
西武の松坂投手がボストン・レッドソックスに入団したことでボストンの街は活気だっているが、ボストン近郊のプリマスはピルグリム・ファーザーズが米国初上陸した場所として知られている。
1620年にメイフラワー号で北アメリカに上陸した人達は、ピルグリム・ファーザーズと言われている。宗教的理想を求めたイギリスのピューリタンの人達は、1620年9月16日イギリスのサウザンプトンを出帆した。メイフラワー号には乗客百二人と乗員四十七人が乗り、そのうち、ピューリタンの人達は、四十人たらずだったようだ。大西洋の荒海に耐えて約2ヶ月後の11月11日にニューイングランドのケープ・ゴッド岬に到着した。その後、入植地探しに1ヶ月以上を費やし、出港後3ヶ月以上の航海の後、同年12月21日にプリマスに上陸した。上陸に先だち船上で誓約が結ばれた。自由と平等を重んじ、法に基づいて理想の社会を建設しよう、という誓約である。これが「メイフラワー誓約」と呼ばれている。彼らは平凡な農民や職人達だったが、この誓約は、後の米国独立や憲法制度に大きな影響を与えたという。
見渡す限りの荒野に降り立った彼らは、プリマスで初めての冬を迎える。それはかなり厳しいもので、多くが病気になり、半数以上の人が亡くなった。生き残ったのは、わずか五十人ほどだった。だが、このような厳しい環境にあっても、彼らは理想社会建設の情熱を持ち、苦境を乗り越えた。不屈の努力でニューイングランド最初のプリマス植民地を築き、歴史に不滅の名を残すにいたった。
そんな苦労をしたピルグリム・ファーザーズだが、今日、アメリカ人の6人に1人がメイフラワーに乗ってやってきた親戚を持っていると言われるほどに子孫は増えた。ピルグリム・ファーザーズの一人であるジョン・オルデンという人物の子孫にはジョン・アダムス元大統領やその息子のジョン・クインシー・アダムス元大統領、フランクリン・ルーズベルト元大統領、他著名人が多くいる。ちなみに、マリリン・モンローも子孫の一人である。
また、メイフラワー号で航海の途中に荒波で海に投げ出されたが奇跡的に助かったというジョン・ホーランドという人物がいたが、彼の子孫には、ブッシュ元・現大統領親子や再びフランクリン・ルーズベルト元大統領などの歴代大統領を初め、多くの著名な人物が知られている。また、メイフラワー号到着から数年後にやってきた、ジョン・ホーランドの弟のアーサー・ホーランドの子孫にはイギリスのウィンストン・チャーチル元首相がいる。第二次世界大戦時の米国大統領とイギリス首相は三百数十年前には共通の先祖がいたことになる。そして別の弟ヘンリー・ホーランドの子孫にはニクソン元大統領や最近亡くなったフォード元大統領がいる。荒海から奇跡的に助け出されなければ、歴史は大きく変わっていたかもしれない。このように、ピルグリム・ファーザーズのそれぞれを共通の先祖とする組織があり、遠い親族会が出来ているほどである。
野茂を初めイチロウや松井、松坂は世界最高レベルの野球を求めて米国にやってきた日本のプロ野球選手たちである。彼らの子孫が米国に残れば、日本から米国へのベースボール・ファーザーズと呼ばれるようにになるかもしれない。