−みけねこ新婚隊の巻−

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1998年2月22日(日)〜3月3日(火)の冒険。二人とも初めての海外旅行だった。

出発前日(1998年2月22日(日)のこと) 晴

彼方(出発前日) vol.001

 車のトランクに荷物を山盛り積んだボクタチは,待望の新婚旅行に出かけるため成田へ出発した。なんてったって,初めての海外旅行なんだ。二人とも今まで海外といっても,恥ずかしながら,北海道と九州にしか行ったことがなかったのだ。今時,めずらしい二人なのである。時間も早いことだし,まずは,成田山に行ってみることにした。本当は参拝して,旅の無事を祈ろうと思ったのだが,出発前に,彼女のお母さんが「成田山は,女の神様だから,嫉妬されちゃうから参拝はヤメナサイ」と言ったので,「フン!迷信じゃん」と思いはしたものの,素直なボクタチは参拝はしないコトにしたのである。神様に嫉妬されちゃ,タイヘンですものね。
 我が家から3時間くらいかけて,成田に着くと,賢いボクは,成田山の駐車場の料金がバカ高いことを知っていたため,成田市街のジャスコに車を置いて,トコトコ参道の坂道を歩き出したのであった。

成田全日空ホテル

 ・・・ようやく結婚したボクタチであったが,二人とも仕事が忙しい(又は忙しいフリ)ことにかまけて,新婚旅行を先延ばしに延ばしていた。特にボクはメンドくさがり屋だったから。でも,年が明けると,そろそろ出かけなくちゃ,誰も新婚旅行だと思ってくれないし,新婚旅行でもなけりゃ長期休暇も取れないじゃないかと考えたボクタチは,旅行パンフレットをセッセと集めて計画を練りだしたのである。それぞれの希望としては,彼女はオーストラリアに行きたがった。コアラをダッコしたいという実に単純な理由からである。ボクとしては,スイスに行きたかった。アルプスが見たかったのだ。コアラよりアルプスの方が大きいし,絶対にいいに決まってる。
 かくして,うまいトコ彼女を説得した結果,ボクタチは,ドイツ・スイス・フランス9日間の旅,ルックJTBのスイートメモリー298,000円で出かけることとなったのである。それにしても安いでしょう?。結婚したてのボクタチはお金がなかったものだから,大助かりである。まあ,シーズンオフってのもあったけどね。旅行前の約1ヶ月間は,毎週末,旅行の準備に明け暮れていた。バスポートやら,スーツケースやら,非常食やら・・・荷物もドンドン増えてった。なにせ,二人とも初めての経験なので,とても不安な気持ちだったのである。

ホテルで勉強中!

 成田山は,思ったより人出が少なかった。でも,なんか,道の両側に露天みたいないろんな店があって,とても楽しい感じである。もう,既に新婚旅行気分だ。食べきれないくせにオマンジュウなんか買っちゃったボクタチは,パクつきながらジャスコまで戻り,また車に乗って成田全日空ホテルへ。今夜はここに泊まるのである。空港周辺の駐車場も10日間も借りると料金がバカにならないのだが,このホテルに泊まると,なんと1泊1名様8,900円のお安いお値段で,旅行中ずっと車を置いとけるのである。明日の出発の際は,空港への直行バスも出るし,ラクチンなのだ。頭いいでしょう?ホテルは想像以上に立派で,貧しいボクタチはビクビクしてしまった。夕食は当然ついていないので,ホテルのレストランに出かけたのだが,どこもクソ高いじゃないか。結局,一番安そうな中華レストランを選んで,チャーハンを単品で食べた。サミシイなぁ。それでも一人千円以上したんだよ。ブルルルル・・・その後は,部屋に戻って,熱心に旅行先のお勉強をした。実は旅行の準備にかまけて,あまり行き先について考えてなかったのだ。ところで,ボクタチって,ドコに行くんだっけ?そうそう。ドイツとスイスとフランスだよね・・・。その晩は,期待に胸が高鳴ってあまりよく眠れなかった。

1日目(1998年2月23日(月)のこと) 晴

出発(成田空港) vol.002

 早く目が覚めた。今日は,成田空港第2ターミナルに12時に集合なのだ。チェックアウトを済ませると,早々にホテル前から出るバスで空港に向かった。

ターミナル4Fにて。ジャンプを買ったのだ

 空港には9時半頃着いた。集合まで時間は充分あるのだが,ここで,朝ゴハンを食べ,ゆっくり空港を見学しようという計画である。ボクは飛行機をのんびり見るのが好きなのだ。それにしても空港は・・・なんかいっぱい人がいるだ。びっくらこいただ。魂消ただと,思いながら,アサゴハンを食べることにする。成田空港って,羽田空港より古ぼけているような感じがするなあ。おきまりの展望デッキに出て,飛行機を見たり,本屋さんで少年ジャンプを買ったり(今日は月曜日だからね。ジャンプを読んどかなくちゃ,ドイツで後悔しちゃう)しつつ,時間をつぶす。さすがにタイクツになって,喫茶店でコーヒーをグビグビ飲んでいるうちに,ようやく集合時間となった。
 JTBの添乗員さんて,どんな人なんだろう?きっと,テレビで見るようなカッコイイ理知的な感じの美男子に違いあるまい。草刈政雄もマッサオの。添乗員にオンナノコが惚れ込んだって話しはよく聞くし,ちょっと不安だなァ(成田離婚になっちゃったりして)・・・と不安に思いつつ,集合場所のカウンターに行くと,なんかきたないオウドイロのコートを着た小柄なオバサンがポツンといるだけではないか。あれ〜?もしかして,もひかして!あの人が添乗員さん?天下のJTBの!女子大生就職人気No.1の。
 コンニチワ〜と声をかけてみると,やっぱりそうだった。受付をすますと,「じゃ,あそこのイスで待っててくださいね」というので,そこにいると,三々五々カップル達が集まりだした。「たぶん,この人たちといっしょなんだよ」と彼女と小さい声で話す。「みんな新婚さんなのかしら」「フーム。そうかも知れないし違うかもしれない。ボクタチよりキタナイカッコをしてる人もいるよ」「まあ!めずらしい」と意味のない会話を交わす。ボクタチの旅仲間は,(後で分かるが)板前夫婦,おとなし夫婦,アツアツ夫婦,イケイケ夫婦,コテコテ夫婦・・・ボクタチを入れて6組,全て新婚さんばかりだった!ズズズッ(おっと,自分も新婚だっけ。ヨダレふかなくちゃ)
 そして,ゲートに入る時間となり,いよいよ旅立ちの時が来た!さらば〜成田よ〜旅立つ船は〜じゅう〜四時発〜JA〜L〜♪すっかり,古代進の気分のボクタチは狭いエコノミーシートに身体を押し込めた。これから12時間かけて,イスカンダル,じゃなかったフランクフルトへのフライトが始まる。

 ヒコーキに乗るなんて何年ぶりのコトだろう。ハテ・・・。実は,ひとつあこがれがあった。それは機内食である。さぞウマイに違いない・・・そして,機内食の味は聞きしに勝るものであった。甘露カンロ!ワインなどもグビグビ飲み,幸せいっぱい。あたりを見回すと,ボクタチの仲間がチラホラいるみたいだ。フンフン?コテコテ夫婦だけ見つからないぞ。「きっと,お金がなくて貨物室に乗っているに違いない」と彼女とコソコソ話す。しかし,長いですなァ。12時間ってのは。問題はタバコである。ううっ!グルジイ〜。新鮮な(ケムリの)空気を吸いた〜い。最後尾に喫煙所があるらしいので,行ってみると,なんか2・3人しか吸う余地がないトコロである。並んで待つようじゃん。結局,フライトの間,3〜4回出かけた。彼女は,グーグー眠っていたが,繊細なボクはホトンド眠れなかった。芸術家ハダの自分がウラメシイ・・・。

到着(ドイツ・フランクフルト) vol.003

テーブルの上にはフルーツが!!

フランクフルト空港に到着す

 そして,ついに,18時10分(時計をグルグル回してください),フランクフルト空港に到着した。フー。大地っていいなぁ。大きくのびをする。これがドイツなんだ・・・ここを歩いているドイツもこいつもドイツ人なんだ。空港で荷物を待って,バスに乗る。これから95kmを走ってハイデルベルクに行くのである。夜の整然とした美しい街並みの光を見ながら一路バスは走った。たぶんアウトバーンを走っているのだろう。光が流れる中,ようやく眠くなってきて,ウトウトする。
 バスは,いつの間にかハイデルベルクに到着していた。ホテルの前でバスを降りる。暗くてよく分からないが,良さげなホテルじゃないか。ここは,えーと。「ホリディ イン クラウン プラザ」というホテルだ。ロビーで添乗員さんのミーティングを聞いて,部屋へ。明日,6時半にモーニング・コールをしてくれるらしい。ありがてえ!(ええー。早いよう)
 部屋には,歓迎のフルーツとミネラル・ウォーターが置いてあった。うれしいなぁ。フルーツをウットリとして食べが,ミネラル・ウォーターの味はイマイチだった。水はヤッポンの方がオイシイのさ。窓から外を見ていたら,ムラムラと夜の散歩に行きたくなった。しかし,(ボクがヤッポンで,新聞などで情報を集めたところによると)ネオ・ナチのやつらがハーケンクロイツのマークをいれたナイフを持って歩いているかも知れん。ウウウ,怖いのだ。そのままおとなしく眠ることにした。ボクタチって,チョット臆病なのです。疲れもピークに達しており,すぐに寝てしまった。

 

2日目(1998年2月24日(火)のこと) 曇 

ハイデルベルク vol.004

8時。ホテルの前にて

ここは,ヤッポンじゃねェ

 6時半起床。添乗員さんからのモーニング・コールでたたき起こされてしまった。ウーン。イジワル。フワァ〜。
 7時半にに荷物をドアの外に置いて,ロビーへ降りていく。パンとチーズ(いろんな種類がありました)のバイキングの朝ゴハンを食べた。チーズがすっごくおいしいんだ。
 出発前の短い時間にチョッピリ外に出てみた。さすがに,夜じゃないから,ネオ・ナチの連中もいないってもんさ。まずは,深呼吸!今日は残念なことに曇りみたい。通りまで出てみる。あれ〜。ここはヤッポンじゃないゾ(あたりまえか)。なんだかヘンな感じ。もしかして,もしかして,ここって外国?空気の味が違う〜。
 しばらく辺りを呆然と眺めていたボクタチであったが,ホテルの横に回ると,添乗員さんと運転手さんが,セッセと荷物をバスに詰め込んでいた。なかなかいいバスじゃん。このバスは,これから長い間,ボクタチを乗っけて走ってくれるのだ。よろしく頼むぜ。

ボクタチのバス。これからよろしくネ

ハイデルベルク城へ・・・

 8時半にホテルを出発。バスはボボボと走る。窓から眺める風景は,ホテルのある新市街から,なにやら趣のある光景へ。このハイデルベルクの街は,ネッカー川と石造りの橋と丘の上の古城をかかえる古い街で,名門大学がある学園都市でもあるのだ。
 ほどなくハイデルベルク城についた。おお!これぞまさしく古城。中世ドイツの雰囲気ってやつなのだ。いよいよ新婚旅行の感じが出てきたゾ。ぶるる。
 添乗員さんを先頭にトコトコ歩き出す。途中,城主フリードリヒ賢侯が,イギリスからきた新妻のプリンセスの誕生日のプレゼントのために一夜にして作った門を見る。やっぱり,金持ちって,やることが違うねェ・・・。
 城壁に登って,ハイデルベルク市街を眺め降ろす。赤い屋根の古い街並みがなんとも言えないいい感じだ。ここには,高い塔の窓から,(城主の夫に見つかって)あわてて飛び降りた間男の足跡がクッキリと堅い石の床に残っている。あんな高いトコから飛び降りて,ピュピュピュと逃げちゃうなんて,昔のドイツ人はスゴかったんだ。ボク尊敬しちゃう。その足跡の穴にボクの足を入れてみると,ピッタリだった。ムフフ。もしかして,ボクはその間男の生まれ変わりなのかも知れないね。

ハイデルベルク市内を望む

カールテオドール橋の上で

ハイデルベルク市内を歩く

 城の地下に降りていくと,デッカイ酒蔵となっている。デッカイ酒蔵にはデッカイ樽がつきものだ。昔のドイツ人は,ワインをガブガブ飲んでいたのである。そこは,5マルク払うと,ワインが飲めるのだ。もちろん,二人でグビグビ飲む。ドイツワインっておいしいなぁ(この後,ボクタチはドイツワインが大好きになり,今でもよく飲んでいるのだ)。これは,ボクタチの初めての記念すべき海外でのお買い物となった。この時のグラスはオミヤゲに持ち帰って,我が家の家宝とした。ワシが大往生を遂げる時は,このワイングラスを子孫に託すのじゃ。オッホン!
 ハイデルベルク市内に戻ったボクタチは,ネッカー川にかかるカールテオドール橋をブラついた後,学生牢へ。ここは,昔,ハイデルベルク大学の学生がケンカなど悪さをした時,3日から4週間の間,閉じこめられた牢獄で,ここに入るとハクがつくと,学生が競って書いた記念のラクガキでいっぱいである。けっこうバンカラだったんだね。
 その後,庭園のあるレストランへ。なんだか,胸がいっぱいであまり食べられない(もしかして,あまり口に合わないのかな?)ここで,ようやく他のカップルとおしゃべりした。フーム。「外国は初めてですか」とかたわいのない会話だが,新婚さんばっかりだから,基本的に二人の世界に閉じこもってしまうのだろう。ヒューヒュー。いいね〜新婚さんは。(あっ。ボクタチもだったっけ)
 そして,またまたバスに乗って,ロマンチック街道を目指して,古城街道を一路東へ。日本にもメルヘン街道とかあるが,あれはインチキ。コンクリート排ガス街道と名を改めるべきである。ドイツのロマンチック街道は本物のロマンチック街道なのだ。これより185kmの長旅がまた始まる。

 

ローテンブルク vol.005

古城街道を行く

マルクト広場。手前が添乗員さん

不思議な街並みを歩く

 バスの中は,たった6組しかいないから,みんな離れて二人づつ仲良く座っている(キショー。アツアツだねェ〜)。添乗員さんの楽しい話を聞きながら,バスは走る。さすがは古城街道。道々には,名前通りに古城ダラケなのだ。しかもそれぞれの城には逸話がいっぱいだ。時々,古城が見えるところで,バスは止まり,そこで写真を撮ってまた出発だ。なんか夢のような旅・・・。今思い出しても,ぼんやりと遠く霧にかすんだ感じなんだ。
 そして,夕方,ロマンチック街道のハイライトのひとつと言われるローテンブルクへ。ローテンブルクとは「赤い城」の意で,総延長2.5kmの城壁に囲まれた中世の面影を色濃く残した城塞都市である。城壁の中は赤い屋根の家々がびっしりと林立している。この都市は,過去において中世ドイツの有力都市であったが,17世紀の30年戦争の敗戦を機に,ついにその地位を回復することが出来なかった。当時,プロテスタント側であったローテンブルクは,カトリックの皇帝軍に包囲されており,皇帝軍の将軍が戯れに「この大杯を一気に飲み干す者がいたならば,すべてを容赦しよう」と宣言したところ,前市長のヌッシュ氏が大喜びで「ウィ〜」と言いながら3.25Lのワインをグビグビ飲んじゃったので,街は救われたという伝説が残っている。

ブルク公園より街並みを見る

見よ。このホテルの部屋の「わびさび」を!

ホテルの写真なんですけど


 ホテルは「ホテル ティルマン リーメンシュナイダー」という長い名前で,なんだかやけに趣き深い。やけにかわいらしいような,メルヘンっぽいような,中世っぽいような・・・。こんなホテル,生まれて初めてである。添乗員さんが,「散歩に行く人〜?」「ハーイ」「じゃ,30分したらロビーに集合ね」なんだか,ワクワクしてしまう。
 部屋に行くと,しばし・・・絶句。すごいや・・・。テーブルの上にあったミネラル・ウォーターをグビグビ飲んで,とりあえずロビーへ。集まったみんなで外に出る。あれれ?イケイケ夫婦とおとなし夫婦がいないゾ。きっと疲れちゃったんだろう。イケイケ夫婦は,なんでも一昨日が結婚式だったと言っていたから,さぞ,大変だったろう。ボクタチみたいに賢いと,結婚式の疲れを3ヶ月もかけて癒してから,新婚旅行に出かけるってモンさ。
 まずは,市庁舎のあるマルクト広場へ。鳩がポロッポポロッポといっぱいいた。ドイツにもハトはいるんだぜ。エッヘン(あたりまえか)。そしてクルリと街並みを眺めながらブルク公園へ。その後,各組分かれての散策となった。聖ヤコブ教会とか,中世犯罪博物館とか見てみたかっただが,17時を回っていたので,全部閉まっちゃっていた。ウーン。残念。その替わり,お土産物屋さんにオソルオソル入ってみる。でも,コワイから見ているダケ。買いたくても,言葉がしゃべれないから,ついついためらってしまう。しかし,ボクタチは,ついに蛮勇をふるって,シュネーバルという砂糖菓子を買ったのである。売り子のオネーサンは,鼻に牛みたいにワッカをはめていて,実にやる気なさそうにおつりをくれた。さすが外国である!ここらへんは聞いていたとおりじゃないか。でもコワかったなァ。
 そろそろ日が落ちてきた。そして,また趣のあるホテルに戻って,ゴハンを食べる。また,添乗員さんが,「夜の散歩に出かけたい人は,21時に集合ね〜」とさそってくれた。もちろん,行くとも。我らみけねこ新婚隊。行かずばなるまい・・・。そして,二人ともベットに転がって,シュネーバルをパクパクやっているうち,どうしようもなく眠くなって,さぼっちゃったのであった。

 

3日目(1998年2月25日(水)のこと) 曇時々雨

ロマンチック街道を行く(ディンケルビュール〜ヴィース教会) vol.006

 朝,リンリンリンと添乗員さんからモーニング・コール。今日は6時起きなのだ。ワーン。毎日ハードだなァ。もっと眠らせて。

おとぎの国 ディンケルスビュール。曇り空なんだ

トイレはどこかいの?

 さっそく,バスに乗り込み,ロマンチック街道を南へ下る。さようなら・・・ローデンブルク。
 20キロ程走って,街道沿いの小さな街,ディンケルスビュールに入った。この街は,おとぎの国のようなメルヘンチックな中世の街で,15世紀頃につくられた木組の家がとても美しい。モチロン,(やっぱり)ここも伝説があるのだ。30年戦争の時,陥落寸前だったこの街の子供達が夜警の娘ローレンに率いられ,命がけで敵の陣地に行き,将軍に街の助命を嘆願する。将軍は子供達の中に故郷に残してきたわが子とそっくりな子供を見つけ,略奪をあきらめたという言い伝えが残されている。ローテンブルグの飲んべえ前市長の話よりは,ずっとマシだよね。
 街の入口でバスを降り,門をくぐってトコトコ歩いていく。ボクの最初の(そして最大の)目的地はトイレなのだ。ボクは普段からオシッコするのが大好きなので,水分を取るとすぐトイレに行きたくなるのだが,ヨーロッパって,公衆トイレってあんまりないし,あっても有料ばっかり。カネを取られるんじゃ,出るモノも出ないってもんだ・・・と言うわけで,無料トイレをブルブルと楽しみ,自由散策となる。この街はとても小さいので,迷う心配はない。

ヴィース教会。ロココ風の装飾

 街の中心にあるゲオルグ教会を覗いた後,ちょっとヤッポンの実家に電話することにした。何度もボタンを押し直し,さんざん苦労して電話をし,次は,お土産物屋さん巡りだ。ボクタチの仲間の新婚さんたちがどこにでもチラホラといるなぁ。ここで,妙に気に入った月とカメのヌイグルミを買った(今でも寝室にブラさげております)。ふー。お買い物って緊張するよね。電話と買い物という得難い経験をして,とても誇らしくなったボクタチは,みんなと集合して,バスの駐車場へ向かう。途中,小さな橋を渡り,あっ!川のほとりにまた無料トイレをめっけ〜っ・・・もちろん入っていく。ボクって,バスの中でもジュースを飲まないでガマンしてるくらいだもの。トイレに行ける時に行っとかなくちゃネ。サッサとトイレをすませた我々男性陣は,しばし,トイレの前で顔を見合わせながら,奥方を待つ。こういう時って,男性に生まれた喜びを噛みしめてしまう。オシッコの場合,男ってトイレが混んでても早いからね。ボクが女性だったら,待ってる間にもらしちゃうに違いない。街の外に一歩出ると,水堀と池があって,アヒルがプカプカ。のどかな風景である。
 バスはまた長い距離を走り出し,ボクタチもウトウト。田園風景や古城などが窓の外を飛ぶように通り過ぎていく。途中,添乗員さんが「時間が早いみたいだからチョット寄ってみましょうよ」と,街道を離れ,牧草地に囲まれたヴィース教会へ。バスを降り,タマネギ頭の教会へ入っていく。
 この教会は,ヴィース教会と言い,農家の屋根裏部屋にあったキリスト像が涙を流しているのを主婦が見つけ,「ヴィースの涙の奇跡」として巡礼者がこの地にいっぱい来るようになったため,あまりの盛況ぶりに,この像を祭るために建てられた教会なのである。教会の中はすばらしく綺麗で,ここは写真禁止のハズなのだが,外人さん?がパチパチ撮っているのを見て,ボクもマネしてこっそりパチリ(ごめんなさい)。例のキリスト像を一生懸命見たんだけど,涙を流している様子はなかった。そして,駐車場に戻り,無料のトイレを見つけると,ボクは脱兎の如く駆け込んだのは,いうまでもない。

ノイシュバンシュタイン城 vol.007

ちょっと雨が降っていた

ノイシュヴァンシュタイン城

 そして,バスは,シュヴァンガウへ。ここでお昼を食べる。ソーセージと豪勢にビールまで飲んじゃった。ビールを飲むとトイレに行きたくなる危険性があったが,新婚さんたちがグビグビ飲んでいるのに,ボクがガマン出来るハズはない。ドイツに来て,ビールを飲まないなんて,クリープを入れないコーヒーを飲むようなもんでしょう?パクパクソーセージを食べると,またバスにチョッピリだけ乗って,いよいよロマンチック街道最大のハイライトであるノイシュヴァンシュタイン城へ。
 この城は,新白鳥城と言われる非常に美しい城で,写真がヤッポンでもアチコチで見受けられるほど有名だ。この城はやはり中世の建築と思われがちであるが,実は明治初期の極めて近代的な城なのである。ビックリしました?中世に傾倒していたバイエルン王国の若き王,ルードヴィッヒ2世は,22歳の時,夢の城ノイシュヴァンシュタイン城の建築を命じる。しかし,17年にも及ぶ工事は王国の財政を破綻させ,若き美貌の王は,ビスマルクのドイツ帝国結成の動きの中,政治的権限を失い,失意の中,デブデブにふとってしまった(若い頃の写真と別人みないなのです)。そして,王の廃位・監禁の次の日,散歩に出かけた王と医者の遺体が湖に見つかったのであった。王,40歳の時である。
 パスを降りると,そこは観光客でいっぱいであった。うわっ。こんなに人がいるなんて,ドイツに来て始めてである。ミニバス乗り場でミニバスに乗って,トコトコ坂を登っていく。馬車を何台も抜かしていく。馬車に乗りたかったなぁ。10分ほどでミニバスを降りて,マリエン橋へ。ここは城の全景を撮る写真ポイントとして有名なのだ。そしてお城へ。入り口で(念の為)またトイレへ行く。受付で,しばし待つ。30人くらいの同一人種のグループを作ってから(日本語テープで)案内してくれるのだ。うわ〜。ヤッポン人のオンナノコがいっぱいじゃないか。30分くらいだったが,城の中はすばらしかった。バイエルン王国の財政が傾くのも無理はない。残念ながら,写真撮影禁止であるので,皆さんにお見せすることは出来ない。城から出ると,小雨が降っていた。ヤッポン人のかわいいオンナノコ達が「写真とってくださ〜い」と言うので,ボクタチも撮ってもらうことを条件にパチリ。そして,タメイキをつきながらボクタチは,下までモクモクと歩いて降りていった。なんか馬のウンコがいっぱい落ちていたっけ・・・。

フュッセン vol.008

フュッセンの夜・・・

このホテルの部屋の新婚さんは誰?

 そして,またバスに乗り,程なくロマンチック街道の終着地フュッセンに着いた。暗くなりかけていたが,ルイトポルドパークホテルに荷物を置いて,外にお散歩に出かける。とても近代的でキレイな街だ。なんだか幻想的な感じだなぁ。ドイツに来て,初めてみる近代的な街だ。歩き回って,トリュフチョコを買ってみた。ムフフ。ボクタチはもう買い物なんかコワくないんだ。ホテルに戻ろうとしたら,ホテルの地下にスーパーがあるじゃないか。むむむ!こ・・・これは!みんなドイツの食料品じゃないか。ドイツコーヒー。ドイツポテトチップ。ドイツハクサイにドイツ長ネギだ。コーヒーとハーブティーを少しカゴに入れ,レジに行く。レジのオネーサンは,ガムをクチャクチャやりながら,いかにもイヤそうにノロノロ働いていた。昨日のローテンブルクのシュネーバルのオネーサンに負けてないゾ。
 そして,ホテルに戻り,食事だ。ムシャムシャムシャ・・・ンマ〜イ。今までで一番立派な部屋でテレビを見る。枕元にチョコのプレゼントが置いてあった。ルームメイドからの心づくしらしい。うぉ〜ん。うれしいなぁ。ところで,品行方正な日本のご夫人方。ドイツのテレビ番組って,日本の旅館のテレビみたいにイヤらしいチャンネルがないので,どうかご安心願いたい。お子さまにも安心なのです。さすが勤勉で実直なるドイツ人だよね。そのかわり・・・海水浴場の映像をやっていた。ヌーティストビーチの。もちろん,自然の身体全てを見せるのは当然である。ヌーディストビーチだからね。え?ボクがそれを熱心に見ていたろうって?まさか!なんて不愉快な憶測なのでしょうか。ボクタチは,なんてったって新婚さんですゾ。ううう・・・(だから,彼女が寝てから音を小さくして見ることにしました。ムフフ)

 

4日目(1998年2月26日(木)のこと) 晴

越境〜リヒテンシュタイン公国 vol.009

丘の上がリヒテンシュタイン城

あれに見えるはアルプスじゃないか♪

 6時のモーニング・コールにたたき起こされ,フュッセンをまたバスで出発。部屋を出る前に,ルームメイドへのお礼に5フラン硬貨を枕元に置く。チップじゃ。取っとくがよいゾ。このパターンにもいささか慣れましたなぁ。今日は,いよいよスイスに向かうのである。バスは走る。スィスィスーダラタッター。天気も,ドイツに来て,初めて快晴ナリ!実に快適だ。
 しかし,添乗員さんが「途中,オーストリア国境に入ります。バスを止められて検問されるかも知れませんよ〜」と言い出した。け・・・検問だって。ヤバイ。ボクが映画で研究しているところによると,国境の検問のシーンでは,必ず乗客がマシンガンでガガガガッとやられっちゃうのだ。ボクの恐怖を知ってか知らずか,バスはのんびり走る。バスの窓から田園風景を見ているうち,不覚にもグーグー寝てしまった。ハッと目が覚めると,なんのこともなくオーストリアの国境は過ぎちゃったらしい。チェッ。見たかったのになぁ。オーストリア・・・。
 そして,バスは,リヒテンシュタイン公国の首都ファドーツへ。フュッセンから延々216kmである。この旅行は,ドイツ・スイス・フランスだけだと思っていたら,オーストリアとリヒテンシュタイン公国にも行けるなんて!むふふ。なんてオトクなプランなんでしょうか。
 この国は,ライン川上流に位置する人口3万人のとてもとても小さな小さな立憲君主国で,首都のファドーツ以外,都市らしい都市はない。ここにバスを止めて,ゆっくりと街の探訪に出かける。とても明るくて,こじんまりとした綺麗な街並みにお土産物屋さんが並んでいるのだ。写真の丘の上に城があるが,これが公爵が住んでいるところ。国民からとても尊敬されていて,首相なんかも公爵から怒られると,小さくなっちゃうんだって。ケムリがモクモク出ていたので,なんかおいしいものを作っているのだろう。遠くに見えるアルプスの山々が実にきれいである。ここらへんが,アルプスの少女ハイジの舞台らしい。てっきり,スイスだと思っていたんだけど,違ったんだ・・・ペーターがクララの車椅子を突き落としたのはあの山の上の方なのかなとしばらく考える。

バスの窓からただ今,実況中継中です

 銀行でドイツフランの残りをスイスフランに両替して,観光局で(2スイスフランを出して)パスポートにリヒテンシュタインのハンコをペタリと押してもらった。ヨーロッパの国々はドケチなので,何カ国通っても,ハンコを押してもらえないのだ。白紙だらけのパスポートなんて,帰国してからハズかしいってもんだ(実際,この旅行で得たパスポートのハンコは,成田とフランクフルト,そしてリヒテンシュタインだけだった)。それから昼ゴハン。小さなレストランでパクパク食べ,またバスへ。
 途中,バスはトイレ休憩に止まった。そして,そこは既にスイスだったのである。さっそく,口笛を吹かなくちゃ。口笛はなぜ遠くまで聞こえるのか実験だ〜。しかし,ボクは口笛が吹けなかった。空にプカプカ浮かぶ雲も,別にボクのことを待っている様子もなかった。ス〜と流れていってしまう・・・ダマサレタ〜!
 バスは,穏やかな田園風景の中を一路西に走る。「ムフフ。そろそろヤギとか見えてくるハズだよ。ヤギ飼いのペーターとか」と彼女に話しかけたが,ヤギどころか,ネコの仔一匹見えなかった。そういや,今は2月だものね。まだ牛も家の中で,モグモグやっているのだろう。バスの窓からは,白い頂を抱いた山が流れ,湖が流れ,牧草地帯が流れる。カメラでどこを撮っても一枚の絵になる。いつまでもこのままバスに乗っていたい...

スイス(ルツェルン〜インターラーケン) vol.010

あれがカペル橋だ

美しい湖だったなぁ

バスに乗る新婚さん御一行

 そして,湖のある美しい街ルツェルンについた。まずは,新市街へ。目的は,ライオン記念碑だ。ここには銛に打たれた瀕死のライオンの像があるのだ。1792年。パリのチュイルリー宮殿で,マリー・アントワネットを守ろうとして全滅したスイス人傭兵786人を讃えるために作られたのである。昔からスイスの傭兵は強くて忠実だと評判で,ヨーロッパ各国に雇われていった。傭兵は,産業のない貧しいスイス人の出稼ぎだったのである。今でもスイスでは,永世中立国として,国民皆兵,徴兵制がしかれているのだ・・・いろいろと考えながら,静かにライオンを眺めていたら,スイスの雑誌記者がドヤドヤやってきて,写真をパチパチ。どうも,お気楽極楽ヤッポン人の観光客の記事を書くらしい。「スイスの印象は?」「最低だっぺ」とかインタビューしてオシマイ。彼女は記者さんに写真を撮ってもらったが,ボクは撮ってもらえなかった。ケチ。
 次に旧市街へ。ドレドレとバスをゾロゾロ降りる我々。ヤッポン人サマご一行のお通りだ〜。ウラ〜。そこに添乗員さんのスルドイ声が。「ここはドイツと違ってスリが多いのよ。気をつけて。荷物は必ず手で押さえてね」ヒェェ〜!鷹揚なお金持ちキブンはアッサリ失せ,背中を丸めてバックを必死に押さえながら,道行く人々をニラみつける。こうなってくると,スイス人のみんながみんなスリとかレイプ魔に見えてくるから不思議だ。
 添乗員さんを先頭に,バックを抱えて背中を丸めた我々は,ビクビクしながらロイス川にかかるカペル橋へ。この橋は1333年に作られたとても美しい屋根つきの木橋なのだ。しかし,1993年前に火で燃えてしまい,また復元したものという。原因は,3人の若者が,酒をかっくらいながら,ボートでたき火をしながら橋の下を通過した時,その火が橋に引火しちゃったらしい。守護聖人などの美しい板絵の並ぶ橋から川を見ると,やや!ハクチョウだ!スイスイ泳いでいる(あくまでこれはダジャレではないので注意されたい)。そして,フレスコ画が建物の壁に描かれた旧市街を通って,しばしフィーアヴァルトシュテッター湖を眺める。

桃源郷のような景色だ

夢のようなブリエンツ湖にて

 そして,またバスへ。ボクらが今夜泊まるインターラーケンへ南下するのである。山道に登る途中で,バスがトイレでもないのに,急に止まった。あれ〜?添乗員さんが「とてもきれいですよ」と言うので,どれどれと喜んでバスを降りる。うーん。下にかすかに見えるのは,どこの街か分からない。でも,とても美しかった。今,思えば,添乗員さんに聞いておけばよかったなぁ。誰か教えてくれないかなァ・・・。
 そして,木彫り工芸の街,ブリエンツで,またバスは止まった。道の両側にお土産物屋さんが並び,ふと日本の温泉観光地を思い浮かべた。むむむ!分かった!ここで,ボクタチに木彫りのクマとか買わせて,土産物屋さんから,リベートをもらうつもりに違いない!JTBも悪よのう・・・と思ったが,添乗員さんの後をくっついて,道をちょっと降ると,そこは本当にすばらしい景色が待っていた。湖にキラキラ光が反射している。ここがブリエンツ湖。遠くの山を見ると微かに夕日が反射し,幻想的な雰囲気である。夢のような美しさである。わーん。JTBさーん。うたがってごめ〜ん。よーし。元気な新婚さんたちと,写真のトリッコだ。パチリパチリパチリ。みんな幸せそうだ。新婚さんっていいねぇ・・・あっ。また自分も新婚だってことを忘れてた。
 後ろ髪を引かれる思いで,ブリエンツを離れ,そして,ほどなくインターラーケンへ。

ルヒガーさんとのお別れ

後ろを振り返れば,メトロポールホテル

 そして・・・運転手さんとのお別れの時が来た。運転手さんがドイツ語で何か言う。「ピコピコプルペッヘ!(これインチキです)」添乗員さんが通訳した。「また,みなさんが新婚旅行で来たとき,会いましょう」みんながドッと笑う。しかし,新婚の夫の何人かは,なかなかの名案だと思ったらしく,考え深げにニタリとしていた。
 ホテルの前でバスは止まった。長い間お世話になった運転手のルヒガーさん・・・最後にいっしょに写真を撮ってもらう。さようなら。ルヒガーさん。今までお世話になりました。
 広い公園がホテルの目の前にあって,道行く人々は,みんなイヌをつれている。てっきりヨーゼフ(セント・バーナード犬)かと思ったら,スピッツみたいな小さいのばかり。添乗員さんが,「あれを見て。ユングフラウヨッホよ。こんなによく見えるのはめずらしいんだから。あなたたち,ラッキーよ」・・・コリャ大変だと,ラッキーみけねこは,写真をパチリ。
 ボクタチの泊まるメトロポールホテルの部屋は,今までで一番広く,広いベランダから,さっきの公園とユングフラウが夕焼けに赤く輝いているのが見える。明日あそこに登るんだ。ボクタチは,しばらくの間,ベランダから闇が降りてくる景色をじっと眺めていた。
そして,チョッピリ街をサンポした後,ホテルでお食事。今晩のメニューはオイルフォンデュなのだ。串にニクとかヤサイとかブスッと差して,パクパクパク。オイシイナァ・・・。彼女は,ワインを添乗員さんにおごってもらった。いいなぁ。昼間のバスの中で添乗員さんの(実に簡単な)クイズに正解した賞品なのだ。たぶん,このメンバーで添乗員さんの話を一番熱心に聞いていたのはボクタチだろうと思う。他の新婚さんたちは,バスの中でペタペタ身体に触ったり,イチャイチャしてて,それどころではなかったのである。クッソー。ボクもイチャイチャしたいのう・・・(人のオクサンと)。

 

5日目(1998年2月27日(金)のこと) 晴

アルプス vol.011

 6:00にモーニングコール。これはいつものこと。そして,8:00にロビーへ。おそらく,今日のアルプス登山が,この新婚旅行最大のハイライトになるだろう・・・。天気も,みごとに晴れ渡っている。この時期,本当にめずらしいそうだ。
 ホテルを出て,まだ人通りの少ない通りを,添乗員さんを先頭にボクタチはトコトコ歩く。ハタから見るとカルガモの親子みたいな感じだろうね。ボクタチは,だんだん添乗員さんが好きになってきた。博学で面白いし,すごく親切なのだ。たぶん,仕事の義務感でやっていては,とてもここまで出来ないだろうと思う。JTBの添乗員さんの中でも,トップクラスじゃないだろうかと思うんだ。講演なんかも頼まれてやったりするらしいし。彼女は,1年の大半を海外で飛び回っている。日本にいるのは年に何ヶ月もないとのことなのだ。
 途中,インチキっぽい日本庭園を発見。ふむ?「友好の庭」と書いてある。インターラーケンは,日本の大津市と友好都市なんだって。

添乗員さんが予約した列車を探す

キャ〜!雪崩が〜ラリルレロ〜

アイスメーア駅より。これが氷河だ

スフインクス展望台よりユングフラウを

 そして,登山鉄道のあるインターラーケン・オスト(東)駅へ。前もって「るるぶ」で調べておいたボクタチは,進行方向右側の席をすばやくゲットした。アルプスや氷河が,こっち側の席から良く見えるらしい。他の新婚さんたちは,右側の席が好きらしく,もっぱら,ソッチに座った。教えてあげようかと思ったんだけど・・・フム。どうせ新婚さんたちは,アルプスよりお互いの顔ばかり見て,舌なめずりしてるから,景色なんか別にかまわないんだよね。いーんだもん。ボクタチは,ジックリとアルプスを見てるもんね〜。車内の席は,向かい合う形になっており,下り側のイスは,オシリのはまる部分が極端に深くなっている。あんまり急なので,そうしないとずり落ちちゃうわけ。
 ガタンガタンと列車は動き出す。世界の車窓からのキブンになってきたボクタチ。「世界の車窓より。今週は,スイスアルプス登山鉄道からおおくりします・・・」
 この登山鉄道は,1912年に開通したものだが,山肌をくり抜き鉄道を通すというとてつもなくスケールの大きな事業であった。切符代だって,往復1万円くらいするのも当然なのだ。
 途中,クライネ・シャイデック駅で乗り換えのために降りると,おおっ。いた!いました。ようやくここにヨーゼフ発見!ヨーゼフ(ホントはベニーという名前らしい)をつれているのは,おんじ・・・じゃなかった,若いスイス人。なんでも,お金を出すと,ヨーゼフといっしょに写真が撮れるらしい。なんてグッドアイデア!ヨーゼフといっしょに写真を撮れるなら,カネに糸目はつけられんぜ。ウホホーイ。しかし,スイス人の商売人はまだまだ甘いのう。もしボクだったら,黒髪でリンゴのほっぺたの女の子とヤギ飼いの格好の男の子と車椅子の女の子を準備(ついでにセバスチャンとロッテンマイヤー女史もいると完璧だ)して,ごっそり単純な金持ちヤッポン人からゼニを巻き上げるのだ。
 この駅で,さっきのより,カッコイイ赤と黄色電車に乗り換えると,また,登山列車は,次第に高度を上げていく。車窓からはすばらしい景色である。突然,谷間に小さな村が見えたり,アルムのモミの木の森になったりした。下の方はところどころしかなかった雪がどんどん多くなってきた。やっぱりアルプスは雪がなくちゃね・・・行程は,次第にトンネルが多くなる。おお!遙かに見えるはアイガー北壁じゃないか。その時,遠くにドドドと雪煙が。「あれなんだろね」と,のんびりと彼女と言い合っていると,添乗員さんが,「あれは雪崩よ」ええーっ。ナダレですって?あのウワサに名高い?フム。モコモコと白いものが動いている。フー。遠くで良かったなァ。
 列車は,途中アイガーヴァント駅とアイスメーア駅で各5分づつ停車した。アイガーヴァント駅からは,クリンデルワルトの町が見られ,アイスメーア駅からは,氷河を見ることが出来るのだ。いずれも帰りには通過しちゃうっから,行きしか見れないんだ。なかなか観光客心をくすぐるじゃないか。それぞれの駅で停車すると・・・あれ?みんなモノスゴイ勢いで走り出したゾ。クソ〜負けてられるか!ジャパニーズみけねこの足の速さを見よ!ドドドドドドドドドドドドドド。足のノロいスイス人を追い越して,洞窟の窓にかじりつく。永久氷河って,少し緑っぽいんだ・・・。うがっ。そろそろ発車の時間じゃないか。戻れ〜ドドドドドドドド〜と大忙し。
 そして,我らの登山列車はシズシズとユングフラウヨッホ駅地下のホームに到着した。ここが,もちろん世界一高い駅なのである。なんだか空気が薄いような気がする。うううっ。オレサマの酸素を誰かいっぱい吸っているヤツがいるに違いない・・・。
 階段を登ってスフインクス展望台へ,そして・・・パァ〜ッと白銀の世界が広がった。標高3571メートル。まぶしい。絶景だ。ここは,トップ・オブ・ヨーロッパ。世界の屋根なんだ。板前夫婦も,おとなしい夫婦も,アツアツ夫婦も,イケイケ夫婦も,コテコテ夫婦も,無言である。もちろん,みけねこ夫婦も,そう。これだ。これが見たかったんだ。この瞬間よ。時よ止まれ!

世界の屋根にて・・・

氷の宮殿を歩く新婚さん御一行

 ユングフラウ:4158m,メンヒ:4099m,アイガー:3970m
 しかし,無慈悲に時は刻む。黒いカラスがパタパタと飛んでいる。他の新婚さんはビックリした模様。むふふ。ボクタチはちゃんと勉強してきたんだ。このカラスはアルペンバードと言ってカラスじゃないのだ。だいたい,カラスが地上○mにいるワケないじゃん。クチバシも黄色いしね。(それにしても,こんなトコで何を食べているのでしょう?いまだに疑問なのだ)
 展望台を降りて,今度は,氷の宮殿へ。ここは,氷河を削った洞窟で,やけに緑っぽく,光のつぶがキラキラ輝いている。ところどころに,いろんな国の人が作った氷の彫像があるのだ。ここの氷は決して溶けないからね。やや!あれは,ヤッポン人が作ったスモウレスラーじゃないか。その名もジャパニーズウルフ(千代の富士)だ。(この1998年の時点では,既に陣幕親方になっていたケド)
 洞窟を抜けると,そこがプラトー展望所だった。白銀の世界。眩しさに目を細めながら慎重に雪の上を歩く。粉雪が風に舞い上がり,まるでダイヤモンドダストのように輝く。
・・・・・・・・夢のような光景だ。

雪上を歩く。ダイアモンド・ダストが風に舞う

ここでお昼を食べる。スゴイ人だ

登山列車が下っていく。さらば。アルプスよ

 そして,ボクタチは,駅舎に入り,ちょっと自由行動。駅舎といっても,けっこう立派であり,レストランや売店なども入っているのだ。
 ここに郵便局があるので,絵葉書と切手を買う。こっから葉書を日本に出せば,いい記念になるそうだが,うっかり出さなかった。なんと,ここには,日本の赤い郵便ポストまであるのだ。なんでも富士山の5合目の郵便局と提携しているらしいんだ。やっぱり,ここって,それだけ日本人観光客が多いんだろうね。あんまり人が多いような感じはなかったが,時期が時期だったから。観光シーズンには,「○△農協御一行様」とか書いたノボリを持った日本人観光客が列をなして来るのかも知れん。
 そして,また地下のホームから登山列車に乗り込んだ。途中下車して,昼食。このレストランは,とても広くて,スキー場のロッジみたいな感じなのかなァ。それにしても,なんかスゴイ人だ・・・こんなに人間を見たのは久しぶりだ。スキーヤーが大部分のようだ。

 そして列車は,また,インターラーケン・オスト駅に戻る。朝来た道をモクモクと黙って歩くボクタチ。なんだかみんなボ〜としているみたいだ。目もウツロである。
 そして,ホテルに戻ってちょっと休憩。今夜も続けてメトロポールホテルに宿泊なのだ。
 実は,今晩はタイヘンな冒険をしなくちゃならないんだ。疲れたなんて,言っておれん。みなさん。聞いて驚かないでくださいネ。ジャーン!なんと!な・な・なんと!今回の旅で初めてバンゴハンを自分達で探して食べなくちゃならないのである!このヤッポン語が通じない異国の地で・・・しばらく部屋で震えていた我々であったが,ようやく意を決したボクタチは,インターラーケンの街へ出た。
 我らが勇敢なる大和魂を見よ!しかし・・・イロンナ店を覗くが,キレイ過ぎたり,アヤシ過ぎたり,ボーイさんの目つきがコワかったりでナカナカ決まらない。ボクは,ここでなんとラーメン屋さんを見つけ,大和魂を早速返上したボクはここにしようと彼女に言うが,彼女は,スイスに来てラーメンじゃダメよと言う。ウェ〜ン。さんざん歩き回って,ヤケクソになったボクタチは,ついに,こぎれいなレストランに入ってみた。もう矢でも鉄砲でも持って来い!
 メニューを見たら,幸い英語でも書いてある。スイスに来たら,やっぱりチーズフォンデュだよね。昨日,オイルフォンデュを食べたが,えーい。いいんだもん。ちょっと似てるけど,別物さ。それとサラダとビールを注文した。しかし,チーズフォンデュって最初はオイシイんだけど,飽きますなぁ。しかも,白ワインが相当コッテリ入っている様子。山って冷えるから,ごっそりアルコールを入れるんだろう。グハ〜!もうチーズフォンデュは当分食べられな〜い。すこし酔っぱらったボクタチは,ユビをチキチキ鳴らして,(オソルオソル)お金を払うと,フラフラと外に出たのであった。
 そして,チョコを少し買い込んで,夜の公園をブラブラすると,ホテルに戻ったのであった。
 ちなみに,次の日,他の新婚さんに夜の行動を聞いてみたところ,イケイケ夫婦がボクが行きたがったラーメン屋。おとなし夫婦は,ホテルの部屋で,日本から持ち込んだインスタントライスをパクついたそうである。他の新婚さんタチには聞いていないが,きっとホテルで生水でも飲んでスキッパラをガマンしていたに違いあるまい。ムフフ。

 

6日目(1998年2月28日(土)のこと) 曇

移動(ベルン〜シオン城〜ジュネーブ) vol.012

 フヒー。またモーニングコール6時。そして,8時出発。ホテルの前に,ニューバスがボクタチを待っていた。今度のはルヒガーさんのバスじゃなく,ちょっと小さめなバスだ。運転手さんは,フランス系スイス人で,そのデカプリオばりの甘いマスクに,女性陣は,ウットリと(旦那そこのけで)運転手さんを眺めている。バスはブブブと走り出す。さらば。インターラーケン。さらば。アルプスよ。なんだか,この旅行の大半が終わってしまったような気がした・・・まだフランスがまるまる残っているというのに。

首都ベルンの全景

 バスは,北西へ走り出し,途中,ベルンの「バラ公園」の前に止まった。お待ちかね,トイレ休憩である。この高台からは,ベルンの市街が一望出来るのだ。そこから見下ろすベルンの街は,緑っぽい石で作られ,とても中世の雰囲気がある。「じゃ,そろそろ行きましょう」という添乗員さんに促されて,ボクタチはバスのトコロに戻る。でも・・・バスがない!ボクタチのふくらんだスーツケースといっしょに!しばらく待ってみたが,バスは戻ってこない。添乗員さんがオロオロした様子で「まあ。どうしましょう。困ったわ」とか言って,通りの角まで走っていったりし出したので,ボクタチのニブイ石頭にもその問題の重要性が染み渡ってきた。ウニャ〜タイヘンだ〜どーしよう?・・・その時,バスはブブブと戻ってきた。なーんだ。駐車禁止なんで,ここらへんをクルクル回ってたんだって。
 スイスの首都は,ジュネーブかと思いがちであるが,実はこのベルンなのである。政治的には,二院制であり,大きな問題については,国民投票で決定する直接民主主義の国である。そのくせ,婦人参政権が認められたのは,つい30年くらい前と,妙に遅れたところもある。つい最近も,徴兵制度について,若い人を中心に反対があり,国民投票が行ったところ,僅差で徴兵制度維持となったらしい。国を守るという意識が非常に高く,各家庭も地下シェルターを持っているくらいである。もちろん,永世中立国という確固とした理念によるものであり,日本の曖昧な考え方とは一線を画する。感心したのは,議員の定年が65才と定められていることであり,日本のような政治における老害はいっさいあり得ない。

シヨン城はレマン湖畔に佇む

 そして,しばらくバスは南下し,モントルーにあるシオン城へ。モントルーは,レマン湖畔有数のリゾート地なのだが,ここシオン城はいかにも中世風なのだ。バスを降りて,とことこ入り口まで歩いていく。そこにはヤッポン人の中年女性のガイドさんが待っていた。スイス人と結婚して,ここに住んでおり,ヤッポン人団体が来ると案内してくれるらしい。

中庭を散策

大広間にて

 シオン城は・・・むむむ!このワビサビぶりは尋常ではないゾ。例の日本人案内人さんが声も高らかに説明する。シヨン城は,レマン湖に張り出した岩島の上に,13世紀のフランス・サヴォワ伯爵家によって作られた城である。こういうお城を見ると,なんだか急にドイツに戻ったキブンになっちゃう。地下に行くと,そこは拷問部屋。「ここで囚人たちが,拷問されたり,吊されたりしたのよ〜。キェー!」身振り手振り激しく,迫真の演技である。ボクタチも,「ぎゃああああ・・・」コワイのである。案内人さんのオソロシイ顔が!そして,階段を登って,大広間へ。結婚の椅子の前で,新婚さん達が次々に写真を撮ってもらう。ムフフ。新婚さん向けじゃのう。トイレの穴(ここにしゃがむと,ポチャンとレマン湖に落ちるという大変衛生的な水洗トイレなのだ)を覗いて,そして,また外へ。案内人のダンナさんが,小さな車で迎えに来ていたっけ。駐車場まで歩いて行くと,城の堀のところにいた,つがいの白鳥がせっせといつまでも追いかけてきた。
 またまたバスに乗り,モントルーの街を通って,レマン湖を見ながらジュネーブへ。ここで,またバス(の運転手さん)とのお別れの時が来た。新婦さんたちの悲しそうな顔・・・新郎たちのホッとしたような顔・・・
 ポ〜と喜んで駅に入ったボクタチは,駅の銀行でスイスフランをフランスフランに両替すると,ホームへ。しばらく待って,TGVが入ってくる。TGVは,世界最速を誇るフランス新幹線である。なんか,思ったよりはキレイではなかった。二等車だったからかなぁ。でもTGVは全席指定なんだ。12時46分,ジュネーブ発。しばらく経つと,オベントウがやってきた。わーい。わーい。なぜこんなに喜んだかというと,このお弁当は,JTB特製ヤッポン幕の内弁当なのだ!久しぶりの和食は,やっぱり,おいしいや。ああっ。ショーユがウメー。ウメボシがウメー。ゴハンがウメー。ボクは,箱の底までキレイになめまくって,余っているお弁当でもないかとキョロキョロ見回したが,揃いも揃って弁当箱の底をナメている新婚さんたちの姿があっただけだった。列車は一路パリへ。約3時間半の旅が始まる。

パリの夜 vol.013

アルトール・ウエスティン・デニュールホテル

マドレーヌ寺院にて。おいしそうな名前だ

 16時27分,パリのリヨン駅へ到着す。人混みの中を,田舎っぺ丸出しで歩き出したボクタチに,添乗員さんの叱咤の声が飛ぶ。「ドロボウよ!スリよ!強盗よ!荷物に気をつけて。ここは都会なのよ」雑踏の中,コソコソ駅を出た我々の前にバスが待っていた。セーヌ川に沿ってバスは走る。ルーヴル,コンコルド広場,マドレーヌ寺院,そして,狭い路地に入ると,そこはボクタチのホテル「アストール ウエスティン デミュール」だった。そこは,とても落ち着いた雰囲気のホテル。部屋に入ってひと息。冷たいシャンパンがボクタチを待っていた。ありがたいのう。
 ところで,今夜は,食事なしの怖ろしい日。スイスの悪夢がまたまた脳裏によみがえってきた。ウーン。今日はどうしよう?部屋にシャンパンもあるしね。そこで,外に出たボクタチは,近くの大きめのスーパーでパンと,くさ〜いチーズ,サラダを苦心して買って(これだけだって,大冒険だけど),部屋に持ち帰って,一休み。それから,暗くなった夜のパリへ冒険の旅に出た。チョイと夜のオサンポに洒落込もうってワケ。
 トコトコ歩き出したボクタチは,十数分程で,古代ギリシャ風のマドレーヌ寺院を通って,コンコルド広場へ向かう。来るとき,バスの窓から道順をよーく覚えていたのだ。もう,20時近いから,あんまり歩いている人はいない。チェ。オシャレなパリジェンヌとか見たかったのになァ。それにしても,フランスって,交通がおっかないトコである。タクシーとか,ものすごい勢いでビュンビュン飛ばしているのだ。排ガスとクラクションも,なかなかスゴイ。

遙か遠くが凱旋門なんだ

 コンコルド広場についたボクタチは,美しくライトアップされたオベリスクを見上げる。フランス革命の時,ここでルイ16世,マリー・アントワネット,ロベス・ピエールなどが断頭台の露となったのだ・・・。思えば,パリを舞台とするいろんな小説を読んだなぁ。ダルタニャン達,三銃士もここを歩いたのだろうか・・・いろんなシーンが頭に浮かぶ。東を見れば,遙かに凱旋門が輝き,ここがフランスなんだと実感が沸いてくる。ジワジワジワ。
 そこに,やかましいフランス語が!「キャ〜ステキ」「うひょ〜!シェ〜」・・・むむ?ボクは,急にフランス語が理解出来るようになったのかと思いきや,日本人若者三人組(男1人女2人)であった。「すみませ〜ん。写真お願いしま〜す」というので,嫉妬に震える手で写真をパチリ。交換条件で,ボクタチも撮ってもらっちゃった。やっぱり,異境の地では,ヤッポン人同士は仲良くしなくちゃね。
 そして,ホテルへ。冷たいシャンパンと,さっき買ってきたパンとチーズで乾杯だ。長きに渡るボクタチの旅も,あと1日を残すのみとなった。明後日には,帰国しなくちゃならない。口には出さないが,さみしい気持ちでいっぱいである。今夜はそんなコト考えずに飲もう。まず飲もう。

 

7日目(1998年3月1日(日)のこと) 晴

パリの一日 vol.014

この後,彼女はハトをいじめるのだ

ノートルダムのせむし男だ

モンマルトルの丘にて

サクレ・クール寺院。風強し

 7時,モーニングコール。こんなにゆっくり寝たのは初めてだ。そして,9時出発。今日の予定は,午前中はパリ市内半日観光なのだ。まずは,パリの名物エッフェル塔へ。1889年にエッフェル氏により建てられた塔。設計者の名前を冠するとは,かの東洋にあると聞く「東京タワー」などより,よっぽどオシャレではないか。さて,ここれ,我らはエッフェル塔に登る・・・と思ったら,残念。近くの公園でブラついて,写真を撮っただけであった。パリに来て,エッフェル塔に登らないなんて,東京に来て,東京タワーに登らないのと同じくらい残念なコトである。彼女もあまりに悔しかったのだろう。公園にハトがいっぱいいたのを,わ〜と脅かして,可哀想なハトを蹴散らしてしまった。これで,パリのハト社会で,ヤッポン人の評判がまた悪くなった・・・。あれれ?そういえば,おとなし夫婦がいないコトに気がついて,添乗員さんに聞いてみた。すると,「奥さんの方の調子が悪い見たいで,ホテルで休んでいるのよ」とのことだ。そう言えば,自由行動の散歩とかであんまり見かけなかったものね。(この件は,鈍感なボクには,その時分からなかったのだが,半年くらい後,彼女とこの話をしていたら,彼女が,「きっと,奥さん,妊娠してたのよ」だって。エエーッ!あんなおとなしそうな二人だったのに!あっ。おとなしくても,別に関係ないか・・・。ううーん)
 次に向かったのは,ノートルダム寺院である。ここは,セーヌに浮かぶシテ島にあるのだ。残念ながら,ミサ中であり,カメラで写真を(フラッシュで)撮ることは出来なかった。しかし,ご安心されよ。寺院の中のすばらしいミサの状況は,ここにあるビデオにバッチリ写していますからネ。ムフフ。言葉に書くと,「とてもおごそかで,ステンドガラスの光も幻想的で,天上の歌声が感動的」って感じでした。
 さて,次なる目的地は,モンマルトルの丘。フー。半日観光って結構忙しいのです。バスから降りたボクタチは,階段をポクポク登って行きます。しかし・・・イヌのウンコが多いなぁ。パリのイヌ人口は相当あると見た。これがモンマルトルの画家たちのウンコじゃなければだけど。
 丘の上は,キャンパスの前の画家たちと観光客でごったがえしていた。添乗員さんによると,インチキなヘタクソ絵描きが多いので,ダマサレないようにとのことである。クルクル歩きながら,キャンパスを覗き込んでいると,いかにも怪しげな画家モドキ?が近づいてきて,日本語で「ヤッポン人,肖像画カカセロ〜。金ボッタクッタル〜」と言うので,「やなこった」と逃げ出すと,「ケチー」と言われてしまった。そして,アラブ風の雰囲気のあるサクレ・クール寺院を回って,バスまで階段を降りる。イケイケ夫婦がモジモジしていたが,「アタシたち,記念に似顔絵を描いてもらうの」と言って,バスを降りてしまった。あんなインチキ絵描きに描いてもらうなんて,気がしれん・・・。これで,市内半日観光はオシマイ。ボクタチは,大きなお土産物屋さんでバスを降ろされてしまった。JTBの金モウケの時間である。でも,親切な添乗員さんは,「午後ルーブルに行きたい人は,いっしょに行きましょうね。今日は無料だから,混んでるし,日本語案内ガイドなしだけど,それで良かったらね〜」と言ってくれた。でも,ボクタチは,既に,明日午前中のオプショナルツアーにルーブルを頼んでしまったのだ。エーン。こうと知ってたら,ベルサイユ宮殿のオプションにしといたのに。チキショー。「オスクァールー!」

オー シャンゼリゼ〜だぜ〜

 そのお店で,ウンウン唸りながらお土産を買う。これがまた大変なんだ・・・。いろいろ,義理事もあるから,ドサタリと買わなくちゃ。買い物が終わって,外に出たボクタチは,しばらくためらっていたが,(ボクの強い希望により)「こぐま」という名前の中華ラーメン屋さんに入った。ラーメン屋さんに入ったら,ヤッポン人でいっぱい。フー。落ち着くのう。入り口のノレンもヤケに入りやすい気がした。しょうゆラーメン(とギョーザ)の味は,なんかちょっと不思議な感じの味だった。でも,オショウユがとても美味しかったよ。レジで惜しみつつチップを渡して外に出る。
 一度荷物をホテルに置いてきたボクタチは,また外に出て,凱旋門やシャンゼリゼ通りを闊歩した。「街を歩く,夢をつかむ。」残念ながら,今日は日曜日なので,露天は出てないようだ。なんだか,思っていたイメージとちょっと違う感じだ。もっと,メチャクチャおしゃれかと思ったのだが。途中,クレープ屋さんがあったので,クレープを(勇気を出して)買った。パリのクレープは,パリパリと薄っぺらだった。それに超甘〜いんだ。そして,テュルリー公園を見て,二人でまた悩んだ挙げ句,ホテルに帰る前に喫茶店へ行くこととした。オアイソの仕方が分からなくて,ゆっくりコーヒーの味を味わうどころじゃなかったっけ。歩き過ぎて足がイタイよ〜。
 今夜は,JTBの自慢の「彩」ってメニューを食べさせてくれるのだ。ネクタイ着用なので,この旅行で初めて,スーツケースからパリパリの一張羅を取り出して,部屋で着替えた。ボクだって,タマにはいい服を着るコトもあるのさ。
 そして,バスに乗って見ると,やっぱりみんな,紳士・貴婦人のように,おしゃれをしていた。今までコきたないカッコをしていたみんなだったが,見違えるようじゃないか。そして,レストランへ。途中,狭い角のところに車が止まっていて,バスは,前へ後ろへ,大変苦労をして通った。フランス人は,通りの角に車を止めるのが大好きみたい。結構,止めるとこあるのになァ。
 ようやく着いたレストランは,とても高級そうだった。出る料理もフォアグラやエスカルゴ。優雅な我々には,優雅なレストランが実に良く似合うものだ・・・。添乗員さんが「最後の夜だから,ワインおごってあげるわ」と大盤振る舞い。一同,お礼を言う。話は弾むが,時々,間が出来る。この旅が終わるのが,みんな寂しいのだ。新婚旅行最後の夜は,そのようにして更けていった・・・白鳥のように優雅な我々は,ガツガツとニクを囓って,スープをノドを鳴らしながら飲んで,大きなゲップをしたのであった。

 

8日目(1998年3月2日(月)のこと) 晴

ルーブルの冒険 vol.015

 いよいよ最終日となった。今日で新婚旅行は終わりなのだ。ヤッポンに帰れば,毎日の仕事と日常がボクタチを(手ぐすねひいて)待っている・・・。

マイバス社。ヤッポン人の女の子めっけ〜

 最終日の今朝の朝食はルームサービスである。さすがJTBじゃありませんか。ニクイねぇ〜。今日は,オプションのルーブル美術館見学(370フラン)を申し込んでいたので,ボクタチは,出発地点のJTBのマイバス社まで行かなくちゃならないのだ。地図で見ると遠そうだから,うんと早めに歩いていかなくちゃと思っていたボクタチに添乗員さんのやさしい声が。「地下鉄で連れていってあげるわね」わーん。ありがとう。添乗員さん!
 メンバーは,ボクタチと,板前夫婦の二組だった。そして,添乗員さんに連れられてパリの地下鉄に飛び込んで,あれよあれよと言う間にマイバス前に着くことが出来た。(しかも,添乗員さんは,地下鉄のチケットまで出してくれたのです)ジーン。マイバス前は,ヤッポン人のオンナノコでいっぱいだ。ムフフ。このマイバス社がJTBのパリのオプショナル・ツアーの発着点なのである。待つ間もなく,ルーブル行きバスがブブブとやって来たので,ボクタチは,すばやく乗り込んだ(そうやって,いつも一番いい席を取るのです)。添乗員さんはバスが出発するまで待っていて手を振ってくれたっけ。
 バスの中でイヤホンを貰う。これを耳につけていると,アーラ。不思議。ちょっと玉置浩二に似ているマイバス社のガイドさんの説明が耳に聞こえてくるっていう科学的仕組みなのだ。せっかく,いい席を確保したボクタチだったが,たった5分ほどで,ルーブルについてしまった。意味な〜い!このツアーは,いかに近くてもバスで行くのがキマリらしい。バスを降りたボクタチは,トコトコ歩き出す。ガイドさんの説明がイヤホンから流れてくる。
〜ルーブル美術館は,12世紀にセーヌの側の城塞として建てられ,その後,宮殿となり,そしてフランス革命後に世界一の美術館として生まれ変わった。全作品は,全長60kmも及ぶとされ,見るのに,最低1週間はかかると言われる〜

何を指さしてんの?

ミロのヴィーナスのオシリを見る

ニタリとしてます

 それにしても,エッチな彫像が多いなァ・・・。右端の写真をご覧いただきたい。彼女のこの満面の笑みを。「とてもかわいい」とか言っていた。それにしても,なにがかわいいんだろう?新婚の夫としては,いささか不安なことだ。
 こんなに早く歩いて見ていくのは,心からモッタイナイと思うんだけど,限られた時間の中ではやむを得ないのだ。むむ?どっかで見たようなネーチャンの絵だ。黒っぽい服を着て,コッチを見て,ニタリとしているゾ。失礼な。フーム。どこで見かけたのやら。ウチの近くのラーメン屋のカレンダーか何かだったかなぁ・・・もちろん,それはモナリザである。これも近くでジックリ見ることが出来た(なお,昨日ルーブルにタダで入ったメンバーは,メチャ混みで,ロクに見えなかったって)。モナリザは,何年か前に日本にやって来たが,もう,外国に貸し出さないそうで,日本では二度と見ることはできない。だから,見たい人は,お金と時間をかけて,フランスに来るほかないのだ。
 ヤッポンの美術館は,カメラ禁止のところが多いが,ルーブルをはじめ,外国の美術館は別。日本もケチケチしないで,フラッシュを焚かないことを条件にして認めればいいのにね。それにしても,どれもこれも,学校の美術の本に乗っていて,(ボクがヒゲを書き加えていた)知っている美術品がゴロゴロころがっている。ヤッポンだったら,美術館のド真ん中に仰々しく飾られていて,警備員の二人もついていようってお宝が,ザラにあるのだ。次の写真は,ゴミみたいにころがっていた絵画のほんの一部である。
メディース号の筏 グランド・オダリスク 民衆を導く自由の女神 ナポレオン1世の戴冠式

ヴァンドーム広場にて

 足が棒きれのようになったボクタチは,イヤホンをガイドさんに返すと,外に出た。マイバス社までバスで連れ帰られてもしょうがないもん。ゆっくり近くのお土産屋さんを見ながら,ホテルまで戻ることにしたのだ。ひょー。ルーブルの前の通りは,ヤッポン人が多いなあ。いろんな店を覗き込みながら,途中,ゴルバの高級チョコを買う。3時間もルーブルを歩き回ったので,お腹が減っちゃったよ〜。ゴルバのチョコをパクつくだけじゃ足りないのだ。オペラ座の階段で,しばらく座って休んだボクタチは,意を決してボロッチイ店へ入る。これが最後の冒険なのだ。ここで,サンドイッチや超堅いパンを食べた(後で添乗員さんに聞いてみたら,フランスの食パンって,世界一マズイんだって)。ホテルのロビーには,ボクタチの仲間の新婚さん達が,既にたむろしていた。

添乗員の川上さんと

 16時。そして,いよいよ出発の時間が来た。ホテル前からバスに乗ったボクタチは,パリの南約14キロにあるオルリー空港へ。空港で荷物の検査を受けたが,ま,貧しいボクタチは大したものは何も買ってないし,安心ってもんさ。待ち時間中に,彼女と相談して名案が浮かんだボクタチは,添乗員さんに話しかける。「成田に着いたら,ボクタチの車で,お家までいっしょに帰りませんか」実は添乗員さんの住まいは,偶然にもボクタチのアパートの近くだったのだ。
 そして,飛行機へ。19時25分発JL405便である。新婚さんたちは席につくが,目ざといボクはまた気がついた。「行きの飛行機もそうだったけど,コテコテ夫婦さん達,やっぱりいないよ。運賃,安くあげようと思ってスーツケースの中にでも隠れているのかなァ」・・・しかし,トイレに行く途中で,ボクは発見したのだ。コテコテ夫婦がビジネス・シートにちょっこり座っているのを!この旅行代金は,ひとり当たり298,000円。ビジネス・シートに変更するには,プラス70万円なのだ。ひぇぇぇぇ〜。貨物室にいるんじゃないかなんて,なんてボクは怖ろしく罪なコトを考えてしまったのだろう。お金持ちのハイソな上流階級の方に対して。フナフナフナ〜。
 お楽しみの機内食は,残念ながら行きの飛行機のヤツの方がずっとウマかった。やっぱり日本で積んできたお弁当の方が口に合うんだよね。そして,お腹がくちくなったボクタチは,ウトウトと眠る...

 

9日目(1998年3月3日(火)のこと) 晴

旅の終わり vol.016

 長い9日間の旅は終わった。成田空港15時10分着。そして,添乗員さんを車に乗せ,遙々○○○○県へ。もう真っ暗だ。別れ際に,添乗員さんにオルリー空港で買ったチョコのプレゼント。どうもお世話になりました!添乗員さんは,ゴロゴロ車付きの小さなスーツケースを押して小さくなっていった。そして,アパートへ。うわ〜。新聞がいっぱいたまってるゾ。確かしばらく止めてくれと電話しといたのに。アパートに入って,電気をつける。「ただいまァ」・・・

 そして,2年半の歳月が過ぎた。今でも添乗員さんと,(なぜか)コテコテ夫婦とは年賀状のやり取りとしている。楽しかったなァ。ボクタチの新婚旅行のお話は,これでお仕舞いです。読んでくれて,どうもありがとう。

 

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