

家が広い土地・多くの家畜を持ち、女の子の子供が少なかった場合、その子が婿をもらうときには、一人の婿では全ての土地・家畜を管理し切れなくなります。それで、その家に複数の婿が来て、一妻多夫となります。

逆に、広い土地を持たずに、女の子の子供が多い場合、その子達が婿をもらうとき、一人一人が別の婿をもらってもその全家族を養うだけの土地・家畜が無い。生活できないと言うことになります。その場合、一人の婿にその家の姉妹が複数結婚することになります。または、一人一人の姉妹の家は別々であっても婿は一人で、複数の家を一人の婿が巡るということもあるようです。

その場合は、始めに姉妹のうちの一人が結婚して、その後ほかの姉妹とその婿が結婚するというパターンが多いように思います。

話はそれますが、男が婿に行く形での結婚が多いブータンの農村では、「離婚=男が家からたたき出される」ということのようです。
しかし、最近の町に住む公務員などのサラリーマン家庭では家は賃貸、給料は男が稼ぐことになり、こういう家庭が離婚することになると今までのパターンではたたき出せば済んでいたのが、今度は女の人のほうが収入源を絶たれる結果になるのでもめることも多くなったらしいです。

二つ目は、遊牧民型。
ブータンの遊牧地帯は、標高4000m位の北部地域になりますが、本当の意味での遊牧ではなく、本拠地の家を持ち、そこで年寄りや小さい子供が常に生活し、規模の大小はありますが麦畑などの畑を持つ家も多いです。

若い女性と長距離を動き回れるくらいの子供などは、春から秋にかけて黒テントと家畜(ヤク・羊など)とともに牧草地で生活し、冬の間だけ本拠地の家に戻ります。

この黒テントの遊牧、男性が同行することはあまり無いようで、男は何をしているかと言うと、大きなヤクを数頭つれてチベットに行ったり、南の標高の低いところに行ったりして商売していることが多いようです。この商売の旅、かなりの長期間を要する事も多いようで、場合によっては半年ごとに2箇所の拠点間を行き来する生活スタイルになることもあるようです。
そうなると、どこが本拠地なのか分からない、本拠地となるような家が二つあるような状況が出来てくることになり、それぞれの家でそれぞれの家の持ち主の女性と結婚しているというような一夫多妻の状況になる場合があるようです。

また、女性側が冬にだけ本拠地の家にいれば冬の間にその地にいる男とのみ結婚しているような形になりますが、そうでない場合は冬の婿と夏の婿、のような感じで、それぞれの違う婿に違う時期に同じ居場所を提供する形で一妻多夫となります。

また、遊牧と交易を生活手段としている人たちの家庭も農村と同じく、家や家畜は女性の持ち物のようです。

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教育

ブータンの学校は大体小中高校+専門学校か大学という構成になっています。幼稚園は首都など一部の町に私立のものがありますが、外人や金持ちなど、限られた家庭の子供のみが通うようです。

小学校も義務教育ではありませんが、なるべく就学率を上げていきたいというのが政府の方針のようで、基本的には学費は無料のようです。ただ、教科書・制服代、寮の食費などの一部費用は負担しなければならないとか、今後有料になると言う噂があり、まったくの無償ではなさそうです。
ちょっとそれますが、学校の制服は全てゴ・キラです。慣れるまではそれが制服である事に気がつくことは少ないかもしれません。
まあ、おんなじ服着た同世代の子供が5人、10人の集団で歩いていれば、その服はその学校の制服です。間違っておんなじ柄のゴ・キラを買ってしまわないように注意が必要です。

小学校から高校卒業までは確か12年だったと思います。小学校と高校は完全に分かれていますが、中学校がどうもあやふやなことがあるようで、小学校といっしょくたになってたり、高校にひっついてたり、中学校として独立した学校だったり、いろんなパターンがあるようです。

小学校は、大体集落ごとにあって、比較的人口密度が高い町や農村地帯ではほとんど自宅から通っているようですが、北の遊牧地帯のような人口密度が低いところの子供は、学校に付属する寮で生活しています。
高校は街中の学校以外はほとんど寮生活が基本で、特に地方の高校はほぼ全員が寮生活です。また、現在ではブータンの東、西、中央、南部などがそれぞれ言葉も文化も大きく異なり、違う国のような状況を緩和するために、西出身の学生を東の学校に入れると言うような感じで、生徒の出身地以外の学校に入れるように操作しているという話も聞きます。

高校の後は、専門学校か大学に行くことになりますが、高校に比べて学校の数も入れる人数も極端に少なく、高校卒業後に進学できる人数はがくんと減るようです。また、ブータン国外への留学もかなり一般的な選択肢で、インドや欧米諸国への留学も意外に盛んです。
この留学、国費か外国からの援助で行くことがほとんどで、ここでも教育費用は無料の建前は存在するようです。また、留学にわりと抵抗無く行くことが出来るのは、学校教育が国語のゾンカ以外は全て英語で行われていると言う事情があるようです。それで、ブータン人は学校に行っていれば子供も大人も英語ぺらぺら。
もっとも、この英語での教育については、国語のゾンカが実際には西の一部地域でしか通用せず、全国共通で使えるブータンの言葉が無かったと言うことと、現状では教師の数が不足しており、インド人教師を雇ってその数を補わなければ成り立たないので、インド人が使える言葉、英語で教育するしかないという事情もあるようです。
しかし、結果的には教育を受けたブータン人はみんな英語が理解でき、簡単に海外留学に出かけ(実際は思いっきり狭き門なのですが。)、英語版ソフトのパソコンも無理無く普及し、最近解禁になった衛星テレビでCNNを見て、インターネットでいろんな英語ページから情報を取り出すことが可能なんです。

ブータンの学校は義務教育ではないのと、もう一つは、年齢の制限がゆるいかわりに落第すると言う特徴もあります。それで、小学生でも落第するし、10歳くらいの子供が1年生として入学することもあり、結果、16歳の小学生とか、22歳の高校生などが結構いたりします。

町にいる公務員などのサラリーマン家庭の子供は手伝うべき仕事が少ないので就学率は高く、ほとんどの子供が学校に通っているようですが、地方ではまだまだ学校に行かない子供も多いようです。
男女別では女の子の就学率が低いようで、トレッキングなどで地方の学校に行くと8割くらいは男でした。男尊女卑の傾向があるのかなあ、とも思えますが、個人的には身一つで婿に行く男は少しでもいい家に婿入りするために自分自身の価値を高める努力を怠らないために学校に行き、家と土地・家畜を所有する女は、家や畑・家畜の世話を覚えて少しでもいい婿を受け入れることが出来るよう努力することが大事だから学校には行かない。と言う理由もあるんではないかなあ、とも思いました。

ブータンの子供は、お金を稼ぐことよりも使うことが多いと言う話をどこかで見たことがありますが、その通りだと感じます。
ほかの国はどうなのか、よくわかりませんが、貧しいと言われている国の子供たちは場合によっては親よりもよく働き、家族の重要な労働力となっていると思います。
しかし、ブータンでは子供が働く姿よりも遊んでいる姿のほうがよく目にします。それでも日本などに比べれば遥かに働いているとは思いますが、働いている子供を見ると、すごいなあ。と、素直に感心できるくらいに遊んでいる子供が普通です。

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外国に対する考え

はじめに近隣諸国について。
現在最も深いつながりのある国、インドとは、インドがイギリスの植民地だったころにイギリスがチベットを侵略しようとして、その通り道にあったブータンもインドの属国のような扱いで半分占領されたような状態になってから始まったようです。
その後、インドがイギリスから独立してからも、インドの属国のような立場は変わらなかったのですが、徐々に独立国として動き始め、国連に加盟したり、外国との国交を結んだりと、独自の道を進み始めています。しかし、今でも政治・経済・軍事・文化のすべての面でインドの影響を受けていることに変わりは無く、たとえるなら終戦後、まだ貧乏だった頃の日本とアメリカとの関係に近いものがあると思います。
しかし、違う点は、ブータン人がインドとインド人を決して尊敬したり目標にしているわけではないということ。
時々、インド人を馬鹿にしているんじゃないか?とも思えるときもあります。また、ブータン人はインド人を信頼しているとは思えないと感じたこともよくあります。

昔は最も深いつながりがあった国だが、今は絶縁状態になっている地域、チベットについては、地域によってかなり意識が違っているように思います。
まずは首都などの西の地方では、敵視とまではいかないが、思ったよりもいい感情を持ってはいないようです。
昔、たびたびチベット軍が攻めてきて、結構戦争していたと言うこともあるかもしれませんし、チベットが中国軍に占領されて流れ込んできた難民がブータンで商売などを始め、成功している人が多いからねたんでるとか言う話も聞きます。
私個人が直接聞いたのは、女性からしかないのですが、そのときは、チベット人はブータン人のことを尻軽女だと悪口を言い、別のところではブータン人がチベット人を風呂に入らないから汚いと言っていました。これはどちらも思いこみで、ブータン人女性は日本人並かそれ以上に堅いと思うし、チベット人女性も毎日のように風呂に入っています。どちらも根拠の無い陰口です。
街中などで仲が悪いと感じるような出来事にあう事がまったくなかったのに、そこまで激しい陰口を言っているのには驚きました。
東のほうでは、攻め込まれたと言う歴史が無いのか、難民が入ってきていないのか、チベット文化のオリジナル、総本家って感じで、それなりに敬意を持って接しているようです。チョルテンなどもブータン式よりもチベット式のほうが多いような気がします。
あと、国境に近い北のほうでは、昔も今も貿易が盛んで、国交が断絶して国境を超えることが難しい現在でも人の往来は盛んで、違う国という意識は無く、隣町のような感覚ではないかなあ、と感じました。
ついでに、中国については、私はブータン人から直接どうこうといった話を聞いたことはあまりありませんが、国境を接した軍国主義の怖い存在。いつ攻め込んでくるか分からない脅威。と言う感じではないかと思います。日本でたとえるなら、冷戦時代のソ連をもっと狂暴化したようなイメージでしょうか。
ちなみに、チベット人は、レッドチャイナはナチと同じだ。人殺しだ。と言っていました。中国政府をレッドチャイナと呼んでいて中国人や地域としての中国とは別物として扱っているのが印象的でした。

次に、つながってはいないが、隣国と呼んでもいいのではないかと思えるネパール。
南ブータンに道路などが無く、ブータン人があまり南部には済んでいなかった頃から多くのネパール人がブータンにやってきて移民のような形でブータンで生活を始め、その数は増える一方だったようです。それは、今はインドの州の一つとなったシッキムも同様で、当時独立国だったシッキムの過半数がネパール人になり、その人達の強い要望でシッキムはインドに併合され、一つのチベット仏教国家が消滅します。
それに危機感を感じたブータン政府はブータン国内においても増えつづけるネパール移民に対して、ブータン化(キラ・ゴの着用義務、ネパール語での教育の廃止、ブータン流の礼儀作法教育など)を強制し、それに反発したネパール移民達は一部はネパールに戻ったもののいる場所が無く難民化し、一部はブータン国内で反政府運動を展開します。
その結果、ブータン国内でのネパール人の立場は悪くなり、ネパール系公務員が首になったり、ネパール系学生は留学できなくなったりという歴史があるようです。
私が滞在していた2年間では、極端な差別とか、迫害を受けているという風に感じることは無かったのですが、ネパール系の人についてあれこれ言うのはタブーになっているように思いました。私の職場にネパール系の人がたくさんいたからかもしれません。

最後の近隣国バングラデシュ。
ここは、りんごの重要な輸出先で、ブータンの首都にはインドの次に大きな大使館が建ち、ブータンの新聞紙上にもたびたびその国名を見ることが出来るのですが、私はベンガル人を見たことが無い。ブータン人の話にもベンガル人について何か言っているのを聞いた記憶がない。
私も、ブータン人も、ベンガル人とインド人の区別がつかないのだろうと思います。もとはおんなじですから。

次に、近隣以外の国。
まずは、やっぱり日本でしょうか。ブータン人はものすごく親日的です。
過去に侵略された歴史が無い、インドを除けば最大級のドナーカントリーである、姿形・宗教・立ち居振る舞いなどにブータン人と似ているところが多い、などの理由が見当たりますが、その中でもJOCVの存在は無視できないと思います。
ブータンにおける外人は、ネパール人・インド人・チベット人以外では最も身近な存在が日本人ではないかと思います。その理由は、JOCVの活動する場所が、学校であったり病院であったり、多くのブータン人と接する職場が非常に多く、そこで活動してきた先輩隊員がブータン人から非常に良い印象を持たれていたと言うものだと思っています。
どんな田舎に行っても、学校に通ったことのあるブータン人(英語を話し、私と会話できる人)のかなりの割合の人が日本人と付き合ったことがあり、ほとんど全ての人がその日本人に好意的でした。まあ、日本人が嫌いな人が日本人の私に話しかけて来たりはしないと思うので、割り引いて考える必要はあると思いますが、それでも好意的だと感じます。
私がいたときには、「おまえは日本の恥じゃ、今すぐ日本に帰って二度と国外に出るな!」と思うようなとんでもないのも隊員にはいましたので、100%完璧にJOCVは良いと言うわけではないと思いますが、少なくとも私よりも先輩の隊員はブータンに非常に良い影響を残して帰った人が多かったようです。
さて、私の存在がブータン人の対日感情にプラスに働いたか、マイナスに働いたか。知りたいような、知りたくないような。

ただし、日本人は全て良いと思われているわけではないようで、一度、ブータン人から日本人は2種類の人がいるね、君はJOCVだから良い人だね。と言われたことがあります。JOCVと直接関係が無い日本人で、ある程度の人数がいる人と言うと、観光客かODA関連の仕事にきた企業関係者のどちらかだと思いますが、彼が誰を指してもう一種類と感じていたのかはわかりません。ただ、なにかあったのだろうとは思いました。

次は、欧米諸国。
私の知り合いのブータン人は、個人的な知り合いがいるという場合を除いて、欧米の個々の国の人をそれぞれ分けて意識しているということは無く、西洋人・ウエスタンピープルとして一まとめに見ているようでした。黒人は私個人は3人程度としか会ったことは無く、ブータン人が一般的にどう思っているか考えるほどブータンにはいないと思いますので、まあ、白人はみんなおんなじ。って感じでしょうか。私が知る限り、ブータン人は白人に対して妙に気を使います。私たち日本人にもすごく親切にしてくれて気を使ってくれるんですが、質が違う。親切から来るものではなくて、腫れ物に触るような、危険物を取り扱うような気の使い方に感じられます。
多くの、白人の知り合いを持たないブータン人は、白人に対して良い印象は持っていないのではないかと思います。嫌いと言うところまでは行かないが、親近感は無い、何か警戒しているようにさえ見えます。
ずーっとそれがなぜかわからなかったのですが、ある日、旅行中にあった出来事でその理由を知ったような気がしました。その出来事とは、とある白人の家族連れと同じ宿に泊まることになり、夕食も一緒になったのですが、その家族、思いっきり愛想が悪い。というか、完全にこちらを見下した、使用人か乞食でも見るような態度をとってきて、なんなんだあいつらは!と怒っていると、今度は手のひら返したように愛想よく、そのビールはどうやって手に入れたんですか?などと話し掛けてくる。どうやら、前者はブータン人に対する態度、後者は日本人に対する態度だったようです。
まあ、この一回の経験だけで白人がブータン人に対してとる態度を一般化して考えることは出来ませんし、白人でもブータンにボランティアとして滞在している人達は私など及びもつかなくらいブータン人と深く付き合い、非常に良い関係を持っている人がたくさんいるのですが、それだけに、なぜあんなにブータン人が白人に対して不自然に接するのか分からなかったのが、この出来事で理由がわかったような気がしましたので、あえてここに紹介しました。

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